日本薬理学雑誌
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148 巻, 4 号
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特集 海馬歯状回の遺伝子発現が制御する精神神経機能
  • 萩原 英雄, 昌子 浩孝, 宮川 剛
    2016 年 148 巻 4 号 p. 168-175
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/10/01
    ジャーナル フリー

    統合失調症や双極性障害は,人種や地域に関わらずその生涯有病率は約1%と言われ,十分な治療法が確立されていない深刻な精神疾患である.しかし,発症要因はもちろん,脳内でどのような異常が生じているのかについては未だによくわかっていない.我々の研究室では,これまでに180種類以上の遺伝子改変マウスや薬物投与マウスの行動を解析した結果,統合失調症や双極性障害などの精神疾患患者の症状に類似した行動異常のパターンを示すマウス系統を多数見出してきた.その中でも特に顕著な行動異常を示す複数系統のマウスの脳を調べたところ,成体の脳であるにも関わらず海馬歯状回の神経細胞のほとんどが擬似的に未成熟な状態にあるという現象(「未成熟歯状回」)を発見した.また,正常なマウスでも抗うつ薬やてんかん症状を誘発するピロカルピンの投与によって未成熟歯状回に酷似した現象を誘導できることもわかってきた.さらに,この未成熟歯状回に類似した現象は,統合失調症患者や双極性障害患者の死後脳でも生じていることが確認された.一方,他の複数の研究室からも,統合失調症患者の皮質や扁桃体などに擬似的に未成熟な細胞があるという報告がなされるようになってきた.我々は,成人であっても歯状回や皮質を含む脳領域の一部の細胞が擬似的に未成熟な状態であることが,精神疾患の中間表現型の一つではないかと考えている.今後,この脳の細胞の成熟度変化について発生メカニズムを解明し,成熟度の制御法を確立することによって,新しい精神疾患の診断法や治療法の開発が進むことが期待される.

  • 小林 克典
    2016 年 148 巻 4 号 p. 176-179
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/10/01
    ジャーナル フリー

    ニューロンの機能は細胞の成熟とともに大きく変化する.成体脳が正常に機能するためには,個々のニューロンが正常に成熟して成熟機能を獲得する必要があり,その過程の異常が精神疾患の病態形成に関与することが示唆されている.ニューロンが成熟状態に達すると,その成熟度そのものは変化しないと一般に考えられてきた.しかし,著者らは抗うつ薬の作用機序の解析過程において,成体歯状回の成熟顆粒細胞の生理学的,生化学的特徴が未成熟様の状態に戻ることを見出し,この現象を「脱成熟」と名付けて報告した.歯状回では成体でも神経新生が継続することが広く知られているが,脱成熟は成熟神経細胞の表現型が未成熟細胞様に変化する現象であり,神経新生促進による未成熟細胞の増加ではない.また,神経新生によって増加する細胞の数は歯状回全体の細胞数に比して非常に少ないが,脱成熟は顆粒細胞の大多数に誘導され,細胞体興奮性やシナプス可塑性などの細胞機能を顕著に変化させる.著者らの報告後に,歯状回以外の脳部位でも抗うつ薬投与によって脱成熟様の変化が生じることが報告された.また,飼育環境の変化や学習課題などの生理的な刺激でも類似の変化が生じることが報告された.つまり,脱成熟又はそれに類似した神経成熟度の変化は,歯状回に限定した現象でも抗うつ薬の作用に特異的な現象でもなく,多様な刺激によって誘導され,成体脳の生理的機能調節に関与する可能性がある.この成体脳における成熟制御機構が明らかになれば,成熟度の人為的制御による精神神経疾患治療法の開発や,生理的な神経成熟制御を生活習慣の改善によって維持することによる疾患の予防・治療法の提案などに結び付くと考えられる.

  • 北原 陽介, 西 昭徳
    2016 年 148 巻 4 号 p. 180-184
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/10/01
    ジャーナル フリー

