日本薬理学雑誌
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142 巻, 4 号
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特集 新規がん治療薬の研究開発
  • 松井 久典
    2013 年 142 巻 4 号 p. 150-155
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/10/10
    ジャーナル フリー
    近年のがん治療薬の主流である「分子標的薬」を「がん細胞の生存や増殖,転移と密接に関連する細胞内分子を狙い撃ちにする薬剤」であると定義するならば,ホルモン依存性がんにとってのホルモン療法は,いち早くその有効性が明らかにされた分子標的薬と言えるのかもしれない.たとえば前立腺がんは男性ステロイドホルモンであるアンドロゲン(テストステロンやジヒドロテストステロン:DHTなど)が前立腺がん細胞内のアンドロゲン受容体(androgen receptor:AR)を介して増殖を促進することから,現在,前立腺がん,とりわけ転移性または局所進行性前立腺がんに対しては性腺刺激ホルモン放出ホルモン(gonadotropin releasing hormone:GnRH)誘導体を用いたアンドロゲン低下療法(androgen deprivation therapy:ADT,薬物的去勢療法とも呼ばれる)が主流である.歴史をさかのぼれば去勢療法は1941年にHugginsらによって提唱され,その有用性が後世に認められた結果Hugginsは1966年にノーベル医学生理学賞を受賞している.それから70年以上ホルモン療法は前立腺がん治療の中心となり続けているが,その間に生体内におけるホルモン分泌,生合成,分子機能に関する理解は驚くほど進んできた.ヒトの場合,男性における性ホルモン合成は大別して①視床下部・下垂体・性腺系(Hypothalamic-Pituitary-Gonadal axis:HPG-axis),②視床下部 ・下垂体 ・副腎系(Hypothalamic-Pituitary-Adrenal axis:HPA-axis)によって合成され,全身のアンドロゲンのうち95%はHPG-axisによって,残りの5%がHPA-axisによって産生されると言われている.①に由来する創薬ターゲットとしては上述したGnRHの他に,最近我々を含めた複数の研究者によってGnRHの上流で作用することが見出された神経ペプチド,kisspeptinを挙げることができる.主に②に関係する創薬ターゲットとしては副腎におけるアンドロゲン(デヒドロエピアンドロステロン:DHEA)合成の鍵酵素である17,20-リアーゼ阻害薬が挙げられる.また,①,②それぞれの経路で産生されるアンドロゲンが作用するアンドロゲン受容体(AR)も重要な創薬ターゲットの一つである.これら新しい創薬ターゲットのうち,本稿では主にHPG-axisとkisspeptinとの関係を中心に,ホルモンを基軸とした創薬研究について歴史を紐解きながら概説する.
  • 塩瀬 能伸
    2013 年 142 巻 4 号 p. 156-161
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/10/10
    ジャーナル フリー
    PI3K(phosphatidyl inositol 3-kinase)/mTOR(mammalian target of rapamycin)経路は,細胞の生存プロセスの中心的な役割を担っており,がんにおいては様々な遺伝子変異の結果,この経路が恒常的に活性化し,がんの生存,分化,増殖に深く関わっているとされる.近年,この経路の阻害薬としてPI3K阻害薬,Akt阻害薬,mTOR阻害薬(mTORC1阻害薬およびmTORC1/2阻害薬),PI3K/mTOR同時阻害薬が開発され,大きな注目を集めている.この中で,すでに承認されている薬剤はラパマイシン誘導体テムシロリムスやエベロリムスといった,いわゆるmTORC1阻害薬のみであり,その他の標的薬剤は現在臨床試験中でその資質が検証されている段階である.本稿では,PI3K/mTOR同時阻害薬に焦点を当て,臨床試験状況,注目される併用試験,バイオマーカー研究について紹介する.
  • 松井 順二, 船橋 泰博
    2013 年 142 巻 4 号 p. 162-166
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/10/10
    ジャーナル フリー
    この15年来,抗がん剤領域治療において分子標的薬の出現に伴い個別化医療が臨床の現場において進展してきた.その実現には分子標的薬の開発のみならず,コンパニオン診断薬の同時開発が不可避になり,製薬会社はその両者の開発を鋭意進展させている.これらはがん細胞のheterogeneityへの対策であり,この間分子レベルでのメカニズムが解明されてきたことによることが大きい.一方ではこの間ベバシツマブなどの血管新生阻害作用を持つ分子標的治療薬も承認がなされているが,当初期待していたものとは異なり自然耐性化や獲得体制化の存在も報告されるようになってきた.したがって血管新生阻害剤に対してもがん細胞を標的とする分子標的治療薬と同様に効果が期待できる患者層を選別する必要性が明らかとなっている.そのため前臨床,臨床でのトランスレーショナル研究の重要性がますます高まっているため,本稿にてその必要性となる背景と前臨床研究にて実施した結果を記載する.
