ミニ特集:セレン研究アップデート
ミニ特集にあたって:セレンは,過剰摂取すると毒性を示す一方で,生体にとって欠かすことのできない必須微量元素であり,過剰症,欠乏症,いずれもが知られている.近年注目されている新規の細胞死であるフェロトーシスとも密接に関係している.また,化学的にもユニークな性質を持つ元素であり,セレン創薬の展開も期待されている.本ミニ特集では,このセレンについて,新たに見いだされた生体内機能,代謝,セレン創薬に関する最先端の研究をご紹介いただいた.59巻3号の「生命と金属」においても,セレンに関するコラムが2報掲載されている.セレンに関する理解を深めるために,ぜひあわせて読んでいただきたい.
表紙の説明:61巻偶数号の表紙を飾るのは,ピクトグラムである.様々な分野で活躍するファルマシア読者の姿をイメージしてデザインした.ご自身の姿と重なるピクトグラムは見つかるだろうか.見つからないという方は,ご自身の姿を表現するピクトグラムを思い浮かべてほしい.表紙のイメージよりも多くの分野の方々にファルマシアが届くことを願っている.
日本薬学会第145年会は「薬学エコシステムの推進:異分野連携で拓く未来のイノベーション」をテーマに、完全対面で開催された。同時通訳システムの導入やスポンサードシンポジウムの新設、数多くの一般発表を通じて、国際交流・学際融合を促進し、薬学の新たな展開の基盤を築いた。
立体保持ラジカルクロスカップリング,集束超音波の照射により誘導される持続的なCAR-T細胞の効果,FDAが動物実験の段階的廃止に舵を切った,不活性D-アミノ酸系薬剤を利用したがん治療法,薬機法改正により変わるRMPの位置づけと運用について
必須元素セレンは,セレノシステインとしてセレンタンパク質の構成成分となることにより様々な生理作用を示す.ヒトのセレンタンパク質は25種類ある.代表的なセレンタンパク質はグルタチオンペルオキダーゼなどの抗酸化酵素であるが,遺伝子レベルで同定された新規セレンタンパク質の機能は不明のものが多かった.近年,これらの新規セレンタンパク質の研究が進み,構造や機能に共通性があること,さらにその変異によるヒトの遺伝性疾患が存在することもわかってきた.
生命必須元素セレンは、21番目のアミノ酸であるセレノシステインとして、主にタンパク質の活性中心に取り込まれ、抗酸化作用など様々な機能を発揮する。2012年に報告された鉄依存性細胞死「フェロトーシス」の重要な抑制因子であるGPX4もセレノシステイン含有タンパク質であり、フェロトーシスとの関連からセレン研究は新たな局面を迎えつつある。本稿では、セレンの生物学について概説した後、筆者らが同定したPRDX6による細胞内セレン代謝経路について紹介したい。
GPx4は生体膜に生じたリン脂質ヒドロペルオキシドをグルタチオン依存的に還元する主要な抗酸化酵素で、あり、活性中心にセレノシステインを有するセレンタンパク質の1つである。ひとつのゲノムから非ミトコンドリア型(cGPx4)、ミトコンドリア型(mGPx4)、核小体型(nGPx4)が転写される。本稿では3つのタイプのGPx4による脂質酸化依存的な細胞死の制御メカニズムと疾患との関連について筆者等の研究を中心に紹介する。
生命は,セレンと硫黄の間のわずかな化学的性質の違いを巧みに利用することで,好気環境に適応した進化を遂げた.生物が用いたセレンの元素戦略を模倣することで,新しい創薬シーズを見いだせる可能性がある.“セレン創薬”はまだ実現していないが,それにつながる興味深い成果も徐々に得られてきている.セレノシステインを含むペプチドと人工タンパク質に焦点を当て,これらの化学合成とセレン創薬への応用の取組みについて紹介する.
