日本理科教育学会研究紀要
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33 巻, 1 号
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  • 森藤 義孝, 森本 信也
    1992 年33 巻1 号 p. 1-13
    発行日: 1992年
    公開日: 2023/06/20
    ジャーナル フリー

    本研究においては、中学生の保持する粒子観の特質とその形成過程を明らかにするため、化学反応に関する面接調査を実施した。調査結果の分析においては、クラックストンによって提起されている学習モデルを規範として取り上げた。このモデルに従い、中学生の保持する粒子観を、「内容」, 「適用方法」, 「適用可能な状況」といった側面から捉え、それらを「直観的科学」,「俗科学」,「学校科学」といった三つのミニ理論群に分類することができた。さらに、「概念変換」を、「学校科学」の受容に伴う「直観的科学」と「俗科学」の破棄の過程としてではなく、それぞれのミニ理論の最適な適用状況を見いだすことを含む過程として捉えることができた。この見解から得られる理科教育への主要な示唆は、理科教授が、異なる種類のミニ理論群を統合するだけでなく、それらの再定位をも含むように計画されるべきであるということである。

  • 野村 昇, 原 稔
    1992 年33 巻1 号 p. 15-23
    発行日: 1992年
    公開日: 2023/06/20
    ジャーナル フリー

    前報において著者等は、児童がもつ「不思議に思うこと」の初発の疑問の意義について検討し、1、2年生の人間生活の領域以外の各領域及び3年生以上の学年では、40分間調査における出現率と初発における出現率の間に高い相関が見られたことを報告した1)。本報では児童の疑問量と疑問対象領域の学年的発達並びに性差について検討し考察を行った。疑問量を一人当たりの平均疑問数でみると、男女とも5年生で最も多く、性差は3年生で最も目立ち、男で2.0問多かった他は差が少なかった。疑問対象領域では『人間生活』についてが著しく高い率を示したことが注目に値する。他の領域についての学年的推移は堀 七蔵2)の第二次世界大戦前、相川高雄・堀内敏3)並びに五十嵐崇夫4)の戦後に行なった調査結果と比較して4者の研究結果の間で全面的な一致点は見付けにくいものの、各結果間相互に可成りの共通する傾向を見付けることができて、児童の環境に応じた発達の傾向がみられた。また、児童の一人当りの疑問数と、疑問対象の4領域での出現率の学年的変化は、同時期の同一市内の互いに3キロメートル以上隔たった3小学校間で大約似た傾向が認められた。

  • 堀 哲夫, 林 政美
    1992 年33 巻1 号 p. 25-36
    発行日: 1992年
    公開日: 2023/06/20
    ジャーナル フリー

    これまで、「浮力」の概念についての調査はいくつかなされている。本稿では、中学生と大学生が「水中で物体に浮力がはたらくこと」と「空気中で物体に浮力がはたらくこと」について、どのような理解をしているのか、その実態を調査した。あわせて、学習したことのない「空気中で物体に浮力がはたらくこと」という内容を含む問題に対して、どのような回答をするのかを探ってみた。また、新しく学習した内容が必ずしも適切な見方や考え方を育成することにだけつながるのではないという指摘がなされているが、この点についても調査した。さらに、メタ認知能力を育成するための手がかりを得るために、目の前で実際に実験を見せたり、説明を聞かせたりした後で、中学生と大学生の考え方がどのような影響をうけるのかを調査した。また、考え方を変容させるためには、認知的葛藤場面の提示はどうあるべきかについても考えてみた。その結果、次の6点が明らかになった。1.学習内容の転移不可能性2.考え方を変容させるために認知的葛藤場面のみを導入することの不適切性3.学習内容に対する適切な説明の必要性4.学習者の知識や概念がどのような関係にあるのかを明らかにすることの重要性5.類似した学習内容を豊富に体験することの重要性6.実験内容を具体化する教具開発の必要性

  • 須田 郁子
    1992 年33 巻1 号 p. 37-47
    発行日: 1992年
    公開日: 2023/06/20
    ジャーナル フリー

    本報告は、東京都の小学校校地に生育する野草の調査結果である。1985年1月から12月にかけての3回の調査で確認できた野草は延べ414種であった。野草の中で、全校に共通することが確認されたのは、オニタビラコとメヒシバの2種である。また、大部分(85%以上)の小学校で確認できた野草は26種である。東京都の野草の共通種を兵庫県1) や新潟県2) の共通種と比較することによって次のことが明らかになった。(1) 東京都は共通種の数が少ない。(2) 東京都及び他の2県に共通する野草は15種である。(3) 東京都の共通種は、帰化植物の割合が高い。(4) 東京都の共通種は、1、2年草の割合が高い。

  • 黒田 修, 広木 正紀
    1992 年33 巻1 号 p. 49-57
    発行日: 1992年
    公開日: 2023/06/20
    ジャーナル フリー