  • 石井 俊彦
    2013 年 142 巻 4 号 p. 167-171
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/10/10
    ジャーナル フリー
    協和発酵キリンは,1996年,東京大学・松島らとの共同研究を開始し,CCR4(CC chemokine receptor 4)に対するマウスモノクローナル抗体を取得した.これをもとに,ヒト化モノクローナル抗体モガムリズマブを創製した.モガムリズマブは強い抗体依存性細胞傷害(ADCC)活性を付与する技術POTELLIGENT®を利用して産生された世界初の抗体医薬品である.我々は,名古屋市立大学・上田(現 愛知医科大学),石田らと開始した共同研究により,成人T細胞白血病リンパ腫(ATL)の約90%にCCR4が発現していること,またCCR4発現がATLの独立した予後不良因子であること等を見出し,ATLの治療標的としての可能性を明らかにした.さらに,モガムリズマブがATL細胞に対してADCCを発揮すること,担がんモデルマウスで抗腫瘍効果を発揮することなどを示し,モガムリズマブがATLの治療薬になりうることを明らかにしてきた.これら非臨床の結果を受けて,モガムリズマブの第I相臨床試験,さらに,CCR4陽性の再発再燃ATL患者での第II相臨床試験(モガムリズマブ1.0 mg/kg,1週間間隔で8回静脈内投与)が実施された.26例中13例で腫瘍の縮小効果が認められ(奏効率50%),有効性が確認された.発現した主な副作用は,「発熱」,「悪寒」等を主徴とする「注入に伴う反応」および「リンパ球数減少」,「好中球数減少」,「血小板数減少」等の血球数減少並びに「発疹」であった.これらの試験成績をもとに,2011年4月に医薬品製造販売承認申請を行い,翌年3月に承認を取得した.
受賞講演総説
  • 矢野 貴久
    2013 年 142 巻 4 号 p. 172-177
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/10/10
    ジャーナル フリー
    薬剤性腎障害は,診断もしくは治療のために使用した医薬品による有害事象であり,実臨床における重要な課題の一つとされている.しかしながら多くの薬剤では腎障害の発現機序が不明であり,有効な対策法の確立には未だに至っていない.そこで著者らは,培養腎細胞や実験動物を用いて薬剤性腎障害評価モデルを作製し,各薬剤により生じる腎障害の細胞内分子機構の解明を行った.その結果,造影剤や抗MRSA薬バンコマイシンは腎尿細管細胞にアポトーシスを引き起こし,その発現はいずれもミトコンドリア機能障害に起因したカスパーゼ9およびカスパーゼ3活性化に基づくものであったが,その一方で詳細な細胞死分子機構は異なっていることが明らかとなった.造影剤は,スフィンゴ脂質であるセラミドのde novo合成を活性化し,Aktリン酸化ならびにCREBリン酸化の抑制に基づくBax/Bcl-2の発現変化によってミトコンドリア機能障害やアポトーシスを惹起するが,バンコマイシンは,ミトコンドリア呼吸鎖複合体Iの活性化を抑制し,スーパーオキシドを産生することでアポトーシスシグナルを誘導することを見出だした.一方,抗真菌薬アムホテリシンBは腎細胞にミトコンドリア機能障害に基づくネクローシスを引き起こしたが,その発現分子機構は主作用に類似したものであり,アムホテリシンBが腎細胞膜のコレステロールに結合して小孔を形成し,細胞内へのNa+流入を惹起すると共に小胞体やミトコンドリア由来のCa2+上昇を引き起こして細胞死に至ることが明らかになった.さらに,ミトコンドリア分子機構に基づく腎保護薬の研究を進めた結果,プロスタサイクリン誘導体ベラプロストが腎細胞内のcAMPレベルを上昇させ,造影剤腎障害に対して顕著な保護効果を示すことを見出だした.本研究により明らかとなった知見が,薬剤性腎障害の対策法の確立において一助となることを期待する.
