日本生態学会大会講演要旨集
第51回日本生態学会大会 釧路大会
選択された号の論文の792件中1~50を表示しています
  • 時田 恵一郎
    セッションID: L2-2
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    様々な生態系において、種の数とそれぞれの個体数を調べると、ある特徴のあるパターンが普遍的に見られることが知られている。そのような、いわゆる種の豊富さのパターンを決定するメカニズムの解明は、環境保全に関わる巨大な分野に大きな影響を与えることが予想される一方で、R. Mayのいう「生態学における未解決問題」の一つであり、これまで論争の的となってきた。種の豊富さのパターンについては、様々なモデルが、単一の栄養段階のニッチに対する競争的な生態学的群集に適用されてきたが、より複雑な系に対しては謎が残されている。そのような系とは、複数の栄養段階にまたがり、補食、共生、競争、そして分解過程をも含む、多様な型の種間相互作用をもつ大規模で複雑な生態系である。本講演では、そのような多様な生態学的種間相互作用をもつロトカ・ボルテラ方程式と等価な、多種レプリケーター力学系に基づく種の豊富さのパターンについての理論を紹介する。この理論により、生態系の生産力や成熟の度合いに関係する単一のパラメータに依存して、様々な地域、様々な種構成における種の豊富さのパターンや、その時間変化などが導かれる。また、パラメータの値の広い範囲で、個体数の豊富さの分布が、野外データによく合致する、左側に歪んだ「カノニカル」な対数正規分布に近い形になることも示す。さらに、よく知られる生産力と種数の関係も得られ、面積と生産力にある関数を仮定すると、有名な種ー面積関係が再現されることも示す。これらの巨視的なパターンの、野外や実験における検証可能性についても議論する。(English ver.: http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/%7Etokita/Papers/2004_8ESJ.pdf)
  • 森田 健太郎, 福若 雅章
    セッションID: L2-3
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    魚類資源の変動機構は、古くから水産業研究の中核課題となってきた。中でも、サケ、タラ、ニシンといった北方性の魚類は昔から食卓に上がることが多く、比較的長期の漁獲データが蓄積されている。本発表では、これらの北方性魚類を例に、魚類の個体群動態について紹介したい。まず、大きな特徴として上げられるのは、再生産関係(親子関係)の不明瞭さである。これは、観測誤差やプロセス誤差が大きいことによるものなのか、それとも、強い密度依存性が働いているためなのか論争がある。いずれにせよ、親魚の量とは独立に稚魚が沸いてくるような場合が少なくない。タラやニシンでは、卓越年級群と呼ばれるベビーブームによって漁業が成り立っている(いた)と言っても過言ではない。そして、そのベビーブームの発生は海水温とリンクしていることが多い。興味深いことに、産卵場が北にある個体群では水温と稚魚の豊度に正の相関が見られ、産卵場が南にある個体群では水温と稚魚の豊度に負の相関が見られている。また、北太平洋全体の大きなスケールの気候変動として注目を浴びているものに、アリューシャン低気圧の大きさがある。北太平洋のサケの漁獲量は20世紀後半に著しく増大したが、これはアリューシャン低気圧が活発になってきたこととリンクしている。アリューシャン低気圧が活発になり強風が吹くと、湧昇や鉛直混合が強まり一次生産が高まるというメカニズムがあるらしい。実際、冬の風の強さと夏の動物プランクトン量に強い相関があるという報告もある。以上のように、海水温やアリューシャン低気圧の大きさが魚類の資源変動と相関しているという知見は多い。しかし、海の中を調べるのは容易ではなく、その因果関係を解明するのは難しい。海水温と卓越年級群の相関も、水温の直接効果ではなく、餌や海流などを介した相関であると考えられている。魚類の資源変動と気候変動の因果関係は今後の研究課題である。
  • 石原 道博
    セッションID: L2-4
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
     植食性昆虫の多くには特定の植物種や植物個体への選好性が見られる。一般に植食性昆虫の幼虫は移動能力に乏しいため、メス成虫が幼虫の生存や発育に良好な質の高い寄主植物を選んで産卵することは適応的であると考えられる。一方で、産卵する植物が必ずしも子の生存や発育にとって良好な植物でない場合も多くの昆虫種で報告されている。この矛盾の理由として捕食者の存在など様々な要因が考えられているが、植物の質に生じる時間的変動も重要な要因の1つである。もし植物の質が時間的に変動し、その変化パターンが植物種間あるいは個体間で異なるならば、質の高さの順位が季節によって入れ替わってしまうことも頻繁に生じるだろう。このような場合には、特定の植物種あるいは植物個体への選好性を植食性昆虫が進化させることは難しくなると考えられる。特に、植食性昆虫が多化性で、かつ多食性であるならば、シーズンが長い低緯度ほどこのようなことが起こりやすいだろう。反対に、高緯度では、寄主植物のシーズンが短く、昆虫の世代数も減少するため、昆虫が寄主植物から受ける質変動の影響は低緯度よりも小さくなり、昆虫に質の高い特定の寄主への選好性が進化しやすくなると考えられる。この考え方は、南北方向に広範囲に生息する植食性昆虫の場合には、高緯度ほど寄主選好性が強くなることを予測する。本研究ではこの予測を化性-変動仮説(Voltinism-Variability Hypothesis)と呼ぶことにする。演者らは、温帯地方から冷帯地方にわたって広く分布し、ヤナギ類を広く寄主として利用するヤナギルリハムシを用いて、この仮説の検証を試みた。本講演ではその結果が化性-変動仮説を支持するものであるかを検討したい。
  • 新妻 靖章
    セッションID: L2-5
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    ペンギン類やウミスズメ類に代表される潜水性の海鳥類は,主に極域といった冷たい海に限定され分布している。それら海鳥の分布を限定する要因は,餌の有無といった生態的な要因,捕食者を隔てる繁殖地の有無といった物理的要因などがあるだろうが,本公演では,海鳥類の潜水時における生理的要因から考察する。
    潜水性の内温動物の生理的な特性,例えば心拍や体温,をモニターするためにはデー・ロガーを用いることで可能である。この研究分野は,近年Data-logging Scienceとして急速に発展した。この技術を用いて,ハシブトウミガラス(Uria lomvia)の潜水行動と体温を同時に記録することに成功した。
    ペンギン類やウミスズメ類は南極や北極の海洋生態系の高次捕食者であり,その潜水性能は高い体温を維持することによって達成されると考えられている。高い体温下では,筋収縮に関する酵素の活性を上げることができ,すばやい酵素反応は大きな力を生むことができる。しかし,水は空気に比べて25倍早く熱を奪うため,海鳥のような小さな動物が極域といった寒冷な海に潜り,体温を維持することができるのだろうか?それに加え,高い体温は肺,血液,筋肉などに蓄えた酸素を早く消費してしまう。どのようにして,潜水時間を長くすることができるのだろうか?などなど,疑問は多い。はじめにウミガラスの潜水時における体温維持機構について考察する。小さな海鳥類の体温維持機構について明らかにしたうえで,生理学の面から見た場合,このような海鳥類が暖かい海に進出することができるのかについて,極単純化した熱収支モデルから予想する。
  • 高橋 英樹
    セッションID: L3-1
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    1994年から2000年にかけて、米・露・日の生物分類学者が毎年30名以上参加して、国際千島列島調査International Kuril Island Projectが行われた。このうち4回の調査に参加することができ、千島列島における維管束植物フロラの概要を把握することができた(高橋 1996, 2002)。この国際調査の概要について紹介する。昆虫、貝類、植物の生物地理学的なまとめはPietsch et al. (2003)でおこなわれ、これまで生物分布境界線として択捉島とウルップ島の間に引かれていた「宮部線」よりも、ウルップ島とシムシル島の間のブッソル海峡(以下、「ブッソル線」と仮称する)に北方系と南方系とを分かつ重要な生物地理学的境界がある事が明らかにされた。「宮部線」は植生学的な境界線であり、「ブッソル線」は分類地理学的な境界線と解釈されているが、両者の違いと意義について解説する。
    千島列島とその周辺での種内レベルの地理的分化の例として、エゾコザクラ(Fujii et al. 1999)とシオガマギク(Fujii 2003)の葉緑体DNA研究を取上げる。エゾコザクラにおいては氷河期を通して、数回の南北移動があったことを示唆する。またシオガマギクでは千島とサハリンとの二つのルートを移動した個体群間には遺伝的な分化があることが示されている。さらにエゾコザクラの花の多型性の頻度分布は、大陸に近い島と、列島中部で孤立した島とで差異が認められ、生態学的な意味があると推測される。
     戦前に採集されたサハリン・千島の標本をも有効に利・活用しながら採集標本のDB化作業をおこなっている。サハリン_-_千島列島間での現存個体数を比較するための間接的で簡便な指標としてS-K indexを考案した。裸子植物、ツツジ科、シダ類等の植物群の植物地理学的な考察をこのS-K indexを使って試みる。
  • 沖津 進
    セッションID: L3-2
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    北東アジアの北方林域を対象に,主として沿岸から海洋域にかけての森林分布を整理し,優占樹種の生態的性質の変化に着目して森林の境界を類型化した後,それぞれの森林境界決定機構を考察,展望した.北東アジア北方林域における森林分布は複雑で多様である.内陸域ではグイマツが広い面積にわたって優占する.沿岸域では,南部ではチョウセンゴヨウが優占するが,北にむかうとエゾマツの分布量が増加し,さらに北ではグイマツ林に移行する.海洋域では落葉広葉樹優占林が広がり,サハリンではエゾマツ優占林となる.エゾマツ優占林は山岳中腹斜面に分断,点在し,低地では分布が少ない.さらに海洋度が著しいカムチャツカ半島ではダケカンバ林が分布する.陽樹が広範囲にわたって植生帯の主要構成種となっていることが特徴である.大陸部でのグイマツ,カムチャツカ半島におけるダケカンバ,沿海地方におけるチョウセンゴヨウがその例である.そのなかでも,グイマツ優占林の広がりが大きい.森林境界は主なもので6タイプあり(モンゴリナラ_-_エゾマツ,チョウセンゴヨウ_-_エゾマツ,エゾマツ_-_グイマツ,チョウセンゴヨウ_-_グイマツ,エゾマツ_-_ダケカンバ,ダケカンバ_-_グイマツ),境界構成優占樹種の生態的性質はそれぞれ異なった変化をみせる.北東アジア北方林域では,大陸度_-_海洋度の傾度が著しく,永久凍土が沿岸域近くにまで分布し,さらに,沿岸,海洋域では山岳地形が卓越する,という自然環境が複合的に作用して,陽樹,特にグイマツ優占林の広がりが大きい森林分布が成立すると推察される.いっぽう,ヨーロッパや北米大陸東部の北方林域では普通な,落葉広葉樹林_-_常緑針葉樹林という移り変わりは,冬季に比較的温暖かつ湿潤な地域に限られるため,それが現れる分布域は広くないのであろう.
