ミニ特集:計算化学:予測と実践
ミニ特集にあたって:大型計算機の高性能化やワークステーションの普及により,理論化学計算によって実験結果を深く考察し,より洗練された反応や優れた性能を示す触媒の開発につなげていくという研究プロセスは,いまや一般的になりつつある.さらに近年では,機械学習を活用してどのような反応が起こるか事前に予測して,効率的に研究を進める試みも一定の成果を収めるようになってきた.今回のミニ特集では,この分野で最先端の研究を展開されている先生方に,最新の研究成果をご紹介いただいた.
表紙の説明:61巻偶数号の表紙を飾るのは,ピクトグラムである.様々な分野で活躍するファルマシア読者の姿をイメージしてデザインした.ご自身の姿と重なるピクトグラムは見つかるだろうか.見つからないという方は,ご自身の姿を表現するピクトグラムを思い浮かべてほしい.表紙のイメージよりも多くの分野の方々にファルマシアが届くことを願っている.
データサイエンスと実験現場の現状の差は、DXが注目されても、中々埋まらない。それはバーチャル空間研究者と実体空間の研究者の意思疎通をする唯一の言語であるデータに対する認識が大きく異なるからだ。この解決はデータキュレーションの実行であるが、この意味すら正しく理解できていない。DXに一番必要なことは、両者の認識の統一である。
メタ-二置換ベンゼンの生物学的等価体,イオンペア試薬を使用しない核酸医薬品のLC-MS分析法,水虫が発がんに関与する可能性,高感度の赤色/遠赤色光スイッチで遺伝子発現を制御する,糖尿病のリスク評価に相対脂肪量(RFM)は有効か?,スイッチOTC化の加速
不斉触媒、クロスカップリング用触媒等、分子触媒は有機合成において日常的に用いられ、有機分子の合成に不可欠である。医農薬品、ゴム、プラスチックなど我々の身の回りの化学品の提供にも分子触媒の活用が鍵となる場面は数多い。そんな触媒開発の効率化を実現する要として、近年、機械学習が大変な注目を浴びている。本稿では有機合成における分子触媒開発の新展開につながるデータ科学研究について紹介する。
機械学習の進歩は目覚ましく、さまざまな分野へ応用されている。本稿では、研究開発から工業生産のあらゆるプロセスで不可欠な最適化について機械学習を用いた有機化学分野での最適化事例として、反応条件の最適化および触媒設計プロセスの最適化について紹介する。本稿が読者の活動の一助になれば幸いである。
化学に量子力学を適用した量子化学の分野では,原子・分子の化学反応に注目し,量子化学計算から求められる電子状態から化学反応性を明らかにしようとする試みが続けられてきた.軌道相互作用や化学的硬さ,エネルギー分割法といったこれまで量子化学の立場から提案されてきた化学反応性理論を振り返り,新たな反応性理論の構築に向けた展望を考察した.
現代の化学では、量子化学計算やAIを用いた分子の物性や化学反応のエネルギー計算が進んでいるが、有機合成、特に天然物全合成ではバーチャルシミュレーションの利用が進んでいない。全合成における最適なシミュレーションの活用例として、合成経路の評価や適切な試薬の提案が挙げられ、効率的に研究を推進することが可能となる。本稿では、天然物のバーチャル合成とリアル全合成に関する筆者らの研究について紹介する。
量子化学計算を活用した有機合成反応経路の自動探索は、新しい反応の開発に役立つ。AFIR法(人工力誘起反応法)では、入力構造から全ての反応経路を自動的に探索し、遷移状態や中間体を特定できる。これにより、従来の有機化学の化学知識や経験に依存せず、複雑な反応経路を効率的に予測可能となった。筆者らは、AFIR法を使った逆合成と順合成によって、α,α-ジフルオログリシンなどの化合物合成に成功した。
Toll 様受容体3 (toll-like receptor 3:TLR3)は, 私たちの身体に先天的に備わる防御システムである自然免疫系において重要な分子である. 近年, TLR3が免疫細胞のみならず, 血管内皮細胞, 血管平滑筋細胞といった血管構成細胞に発現していることや, 血管機能に影響を及ぼし病態形成・進展に関わることが明らかとなってきた. 本稿では, TLR3シグナルの活性化がどのように血管機能に関わっているのかについて紹介する.