シリル化剤は、シリル基に結合する脱離基の種類によって性質や反応性が変化する試薬として知られている。シリルアミン類はシリル化反応によりアミンが生じるシリル化剤であり、マイルドな反応性と共に系中の塩形成を回避できるといった特長を持つ。近年では反応を促進させる、あるいは反応を補佐する目的でシリルアミンを反応系に添加する興味深い例が報告されている。そこで、シリル化を意図しないシリルアミン類の反応における様々な役割を、著者らの研究成果と併せて紹介する。
新規分子の構造解明において、キラリティーを決定する手法は種々開発されてきたものの、あらゆる分子に対して万能な手法は現時点では存在しない。したがってキラルな新規分子の構造解明においては、複数の手法を試せるように可能な限り多くの分析法を知っておくことが重要である。赤外円二色性(VCD)分光法は、様々な合成分子・天然物のキラリティー決定を決定できる手法である。本稿でその基本ならびに応用例を紹介する。
糖尿病は慢性的な高血糖状態を伴い、多臓器に血管障害性の合併症を引き起こす。近年、糖尿病の罹患は肝障害や中枢神経障害の危険因子となることが指摘されたが、その病態生理学的機序は明らかになっていない。これまでの検討で、糖尿病罹患時に肝臓と脳のいずれも物質の透過性が増加すること、その透過性亢進の機序が臓器間で異なることを発見した。本稿では、糖尿病における膜タンパク質の機能変化の臓器による違いについて概説する。
虚血耐性とは、先行して非侵襲的な短時間虚血を経験すると、その後の侵襲的な長時間虚血に対する抵抗性を獲得する現象であり、虚血に最も脆弱な臓器である脳でも認められる。これまでに多くの精力的な研究がなされているが、そのほとんどが神経細胞の機能変化に注目したものであった。本稿では、脳を構成する神経細胞以外の細胞である「グリア細胞」に注目し、虚血耐性におけるグリア細胞の役割とその分子メカニズムについて概説する。
固体分散体とは,薬物を有機ポリマー中に,分子~ナノメートルレベルで分散させた固形製剤であるが,物理的な安定性が問題となる.本稿では,固体状態(粉体)の固体分散体に着目し,物理的安定性の重要因子である,固体分散体の混和性(miscibility)や均一性(homogeneity)を評価する方法について,NMRを中心に紹介する.
筆者は2024年3月慶應義塾大学薬学部を定年退職したが,16年間薬学有機化学の講義・演習・実習を担当した.本コラムでは教育活動の中から1) 薬剤師国家試験を題材に問題・解説集をつくる; 2) 分子模型を活用した有機立体化学の講義や演習;3) やくがクマ君の「威(い)」を借りて,の3つのトピックについて,目指したところ,努力や成果,苦労や反省,受講者やお世話になった皆様への感謝について紹介する.
筆者は2019年9月から2024年8月までの5年間をUCLAのPeter Tontonoz研究室で過ごした。陽の降り注ぐロサンゼルスで、素晴らしい研究環境に胸を躍らせ、文化の違いに衝撃を受けながらも順調な滑り出しをしたかに思えた。しかし、奇しくもパンデミックや社会の混乱を目の当たりにし、この困難をラボの仲間と乗り越えることとなる。本稿では日本にいては経験できなかったであろう研究・日常生活を紹介する。
筆者は薬剤師を志して大学に入学したが, 恩師の研究に惹かれ博士課程へ進学した. しかし, 学費等のためのアルバイトにより研究に専念する時間が減少し, もどかしさを感じていた. 本支援事業に採択されたことで経済的負担が軽減され, 研究に専念できる環境が整うとともに, 自信と成長を得ることができた. 本稿が博士課程への進学を検討している薬学生にとって一助となり, 本支援事業への申請の後押しとなることを願っている.
博士課程では、長井記念薬学研究奨励支援事業に採択されたことで、経済的支援と精神的励ましを得て、研究に専念する環境が整った。その結果、学会発表や他研究者との交流を通じて研究遂行能力を高め、学位取得に至った。現在は大学病院で薬剤師として勤務し、得られた力を臨床に応用している。本支援事業は、大学院生が研究を継続し、発展させていくための貴重な制度である。
生体直交型反応は,生物学的プロセスを妨げることなく,生体内で選択的かつ定量的に進行する反応である.そのなかでも,テトラジンとtrans-シクロオクテン(TCO)間の逆電子要請型Diels-Alder反応は,優れた反応速度を示し,イメージング,タンパク質の機能制御,オンデマンド放出可能なプロドラッグなど幅広い応用が展開されている.一方で,テトラジンの反応性は安定性とトレードオフの関係にあるとされており,テトラジンへの電子求引性基の導入によるLUMO準位の低下は,反応性を向上させるものの,生体内の求核剤による分解を招く.本稿では,この安定性と反応性のトレードオフの課題に対し,計算科学を駆使して独自の打開策を提示したLiuらの報告を紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Li Y. et al., J. Am. Chem. Soc., 146, 26884-26896(2024).