  • 原 登志彦
    セッションID: L3-3
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    ロシア・カムチャツカの西側に位置するオホーツク海は、北半球で最も低緯度の季節海氷域として知られている。そのカムチャツカの氷河やオホーツク海において気候変化の影響が近年徐々に現れており、いくつかの例をまず紹介する。そのような地球規模での環境変化に最も大きな影響を受けるのは北方林であろうといわれているが、その詳しいメカニズムはまだ解明されていない。そこで、我々は、カムチャツカにおける北方林の成立・維持機構や植生動態を北方林樹木の環境応答の観点から解明することを目指し研究を行っている。北方林が存在する寒冷圏は、低温と乾燥を特徴としており、我々はそのような環境条件下で増幅されると予想される光ストレスに注目して研究を進めている。例えば、成木の枯死によって形成される森林のギャップに実生が定着し森林更新が起こること(ギャップ更新)が熱帯や温帯ではよく知られているが、カムチャツカの北方林ではギャップ更新ではなく、成木の樹冠下に実生が定着し森林更新が起こること(樹冠下更新)を我々は発見した(日本生態学会大会1999年、2000年;Plant Ecology 2003年)。このような北方林の更新メカニズムに光ストレスがどのように関与しているのか、そして、近年の環境変動が北方林の動態に及ぼすと予想される影響などについて話を進めたい。
  • 小林 万里
    セッションID: L3-4
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    北方四島および周辺海域は第2次世界大戦後、日露間で領土問題の係争地域であったため、約半世紀にわたって研究者すら立ち入れない場所であった。査証(ビザ)なしで日露両国民がお互いを訪問する「ビザなし交流」の門戸が、1998年より各種専門家にも開かれたため、長年の課題であった調査が可能になった。
    1999年から2003年の5年間に6回、北方四島の陸海の生態系について、「ビザなし専門家交流」の枠を用いて調査を行ってきた。その結果、択捉島では戦前に絶滅に瀕したラッコは個体数を回復しており、生態系の頂点に位置するシャチが生息し、中型マッコウクジラの索餌海域、ザトウクジラの北上ルートになっていること、また南半球で繁殖するミズナギドリ類の餌場としても重要であることも分かってきた。歯舞群島・色丹島では3,000頭以上のアザラシが生息し、北海道では激減したエトピリカ・ウミガラス等の沿岸性海鳥が数万羽単位で繁殖していることが確認された。
    北方四島のオホーツク海域は世界最南端の流氷限界域に、太平洋側は大陸棚が発達しており暖流と寒流の交わる位置であることや北方四島の陸地面積の約7割、沿岸域の約6割を保護区としてきた政策のおかげで、周辺海域は高い生物生産性・生物多様性を保持してきたと考えられる。
    一方、陸上には莫大な海の生物資源を自ら持ち込むサケ科魚類が高密度に自然産卵しており、それを主な餌資源とするヒグマは体サイズが大きく生息密度も高く、シマフクロウも高密度で生息している明らかになった。海上と同様、陸上にも原生的生態系が保全されており、それは海と深い繋がりがあることがわかってきた。
    しかし近年、人間活動の拡大、鉱山の開発、密猟や密漁が横行しており、「北方四島」をとりまく状況は変わりつつある。早急に科学的データに基づく保全案が求められている。そのために今後取り組むべき課題について考えて行きたい。
  • 中塚 武
    セッションID: L3-5
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    北大低温研では、98年から4年間、オホーツク海の物理・化学・地質学的な総合観測を進めてきた。また現在は、総合地球環境学研究所と連携して、アムール川から親潮域に至る、陸から海への物質輸送が生物生産に与える影響についての総合研究プロジェクトを推進中である。本講演では、それらの成果や目標を踏まえて、オホーツク海の生物生産、特に基礎生産の規定要因について議論する。オホーツク海の物理・化学環境は、(1)世界で最も低緯度に位置する季節海氷、(2)半閉鎖海に流入する巨大河川アムールの存在によって特徴付けられる。東シベリアからの季節風によって生じる(1)は冬季の海洋環境を過酷にする反面、海氷と共に生成される高密度水(ブライン水)は海水の鉛直循環を活発にし、窒素やリン、シリカ等の栄養塩を海洋表層にもたらして春季の植物プランクトンブルームを引き起こす。また有機物を豊富に含む高密度水塊を大陸棚から外洋中層へ流出させ、特異な中層の従属栄養生態系を発達させている。(2)はそれ自身が海氷形成を促進する一方、栄養塩、特に北部北太平洋で基礎生産を制限している微量元素である鉄を大量にもたらすことで、当海域の生産を支えていると考えられている。現在のオホーツク海では、その高い栄養塩・鉄濃度を反映して、主たる一次生産者は珪藻であるが、珪藻の繁栄は約6000年前から始まったばかりであり、それ以前の完新世前期には、円石藻などの外洋の温暖な環境に適応した藻類が繁茂していたことが明らかとなった。海の植物相が劇変した時期に、アムール川周辺では鉄の源である森林の形成が進み、海では寒冷化が進んだ。こうした事実は、オホーツク海の生物生産を支える原動力が、過去_から_現在を通じて、アムール川からの物質供給と海水の鉛直循環にあることを意味しており、近年の地球温暖化はオホーツク海の生物相の大きな変化をもたらす可能性があることを示唆している。
  • 中村 太士
    セッションID: L4-1
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    釧路湿原は釧路川流域の最下流端に位置し、土地利用に伴う汚濁負荷の影響を累積的に受けている。汚濁負荷のうち特に懸濁態のウォッシュロードは、浮遊砂量全体の約95%にのぼる。既存研究より、直線化された河道である明渠排水路末端(湿原流入部)で河床が上昇し、濁水が自然堤防を乗り越えて氾濫していることが明らかになっている。Cs-137による解析から、細粒砂堆積スピードは自然蛇行河川の約5倍にのぼり、湿原内地下水位の相対的低下と土壌の栄養化を招いている。その結果、湿原は周辺部から樹林化が進行しており、木本群落の急激な拡大が問題になっている。こうした現状を改善するために、様々な保全対策が計画ならびに実施されつつある。釧路湿原の保全対策として筆者が考えていることは、受動的復元(passive restoration)の原則であり、生態系の回復を妨げている人為的要因を取り除き、自然がみずから蘇るのを待つ方法を優先したいと思っている。さらに、現在残っている貴重な自然の抽出とその保護を優先し、可能な限り隣接地において劣化した生態系を復元し、広い面積の健全で自律した生態系が残るようにしたい。そのために必要な自然環境情報図の構築も現在進行中であり、地域を指定すれば空間的串刺し検索が可能なGISデータベースを時系列的に整備し、インターネットによって公開する予定である(一部は公開済み)。
  • 中村 隆俊
    セッションID: L4-4
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
     釧路湿原で行われている自然再生事業では、湿原生態系の劣化状況の把握やその原因の特定および保全・再生方法の模索が試みられている。そのモデル地区の一つとして詳細な調査が行われているのが、釧路湿原の辺縁部にあたる広里地区である。
     広里地区の一部は、かつて排水路の掘削や土壌改良資材の投入により一時的に農地改変されたのち放棄されたまま現在に至っており、隣接する河川についても流路切り替え工事により上流と分断されているなど、様々な人為的攪乱の痕跡が広里地区内には存在している。また、そのような直接的攪乱を受けていない部分では、ここ数十年間で湿性草原からハンノキ林への急激な樹林化が広範囲で進行している。このような広里地区の特徴は、釧路湿原の辺縁部一帯や国内の多くの湿原が抱えている湿原保全上の問題点(一時的農地改変や樹林化)と重なる部分が多く、湿原保全・再生方法開発に関するモデル地区としての重要な要素となっている。
     2002年度から開始された現状調査では、広里地区における植生と環境要因の対応関係を農地改変とハンノキ林増加という視点で整理し、湿原生態系保全の立場から植生的な劣化とそれに対応する環境的劣化の評価を試みた。さらに、03年度からは、ハンノキ伐採試験区および地盤掘り下げ試験区の設置を行い、それらの試験区における植生と環境の挙動に関するモニタリングや、近隣河川の堰上げを想定した地下水位シミュレーションのための基礎調査など、最適な保全・再生手法開発のためのデータ収集を続けている。
     現段階では、隣接河川の分断が放棄農地部分での乾性草原化を招いていることや、ハンノキ林の分布と高水位時の水文特性が密接な関係にあること、ハンノキ伐採によりミズゴケ類が枯死すること等が明らかとなっている。発表では、これまでの主な調査・解析結果について紹介すると共に、今後の展開についてお話ししたい。
  • 戸丸 信弘
    セッションID: S1-1
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
     日本列島は北東から南西に長く、それに沿うように数多くの山脈が伸びている。このような日本列島に分布する植物は、氷期と間氷期のような気候変動に対して太平洋側や日本海側を北上しまたは南下し、あるいは山腹を上昇しまたは下降して生育適地を求めてきた。現在の植物種が保有する遺伝的多様性と遺伝的構造は、このような過去の分布域の変遷と集団サイズの拡大・縮小を反映していると考えられている。特に、母性遺伝し、遺伝子流動が種子散布に限られるオルガネラ(葉緑体とミトコンドリア)には、過去の分布移動をよく反映した遺伝的構造がみられることがある。歴史的に形成された遺伝的構造、すなわち集団の系統の地理的分布は特に系統地理と呼ばれるている。
     私たちの研究グループは、日本の冷温帯の夏緑広葉樹林を代表する樹種であるブナ(Fagus crenata)を中心に同属のイヌブナ(Fagus japonica)も対象として、核ゲノムにコードされるアロザイム、葉緑体DNA(cpDNA)とミトコンドリアDNA(mtDNA)を遺伝マーカーとして、両種の遺伝的多様性と遺伝的構造を調べてきた。その結果、両種が保有する核ゲノムとオルガネラゲノムの遺伝的多様性と遺伝的構造には少なからず集団の歴史が反映されていることがわかった。特に、ブナのcpDNA変異とmtDNA変異には、興味深い系統地理学的構造がみられ、過去の移住ルートを示唆していると考えられた。
  • スパイヤー マルテイン
    セッションID: S1-2
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    On the basis of new palaeoecological and genetical data from Central European mountain areas the Holocene processes of migration and mass expansion of beech (Fagus sylvatica) can be reflected as result of climate and human influence as well. In contrast to former models of vegetation dynamics both effects on the development of Central European beech forests can be differentiated now by using a spatial and temporal distribution model which includes elevation as an important environmental factor.
    According to pollenanalytical studies these beech populations did not futher migrate into the large plain area of Northwest Germany after having conquered the central mountainuous areas. According to the genetical and palaeoecological data we can conclude that the Northwestern part of Germany, France and the Netherlands might be settled by different beech populations which did not mix with these southeastern proviniences in spite of the fact that man opened the landscape by distroying the former Atlantic mixed deciduous forests which could have provided a wider distribution of beech. In the plains of Northwest Germany Fagus sylvatica appears 3000 years later and than continuously formed small beech forest which reached their full size during historic times.
