特集:生薬学・漢方医薬学の最前線
特集にあたって:生薬および漢方薬は,古くから疾病の治療や健康の維持に用いられてきた天然由来の医薬品であり,現代医療において重要な役割を担うとともに,日常的なセルフメディケーションにも貢献している.本特集は,生薬学および漢方医薬学に関する先端的な研究を紹介していただくとともに,効果的な教育活動を推進している先生方にもご寄稿いただくことで,生薬学・漢方医薬学の最前線を広く俯瞰できる機会となるように企画した.
表紙の説明:漢方薬は自然から得られる生薬で構成されており,大部分の生薬は植物に由来している.すなわち生薬学・漢方医薬学の学問分野は,地に根を張った植物の恵みを受けて発展したサイエンスということができる.本分野の継続的な発展を願い,秋を代表する植物であり,蔓を伸ばして大きく成長する姿でも知られるマメ科クズ(生薬カッコンの基原植物)を表紙とした.
超高齢社会を迎え,西洋医学と漢方医学の双方を使いこなす「バイリンガルな医療人」による質の高い漢方医療が求められている.筆者らの調査では,薬学部における漢方教育は基礎に偏り,臨床応用教育の不足が大きな課題であると判明した.この教育格差を埋めるため,筆者らは神奈川県内4大学医学部で制作した「漢方医学eラーニング」を公開した.本リソースの活用により,東西両医学を併用し,その長所を活かせる医療人の育成と漢方医療の深化を目指す.
核酸医薬開発を加速する統合型ヌクレオシド合成プラットフォーム,微生物内でプログラムされていた多剤併用機構:多成分系生合成システム,時間制御型DDSはがんの薬剤耐性化に打ち勝つことができるか?,PFAS前駆体をリン脂質アシル鎖として取り込む細菌代謝経路の発見,GLP‐1受容体作動薬等の適正使用をどう支えるか,安定供給のために品質規格はどこまで柔軟になれるか
漢方薬が日常的に処方され、また薬局で手軽に手に入る時代になった。エビデンスに基づく漢方薬の使用は拡大している一方で、漢方薬が患者の体質に合わせて使われていない、漢方薬の重複、副作用報告の増加など負の側面も見られ、適切な使用が求められる。また、漢方薬の原料である生薬の価格が高騰し、利益を出しにくい構造になっている。国内栽培にも様々な課題がある。本稿では、漢方薬使用拡大に伴う課題に対して、薬剤師が実践できる役割について述べる。
超高齢社会におけるフレイルへの対策は喫緊の課題である。人参養栄湯は古くから虚弱者に用いられた漢方処方であるが、近年の基礎・臨床研究の蓄積により、身体的フレイルの複数領域に同時作用する多軸処方としての姿が明らかになってきた。本稿では、運動器、栄養摂取、疲労と活動性、貧血の4軸に沿い、近年の知見と作用機序を整理し、多剤併用が問題となる高齢者医療における本処方の意義を論じる。
世界的に高齢化が進行しフレイルが問題となっている.フレイルでは,身体機能,精神・認知機能,社会性が相互に影響しながら低下していると考えられる.身体機能のフレイル中でも加齢に伴う筋量および筋力の低下を指すのがサルコペニアだが,我々はサルコペニアと認知機能低下との関係に興味を持ち,特に骨格筋萎縮が認知機能障害の直接の原因となる可能性の検討と,その機序について研究を進め興味深い知見を得た.
感染症に罹患すると、寛解までの過程で一時的に倦怠感やうつ・不安などのsickness behaviorと呼ばれる疾病行動が現れるが、寛解すれば心身ともに回復するケースが多い.しかし中には、寛解してもなお、意欲の低下や無気力感などが残存するケースがあり、これらの治療コントロールは難しい.本稿では、擬似細菌感染うつ様モデルマウスを用いた漢方薬研究について紹介し、感染症罹患後うつに対する漢方薬の有効性について概説する.
漢方薬の五苓散は利水剤すなわち体内の水分代謝を調節する薬物として知られ,浮腫を始め,頭痛や下痢など,様々な症状の緩和に用いられている.近年,この五苓散の多彩な効能が水チャネルであるアクアポリン(aquaporin: AQP)の機能や発現を調節することで生じることが明らかにされてきた.本稿では,これら五苓散の薬理作用を紹介し,本方剤の臨床的適用の合理性を考察したい.