実験技術
  • 大久保 洋平
    2013 年 142 巻 4 号 p. 178-183
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/10/10
    ジャーナル フリー
    グルタミン酸は脳における代表的な興奮性神経伝達物質である.従来からの考え方では,前シナプス終末から放出されたグルタミン酸は,シナプス間隙の中に限局して「点と点」のシナプス伝達を担うものとされてきた.しかしながら近年,グルタミン酸がシナプス間隙から漏れ出しシナプス外領域に拡散することで,非シナプス性伝達が惹起されることを示唆する知見が得られてきている.このグルタミン酸による非シナプス性伝達はグルタミン酸スピルオーバーと呼ばれる.グルタミン酸スピルオーバーは様々な脳機能と病態に関与することが示唆され,新たな創薬標的としても期待される.電気生理学的現象を必ずしも伴わず,また空間的な拡がりを示すグルタミン酸スピルオーバーを解析するためには,グルタミン酸自体を直接可視化する新たな技術が不可欠であった.筆者らは新規に開発された蛍光グルタミン酸プローブEOSを応用し,脳スライス標本および生体内の脳において,グルタミン酸スピルオーバーを高解像度に可視化することに成功した.これにより,グルタミン酸スピルオーバーが生理的入力で惹起され得ることを初めて示し,またグルタミン酸スピルオーバーの様々な側面について定量的な知見が得られた.グルタミン酸やその他の伝達物質の動態を可視化する蛍光プローブの開発,改良,応用は各地で進められており,今後のさらなる展開が期待される.
創薬シリーズ(7)オープンイノベーション(8)
  • 星野 達也
    2013 年 142 巻 4 号 p. 184-189
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/10/10
    ジャーナル フリー
    2000年以降積極的なM&Aを繰り返し,規模の拡大に努めてきた日系大手医薬品メーカーにとって,次なる打ち手は,将来に向けたシーズ探索である.メガファーマに比べ規模,情報量で不利な戦いを強いられる日本の医薬品メーカーにとっては,競合に先んじていかに有望なシーズを取り込むかが勝負を分けるといっても過言でない.様々な対策が講じられる中で,シーズ探索をビジネスとする仲介業者を利用した「オープンイノベーション活動」が,昨今急激に拡大している.はたして,オープンイノベーションは,医薬品メーカーの競争力向上の手段になるのか.2011年以降,国内の医薬品メーカーを顧客としてシーズ探索の支援をつづけるナインシグマ・ジャパンが,今日急拡大している,国内製薬業界におけるオープンイノベーションの実情を紹介する.
新薬紹介総説
  • 吉末 元, 小沢 政成, 平塚 真紀, 中西 昌樹
    2013 年 142 巻 4 号 p. 190-199
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/10/10
    ジャーナル フリー
    グリコピロニウム臭化物(glycopyrronium bromide;化合物コードNVA237,以下,グリコピロニウム)は長時間作用性抗コリン薬(long-acting muscarinic antagonist:LAMA)であり,慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease:COPD)患者に対する長期管理薬として2012年9月,日本およびEUにおいて承認された.グリコピロニウムは1日1回吸入投与の気管支拡張薬であり,COPD患者に対する気管支拡張効果が24時間持続する.グリコピロニウムは,COPD治療薬としてすでに広く臨床使用されているLAMAであるチオトロピウムと比較し,初回投与後の気管支拡張効果の発現が有意に速いという特徴を有する.また,in vitro薬理試験の結果から,グリコピロニウムはチオトロピウムと比較して,ムスカリン受容体サブタイプのM2受容体よりもM3受容体に対する選択性が高く,M3受容体に対する結合が平衡状態に達するまでの時間が短いことが明らかとなっている.中等症から重症のCOPD患者を対象とした第III相臨床試験の結果,グリコピロニウム50 μg 1日1回の投与は,プラセボと比較して気管支拡張効果,呼吸困難感,健康関連QOL,運動耐容能を有意に改善し,さらにCOPDの増悪を有意に減少させる効果が示されている.また,非盲検のチオトロピウムとの比較では,グリコピロニウムはトラフ1秒量,呼吸困難感,健康関連QOL,COPD増悪の評価項目に関してチオトロピウムと同等の効果を示し,初回投与後の気管支拡張効果の発現はチオトロピウムより有意に速いことが示されている.グリコピロニウム50 μg 1日1回の投与に伴う有害事象の発現頻度は,プラセボ,チオトロピウムを投与した場合と同程度であり,臨床使用における安全性が示唆された.
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