  • 小林 誠, 渡邊 定元
    セッションID: S1-3
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
     北海道の黒松内低地帯には,日本の冷温帯域の主要構成種であるブナ(Fagus crenata)の分布北限域が形成され,以北(以東)の冷温帯域には,ミズナラなどの温帯性広葉樹と針葉樹とからなる針広混交林が広く成立している。この現在のブナの分布域と分布可能領域との不一致については,様々な時間・空間スケール,生態学的・分布論的研究アプローチによってその説明が試みられてきている。
     植生帯の境界域においてブナや針広混交林構成種には,どのような生態的特徴,個体群の維持機構が見られるのだろうか?植生帯の境界域におけるこれら構成種の種特性を明らかにすることは,植生帯の境界域形成機構の解明に際して,重要な知見を与えるだろう。これまで渡邊・芝野(1987),日浦(1990),北畠(2002)などによって,北限のブナ林における個体群・群集スケールの動態が明らかになりつつある。本研究ではこれら従来の知見を基礎とし,最北限の「ツバメの沢ブナ保護林」における調査によってブナとミズナラの動態を検討した。
     ツバメの沢ブナ林においてブナ林は北西斜面に,ミズナラ林は尾根部に成立し,両者の間には混交林が成立している。1986年に設定された調査区の再測定と稚幼樹の分布調査から,(1)ブナとミズナラの加入・枯死傾向は大きく異なり,ブナは高い加入率と中程度の枯死率で位置づけられたが,ミズナラは加入・枯死率ともに小さかった。(2)ブナの稚幼樹はブナ林内・ミズナラ林内においても多数見られ,ブナのサイズ構造からも連続的な更新が示唆されたが,ミズナラの稚幼樹はほとんど見られなかった。(3)ブナは調査区内において分布範囲の拡大が見られたが,ミズナラには見られないことなどが明らかになった。これらのことは,分布最北限のブナ林においてブナは個体群を維持・拡大しているのに対し,ミズナラの更新は少なく,ブナに比べ16年間における個体群構造の変化は小さいことが明らかになった。
  • 角張 嘉孝, 高野 正光, 横山 憲, 向井 譲, サンチェス アルトロ
    セッションID: S1-4
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    1はじめ
    森林による光合成生産量や炭素固定量を調べる際に、植物の生理機能の日変化や季節変化などの情報から生態生理的過程に忠実なモデルを組み立て解析する方法は確かに正しい。しかし、個葉レベルから樹冠レベル、流域レベルでの事象を的確に表現していない。個葉レベルからのアップスケーリングを意識したリモートセンシングの可能性を苗場山ブナ林で探った。
    2. 材料と方法
    1)調査地は、苗場山ブナ林(36°51ユN、138°40ユE)である。標高550m、900mと1500mのブナ林長期生態観察試験地である。
    2)樹冠に達する観測鉄塔がある。550mでは5本、900mでは5本、1500mでは3本を測定対象木とした。光合成速度、Vcmaxなどの測定は開葉前から落葉後まで、季節を通して2週間ごとに測定した。
    3)測定装置は米国Analytical Spectral Devices社製のSpectroradiometer
    4)測定は午前9時半から正午までに実施。観測鉄塔の上から樹冠の各部にあるクラスターを構成する葉の反射分光特性を調べた。距離は0.5mないし5m前後の葉を調べた。
    4)色素および生理的特性の測定
    色素分析用のサンプルを打ち抜き冷凍保存。HPLCを用いて色素を分析。光合成はミニクベッテシステム、クロロフィル蛍光反応はMini-Pam、光合成速度の最大値(Pmax)やVcmax、量子収率などを参考。
    3.データ処理
    NDVIとPRIを調べた。
    NDVI = (Rnir-R680) / (Rnir+R680)   
    PRI = (R531-R570) / (R531+R570)
    ここで Rnir は843nmから807nmの平均反射率である。今後、クロロフィルa,b、Pmax、Vcmaxなどとの関連を検討。

    4.結果と検討
    1) Pmax,とPRIの関係
    光合成速度の季節変化とPRIやNDVIとの関係は相関が高い。標高により異なる。勾配には差がない。
    2)PmaxとNDVIの関係
    NDVIは標高の高いブナ林の低生産性を表している。

  • 星野 義延
    セッションID: S1-5
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    ミズナラはモンゴナラの亜種とされ、北海道から九州までの冷温帯域に分布する。また、サハリンや中国東北部にも分布するとされている。
     ミズナラ林は日本の冷温帯域に広くみられ、二次林としての広がりも大きい。日本において最も広範囲に分布する森林型である。ブナの北限である北海道の黒松内低地以北では気候的極相としてのミズナラ林の存在が知られている。年平均降水量が少なく、冷涼な本州中部の内陸域や東北地方の北上高地ではブナの勢力が弱く、ミズナラの卓越する領域が認められる。また、地形的には尾根筋や河畔近くの露岩のある立地に土地的極相とみなせるようなミズナラ林の発達をみる。
     本州中部で発達した森林を調べるとブナとミズナラは南斜面と北斜面とで分布量が異なり、南斜面ではミズナラが、北斜面ではブナが卓越した森林が形成される傾向がみられ、少なくとも本州中部以北のやや内陸の地域では自然林として一定の領域を占めていると考えられる。
     ブナ林とミズナラ林の種組成を比較すると、ブナ林は日本固有種で中国大陸の中南部に分布する植物と類縁性のある種群で特徴づけられるのに対して、ミズナラ林を特徴づける種群は東北アジアに分布する植物群で構成される点に特徴がみられ、日本のミズナラ林は組成的には東アジアのモンゴリナラ林や針広混交林との類似性が高い。
     東日本のミズナラ林を特徴づける種群は、種の分布範囲からみると日本全土に分布するものが多く、ミズナラ林での高常在度出現域と種の分布域には違いがみられる。このような種は、西日本では草原や渓谷林などの構成種となっていて、森林群落にはあまり出現しない。
     ミズナラ林は種組成から地理的に比較的明瞭な分布域を持つ、いくつかの群集に分けられる。これらの群集標徴種には地域固有の植物群が含まれており、これらにはトウヒレン属、ツツジ属ミツバツツジ列、イタヤカエデの亜種や変種など分化の程度の低いものが多い。
  • KRESTOV Pavel, SONG Jong-Suk
    セッションID: S1-6
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    This study represents the 1st survey of the temperate deciduous forests of mainland Asia on the territories of the Russian Far East, Northeast China and Korea. A total of 1200 releves are used, representing nemoral broadleaved (Fraxinus mandshurica, Kalopanax septemlobus, Quercus mongolica, Tilia amurensis)-coniferous (Abies holophylla, Pinus koraiensis) forests, and broadleaved Quercus spp. forests. The vegetation is classified into 4 orders, 12 alliances, 50 associations, 31 subassociations and 8 variants. One order Lespedezo bicoloris-Quercetalia mongolicae, 4 alliances Rhododendro daurici-Pinion koraiensis, Phrymo asiaticae-Pinion koraiensis, Corylo heterophyllae-Quercion mongolicae and Dictamno dasycarpi-Quercion mongolicae, and 14 associations are described for the first time. The communities are placed into two classes. Quercetea mongolicae reflets monsoon humid maritime climate with the amount of summer precipitation higher than winter precipitation and the lack of period of moisture deficit. It occurs in Korea, montane regions of China east of Lesser Hingan and Sikhote-Alin. Betulo davuricae-Quercetea mongolicae unites forests in conditions of semiarid subcontinental climate with summer precipitation considerably higher than winter precipitation and with the period of moisture deficit in spring and early summer. It occupies mostly the regions of northeast China and eastern Russia west of the Lesser Hingan and in the low elevation belts of the southern Sikhote-Alin.
  • ポット リヒャルト
    セッションID: S1-8
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    Summer-green deciduous forests with the beech (Fagus sylvatica) form the regional potential natural vegetation of Central Europe. Beach forest communities dominate large parts of a long development in the interaction between climate, soil and man.
    Following the climatic improvements in the late Ice Age and thereafter, a number of different deciduous and coniferous trees advanced from their refuge areas. Governed by secular climate changes, they came in stages, from the first to the last type to migrate, over a period of 9000 years. From its various refuges in the Mediterranean area during the Glacial Periods, the beech took at least two different routes to North and Central Europe. Late glacial occurrences in Greece, near the Adriatic Sea, in the southern Alps, the Cantabrian Mountains, the Pyrenees and the Cevennes attest to their refuges. There might have been other refuges near the Carpathian mountains. The migration routes of the west and east provenances met in the northern part of the foothills of the Alps, and from there, the beech reached the central mountainous region of the Vosges Mountains, the Black forest, the Swabian Mountains and the Bavarian Forest in about 5000 BC. Since the middle of the Atlanticum, Fagus-pollen can be found in respective deposits in larger moors. At almost the same time, between 5000 and 4500 BC, the beech also reached the limestone and loess locations of the northern central mountains from the south-east. From there it very likely spread to the neighbouring loam areas in the sandy heathland of the north german coast (geest). We cannot rule out the possibility that the beech was spread by anthropo-zoogenical means, in northern Central Europe this is very likely to be the case.