超高齢社会を迎えた本邦では,包括的医療の重要性が高まっている。慢性腎臓病(CKD)診療はその典型であり,多彩な病態やQOL低下への対応が求められる。漢方医学は,患者の複雑な病態を「証」として統合的に捉え,個別化治療を行う点でCKD診療に有用である。一方,漢方診療を安全かつ有効に実践するためには,漢方薬・生薬に精通した薬剤師の存在が不可欠である。本稿では,CKD診療を例として,薬学生・薬剤師に対する漢方医学教育の必要性について概説した。
ICTの進展に伴い、教育分野においても学修者中心型教育への転換が国際的潮流となっている。また、2010 年の調査では、がん診療に携わる医師のうち漢方医学の学習経験者が 3 割未満であったことを踏まえ、ICT教材として漢方 e-learning を開発してきた。本教材は、授業時間や専門教員の不足を補完し、教育機会の均てん化に資することが期待される。今回はその開発と概要を紹介するとともに、活用事例ならびに教育効果について概説する。
超高齢社会の進展に伴い、薬剤師には漢方薬への深い理解が求められている。本稿では、第一薬科大学における「体験」を軸とした漢方教育および社会貢献の取り組みを紹介する。科学的根拠に基づく実習や生薬の修治体験、さらに市民公開講座の具体例を提示し、実体験を通じた学びがいかに専門知識の定着を促し、地域への貢献に繋がるか、大学における実践的な教育活動としての意義を紹介する。
薬剤師は,漢方薬の適切な情報提供を行うために,実践的な知識を身に付ける必要がある.しかし,現在の薬学教育においては,生薬学や漢方薬学に十分な時間数が割かれておらず,限られた講義数で効率的に指導する必要がある.難解な用語などの多い漢方医学の基本知識や暗記科目と思われている漢方薬について,著者が実践している「生薬から紐解く漢方薬の理解」と「教育方法の取り組み」について紹介する.
東日本大震災を契機に、私はこれまでと違う研究分野に挑戦することとした。神経発生研究を基盤として自閉スペクトラム症の成因を考える中で、これまで比較的光の当たってこなかった「父加齢」に着目し、精子のエピジェネティック変化と次世代への影響を追究するようになったのだ。その過程で、加齢に伴う精子形成のエピジェネティックな異常に加え、予想外の現象にも出会えた。本稿では、異分野への越境を含む研究の経緯と、そこから得た教訓を振り返りたい。
PRD Therapeuticsは北里大学薬学部発のスタートアップで、北里大学伝統の微生物からの創薬研究より見出された新規低分子化合物PRD001を開発している。PRD001の特徴は、既存薬とは異なるFirst-in-Classの作用機序であるSOAT2選択的阻害活性により、血中LDL-Cを強力に低下させる。PRD001の開発を通じ、家族性高コレステロール血症ホモ接合体やアテローム動脈硬化性疾患、代謝機能障害関連脂肪性肝疾患などの患者へ新しい治療選択肢を提供することを目指している。
昭和薬科大学薬用植物園は, 1990年に世田谷キャンパスから町田キャンパスに移転すると同時に同大学敷地内に開園された. 大学の総面積は173,000 m2でそのうち, 薬用植物園は18,000 m2(約10%)を占めており, 薬科系大学でも全国有数の規模を誇る広さを有する. 「薬学教育」, 「天然薬物資源の保護と有効利用を目指した調査研究」および「一般市民を対象に身近な薬用植物の正しい知識の伝達」を3本の柱として活動している.
筆者が研究対象とする脂質の代謝は非常に多様であり、自然界には10万種を超える脂質分子が存在すると推定されている。本稿では、筆者のこれまでの研究経緯とともに、脂質多様性に対する自身なりの向き合い方についてご紹介させていただく。
筆者は、薬学部生の頃に感じた漠然とした違和感をきっかけに未知への興味を抱き、質量分析を通じて少しずつ視野を広げ、現在まで研究を続けてきました。この間、特別なことを考えてきたわけではありませんが、優れた環境や先輩方からの恩恵を頂くことで、少しずつ進んでこられたと思います。気楽に読んでいただけますと幸いです。
医薬分子の三次元性は,分子の安定性を高め,溶解性,標的結合親和性などの医薬品としての性質の改善に寄与し得る.特に架橋環骨格は,剛直な三次元性を特徴とする重要な骨格であり,天然物や医薬品に広く見いだされる.一方で,架橋環をエナンチオ選択的に構築するには,反応遷移状態における歪みを克服しつつ,生成物に含まれる複数の不斉中心を同時に制御する必要があるため,依然として難度が高い.特に,キラルなビシクロ[3.2.1]オクテン,および類縁体の不斉合成は,未だ発展途上である.このような背景のもと,ZhongらはPd/Cu共触媒系にて,不斉タンデムHeck/薗頭型反応による『アルキン連結ビシクロ[3.2.1]オクテン3』および『ベンゾ縮環ビシクロ[3.2.1]オクタン6』のキラル架橋環の構築反応を開発したので本稿で紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Zhong J. et al., Nat. Commun., 16, 11373(2025).