抗がん薬による副作用の発現は,がんの化学療法における大きな課題である.この問題の解決策として,抗がん薬ががん特異的に活性化されるように化学改変したプロドラッグの開発が進められている.その一例として,放射線治療に用いられるX線やガンマ線によって活性化されるプロドラッグが知られている.これらの放射線感受性プロドラッグは,電離放射線が照射された部位のみで活性化されるため,抗がん薬に起因する毒性の軽減が期待される.しかし,医療用放射線の照射範囲は限られているため,転移性がんへの応用は難しい.一方,近年では,放射性同位体をがん特異的に集積させて治療を行う標的核医学治療が注目を集めている.もし,これらの放射性医薬品の周囲のみで放射線感受性プロドラッグを活性化できれば,体内に分散した転移性がんを放射線と抗がん薬の両方で狙い撃つことが可能となる.このように,核医学治療と化学療法を融合させた新たな治療概念が,Guoらによって報告されたので紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Geng J. et al., Nat. Chem., 13, 805-810(2021).
2) Guo Z. et al., ACS Cent. Sci., 10, 2321-2330(2024).
3) Deng Z. et al., J. Am. Chem. Soc., 142,7803-7812(2020).
夏季においては,海水浴など野外での活動が盛んになる一方,日中の強い日差しが皮膚に与える影響に悩まされる方も多いのではないだろうか.適度な日差しは骨密度の維持や体内時計のリセット等に有用であるが,過度な日差しはシミやソバカスなどの原因にもなる.これらの悩みを解決すべく,様々な美白剤が開発されているが,合成薬剤を使用した化粧品は安全性の面で懸念があり,化粧品業界ではより安全で効果的な天然美白剤が求められている.シミ,ソバカスなどの色素沈着は日差し中のUVBをはじめとする様々な刺激で生じ,その過程には天然色素であるメラニンが深く関係している.本稿では,標高3,000mに自生するユキノシタ科植物Bergenia purpurascens抽出物のメラニン産生抑制作用について解析したSeoらの研究を紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Seo J. et al., J. Agric. Food Chem., 72, 23957-23968(2024).
2) Chakraborty A. K. et al., Ann. N. Y. Acad. Sci., 885, 100-116(1999).
3) Lai X. et al., Chemistry, 24, 47-55(2018).
生体内のアミノ酸の多くはL体であり,タンパク質はL-アミノ酸により構成される.しかし,D-アミノ酸も一部存在し,遊離アミノ酸や短鎖ペプチドの一部として利用されている.タンパク質は,他のタンパク質と相互作用することで機能を発揮することがあるが,例えばL-タンパク質をD-タンパク質に変換すると,もとのパートナーのL-タンパク質と相互作用できないことが知られている.
ここ25年ほどで,特定の立体構造を持たない天然変性タンパク質(IDP)の機能解析が進んでいる.IDPにより形成される複合体の立体構造の程度は様々であり,高い自由度を持つ複合体から秩序を持つ複合体まで存在するが,原子レベルでの複合体形成の理解は進んでいない.特に,複合体形成におけるタンパク質中のアミノ酸のキラリティの重要性は,これまでほとんど理解されていない.本稿では,複合体形成におけるキラリティへの感受性が複合体の無秩序さと負に相関することを明らかにしたNewcombeらの研究を紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Tugyl R. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A., 102, 413-418(2005).
2) Newcombe E. A. et al., Nature, 636, 762-768(2024).
細胞骨格タンパク質は,細胞の形態維持や運動,細胞内輸送といった多くの動的プロセスと関連しており,近年,ビメンチンをはじめとする細胞骨格タンパク質が免疫細胞の接着や浸潤などの機能に関与することが報告されている.制御性T細胞(Treg)は,宿主の免疫応答を抑制するCD4陽性のT細胞である.Tregは,免疫シナプスとは反対側にdistal pole complex(DPC)を形成し,T細胞内のシグナル伝達を負に制御してT細胞の活性化を抑制する.DPCには,ビメンチンが局在することが報告されているが,その機能は不明であった.本稿では,ビメンチンがTregの活性化を制御する分子スイッチとして機能することを示したMaらの報告を紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Tur-Gracia S., Martinez-Quiles N., J. Cell Sci., 134, jcs253534(2021).
2) Ma R. et al., Cell Rep., 43, 115056(2024).
3) Arpaia N. et al., Cell., 162, 1078-1089(2015).
4) Cox J. R. et al., Front. Immunol., 12, 670471(2021).