  • 川村 健介, 秋山 侃, 横田 浩臣, 安田 泰輔, 堤 道生, 渡辺 修, 汪 詩平
    セッションID: S2-2
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
     大面積で起こる生態学的現象を長期的に評価・定量化しようとする場合,衛星リモートセンシングは有効なツールである。衛星リモートセンシングの主な利点に,大面積を面データとして定量化する広域性と,過去のデータにさかのぼって年次変動をモニタリングする長期的観測が可能な点があげられる。また,地理情報システム(GIS)およびGPSと組み合わせて利用することによって,より的確な予測モデルの構築が可能になると考えられる。
     中国内蒙古草原では,1950年代以降,過放牧の影響による草原の衰退および砂漠化の問題が深刻化している。この草原の保全と生産性の維持は,適切な放牧管理によって得られると考える。本研究は「中国内蒙古草原の保全と持続的利用のための定量的評価法の確立」を目的として,1997年より岐阜大学流域圏科学研究センターと中国科学院植物研究所の共同研究として進められてきた。具体的には,その草原がもつ家畜飼養可能頭数を地域別に提示できる牧養力推定マップの作成を最終的な目標としている。調査地は,近年特に土地の荒廃化が著しいシリン川流域草原(約13,000 km2)に設定した。
     これまでに,空間分解能30mをもつLandsat衛星を用いた過去20年間の土地被覆分類と,空間分解能は250-1100mと粗いが毎日データ取得可能なNOAAおよびTerra衛星を用いた草量・草質の推定と年次変化モニタリングを行った。この結果,1)1979年以降,放牧に適した草原は減少傾向にある。2)採草地における草生産量は気温と降水量の影響を強く受け変動する。3)放牧地における各時期の草量および草質は,放牧圧の影響を強くうけることが示唆された。現在,衛星から判読困難な羊群の採食の影響を評価するため,羊にGPSと顎運動測定器を取り付け,羊の空間的な分布と採食パターンから放牧強度の定量化を試みている。発表では,これまでに得られた結果を紹介し,衛星リモートセンシングの大規模長期生態学における利用可能性について考察する。
  • 小泉 逸郎
    セッションID: S2-3
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    本講演では、大学院時代から調査を続けている河川性サケ科魚類のメタ個体群構造およびその動態について、現在までに得られた知見を紹介する。また、この発表を通して、個人レベルで長期データを集積することの難しさ、および研究分野間のリンクの必要性などにも言及したい。

    北海道空知川に生息するオショロコマは本流では産卵せず小さい支流でのみ産卵するため、一本の支流を局所個体群の単位と捉えることができる。各支流では産卵メス数が10−20個体と非常に少なく、一本の支流のみで個体群を長期間維持するのは難しいかも知れない。そこで、空知川水系のオショロコマがどのような個体群構造を呈し、どのようなプロセスを経て長期間存続しているのかを知ることは個体群生態学上、非常に興味深い。
    まず、マイクロサテライトDNA解析を行ったところ、各支流個体群は独立して存在しているわけではなく、それらが個体の移住を介して水系全体でメタ個体群構造を形成していることが明かとなった。また、ここで遺伝的分化が認められなかった近接支流間でも、個体数変動は同調していないことが7年間(4支流)の個体数調査から示され、ここでもメタ個体群構造の仮定が満たされた。次に、メタ個体群の特徴である局所個体群の”絶滅”および”新生”が起きているかどうかを、81の支流におけるオショロコマの存在の有無から検証した。ロジステイック重回帰分析の結果、小さい支流では絶滅が起きている可能性が高く、よく連結された支流では絶滅後の新生率が高いことが示唆された。
    以上のDNAおよび野外データからHanski(1994)のパッチ動態モデルを構築し、メタ個体群動態のシミュレーションを行った。解析の結果、メタ個体群動態は上流域と下流域で2分されることが示された。さらに、オショロコマの長期存続のためには、この2つの地域を連結する中流域の小支流も重要であることが明らかになった。
  • 福島 路生
    セッションID: S2-4
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
     ダムによる流域の分断が淡水魚類に及ぼす影響を、北海道日高地方と北海道全域の2つの空間スケールを対象に、一般化線形回帰モデルによって定量的に評価した。日高地方では計125の地点において魚類採捕を行い、魚種ごとの生息密度に対するダムの影響を調べた。北海道全域では、過去40年間の魚類調査をデータベース化(文献数約900、調査件数6674、地点数3800)し、淡水魚の種多様度と種ごとの生息確率に及ぼす影響をみた。日高地方では4種の通し回遊魚(アメマス、サクラマス、シマウキゴリ、エゾハナカジカ)の生息密度がダムよって著しく低下していた。このうちはじめの2種(いずれもサケ科魚類)は魚道のないダムによってのみ影響を受けていたのに対して、残りの2種は魚道の有無にかかわらず影響を受けていた。淡水魚の種多様度については標高、流域面積、調査年などの説明変数に加え、ダムによる分断の有無が有意に影響した。ダムによる種多様度の低下量は全道平均で12.9%に及び、標高の低い地域ほど低下量が大きく、河口域の低下量は約9種に達した。河口堰の淡水魚類への影響が、いかに甚大であるかが分かる。得られた回帰モデルを元に、全道でダムによる魚類の多様度低下の現状をGISによって地図化した。また、全43種の淡水魚を個別に調べてみると、26種に対して、その生息確率が何らかの影響を受けており、うち10種は直接にダムによって生息確率が有意に低下していることが明らかとなった。中でもウキゴリ、ジュズカケハゼ、エゾハナカジカなど、小型の通し回遊魚への影響がやはり著しかった。既存の魚道はサケマスなど遊泳力のある魚類を対象に設計されてきたため、小型のハゼ科、カジカ科などの魚類に対しては効果が期待できないことが推察される。ダムによる分断は淡水魚の密度、多様度、種の分布すべてに対して負の影響を持つことが立証された。
  • 正木 隆, 柴田 銃江
    セッションID: S2-5
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    長期的に維持されているプロットで研究することは楽しい。その理由の最たるものは、なんといっても豊富なデータを思う存分解析できることである。しかし、たった一つのプロットでも、このような状態までもっていくことは大変な労苦を伴う。立ち上げから数年間は、毎週のように通わなければならない。学生はともかく、いろいろな雑用をかかえている研究者には重荷である。それを乗り越えて成功するためには、いくつかの条件がある。最も重要なこと、それは「チームでやる」ことである。一人ではしんどいことも、みなでやればやり遂げることができる。
     もう一つの条件として、具体的すぎる目的を設定しないことだと思う。欧米の気温の観測や太陽の観測などを見ていると、西洋では100年を越える長い測定が伝統のようになっていると思う。そこにあるのは、特定の現象を重点的に知りたい、という態度ではなく、目の前にあるものの姿をじっくりと記録したい、という、対象に対する畏敬の念から発しているような気がする。私には、長期観測研究が本当に長期たりうるか否かは、この辺に鍵があるように思う。
     以上のことを、我が身を材料にして、具体的に語ってみようと思う。事例は私が関わった小川学術参考林、とくにシードトラップを用いた長期観測データを解析した結果である。小川学参の種子生産の長期データから一体何が見えてきたか?いろいろと試行錯誤もあった思惟のプロセスを紹介してみたい。時間に余裕があれば、カヌマ沢渓畔林試験地における10年間の研究や、昭和初期から続いてきた試験地を引き継いで楽しんだ経験なども紹介したい。
     最後についでながら一言。一般論として、長期試験地の維持など役人は関心がないことを認識しておこう。なぜなら2年間で次のポストに異動していく彼らにとっては、1年後の課の予算獲得のことしか頭にないからだ。研究者が声を大にして主導していくしかない、と思う。
  • 宮木 雅美
    セッションID: S3-2
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    洞爺湖中島での16年間の植生モニタリングより,エゾシカ高密度個体群が落葉広葉樹林の森林動態に及ぼす長期的影響を調べた。
    エゾシカの樹皮食いによる枯死が1980年頃から増加し始めた。樹皮食いは,ハルニレ,ツルアジサイ,ミズキ,ハクウンボク,イチイ,ニガキなどの特定の樹種に集中して発生した。樹皮食いを受けた樹種の多くは,広葉樹林の中で他の樹種と混交しており,大きなギャップはほとんど形成されなかった。樹皮食いは1980年代はじめに集中し,選好性の高い樹種が消失したため,その後はほとんどみられなくなった。
    10cm以下の稚樹は,柵を設置した1984年後の数年間は多く発生したが,1992年頃になると減少した。2000年までの樹高1.3m以上の稚樹の加入は,柵内でも少なかった。林床の相対光量子密度は1.0_から_3.9%と暗く,柵内と柵外とで林床の明るさや成長率に差が認められなかった。
    林分構造の変化を,Y-N曲線を用いて比較した。柵の内外ともに,樹皮食いを受けなかった残存木は個体間競争が緩和され,間伐効果と同様な生長が見られた。柵外では,柵内と同様に上木が成長し,林床も暗くなり,シカがいなくても稚樹が成長する条件にはないことをしめしていると考えられる。
    シカによる森林の被害は,個体数増加の比較的早い時期に発生し,中程度の密度でその影響が目立ち始める。シカの適正密度として,稚樹の更新が可能なレベルを想定すれば,シカをかなり低い密度に抑える必要がある。しかし,更新が不可能でも,林冠が閉鎖し上木の成長が旺盛であれば森林は長期間維持されるので,適正密度は,管理目標に応じて幅広く設定することができる。
  • 岡田 秀明
    セッションID: S3-3
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    明治初期の乱獲と豪雪の影響で一時絶滅の危機に瀕したエゾシカはその後の保護政策によって次第に回復に向い、知床半島には1970年代に入って再分布した。1980年代以降、その生息動向について半島先端部と中央部で調査を継続している。
    半島先端部の知床岬地区では、航空機を使って越冬個体数の推移を追ってきた。調査開始の1986年のカウント数は53頭であったが、その後指数関数的に急増し、1998年には592頭を確認した。しかし、1998-99年冬に大規模な自然死亡が発生し、同年のカウント数は177頭へと激減した。ただし、死亡個体の齢・性別は0才とオス成獣が大多数を占めており、メス成獣の死亡が少なかったことから個体数は急激な回復を見せ、その後毎年一定数の自然死亡を伴いながらも、2003年には過去最高の626頭と再びピークに達し、翌2003-04年冬に2回目の群れの崩壊が生じた。
    また、半島中央部の幌別・岩尾別地区でも、春期と秋期にライトセンサスを継続しているが、知床岬地区と同様、1990年代の急増とそれに続く0才ジカとオス成獣を中心とした自然死、カウント数の減少、と類似した傾向が確認されている。
    一方、知床半島におけるエゾシカの分布状況については、これまで調査されていなかったが、越冬地の分布と規模を把握する目的で、2003年3月に、ほぼ半島全域(遠音別岳原生自然環境保全地域山麓以北)を対象にヘリコプターセンサス法による調査を実施した。その結果、合計3,117頭(最低確認頭数)をカウントした。これらのシカは標高300m以下に集中しており、それを越える地域での確認頭数は全体の約0.6%に過ぎなかった。またシカの越冬地分布は非連続的であり、知床岬をはじめとする4地域が半島全体での主要な越冬地であることがわかった。脊梁山脈をはさんだ分布の偏りは顕著であり、斜里側の確認頭数は羅臼側の約2.3倍であった。
  • 石川 幸男, 佐藤 謙
    セッションID: S3-5
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    知床岬においては、1980年代半ば以降に急増したシカの採食によって植物群落が大きく変質した。岬の草原と背後の森林を越冬地として利用するとともに、植物の生育期にもこの地にとどまっているシカは、1980年代初めまではほとんど観察されなかったが、1990年代終わりには春先で600頭を超える個体数が確認されるようになった。その後、個体群の崩壊と回復が起こっている。
     1980年代初頭まで、海岸台地の縁に位置する風衝地にはガンコウラン群落とヒメエゾネギ群落が分布していた。また台地上には、エゾキスゲ、エゾノヨロイグサ、オオヨモギ、オニシモツケ、ナガボノシロワレモコウ、シレトコトリカブトやナガバキタアザミ等から構成される高茎草本群落、イネ科草本(ススキ、イワノガリヤスやクサヨシ等)群落、およびクマイザサ、チシマザサやシコタンザサからなるササ群落も分布していた。
     2000年に行った現地調査の結果、ガンコウラン群落は消滅に近く、シカが近寄れない独立した岩峰などにわずかに残っていた。ガンコウラン群落が消滅した場所にはヒメエゾネギが侵入していた。かつての高茎草本群落も激減し、エゾキスゲ、エゾノヨロイグサ、オオヨモギ、オニシモツケ、ヨブスマソウ等はほぼ消滅した。クマイザサとチシマザサも現存量が著しく減少した。一方、1980年初頭までには6種のみだった外来種、人里植物は、2000年には20種が確認された。また、シカの不食草であるハンゴンソウとトウゲブキが群落を形成し、外来種のアメリカオニアザミも急速に群落を拡大しつつある。
     失われかかっているこれらの群落の保護を目的として、2003年より防鹿柵を設置して、ガンコウラン、ヒグマの資源であるセリ科草本、シレトコトリカブトなどの亜高山性草本の回復試験を開始している。またアメリカオニアザミの駆除も開始した。
  • 梶 光一
    セッションID: S3-6
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    世界で一番早く設定された国立公園であるイエローストーンでは,過去40年間以上にわたりエルクなどの有蹄類個体群に対し人為的な間引きを実施せずに,自然調節にまかせる(何もしない)という管理を行なってきた.その管理方針が適正であるか否かついて,主にエルクの増えすぎによる植生への悪影響をめぐって激しい論争が起こり,論争は現在でも継続している.