タンパク質の微小環境(粘度や極性など)の変化は凝集化を引き起こし,これが細胞内の調節経路の乱れや神経変性疾患を含む多くの疾患と密接に関連する.しかし,従来の蛍光タンパク質融合を用いた手法では,巨大な蛍光タグ自体が標的タンパク質の挙動を妨げるため,タンパク質内部の特定ドメインにおける微小環境変化を詳細に捉えるには限界があった.Yangらはローター型蛍光団を有する環境応答性非天然アミノ酸(ncAA)を導入することにより,特定ドメインにおける微小環境変化をリアルタイムで可視化する戦略を開発した.これにより,クラスターの形成と解離などの過程をリアルタイム観察可能になったので本稿で紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Yang S. et al., Nat. Chem. Biol., 22, 97-108(2026).
2) Lee H. S. et al., J. Am. Chem. Soc., 131, 12921-12923(2009).
モノテルペノイドインドールアルカロイド(Monoterpenoid indole alkaloids: MIA)は,ニチニチソウCatharanthus roseusやラウオルフィア属植物Rauvolfia spp.などに含まれる化合物群で,一部のMIAは抗腫瘍薬や降圧薬として利用されている.これらは,共通前駆体ストリクトシジンを起点として多様な骨格へと分岐する主要なアルカロイド群であるが,1) その過程における立体中心の制御機構は十分には解明されておらず,特に,レセルピンに代表される3R配置を有するMIAが,3S配置を持つストリクトシジンからどのように生じるかは未解決の課題であった.2)本稿では,HwangらによるC3位立体反転機構の解明研究を紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Nagakura N. et al., J. Chem. Soc., Perkin Trans. 1, 2308-2312(1979).
2) O’Connor S. E., Maresh J. J., Nat. Prod. Rep., 23, 532-547(2006).
3) Hwang J. et al., Nat. Commun., 16, 10495(2025).
モノクローナル抗体(mAb)はがんや自己免疫疾患,感染症などの治療に用いられており,重要な創薬モダリティとなっている.抗体治療の安全性や有効性はその高次構造(higher-order structure: HOS)に依存する.そのため製造・保存・投与などの各過程でHOSが維持されていることを確認するのが極めて重要である.核磁気共鳴分光法(NMR)は原子分解能でタンパク質の立体構造や運動性を評価でき,さらに製剤に近い高濃度域でも測定できるため,HOSを評価する強力な手法である.本稿ではNMRによるHOS解析,特に非標識抗体の解析について紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Arbogast L. W. et al., Anal. Chem., 89, 11839-11845(2017).
2) Yanaka S. et al., J. Am. Chem. Soc., 148, 8374-8382(2026).
3) Rizzo D. et al., J. Am. Chem. Soc., 144, 10006-10016(2022).
プロテアソームは,細胞内で不必要・異常となったタンパク質を分解することで,生体の恒常性維持に働く酵素複合体である.がん細胞の多くでは,その幹細胞性や生存能を維持するためにプロテアソーム活性が正常細胞に比べて亢進している.実際,プロテアソームによるタンパク質分解活性の阻害は,最終的にがん細胞の細胞死を誘導できる.そのため,多発性骨髄腫などの血液がんでは,現在もプロテアソーム阻害薬(PI)であるボルテゾミブなどが第一選択薬として使用されている.PIは血液がんの治療への有効性が示されている一方で,固形がんに対しては期待されたほどの効果が得られておらず,この違いについては理解されていなかった.本稿では,固形がんの治療抵抗性のメカニズムとして,PIによる細胞へのストレスが,腫瘍形成や生存を制御するHippo経路の下流エフェクターYAPの活性化を誘導することを明らかにしたWangらの論文を紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Rousseau A., Bertolotti A., Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 19, 697-712(2018).
