本研究の目的は,理科教育の認知論的研究やそれらの知見を参照した実践的な授業研究における社会文化的アプローチの意義について考察することであった。このために,まず,理科教育の認知論的研究における社会文化的アプローチの位置について,従来の情報処理的なアプローチに立脚した個人主義的な構成主義の研究と対比することで議論した。次に,社会文化的アプローチの諸理論を検討した。具体的には,このアプローチの背景となるL. S. ヴィゴッキーやM. M. バフチンの提案する諸概念について吟味した。さらに,バフチン理論の提案する諸概念を参照しながら,言語コミュニケーションを中心とした授業の相互行為について事例的な分析を試みた。事例とされたのは,小学校6年生の理科の授業であり,授業のVTR記録・トランスクリプト・身体配置のスケッチが分析の素材とされた。分析された相互行為の中では,教師や子どもたちは,複数の発話と接触することを通して,多種多様な声・社会的言語・ことばのジャンルと出会っていたことが例証された。以上の議論や例証の結果を考察することで,バフチンの提案する諸概念は,言語コミュニケーションの内実を詳細に議論できるという意味で,理科教育の認知論的研究ならびに実践的な授業研究に新たな知見を提供するものであることが示唆された。
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