    世界自然遺産の候補地となった知床国立公園でも近年になって,高密度となったエゾシカによる自然植生への悪影響が問題とされるようになり,エゾシカ管理のあり方が問われている.エゾシカの爆発的増加が人為的な影響によるものか,あるいは自然現象によるものかによって,とりわけ国立公園内ではエゾシカの管理方針が異なったものとなるだろう.1980年代に,洞爺湖中島,知床半島,釧路支庁音別町等で,エゾシカの長期モニタリングが開始された.それぞれ,人為的に持ち込まれた閉鎖個体群,自然に再分布した半閉鎖個体群,牧草地帯に定着した開放個体群であり,天然林,原生林,牧草地と空間スケールも生息環境にも大きな相違がある.しかし,いずれの個体群でも年率16_から_21%の爆発的な増加が生じた.これらの調査地域では,低密度から出発し環境収容力と十分な開きがあったこと,保護下あるいは捕獲があってもわずかであった点で共通している.これらの事例は,エゾシカの高い内的自然増加率を示している.エゾシカは北海道開拓以来130年にわたって,乱獲と豪雪による激減と保護による激増を繰り返してきた.このような個体群の縮小と拡大は人為的な攪乱がなくても,歴史的に繰り返されてきた可能性も考えられる.知床国立公園におけるエゾシカの個体群管理は,対象地域に何の価値を求めるのか,あるいはどれくらいの時間スケールを考えるのかによって管理方針,すなわち natural regulation かcontrolかの対応が分けられるだろう.
  • 渡邊 定元
    セッションID: S4-1
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    特別天然記念物の指定を契機として,1954年より著者は北大舘脇操教授の指導の下に文化財の定時観測の意味をふくめて,アポイ岳超塩基性岩植物相の調査を主として馬の背登山道から幌満お花畑について機会あるごとに調査を行ってきた(渡邊1961,1970,1971,2002)。調査の過程で常に注目してきたのは超塩基性岩フロラの急速な劣化・衰退であった。それは,人間活動によるフロラの劣化もさることながら,動物散布による遷移の促進といった生態系管理の基本にかかる問題を含んでいた。アポイ岳では,この45年間で高山植物が生育するかんらん岩露出地が大幅にせばまってハイマツ林やキタゴヨウ林に遷移してきている。その遷移の機構は,まず南斜面のお花畑にホシガラスによってキタゴヨウの種子が貯食され,その一部は芽ぶく。15年を経たのちには樹高2.5m程度に達し,チャボヤマハギやエゾススキが侵入して,標高が低いなどの理由から,近い将来,森林に推移することが想定されている(渡邊1994)。急速な温暖化は,このテンポを確実に早めているとみてよい。お花畑の消失は,世界でアポイ岳にしかない固有種のエゾコウゾリナをはじめ,エゾタカネニガナ,アポイクワガタなどの植物を確実に消失させている。貴重種,稀産種の保護には,思い切った対策が必要である。1989年,北海道庁の委嘱を受けて,アポイ岳産主要植物の種ごとの衰退に関する調査と評価を行った。その後,1998年より行われている増沢武弘らの調査に加わり最新のフロラの動向について客観的な評価を行うことができた。この研究は,20紀後半の環境保全問題に焦点をあてる意味から,アポイ岳における超塩基性岩植物相の45年間(1954-1999)の劣化・衰退の現状を明確化するとともに,主要な種について過去50年間の動向について明らかにし,保全対策について提言する。
  • 佐藤 謙
    セッションID: S4-2
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    アポイ岳・幌満岳には、固有種を含む希少植物が多く知られ、それらの劣化が指摘されてきた。この点に関して、植生生態学の立場から論考する。
     両山岳の超塩基性岩地に成立する荒原・草原植生について、同じ群落面積に対して調査年を変えてそれぞれ多数の方形区を設定する「偽の永久方形区法Quasi Permanent Quadrat Method」により、植生変化とその主要構成種である希少植物の変化を確認した。アポイ岳では、大場(1968)、Ohba(1974)、筆者(1983年と1994年の調査)ならびに中村(1988)による過去の植生資料と、2001~2002年に調査した植生資料を比較し(佐藤2002, 2003b)、幌満岳では、1994年と2001年の植生資料を比較した(佐藤2003a)。
     その結果、アポイ岳では、2001~2002年に量的に少なかった希少植物は1994年以前にもほとんど同様に希少であり、植生と希少植物に明らかな変化が認められなかった。それに対して、幌満岳では、とりわけ固有種ヒダカソウが1994年と2001年の間に優占度が著しく減少し、開花結実個体が量的に激減した。以上の一因として、アポイ岳では1994年以前の古い時代に盗掘が進んでしまい、まったく衆人環視ができない幌満岳では1994年以降でも盗掘が続いたと考えられた。
     植物群落の立地把握によって希少植物の生育地を網羅した結果、例えば岩隙と岩礫地の両者に生育するヒダカソウは両山岳において生育地を違える結果が得られた。この点でも人為要因・盗掘の影響が示唆された。さらに、両山岳の絶滅危惧植物に関する保全策について、群落立地・種の生育地の実態と変化を見る観点から考察したい。
  • 増沢 武弘
    セッションID: S4-3
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    アポイ岳は基盤が超塩基性岩であるカンラン岩によって構成されている。特に稜線沿いは風化が進んでいないカンラン岩が露出している。この地質学的な条件に加え、夏期には海霧による気温の低下、冬期には海からの西風で積雪が少ないなどの気象条件により、古い時代から稜線に沿って、この環境に適応した高山植物が標高の低い山にもかかわらず残存し、また、隔離されてきたと言われている。
    近年、アポイ岳の稜線沿いに成立していた多年生草本植物群落の分布域は、木本植物の進入により急速に減少しつつある(渡辺 1990)。標高の低い位置から上部に分布を広げつつある顕著な木本植物はキタゴヨウ(Pinus parviflora var. pentaphylla)とハイマツ(Pinus pumila)の2種である。ここでは2種の植物の成長速度と樹齢について解析を行うことにより、この2種が、いつ、どの位置に侵入してきたかを推定し、その結果を報告する。樹齢の推定には、キタゴヨウの進入した場所では、遷移の進行の指標として年枝の測定を行った。1年に1節ずつ枝を伸張させるキタゴヨウの特徴を生かし、樹木の先端から年枝のカウントを行うことにより、植物を傷つけることなく樹齢を推定した。
    また、それらが今後、いかなる速度で分布を広げ、カンラン岩地に適応した草本植物群落内に侵入していくかについても、推定を行った結果を述べる。さらに、カンラン岩地に特有な植物が生育している土壌の性質についても、原素の化学的分析による結果をもとに報告を行う。
  • 西川 洋子, 宮木 雅美, 大原 雅, 高田 壮則
    セッションID: S4-4
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    絶滅が危惧されているアポイ岳の固有種ヒダカソウの個体群動態の特性と、盗掘による開花個体の減少が個体群の生育段階構造にもたらす影響について検討する。比較的盗掘の影響が少ないと考えられる生育地の合計3.2m2区域内で、根出葉と花の数による生育段階の個体センサスを3年間行った。センサスした個体は1年目が303個体で、3年目には主として生育段階が根出葉1枚の個体数の減少によって278個体になった。全個体数の約90%を占める根出葉1枚および2枚の個体は、それぞれ平均約65%が翌年も同じ生育段階を維持し、根出葉を増やしてより大きい生育段階へ移行した個体は、平均約20%及び10%であった。開花個体の割合は1%未満であり、開花した翌年は花をつけなかった。新規参入個体は2002年に31個体、2003年には17個体と少なく、死亡個体数を下回っていた。また、ヒダカソウの主要な個体群間で生育段階構造は大きく異なった。登山道沿いの個体群では、開花個体を含むサイズの大きい個体が極端に少ない傾向がみられ、開花個体が全くみられない集団も存在した。盗掘等による開花個体の減少が続けば、新たな個体の参入が減少し、個体群の維持が難しくなると考えられる。
  • 田中 正人
    セッションID: S4-5
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
     アポイ岳(標高810.6m)は、日高様似郡冬島の海岸線から4kmの距離に位置し、幌満川をはさんで東の幌満岳(685.4m)と対峙している。アポイ岳の頂上から北方へ尾根をたどると、吉田山(825.1m)やピンネシリ(958.2m)をへて日高山脈の南部に至る。
     これらのアポイ岳、吉田岳、ピンネシリをまとめてアポイ山塊というが、この山塊は、幌満岳とともに、中生代ジュラ紀(1億5千万年前)に始まり新生代第三紀末(約150万年前)まで続いたといわれる日高造山運動によって形成され、その主要な岩石はダンカンラン岩、カンラン岩、斜長石カンラン岩などの超塩基性岩で、幌満カンラン岩または幌満超塩基岩体といわれている。岩体の主体はダンカンラン岩であるが、長期間の風化にもかかわらず蛇紋岩化された程度は低く、山塊の尾根や斜面に露出している。
     このような地形や地質が特徴づけられる低山の尾根部分が、1)夏期に海霧の影響を受け気温が低下し、2)冬期は海からの風(西風)で積雪が減少する位置にあること、3)日高山脈などとともに第三紀を通じて陸地であったこと、4)山塊が超塩基性岩でなりたっていることなどが、古い時代からの植物を残存させ、隔離・保護・進化させる場所になったと考えられている。
     上記のような特殊な場所に成立してきた植物群落は近年、自然現象の変化および人為的な影響により急速に変わりつつある。特に人為的な影響は大きく、特殊な植物群落や固有種が極端に減少してしまった。そのような変化の実態を報告し、かつ現在どのように植生の保護および保全を行っているかを、これまでの成果をもとに述べる。また、地方自治体および地元団体の活動とそれによるアポイ岳の将来性についても述べる。
  • 谷内 茂雄
    セッションID: S5-1
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    流域は、水循環・物質循環、そして生態系保全の上で重要な空間単位であるが、その管理は容易ではない。なぜならば、流域には、本流-支流といった階層構造、河川を形成する上流-下流といった空間勾配があり、生態系を支える水循環・物質循環の特徴や生物群集・生息場所の構造は、この空間構造やスケールの影響を受けているからである。さらに、流域生態系を保全・修復する主体である人間も、行政による管理区分の多くが、流域の空間構造に合わせて階層的に設定され、それぞれに社会的意思決定の仕組みをもっている。階層ごとにものの見方や考え方に違いがあることを理解することが、実践的な生態系管理をおこなううえで大切となる。この違いを理解しないことがもとで、流域全体での意見調整が阻害され、生態系管理が困難になる場合が多いからである。
    したがって、流域生態系を保全・修復する上では、(1)流域の階層性に代表される空間構造に依存した、水質や生態系・生物群集の現状を的確に診断する方法を開発すると同時に、(2)複数の階層にまたがる管理主体のものの見方や考え方の違いを理解し、生態系診断の結果を、流域全体での適切な社会的意思決定にうまく役立てるしくみが必要となる。
    この問題に対して、われわれは、流域の階層性を考慮に入れた、「階層化された流域管理」という流域管理のモデル(考え方)を提唱している。琵琶湖-淀川水系における研究活動の中で、流域生態系管理の視点からは、(1)流域の階層(空間スケール)ごとに特徴的な水質・物質動態、生物間相互作用、生物群集の現状を把握する環境診断のための指標システムを構築すると同時に、モデルとGISを、人間活動、琵琶湖とその流入河川、各階層を結びつける架け橋となる「生態学的ツール」として使うことで、流域の水・物質循環と生態系のダイナミクスを総合的に把握する、(2)各階層の管理主体の問題意識をさぐる社会科学的な方法によって、その診断結果を保全・修復に適切につなげるのである。このようなコンセプトで、流域生態系管理の統合的な方法論を目指している。
  • 陀安 一郎
    セッションID: S5-2