エピゲノム異常は突然変異や染色体欠失と同様、がん抑制遺伝子の不活化を引き起こすことで発がんの原因となる。がん細胞では多数の遺伝子においてエピゲノム異常が認められるが、これらの異常は薬剤により取り除くことが可能であり、DNA脱メチル化薬やヒストン修飾酵素・脱修飾酵素の阻害剤はがんに対する治療薬として既に実用化されている。本稿では、がんにおけるエピゲノム異常とそれらを標的としたがん治療の現状と展望について述べる。
2003年、私はそれまでの酸分泌細胞研究を離れ、官民共同プロジェクトであるトキシコゲノミクスプロジェクトに参画した。完成したトランスクリプトミクスデータベースによる毒性予測というコンセプトは魅力的だが、完全に使いこなすには困難がある。特に遺伝子と毒性を結びつけるオントロジーの充実が最大の課題であろう。私自身は後世の飛躍的な技術革新を待ちつつ、余生は地道なウエット実験の研究生活を続けたい。
筆者は、熊本大学 大学院薬学教育部 博士後期課程在学時の 2022 年 3 月から 2023 年 3 月までの約 1 年間、シンガポール国立大学工学部の Jun LI 教授の研究室に研究留学する機会を頂いた。本稿では、留学準備から現地での生活、ラボでの生活やその中で感じたことについて紹介したい。
「人は何故病気になるのか?」という小さいころからの疑問を追究するため、博士課程への進学を決めた。進学に際し金銭的な不安がある中、長井記念薬学研究奨励支援事業によって経済的・精神的にサポートしていただいたことで安心して研究に向き合うことができた。これまで支えてくださった方々への感謝の気持ちを忘れず、今後も研究を続けていきたい。
長井記念薬学研究奨励支援事業に申請する過程で,自らの研究計画を整理することができた.さらに申請書作成の経験は以降の研究申請等にも役立った.採択後は本事業の支援によって研究時間を確保することができ、学位取得に繋がった.申請時や採択後に得られた知見は大学教員となった現在でも研究や教育に活かされている.本事業の採択者として今後とも精進していきたい.
光学的に純粋な化合物を得る不斉合成は,医薬品合成に必要不可欠な技術である.速度論的光学分割は,キラルな反応剤がラセミ体の一方のエナンチオマーと選択的に化学反応を起こすことで,もう一方のエナンチオマーと分割できる(図1A).しかし,この手法では最も理想的な条件下でも化学収率が50%を超えることはない.一方,「動的」速度論的光学分割では,出発物質にラセミ化平衡があるため,反応するエナンチオマーを絶えず供給でき,理論上100%の化学収率で光学的に純粋な生成物を得ることができる.今回Guanらは,この動的速度論的光学分割を活用したジアントラニリドの触媒的面性不斉合成を開発したので,本稿にて紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Guan C.-Y. et al., Nat. Commun., 15, 4580(2024).
2) Olszewska T. et al., J. Org. Chem., 69, 1248-1255(2004).
ベンゼン環やピリジン環などの芳香族化合物/芳香族複素環化合物は,古くから医薬品設計において重要な役割を担ってきた.さらにクロスカップリング反応等の官能基化手法も発展したことで,今後の創薬化学研究においても不可欠な構造単位となっている.しかしながら,芳香環の平面性および高い脂溶性は,しばしば医薬品の溶解性や代謝安定性を損なうことが課題とされている.そのため近年,芳香族化合物を脱芳香族化しsp3炭素を多数有する構造へと変換することが,医薬品の物理化学的特性を改善し,より安全かつ有効性の高い治療薬を創出するための有力な戦略として注目されている.そのような背景のなか,本稿では後期段階飽和化反応(late-stage saturation: LSS)によって,薬物の物理化学的/薬物動態的特性を向上させる新しい方法論が提唱されたので紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Lovering F. et al., J. Med. Chem., 52, 6752-6756(2009).