2) Gandolfi S. et al., Cancer Metastasis Rev., 36, 561-584(2017).
3) Wang X. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A., 122, e2517376122(2025).
4) Qi S. et al., EMBO J., 42, e112126(2023).
心筋梗塞後の心室リモデリングには炎症が関与しており,炎症の制御は有望な治療標的である.1) 制御性T細胞(regulatory T cell: Treg)は,免疫応答の抑制や自己寛容の維持に関与するCD4陽性T細胞サブセットである.心筋梗塞後においても,Tregが有害な心室リモデリングを抑制する.また,組織性Tregは非リンパ組織に局在するTregサブセットであり,環境に応じて転写因子やエピゲノムの再構築を行い,各組織に適応した機能を獲得できる.一方,心臓における組織性Tregの適応過程や機能に関しては不明である.本稿では,心筋梗塞後にTregが組織適応と心保護作用を示す機構を解明したLiらの論文を紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Prabhu S. D., Frangogiannis N. G., Circ. Res., 119, 91-112(2016).
2) Wang Y. et al., J. Cardiovasc. Transl. Res., 16, 590-597(2023).
3) Muñoz-Rojas A. R., Mathis D., Nat. Rev. Immunol., 21, 597-611(2021).
4) Li N. et al., Circulation, 153, 922-940(2026).
ヒストン修飾は,DNA配列を変化させずに遺伝子発現を制御するエピジェネティクス機構の1つである.ヒストン修飾はそれぞれ特異的な酵素によって制御され,環境応答や細胞分化,疾患発症など多様な細胞応答に関与する.新たなヒストン修飾としてラクチル化が2019年に報告され,注目を集めている.ヒストンラクチル化(Histone lactylation: H3Kxlaの表記でヒストンH3のx番目のリジン残基がラクチル化修飾されていることを表す)は細胞内で産生される乳酸に由来する修飾であり,従来エネルギー代謝の副産物と考えられてきた乳酸が転写制御に直接関与する可能性を示唆するものである.本稿では,ヒストンラクチル化と炎症性の関係に着目し,関節リウマチや網膜に関する近年の知見をもとに,それらを活用した新しい技術の可能性について論じる.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Izzo L. T., Wellen K. E., Nature, 574, 492-493(2019).
2) Wu G. et al., Nat. commun., 16, 9034(2025).
3) Gaur M. et al., bioRxiv, 2025. DOI:10.1101/2025.04.17.649437
4) Ziogas A. et al., Cell, 188, 2992-3012(2025).
日本で独自に発展した漢方医学では,複数の生薬を組み合わせた漢方薬が広く用いられる.妊娠中の諸症状に適応を有する漢方薬も多く,例えば当帰芍薬散は習慣性流産などに,小半夏加茯苓湯は妊娠悪阻に対して使用される.一方で,大黄や牡丹皮を含む漢方薬では子宮収縮作用,麻黄を含む漢方薬では交感神経刺激作用に基づく母体・胎児への影響が懸念され,妊娠中の使用には慎重な判断が求められる.多くの漢方薬の添付文書では,妊婦又は妊娠している可能性のある女性には,治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与することとされている.このため,妊娠中の医薬品の安全性評価では,母体への有害事象に加え,先天異常や胎児毒性への影響を含めた検討が重要である.しかし,妊婦を対象としたランダム化比較試験の実施は倫理的に困難であり,これまでは主に経験的知見に依存した評価にとどまっていた.我が国においても近年,保険診療データベースや出生コホートを活用した周産期薬剤疫学研究が進展し,妊娠中の漢方薬の使用に関するエビデンスが蓄積されつつある.本稿では,麻黄含有漢方薬の妊娠中の使用と母児の転帰との関連を検討したNodaらの研究を紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Noda A. et al., Pharmacoepidemiol. Drug Saf., 34, e70251(2025).
2) Noda A. et al., Drugs Real World Outcomes, 11, 263-272(2024).
3) Suzuki S. et al., Tradit. Kampo Med., 13, e70049(2026).
4) Suzuki S. et al., Front. Pharmacol., 14, 1107494(2023).
5) Kikuchi D. et al., J. Pharm. Health Care Sci., 11, 112(2025).