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    河川の生態系と水質環境の状態を的確に表す指標を構築することは、生態学のみならずその応用面にも利用価値の高いものとなると考えられる。本発表では、安定同位体比を指標に用いた研究を紹介する。安定同位体比指標は、食物網構造の指標にとどまることなく物質循環の指標にもなるため、生態系の総合診断指標として用いることができる可能性がある。
    以下の例は、2003年度に総合地球環境学研究所P3-1「琵琶湖-淀川水系における流域管理モデルの構築」(代表和田英太郎)にて琵琶湖とその流入河川に関して適用したものであり、多くの共同研究者との研究の成果である。2003年6月に琵琶湖に流入する42河川の下流部での溶存ストロンチウム同位体比、硫酸態イオウ同位体比、陽・陰イオン成分、河川堆積泥および付着藻類の炭素・窒素同位体比を測定した。このうちSr、S同位体比は、琵琶湖のイサザの近年の同位体の変化に示唆を与えるものであった(中野孝教他未発表)。また2003年8月、9月に、琵琶湖に流入する32河川について、各河川の下流部での水草、河畔植生、魚類、ベントス、河川堆積泥および付着藻類の炭素・窒素同位体比を測定した。その結果、稚魚期の琵琶湖回遊のあと河川定着するトウヨシノボリは、河川環境の同位体的指標種として用いることが出来る可能性を示した。また、各河川の食物連鎖の長さに関しては、流域の富栄養化指標である窒素同位体比と負の相関があった(高津文人他未発表)。
    これらの研究は、2003年10月よりスタートしたCRESTプログラム「各種安定同位体比に基づく流域生態系の健全性/持続可能性指標の構築」(代表永田俊)にも引き継がれ、より綿密な調査を行っている。2004年度には、季節変動調査や、サンプリングサイズのスケーリング効果の調査、河川の流程に沿った調査、水生昆虫の多様性指標との比較、栄養塩や溶存ガスなどの同位体分析なども進行中である。
  • 竹門 康弘
    セッションID: S5-3
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
     河川の環境指標としての底生動物群集には,1)河床の比較的狭い面積から多くの種数を得られる,2)多様な分類群によって構成されるために環境条件への要求幅が広い,3)比較的分類が容易になったなどの利点がある.1980年代までは主に水質指標として位置づけられ,各種の有機汚濁や毒性物質への耐性に準拠した階級分けが行われた.近年は,河川の物理環境や川辺環境などを含めたトータルな環境指標として,総種数,各種多様度指数,環境変化に鋭敏なカゲロウ,カワゲラ,トビケラの3目の占める割合(EPT比)などが用いられている.また,河川生態系における群集の機能的な評価には,摂食機能群による群集組成の特徴が利用されるのが通例である.いっぽう,河川環境の物理的側面を示す指標として,安定環境で造網型トビケラ目が増えるという津田の遷移仮説に基づく造網型指数がある.この視点は河川環境評価の上で重要であるが,生態系評価の方法論として必ずしも発展していない.
     底生動物群集の環境指標性については,棲み場所構造や生活方法の視軸と餌資源特性や栄養段階の視軸とを区別して整理する必要がある.すなわち,河川環境の物理的な生息場所特性は,Imanishi (1941)や津田(1962)の生活形概念に反映し,利用可能な餌資源の種類と状態は,Merritt & Cummins(1996)の摂食機能群に反映すると考えられる.また,摂食機能群は,採餌の仕方に着目した類型であるため,実際の餌品目の構成と必ずしも対応していない,したがって,栄養段階の判定には胃内容分析による餌型の分類や安定同位体比による推定が必要となる.
     これらの視軸を合わせた座標系によって底生動物群集の特性を示すことは,水質の影響や群集多様性の解釈を行うためにも有効であると考えられる.本講演では,山地源流,渓流,平地河川,湧水,琵琶湖,深泥池の底生動物群集について,生活形,摂食機能群,餌型の構成比を比較することによって,棲み場所の物理構造へのインパクトと水質や栄養段階へのインパクトを統一的に解釈する方法論を探る.
  • 加藤 元海, Stephen Carpenter
    セッションID: S5-4
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    湖沼はその流域からの過剰なリンの負荷により、水の澄んだ貧栄養状態から植物プランクトンが大量に発生する富栄養状態へと突然変化をすることがある。この変化は突発的かつ不連続的に起こり、変化後の水質の改善は困難であることが多く、ときにはリン負荷量を抑制しても不可能な場合もありうるため、湖沼生態系管理上この「不連続的な富栄養化」の可能性に関する詳細な評価が必要とされている。しかしこのような不連続的な水質変化の可能性は多くの要因に依存し、その中でも湖沼形態や水温、沿岸帯植物の優占度などが挙げられる。ここでは、これまでの野外研究の知見に基づいた数理モデルを用い、これら上述の要因が不連続的富栄養化に与える影響を評価した。その結果、湖沼の平均水深と水温が不連続的富栄養化や富栄養化後の水質改善に対して重大な影響があることが分かった。特に浅い湖沼では、沿岸帯植物が湖底から巻き上がるリンの再循環を抑制する効果が大きく、不連続的富栄養化は起きにくかった。水温の高い湖沼では湖底からのリンの再循環が促進され、富栄養化は起こりやすく、富栄養化後の水質改善は困難であった。湖沼生態系管理上特筆すべきこととして、平均水深が中程度の場合、もっとも不連続的富栄養化が起こりやすく、水質悪化後の改善ももっとも困難であった。これは、深水層におけるリンの希釈効果があらわれるには浅すぎ、沿岸帯植物の効果があらわれるには深すぎるためである。ここで得られた結果は、物理的・化学的・生物学的な機構が複雑に相互作用して湖沼の不連続的富栄養化に影響しており、さらにこのことは湖沼生態系のみならず他の生態系においても不連続的な系状態の変化に大きく関与している可能性を示している。また、沿岸帯植物は植物プランクトンの抑制に影響を与える動物プランクトンや魚などの棲息場所ともなっており、栄養段階間のカスケード効果と沖帯-沿岸対相互作用を考慮した評価も検討する。
  • 野田 隆史
    セッションID: S6-1
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    近年の局所群集に関する研究成果の蓄積により,小空間スケールの群集構造とその決定機構は条件依存性が高く予測可能性も低いという認識が浸透しつつある.その一方,未だに多くの群集で,空間スケールとともに観察されるパターンがどのように変化するかはほとんど明らかにされてはいない.つまり,膨大なる研究の蓄積とは裏腹に,生物群集に関する予測性は未だ低いままであると言えよう.この現状を打破し,生物群集について一般則を探求するためには,研究の重心を従来の「局所(小スケールの)群集構造の決定機構の解明」から「空間スケールと群集構造の関係についての規則性の探索とその形成プロセスの解明」へとシフトさせることが得策であろう.この新課題に対して有効な研究アプローチとして,空間的階層アプローチ(調査地の空間配置を複数の入れ子状に設定する方法)を,構成種の生活史や種間相互作用が明らかにされている群集に適用することを提案する.本講演では,最初に生態学において頻繁に用いられるが誤用の多い空間に関する2つの概念(「スケール」と「レベル」)を簡単に説明する.続いて群集生態学の最近の進展について総括し,生物群集についての予測可能性を上昇させる上で特に重要だと考えられる研究課題を提示する.そして,この課題に対応した研究手法のひとつとして空間的階層アプローチの有効性を議論し,最後に空間的階層アプローチを用いることで解明できる群集生態学の重要なテーマを紹介したい.
  • 高田 まゆら, 宮下 直
    セッションID: S6-2
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    本研究は、スギ林床に生息するチビサラグモを用いて、パッチレベルにおける生物の個体数とその制限要因との関係性が、上位の階層である個体群レベルの要因からどのような影響を受けているかを明らかにした。千葉県房総半島におけるスギ林15ヶ所をそれぞれチビサラグモの個体群とみなし、各個体群でパッチレベルでのサラグモ個体数と造網のための棲み場所の量(以下、足場量)、および個体群レベルでの足場量と餌量、スギ林の面積を4つの発育ステージで調べた。
    まずパッチレベルでの個体数は、パッチ内での足場量と正の相関があった。次にパッチ内の足場量を共変量として共分散分析を行った結果、すべての発育ステージでパッチ内の個体数は個体群間で有意に異なっていた。つまり個体群レベルでの何らかの要因がパッチレベルの個体数と足場量の関係を相加的に変化させていた(相加効果)。重回帰分析の結果、この相加効果は、個体群レベルでの足場量の違いにより生じていることが推察された。
    次に個体群レベルの足場量がもたらす相加効果のメカニズムを知るため、まず発育ステージ間で相加効果の大きさを比較し、その効果が及ぶステージを特定した。その結果、幼体初期で最も大きく、発育ステージが進むほど小さくなり、次世代の幼体初期に再び大きくなっていた。つまり、相加効果は成体から幼体初期の間で働いていると推測された。個体群レベルの足場量とサラグモの繁殖率との間には関係がなかったため、相加効果は卵から幼体初期における個体群間での死亡率の差が原因と考えられた。個体群レベルの足場量の違いが幼体初期の個体群間での死亡率の差をもたらしているという仮説を検証するため、現在、広範囲の足場量とサラグモ個体数を操作したエンクロージャー間でサラグモの死亡率を比較するという野外実験を行っており、その結果も併せて発表する。
  • 奥田 武弘, 野田 隆史, 山本 智子, 伊藤 憲彦, 仲岡 雅裕
    セッションID: S6-3
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    地域スケールの種多様性の緯度勾配は生態学において最も普遍的なパターンのひとつである。しかし、地域スケールの多様性の空間的構成要素(α・β多様性)の緯度変異とその決定機構はよくわかっていない。また、相対的現存量を考慮した多様性尺度における緯度勾配パターンもよくわかっていない。
     そこで、岩礁潮間帯固着生物群集を対象に空間スケールを階層的に配置した調査を行い、1)地域多様性の緯度勾配は存在するのか、2)地域多様性における各多様性成分の緯度勾配とその相対貢献度は空間スケールに依存してどのように変化するのか、3)種多様性の緯度勾配は種の豊度とシンプソン多様度指数で異なるのか、について調べた。
    日本列島太平洋岸(31°Nから43°N)に6地域、各地域内に5海岸、各海岸内に5個の調査プロットを設定し、固着生物を対象として被度と出現種数を2002年7月と8月に調査した。被度からシンプソン多様度指数を、出現種数から種の豊度を求め、空間スケールに応じて加法的に分解した(γ=α+β)。また、γ多様性に対するα多様性とβ多様性の貢献度の空間スケール依存性を地域間で比較するためにABRアプローチ(Gering and Crist 2002)を用いて解析を行なった。その結果、地域の種の豊度において明瞭な緯度勾配が見られた。また、海岸間の種組成の違いに緯度勾配が見られたが、その他の多様性成分には緯度勾配は見られなかった。一方、シンプソン多様度指数では全ての空間スケールで緯度に伴う明瞭なパターンは見られなかった。ABRアプローチの結果、種の豊度においては低緯度ほどβ多様性の相対的貢献度が高くなっていたが、シンプソンの多様度指数では緯度に伴うパターンは見られなかった。以上の結果から、普通種の相対的現存量には緯度に伴った変化はなく、海岸間での希少種の入れ替わりが地域の種の豊度における緯度勾配を生み出していると考えられる。
  • 島谷 健一郎
    セッションID: S6-4
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    森林は生物の集合体である。単なる数字としてのデータを追いかけ回すだけでは、容易に自然の真理には近づけない。当然のことながら、携わる者には、両者の素養、さらには両側の研究者からの助言や協力が不可欠である.概してこのような場合,生態学者と統計学者がそれぞれの専門を生かして役割分担する分業的研究スタイルが採用されがちであるが,実際の生物を知らない統計学者と、統計学者の出した結果を盲目的に信ずるしかない生態学者が役割分担するだけでは,生態系の真理に迫れない.本研究では、故林知己夫統計数理研究所名誉教授らが提唱した「データの科学」の研究スタンスを受け継ぎ、分業的でない研究スタイルで森林群集データを扱っている.