2) Liu D.-H et al., J. Am. Chem. Soc., 146, 11866-11875(2024).
シャボンノキ(Quillaja saponaria)の樹皮から得られるトリテルペノイドサポニンQS-21(図1)は,優れた免疫アジュバンド活性を持ち,多くの臨床試験が進められている.QS-21は,C-28位の末端の糖の種類がアピオースのQS-21-Api,キシロースのQS-21-Xylの混合物である.今後の更なる利用のためには,QS-21を安定的に生産する手法が求められているが,その複雑な化学構造から化学的手法による全合成は難しい.本稿では,出芽酵母を用いた合成生物学的手法により単糖からQS-21やその類縁化合物合成を報告したLiuらの研究について紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Liu Y. et al., Nature, 629, 937-944(2024).
2) Martin L. B. B. et al., Nat. Chem. Biol., 20, 493-502(2024).
3) Reed J. et al., Science, 379, 1252-1264(2023).
近年,開発される新薬候補化合物の多くが難水溶性を示し,経口投与時に十分な血中薬物濃度が得られないケースがある.難水溶性薬物の溶解性改善を目的として非晶質(アモルファス)化が検討されているが,非晶質状態の薬物は結晶と比較して不安定であり,結晶状態へと転移してしまう.そこで,非晶質の新たな安定化手法としてコアモルファスに関する報告が増加している.コアモルファスとは複数の低分子化合物から成る非晶質の一形態であり,化合物間の分子間相互作用が非晶質状態の安定化に寄与していると考えられている.コアモルファスを構成する成分間で共結晶が形成される場合,コアモルファスの保存や水分散時に共結晶へと転移する事例が報告されている.また,コアモルファスの安定化の観点から,高分子を添加しコアモルファスの共結晶化を抑制した報告がある一方で,高分子の添加により共結晶を調製することに成功した例もある.このように,コアモルファスの共結晶化における高分子の影響を体系的に報告した論文はほとんどないのが現状である.本稿では,固体状態におけるコアモルファスから共結晶への転移過程における結晶成長速度を薬物の分子運動性の観点から評価し,高分子添加の影響について言及したLuoらの論文を紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Pekar K. B. et al., Cryst. Growth Des., 21, 1297-1306(2021).
2) Luo M. et al., Mol. Pharm., 21, 3591-3602(2024).
3) Ding F. et al., J. Pharm. Sci., 112, 513-524(2023).
Small interfering RNA(siRNA)医薬品は,難治性疾患に対する新規医薬品モダリティとして注目されており,RNA干渉に基づく標的遺伝子の発現抑制により薬効を発揮する.これまでに,siRNA医薬品を含む核酸医薬品の副作用を考えるうえでは,核酸化合物の構造に起因する副作用に加えて,標的配列や標的配列以外へのハイブリダイゼーションに依存する副作用を考慮することが重要であると提唱されている.一方でsiRNAの導入自体が細胞死に与える影響は,これまでほとんど解析されていない.フェロトーシスは,プログラム細胞死の一種であり,鉄イオンに依存した脂質過酸化物の蓄積により細胞死が誘発される.本稿では,siRNAの導入により標的遺伝子非依存的にフェロトーシスに対する感受性が増強することを明らかにしたMässenhausenらの研究成果を紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) ICH S6対応研究班,医薬品医療機器レギュラトリーサイエンス,46,681-686(2015).
2) Jiang X. et al., Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 22, 266-282(2021).
3) von Mässenhausen A. et al., Sci Adv., 10, eadk7329(2024).
炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease: IBD)は,腸に慢性的な炎症を引き起こす難治性疾患である.通常,腸の上皮細胞同士は細胞間隙を埋めるように密着結合(tight junction: TJ)が形成されており,上皮組織表面は粘液により物理的な傷害から保護されている.これらの腸管バリア維持は,日々腸内細菌や食物からの刺激を受けている腸の恒常性維持に対し重要な役割を果たしている.しかし,IBD患者は腸管バリア機能障害を発症し,腸内細菌の粘膜内侵入を伴う慢性的な炎症が持続している.また,高シュウ酸尿症の発症リスクが高く,シュウ酸分解微生物であるOxalobacter formigenesはIBD患者の腸で減少している.さらにIBD臨床症状の1つであるIFN-γの上昇は,シュウ酸の腸管腔内への排泄に関与する推定アニオントランスポーター1(putative anion transporter-1: PAT1,SLC26A6)を減少させることが報告されている.本稿は,PAT-1の欠損が腸管バリアに影響を与え,IBDの病因と成り得る機序が初めて明らかにされたので,その研究成果について紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Saksena S. et al., J. Cell Biochem., 105, 454-466(2008).
2) Anbazhagan A. N. et al., Gastroenterology, 167, 704-717(2024).
マルチオミクス解析は,転写物およびタンパク質等複数の網羅的解析データを統合して行う解析であり,複雑な生命現象を多面的に理解するうえで重要である.特に,化学物質による毒性発現は複数要因が複雑に絡み合うことが多いため,マルチオミクス解析はその機序理解に有用と考えられる.本稿では,重金属であるカドミウム(Cd)の主要な毒性の1つである肝毒性に焦点をあて,マルチオミクス解析を活用したCd誘発性肝障害の機序解析に関する事例を紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Xie D. et al., Sci. Total Environ., 923, 171405(2024).
2) Ma Y. et al., Int. J. Mol. Sci., 23, 13491(2022).
3) Cannino G. et al., Mitochondrion, 9, 377‒384(2009).
ループス腎炎(lupus nephritis: LN)は全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus: SLE)に合併して生じる腎障害であり,その約10~30%が末期腎不全に移行し生命予後を悪化させる.LNにおける薬物治療は,ステロイドを第一選択薬として用い,重症例ではシクロホスファミド静注,あるいはミコフェノール酸モフェチル(mycophenolate mofetil: MMF)のいずれかを併用する.このうちMMFは経口剤であり,その侵襲性の低さから欧米諸国で汎用されている.MMFは生体内で速やかにミコフェノール酸 (mycophenolic acid: MPA) に加水分解されるが,MPAは体内動態の個体内,個体間変動が大きく,投与量と血中濃度が相関しないことが知られている.そのため,TDMに基づきMMFの投与量を最適化する必要がある.成人患者においては,投与後12時間までの血中濃度曲線下面積(area under the curve0-12: AUC0-12)を30~45µg・hr/mL以上に保つことで良好な腎予後を得られたことがこれまでに報告されている.しかしながら,小児患者における目標血中濃度については症例数が限られており,これまで明らかにされていなかった.今回は小児LN患者を対象に,MPAの血中濃度と治療効果および副作用発現との関連性を解析したZhangらの論文を紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) van Gelder T. et al., Nephrol. Dial. Transplant., 30, 560-564(2015).
2) Łuszczyńska P., Pawiński T., Ther. Drug Monit., 37, 711-717(2015).
3) Zhang L. et al., Rheumatology, 63, SI180-SI187(2024).
最近知った「マインドフルネス」について紹介する。マインドフルネスは、「意図的に、今この瞬間に、価値判断することなく注意を向けること」と定義されている。マインドフルネス瞑想の効果は、近年、様々な研究によって検証されており、「集中力の向上」「セルフアウェアネス(自己認識能力)、セルフマネジメント力の向上」「コミュニケーション力の向上」が期待できることから、ビジネスでも注目されている。自分の日常に取り入れやすい方法を見つけて実践してみたい。