がん関連死のほとんどは転移を経て進行することが知られており,がん治療において転移の抑制は非常に重要な課題である.近年,神経細胞が神経伝達物質の産生や免疫応答の制御を介してがん細胞浸潤の足場となることが明らかとなってきた.すなわち神経細胞は,がんの転移や悪性化に寄与しており,神経とがんとの相互作用に注目した医薬品の開発も進められている.本稿では,感覚神経が乳がん組織内に神経突起を伸長させ,その浸潤や転移を制御するメカニズムを明らかにしたPadmanabanらの論文を紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Gerstberger S. et al., Cell, 186, 1564-1579(2023).
2) Padmanaban V. et al., Nature, 633, 207-215(2024).
3) Tavora B. et al., Nature, 586, 299-304(2020).
乳がんは女性のがん関連死因の大部分を占めており,予防法の構築,治療戦略や新規バイオマーカーの確立が希求されている.金属元素は,酵素の補因子としての働きや細胞内での様々な代謝過程において重要な役割を果たすが,金属の異常な蓄積や欠乏が,がんの発生や進行に寄与することが示唆されている.特に,鉄(Fe),銅(Cu),亜鉛(Zn)などの必須微量金属の蓄積とがんの病態生理には密接な関係がある.しかし,がん細胞は代謝の活性化や金属選択性の低下を来たすことから,非必須金属についてもがんの進行への関与が疑われる.本稿では,レーザーアブレーション誘導結合プラズマ質量分析計と飛行時間型質量分析計(LA-ICP-TOF-MS)を活用することで,転移が認められた患者から得た腫瘍組織(転移性腫瘍組織)と転移が認められない患者から得た腫瘍組織(非転移性腫瘍組織)における各金属元素の空間的分布を網羅的に解析し,定量化を実現したEscudero-Cernudaらの研究成果を紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Cabré N. et al., Breast, 42, 142-149(2018).
2) Escudero-Cernuda S. et al., Anal. Bioanal. Chem., 417, 361-371(2025).
3) Parameswari E. et al., "Heavy Metals-Their Environmental Impacts and Mitigation", Mazen Nazal, Hongbo Zhao(ed.), IntechOpen, 2021.
4) Guo Q. et al., Front. Oncol., 11, 778492(2021).
5) Bendellaa M. et al., Int. J. Cancer, 154, 7-20(2024).
大腸がん(colorectal cancer: CRC)は,世界中でがんによる死亡原因の上位に挙げられ,高齢化に伴い患者数は増加傾向にある.日本では新規患者のうち,約6割が70歳以上と高齢者の割合が高くなっている.切除不能転移性大腸がん(metastatic colorectal cancer: MCRC)に対する治療として,フッ化ピリミジン系抗がん剤(fluoropyrimidine: FP)をベースとし,オキサリプラチン(oxaliplatin: OX)やイリノテカンに分子標的薬であるベバシズマブ(bevacizumab: BEV)などを組み合わせた多剤併用療法が広く用いられているが,高齢者に対してOXを併用することの意義については,明確なエビデンスが不足している.そこで,OX追加の有効性と安全性を検討した,日本臨床腫瘍研究グループによる多施設共同無作為化第Ⅲ相試験(JCOG1018試験)を紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Takashima A. et al., J. Clin. Oncol., 42, 3967-3976(2024).
2) Seymour M. T. et al., Lancet, 377, 1749-1759(2011).
3) Lonardi S. et al., J. Clin. Oncol., 41, 5263-5273(2023).
2025年4月1日から4月4日に、2国間国際交流事業の一環として、ドイツで開催されたFrontier in Medicinal Chemistry (FiMC)に参加させていただいた。ドイツ化学会(GDCh)とドイツ薬学会(GPhD)が共催したFiMCは、メガファーマの発表を拝聴する貴重な機会であり、低分子創薬が活発に行われている様子や、若手登用を大切にしている様子が伺えた。
中嶋暉躬先生におかれましては、当年1月4日に満91歳で逝去されました。先生は東京大学薬学部の助手、助教授を務められた後、広島大学、東京医科歯科大学、東京大学の教授、日本薬学会副会頭、サントリー生物有機科学研究所理事長・所長、星薬科大学学長などとして要職を歴任されるとともに、多大な研究業績を残されました。心からお悔やみ申し上げますと共に、先生が安らかに永眠されます事をお祈り申し上げます。
代表的なホウ素化合物であるホウ酸、ボロン酸、ボリン酸、ボランは、広く利用されるものの、その構造的な違いと英語名を含む名称を正確に理解している人は少ない。
本エッセイが、読者にとってホウ素化合物に関心を持つきっかけになれば幸いである。