    樹木の空間分布パターンは,標高などの環境傾度に沿って変化する場合がある.例えば低地ではランダムに分布するが標高が高いとパッチ分布をなし,かつパッチの密度や大きさも変化する.このような点分布をもたらすモデルとして,Thomas processと
    inhomogeneous Poisson process の融合が考えられる.即ち,inhomogeneous Poisson processでは点密度を傾度に沿って変化させられる.Thomas processは,ランダムに分布する親のまわりに子供が2次元正規分布的散布されたパッチ分布をモデル化する.これらを組合わせれば,パッチ密度,パッチ内個数,パッチサイズが傾度に沿って変化する空間パターンを創作できる.この点過程の2次モーメントはその2地点の位置に依存する4変数函数であるが,簡略に1地点の傾度値と2点間の距離の2変数で近似できる.これを使えば,傾度に沿って変化する空間パターンを視覚的にグラフで表示でき,実データからのパラメータ推定も簡易に行うことができる.本研究では,これらを北海道知床半島トドマツ個体群に適用し,その空間パターンの標高に
    沿った連続的変化を撹乱履歴と関係付けて議論した.
  • 巌佐 庸, シュリヒト ロベルト, 佐竹 暁子
    セッションID: S6-5
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    空間的な側面をとりあつかう理論生態学の話題から、2つの話題を取り上げたい.
    [1]スケールフリーを示すベキ乗則が出現する機構:
     森林の植生高の空間分布やムラサキイガイ群集の空間分布のデータによると、クラスターサイズ分布などにさまざまなベキ乗則が成立することが知られている.一般に野外で観測される地形や物理的量は,大きなスケールになるとさらに大きな起伏の変動を示し,空間の尺度と物理量の尺度を適切に調整すると,小さな部分でも大きな部分でも統計的に相似になるという性質(自己相似性)をもっている.森林やイガイ群集のベキ乗則は、それらの生態系が同様な性質を持つことを意味する.つまりどの空間スケールにも同等な変動があり、特定の空間スケールがない、つまり「スケールフリー」を体現するものと解釈されている.
     このベキ乗則は、隣接相互作用により攪乱が拡大するモデルでも生じる.我々は隣接サイトの平均よりも樹高が高いと枯れやすいとするモデルにおいて、幅広い範囲でベキ乗則が成立することを示す.このモデルはもともと縞枯れ現象のために提唱されていたモデルを対称化したものだが、撹乱と修復が波状に移動する傾向をもっている.
     近年プリンストングループによって、ムラサキイガイ群集の構造についての格子モデルによって、3状態モデルにおいてはベキ乗則が広い範囲で成立するが、2状態モデルではそれが不可能であり、2状態と3状態では、モデル性質が大きく異なると主張されている.我々の撹乱拡大モデルをもとに、彼らの主張の当否について議論する.
    [2]土地利用変化の空間マルコフモデル:
     土地利用の変化は、生態系の動態に加え個々のサイトの所有者の意思決定によって生じる.個々のサイトが生態系の遷移動態や自然撹乱に加え、将来を考えた経済的価値(Present value)の高い方へと変化させる土地利用変化の傾向があるとする空間マルコフモデルを提唱する.その結果、個々の所有者の効率的選択が、生態系全体としての効率的管理をもたらす状況と、そうでない状況とがあることを示す.
  • 夏原 由博
    セッションID: S6-6
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    メタ個体群理論から,地域に散在するすべての生息適地が個体群によって占有されているのでなく,占有率は再移住率と絶滅率によって平衡に達することが示唆されている.両生類のように移動距離や経路が限られる生物では,土地被覆のモザイクすなわち景観の配置が再移住率を通じて,生息地の占有率に大きな影響を及ぼすことが予想される.一方,パーコレーションモデルではそのような生息地間の連結性の消失が生息地の消失によってある狭い範囲で急速に進むことが示されている.そして,生息場所の分断によって孤立した個体群では,確率論的な個体数のゆらぎによる局所絶滅からの回復が期待できない.演者はまず大阪で絶滅危惧地域個体群に指定されているカスミサンショウウオが,メタ個体群が単位の生息地の孤立化によって,地域スケールでの分布と個体数が減少した可能性を示し,次にメタ個体群存続可能性分析によって,景観スケール内で局所個体群の孤立によってメタ個体群が崩壊しつつあるプロセスを示すことによって,本種の衰退プロセスを組み立てる.こうした景観解析と生態プロセスの関係の解明を補強するものとして分子マーカーの利用による景観遺伝学を紹介し,3者の結合により開かれつつある景観スケールでの生態学の展望を示したい.
  • 三橋 弘宗
    セッションID: S6-7
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    保全に関連した研究の到達点の一つは、野生生物の生息可能性とこれに寄与する環境要因や生物間相互作用の影響を定式化して、空間的に評価することにある。端的に言えば、地図として生息可能性の濃淡を塗り分けることだ。地図化を行うことで、異なる分野の地図とのオーバーレイが可能となり、コンフリクトが生じている地域を視覚的に検出することが可能となる。土木工事や大規模開発による環境の改変による生物種の分布動態を予測することを念頭をおけば、単に生物の分布リストから分布図を作成するだけでなく、生物と環境との関係性から評価しなければ、環境改変による影響を定量化することが出来ない。さらに言えば、比較的小スケールの生息場所評価だけでなく、隣接する生息場所の状況も検討しなければ、環境改変による周辺への波及効果を予測できない。周辺に良好な生息場所が広がっている場合と孤立化している場合では同じ面積の開発でも影響が異なると予想される。つまり、生態系保全という目的を掲げる限り、隣接関係の記述は避けて通れない。多くの生物が、移動分散を繰り返して生息することを考えれば当然のことであるが、問題は、隣接関係を参照する空間スケールをどのように設定するか、という点にある。
    今回の講演では、カスミサンショウウオとタガメ等のいくつかの材料を取りあげ、隣接関係の空間スケールの設定に関する方法論を検討し、地図として生息場所評価を試みた事例を紹介する。また、材料となる生物種によって影響する隣接関係の範囲が極めて異なること、解析する空間範囲によっても影響する環境要因が変化することを具体的な事例から紹介し、比較的小スケールでの生態学的な研究成果を広域的に敷衍する方法を示す。
  • 鷲谷 いづみ
    セッションID: S7-1
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    2000年に未来環境創造型基礎研究推進制度研究課題として採択されて実質的なスタートをきったサクラソウの「エコゲノムプロジェクト」は、送粉者との生物間相互作用および繁殖特性・種子特性が支配する遺伝子動態と個体群動態のダイナミックな連環についての基礎科学的な理解の深化とともに、野生植物の保全戦略構築への寄与をめざす統合的な研究プロジェクトである。すでに比較的多くの生物学的・生態学的知見が蓄積しているサクラソウを他殖性野生植物のモデルとして取り上げ、QTLに支配される量的形質の一種とみることのできる適応度成分や送粉昆虫との相互作用に係わる適応的形質を連鎖地図に位置づけることをめざす。一方で、野外調査等で取得した詳細な生態データにもとづいて有性生殖、クローン成長およびそれらに伴う遺伝子流動をモデル化し、絶滅における遺伝的過程と個体群過程のからまりあいを解明するとともに絶滅リスクと遺伝的多様性に係わる予測手法の確立をめざす。今後のさらなる発展を期して、プロジェクトの背景とめざすところを紹介する。
  • 津村 義彦
    セッションID: S7-2
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    分子遺伝学的な技術の進展は目を見張るものがある。また塩基配列データも膨大なデータが多くの生物種で登録されている。この技術と情報をうまく組み合わせることにより、野生生物種の遺伝解析が容易に行えるようになってきた。特に希少種については、遺伝的多様性の大きさが将来の世代の存続にも係わる重要な問題となる。DNAレベルの解析では種内の遺伝的多様性、集団間の遺伝的分化程度、近親交配の程度などを定量化でき、量的形質との関連も明らかにできるため、保全研究にとっては特に有用な情報を得ることができる。
    本発表では希少種の保全研究にどのような遺伝的アプローチを取るべきかを解説する。また将来にわたって取るべき情報と今後の技術の進展により得られる知見等についても議論したい。
  • 本城 正憲, 上野 真義, 津村 義彦, 鷲谷 いづみ, 大澤 良
    セッションID: S7-3
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    生物種は固有の進化的プロセスを経た地域集団から構成されており、種の保全においては、各集団の遺伝的特徴や遺伝的関係を考慮して保全することが重要である。本研究では、絶滅危惧植物サクラソウを対象として、種子や栄養繁殖体による歴史的な分布拡大過程を反映する葉緑体DNA、花粉による集団間の遺伝子交流を反映するマイクロサテライトと異なる特色を持つ遺伝マーカーを指標として、国内の分布域全域にわたる70集団の遺伝的変異を把握することを試みた。

    日本全国から30個の葉緑体DNAハプロタイプが見出され、それらは大きく3系統に分化していた。ハプロタイプの多くは地域特異的に分布していたが、中には北海道と中国地方に隔離分布するものや中部地方以北に広域分布するものもあった。異なる母系に属する集団が20km圏内といった比較的狭い範囲に隣接して存在する地域が認められた。マイクロサテライト5座を指標として集団間の遺伝的関係について分析した結果、集団間の地理的距離に応じて遺伝距離も大きくなる傾向があり、地理的に近い地域集団は遺伝的にも類似していることが示された。これらの遺伝構造は、過去から現在までのさまざまな進化的プロセスを反映した結果であると考えられ、人為的な遺伝的撹乱が生じないように留意しながらそれぞれの変異を保全していく必要があるといえる。もし衰退した集団の回復を目的として植物体を他の場所から移入する場合には、生態的・形態的特徴などに加え、本研究で明らかにされた遺伝的変異を踏まえて行うことが必要である。各地域集団の遺伝的特徴に関する情報は、盗掘された株や系統保存されている株の出自の検証、および他地域に由来する株の野外への逸出を把握するうえでも有用であろう。