    1. 今回の学習指導要領の改訂により小学校第4学年から扱われることになった「植物の運動」の学習に適した教材を、市街地にも生えている身近な植物を用いて開発する一環として、シロツメクサ、クズ、ニセアカシア(以上マメ科)およびカタバミ(カタバミ科)における葉の開閉を、屋外に生えているままの状態で観察し、次の結果を得た。1)夜に葉を閉じる現象(就眠運動)だけでなく、日中にも一時的に閉葉する現象が、4種のいずれにも認められた。2)夜の閉葉(就眠運動)は照度が落ちる夕方に生じ、晴天時にも雨天時にも見られた。一方、日中の一時的な閉葉は晴天時に葉が日なたにあって、かつ照度が増加した時に見られ、雨天時には見られなかった。3)植物によっては昼の閉葉は夜の閉葉と向きが反対であった。すなわちシロツメクサの閉葉は昼夜とも上向き(V状)、カタバミは昼夜とも下向き(逆V状)に起ったが、クズ、ニセアカシアの閉葉は夜は下向き、昼は上向きに起った。2) と3)から、昼の閉葉と夜の閉葉は、葉を閉じるという点で共通しているものの、異なる生理的状態によってもたらされる「別の現象」であると考えられる。2. 以上の結果に基づき、これらの種類で観察された日中における葉の開閉運動は、次の点で植物の運動教材に適していると判断される。1) 市街地にも生えている植物で観察できること。2)就眠運動と異なり、日中における通常の授業時間帯に観察できること。3)就眠運動が植物の内発的なリズムに依るとされるのに対し、この運動は気象という外的条件の変化と直接的に対応しているので「植物も環境が刻々と変化するのに応じつつ生活を営んでいること」に気づかせやすいこと。

  • 戸田 堅
    1992 年33 巻1 号 p. 59-70
    発行日: 1992年
    公開日: 2023/06/20
    ジャーナル フリー

    我が国の理科教員志望大学生の保持する科学観と、彼らの理科学習指導法の選択に対するその影響を、質問紙を用いての調査から明らかすることを試みた。科学観に関する調査に使用した質問紙は、Koulaidisら(1988)が開発した体系ネットワーク法に基づいて作成し、各質問項目は伝統的科学観の二つのカテゴリー(帰納主義、反証主義)と現代的科学観の二つのカテゴリー(文脈主義、相対主義)の合計四つのカテゴリーのいずれかに対応するように設定された。理科学習指導法の選択に関する質問紙の質問項目も、それぞれ三つのカテゴリー(帰納主義、反証主義、現代的科学観)のいずれかに対応するように設定された。調査の結果、次のようなことが明らかになった。(1) 科学観に関する質問紙への回答において、学生の大多数は、明確にカテゴリー化された特定の科学観を一貫して支持することはなかったが、回答を伝統的科学観と現代的科学観との二つのグループに分けて集計すると、ほとんどの学生は伝統的科学観を支持する点で一貫していた。(2) 理科学習指導法の選択に関する質問紙への回答においても、大多数の学生は、特定の科学観に対応する理科学習指導法を一貫して選択することはなかった。以上のような結果から、学生の大多数は、明晰に意識化された形での科学観は保持していないが、帰納主義を中心とする伝統的科学観を常識として保持していると推定される。また、理科学習指導法の選択は、彼らが保持する科学観に基づいてではなく、それとは直接的に関わりのない教育的な基準や'馴染み深さ'というような、その他の基準に基づいて行なわれている可能性が強い。これらの結果をふまえて、理科教師が保持するであろう科学観と理科教育との関わり合いについて考察し、これからの理科教師教育のあり方について示唆した。

  • 川崎 謙
    1992 年33 巻1 号 p. 71-80
    発行日: 1992年
    公開日: 2023/06/20
    ジャーナル フリー

    西欧語observeと観察との等価性を前提に、観察を重視する理科教育は成立しているといってよい。しかしobserveは、主客分離を前提として成立する行為であるのに対し、主として仏教によって発展させられた観察は、観世音菩薩に込められている折りから分かるように、主客融合への果てしない努力を要求している。このように行為の主体と客体との関係からすれば、これらの二つの言葉は相互に否定しあってさえいるのである。たとえ理科教育がこの等価性をいい募っても、「カンサツ」という言葉の響きに接したとき、児童生徒はもちろん教師でさえも、observeではなく、伝統的な観察を再把握しているのである。ソシュール学の基本的命題であるシニフィエとシニフィアンの不可分性からすれば、この事態が生じるのは当然といえよう。その結果、理科の教師か真剣に、また誠実に対応すればする程observeを否定し、観察の本質的態度である主客融合を正しい態度として、児童生徒に勧めることになってしまうのである。西欧自然科学を結果として否定してしまう観察に基づいて、理科教育が施されていることが問題なのではない。多くの留保をつけ加えた上でいえば、西欧自然科学を否定することは理科教育本来の姿であるともいえよう。理科教育本来の姿についての議論はしばらく措くとして、とりあえず現実問題として憂慮すべきは、観察という行為がobserveの権威の下に教授されている事実であろう。理科教育を誠実に施すべく努力すればする程、西欧自然科学が要求する見方であるobserveはもとより、伝統文化に基づいた見方である観察すら伝えることに失敗している事例は、理科教育史上数多く見いだすことが出来る。にもかかわらず西欧自然科学が標榜する普遍性に幻惑されて、理科教育はこの致命的ともいえる錯誤に気づくことはない。本報告は、エピステモロジーを導入することにより、理科教育の混乱解消を試みたものである。