  • 北本 尚子, 上野 真義, 津村 義彦, 竹中 明夫, 鷲谷 いづみ, 大澤 良
    セッションID: S7-4
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    サクラソウ集団内の遺伝的多様性を保全するための基礎的知見を得ることを目的として、筑波大学八ヶ岳演習林内に自生するサクラソウ集団を対象に、_丸1_花粉と種子の動きを反映するマイクロサテライトマーカー(SSR)と、種子の動きを反映する葉緑体DNA(cpDNA)多型を用いて遺伝的変異の空間分布を明らかにするとともに、_丸2_遺伝構造の形成・維持過程に大きな影響を及ぼす花粉流動を調査した。
    7本の沢沿い分集団と1つの非沢沿い分集団に分布する383ラメットの遺伝子型を決定した。SSRを指標とした分集団間の遺伝的な分化程度はΘn=0.006と非常に低かったことから、分集団間で遺伝子流動が生じていることが示唆された。一方、cpDNAで見つかった4つのハプロタイプの出現頻度は沢間で大きく異なっていたことから、沢間で種子の移動が制限されていると推察された。これらのことは、現在の空間的遺伝構造は沢間で生じる花粉流動によって維持されていることを示唆している。
    次に、沢沿いの30*120mを調査プロットとし、SSR8遺伝子座を用いて父性解析を行った。30m以内に潜在的な交配相手が多く分布する高密度地区では、小花の開花時期により花粉の散布距離に違いが見られた。すなわち、開花密度の低い開花初期と後期では45_から_80mの比較的長距離の花粉流動が生じていたのに対して、開花密度の高い開花中期では平均3mと短い範囲で花粉流動が生じていた。一方、30m以内に交配相手が少ない低密度地区では、開花期間をとおして平均11m、最大70mの花粉流動が見られた。このことから、花粉の散布距離は開花密度に強く依存することが示唆された。花粉媒介者であるマルハナバチの飛行距離が開花密度に依存することを考えあわせると、開花密度の低いときに生じる花粉の長距離散布は沢間の遺伝的分化も抑制している可能性があると推察された。
  • 安島 美穂, 鷲谷 いづみ
    セッションID: S7-5
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
     植物にとって種子は,唯一の可動体であるとともに,生育に不適な環境を回避するための手段でもある.そのため,その時空間的分散に関する戦略は多岐にわたっており,植物個体群の維持メカニズムの解明や存続可能性の推定,あるいは遺伝子流動の把握や遺伝的多様性の評価などにおいては,種子分散とその後の種子による個体の更新の過程を詳細に理解することが不可欠である.サクラソウエコ・ゲノムプロジェクトにおいては,種子に関わる生活史戦略の詳細な解明がなされたが,本講演では,それらのうち空間的・時間的分散に関わる特性について報告する.
         
     サクラソウの種子は,空間的分散のための特別なしかけをもたず,一次的には,親植物から15cm以内に約80%の種子が散布された.長距離分散は,稀な出水や斜面崩壊などに伴っておきることが予想される.
     一方,サクラソウ種子は散布時の休眠状態が,冷湿処理および変温条件によって解除されること,冷湿処理の効果は,その回数にも依存しており,複数回の処理により発芽率がさらに向上することなどが発芽試験により確かめられた.これらの特性は,発芽に不斉一性をもたらし,永続的シードバンクの形成に寄与するものと考えられるが,自生地での播種実験,および種子埋土実験によってもそれが裏付けられた.裸地の地表下0.5cmに播種した種子では,複数年にわたって実生発生がみられ,発芽に好適な条件下でも発芽は不斉一に起きることが確かめられた.一方,2cm以深においた種子では,発芽はほとんど見られず,約60%の種子が少なくとも2年間生残した.サクラソウの種子は,発芽特性によって発芽の適地とタイミングを選択して実生を発生するか,もしくは永続的シードバンクを形成することによって時間的に広く分散し,確実な次世代の実生更新のための危険分散がなされていることが示唆された.
  • 永井 美穂子, 西廣 淳, 鷲谷 いづみ
    セッションID: S7-6
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    異型花柱性植物は基本的に自家・同型不和合性である。部分的に自殖可能な花型を持つ異型花柱性植物では、送粉効率が低下した時の個体群の運命は自殖率および近交弱勢の程度に依存すると予想される。すなわち、自殖による近交弱勢が強くなければ、自殖後代の遺伝子型が個体群内で頻度を増し、自殖できない花型が消失して異型花柱性という繁殖システムの崩壊を招く。一方、近交弱勢が非常に強ければ世代の更新が妨げられ、個体群の縮小や消失をもたらす。現在サクラソウは多くの個体群で送粉環境が悪化しており、保全のためには各個体群のおかれた状況に応じて2つの危険性のうちどちらの可能性が高いのかを判断する必要がある。そこで、サクラソウの生活史段階を通じて発現する近交弱勢の程度を明らかにするため、北海道日高地方の1個体群において自殖処理と花型間他殖処理の間で受精・結実や制御環境および野外での次世代の生存・成長を比較した。
    その結果、長花柱型の一部のジェネットで部分的な自家和合性が認められたが、制御環境下における自殖後代の発芽率は他殖後代と比べて著しく低く、生育初期には自殖・近親交配家系に1遺伝子座支配と推定される葉緑体欠損による死亡が高頻度で観察された。生き残った個体のサイズも自殖後代のほうが他殖後代より有意に小さかった。自生地へ播種した場合にも、実生の発生数や発芽後3-4年目の個体サイズは自殖後代の方が小さく、開花に達する個体も少なかった。すなわち、自殖可能なジェネットでも生育初期に発現する劣性致死遺伝子や成長・繁殖段階に発現する弱有害遺伝子により0.9以上という強い近交弱勢がはたらくことが明らかとなった。
    よって、急に分断化されて送粉が不十分になったサクラソウ個体群では、近交弱勢による世代更新の失敗から個体群が衰退する可能性が高いと推測される。危機を回避するためには、結実だけでなく実生の定着状況をモニタリングして適切な管理を行う必要がある。
  • 石濱 史子, 上野 真義, 津村 義彦, 鷲谷 いづみ
    セッションID: S7-7
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    自然個体群では、遺伝子流動の範囲が限られていることなどにより、血縁個体が集中分布することが多い。このような場合、近隣個体間の交配は近親交配となり、受精後の生活史段階で近交弱勢が発現する可能性が高い。従って、受精後過程で自然選択が作用した後では、遺伝子流動に対する近隣個体間の交配の寄与が相対的に低下し、実質的な遺伝子散布距離が大きくなる可能性がある。このような自然選択の作用後の遺伝子流動を、有効な遺伝子流動と呼ぶ。有効な遺伝子流動の範囲を把握することは、個体群間の遺伝的分化を考える上で不可欠である。また、生息地分断化などによって個体群が有効な遺伝子流動の範囲以下に縮小している場合には、種子生産の低下に繋がる可能性もあり、保全上も重要である。
    サクラソウの北海道日高地方の自生地において、定着個体の遺伝構造に基づいた有効な遺伝子流動の間接推定と、実験個体群での父性解析による実生段階での花粉流動と種子散布の直接推定を行った。マイクロサテライトマーカー10座の遺伝子型から、半径15m以内の個体間で、有意に正の血縁度が推定された。血縁度の指数に近交弱勢が比例し、自殖で生じた子の適応度低下を90%と仮定した計算から、近隣個体間での近交弱勢の強さを推定した。特に血縁度が高い(>0.05) 、親間距離が5m以内の交配による子の適応度低下は、約19%と推定された。父性解析による花粉流動の直接推定では、散布距離の標準偏差と近傍サイズは7.61m と41.2個体、遺伝構造からの間接推定による有効な遺伝子流動ではそれぞれ15.7 m と50.9個体であり、有効な遺伝子流動の方が範囲が広い傾向だった。これらの結果から、自然個体群での血縁構造に由来した近交弱勢が、遺伝子散布距離に影響している可能性が示唆された。
  • 上野 真義, 田口 由利子, 永井 美穂子, 大澤 良, 津村 義彦, 鷲谷 いづみ
    セッションID: S7-8
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/07/30
    会議録・要旨集 フリー
    個体の適応度は個体群の存続に大きく影響することから、適応度に関する情報は個体群の存続についてモデル構築を行う際には重要である。適応度を減少させる近交弱勢と他殖弱勢は絶滅危惧種個体群の保全や復元に際して考慮すべき事項である。近交弱勢は個体数の減少にともない表面化し、致死因子や弱有害遺伝子がホモ接合体になる確率の増加が原因と考えられている。一方で他殖弱勢は局所的環境に適応した個体群間に由来する個体の交配後代で表れることがあり、適応した対立遺伝子や共適応遺伝子複合体(coadapted gene complex)との関係が示唆されている。しかしながらこれらの遺伝的機構は完全に解明されているわけではない。従って近交弱勢と他殖弱勢に関してその機構を明らかにすることにより、個体群の持つ遺伝的変異や遺伝構造と絶滅確率の関係をより正確に定量化することができる可能性がある。
    適応度に関連する形質は一般に複数の遺伝子座(Quantitative Trait Loci: QTL)が関与し環境の影響も受けて量的な変異を示す。このようなQTLを解析するにはDNAマーカーでゲノム全体の連鎖地図を構築し、対象とする量的形質に連鎖したマーカーを解析する方法(QTL解析)が有効である。個々のDNAマーカーは自然選択に対して中立であるが、連鎖を利用することによって単独のDNAマーカーでは困難な量的形質に関する十分な洞察を得ることが可能となる。
    本研究ではサクラソウ保全の観点から適応度に関連する諸形質を連鎖地図上に把握することを目標にしている。そのための家系を育成し、両親間で多くの多型が期待できるマイクロサテライトマーカーを主に用いて連鎖地図の構築を行っている。本発表では現在までの進歩状況を報告し連鎖地図を用いることにより得られる知見と保全への応用に関して議論する。
feedback
Top