  • 藤島 弘純, 本城 幸子
    1992 年33 巻1 号 p. 81-90
    発行日: 1992年
    公開日: 2023/06/20
    ジャーナル フリー

    校内樹木の植栽・整備が修景的要素を優先して行われている現状について、その実態を明らかにし、校内樹木の教材化も含めて今後の学校環境緑化の方向性を探る目的で、小・中・高校教師に対するアンケート調査を行った。その結果は次のようにまとめることができた。1. 修景的な樹木整備・管理について小学校教師の多くは否定的であったが、中・高校教師の多くは肯定的・現実受容的であった。2. 校内樹木の教材的利用については、約87%の教師が「十分ではない」としながらも、校内樹木の植栽・整備についてはあまり関心は高くなく、特に若い教師にその傾向が強かった。3. 多くの学校で、校内樹木の植栽・整備に関する基本的理念が明確ではなく、植栽・整備の長期計画も持っていないと推察された。4. 樹木の植栽・整備計画は、教師を中心に地域住民も含めて立てられるべきであるということで教師集団の合意が得られそうであった。しかし、計画の実施の中核を誰れが担うかにおいては意見は多分極化し、合意が得られそうな方向性は見出せなかった。

  • 柴 一実
    1992 年33 巻1 号 p. 91-101
    発行日: 1992年
    公開日: 2023/06/20
    ジャーナル フリー

    明治・大正期に欧米に留学した科学者達によって欧米の物理生徒実験の気運が伝えられたことは、わが国の理科教育の発達史上意義深いことであった。その中の一人である物理学者長岡半太郎(1865-1950) は、ドイツのミュンヘンエ科大学教授カール・トビアス・フィッシャー(Karl Tobias Fischer : 1871-1953) の自然科学教育観や彼の三度にわたる英・米調査旅行報告書の存在を紹介した。本研究は、このような形でわが国に少なからぬ影響を与えたフィッシャーが、英・米調査旅行を通して把握した世界的動向の中にドイツの物理教育、特に生徒実験をどのように位置づけ、今後の取るべき方向をどのように見定めようとしたのかという点を明らかにすることを目的とした。そは結果、以下の諸点が明らかになった。(1) フィッシャーはドイツが英・米に比べて物理実験室の整備面において著しく遅れていることを指摘した。(2) 彼は、「節度ある発見的教授法」に基づく実際的な物理生徒実験を取り入れた物理教育をドイツの理想像と見なした。(3) 彼は、国家間の産業面での生存競争に打ち勝つためにも自然科学の教授方法の改革が必要であると主張した。(4) 彼は、バイエルンの高等実科学校の物理の教授プランを作成し、ドイツのモデルケースとして提示したが、その背景には、三度にわたる調査旅行を通して知り得た英・米の自然科学教育の実情や、1905年のドイツ自然科学者・医者協会による「メランの提案」が影響していた。

  • 川上 昭吾, 千種 優子
    1992 年33 巻1 号 p. 103-114
    発行日: 1992年
    公開日: 2023/06/20
    ジャーナル フリー

    昭和52年改訂の小、中学校学習指導で指摘された「理科学習での地域の自然利用」の実施状況を明らかにするために、愛知県内のすべての小、中学校を対象にアンケート調査を行った。小学校で学校外に最もよく出かける学年は1年生で、年間通じ23.1時間であった。これは理科の標準時数の40%にあたる。1年生に次いで多いのが3年生の21.4時間、次いで2年生19.5時間、4年生13.0時間、6年生9.6時間と続く。最も少ないのは5年生で6.6時間であった。また、頻繁に教室外に出かけているのは、栽培活動であった。その他、1年生で秋の木の葉・木の実の採集、2年生で水生生物や昆虫採集、3年生で季節ごとの生物観察などの際、よく教室外に出かけていた。小学校の理科の野外実習でよく利用されている野外の場所は公園であった。その他、用水とか海岸とか地域性を生かした利用例がある。中学校については、野外で行われた授業の実態や学習に利用する野外環境について調査をした。その結果、教室の外で学習をするのは1年生の生物分野の学習の時が中心であることがわかった。2年生ではほとんど外へ出ていない。3年生では土の中の生物や大地とその変化、人間と自然などの学習で、教室外に出かけている例がわずかにある。中学校の理科の学習で利用する野外の環境は公園、河川・用水、池や田など地域によってまちまちである。

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