    抗うつ薬としてセロトニン再取込み阻害薬(SSRI)が多く使われているが,治療効果は十分とは言えない.治療効果を改善するためには,うつ病の病態と抗うつ薬の作用機序について理解を深める必要がある.抗うつ薬の標的脳部位の1つとして,海馬歯状回が注目されている.海馬歯状回では,抗うつ薬により脳由来神経栄養因子(BDNF)の発現が増加し,シナプスの可塑的な変化を起こして神経回路の機能異常を改善する.また,抗うつ薬は神経新生を促進する.最近では,抗うつ薬は成熟顆粒細胞に作用して,興奮性を高めると同時に,成熟マーカー遺伝子の発現を抑制することが知られている.そこで,SSRIであるフルオキセチンの慢性投与により神経伝達が亢進している海馬歯状回の貫通線維-顆粒細胞シナプスの形態を,電顕レベルの解像度で詳細に検討した.具体的には,集束イオンビーム/走査型電子顕微鏡(FIB/SEM)を用いて連続電顕画像を取得してシナプス構造を3D電顕画像として再構築し,形態解析を行った.その結果,フルオキセチン慢性投与により極端に大きなスパイン(顆粒細胞樹状突起)が出現し,大きなスパインのシナプス後肥厚(PSD)も増大していた.また,大きなスパインには大きな神経終末ボタン(貫通線維)が接触しており,大きな神経終末ボタンには大きなミトコンドリアと多くのシナプス小胞が含まれていた.大きな貫通線維-顆粒細胞シナプスはシナプス伝達を促進するシナプス前およびシナプス後の構造を伴っており,神経伝達を促進する可塑的変化を反映すると考えられた.このシナプス形態変化には,抗うつ薬により発現が調節される遺伝子,特にBDNFなどの液性因子の関与が大きいと考えられるが,現時点では責任分子は明らかではない.また,樹状突起のスパイン,貫通線維の神経終末ボタンにおいて,全てのスパインや神経終末ボタンが大きくなったわけではなく,抗うつ薬が限局したシナプスにおいてシナプス形態と可塑性を調節する分子メカニズムの解明が今後の課題である.

  • 松尾 直毅
    2016 年 148 巻 4 号 p. 185-189
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/10/01
    ジャーナル フリー

    文脈や出来事の記憶の細部は時間経過に伴って失われ,汎化することが知られている.適切に汎化が生じることは動物が刻々と変化する環境に適応することに貢献していると考えられる.一方で,心的外傷後ストレス障害などの不安障害でも見られるように,恐怖記憶の過剰な汎化は無害な刺激に対してさえも不適切な恐怖不安反応が現れ,日常生活に大きな支障を来すため重大な問題である.このように生物学的かつ臨床的にも重要な問題であるにも拘わらず,記憶の汎化の神経基盤はほとんど不明である.そこで私たちは,マウスの文脈依存的恐怖条件付け学習課題を用いて,文脈に対する記憶が弁別できている際と,汎化している際での想起時に活動する神経アンサンブルの解析を試みた.特に,学習時に活動した神経アンサンブル,つまり記憶痕跡細胞が,その記憶の想起時に再活動しているかどうかに着目して解析を行った.そのために,時間的に離れた2点での神経活動を同一個体の脳内で単一細胞レベルで可視化可能な遺伝子改変マウスを活用した.海馬歯状回,海馬CA1領域,体性感覚皮質の各領域において解析を行ったところ,それぞれ特徴的な再活動パターンが見出されたので,その内容について紹介する.

創薬シリーズ(8) 創薬研究の新潮流(7)
新薬紹介総説
  • 島田 忠, 山口 京子, 青木 智之, 梶原 敦子, 水井 啓広
    2016 年 148 巻 4 号 p. 197-204
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/10/01
    ジャーナル フリー

    ゼルボラフ®錠240 mgは,F. Hoffmann-La Roche社(以下Roche社)及びPlexxikon Inc.が共同開発した,V600遺伝子変異を有するBRAF(BRAF V600)キナーゼを選択的に阻害することにより抗腫瘍効果を発揮するベムラフェニブを有効成分とするフィルムコーティング剤である.BRAFの600番目のアミノ酸残基バリン(V600)のコドンに変異が生じているがん細胞の場合,BRAFキナーゼは恒常的に活性化されており,その下流に位置するMEK及びERKを恒常的に活性化させると推定される.そのため,MEK及びERKを介した下流のシグナル伝達制御に異常が生じ,細胞に異常な増殖と長期生存を引き起こすと考えられている.ベムラフェニブはBRAF V600キナーゼを強力かつ選択的に阻害することにより,がん細胞の増殖抑制や細胞死を誘導し抗腫瘍効果を発揮することから,BRAFV600遺伝子変異を有する悪性黒色腫に対する治療薬として開発された.化学療法歴のないBRAFV600遺伝子変異を有する根治切除不能なⅢ期/Ⅳ期の悪性黒色腫患者を対象とした海外第Ⅲ相臨床試験(NO25026試験)において,ベムラフェニブは対照薬群に対し全生存期間及び無増悪生存期間を有意に延長し,奏効率にも有意差が認められた.また,化学療法歴のあるBRAFV600遺伝子変異を有する根治切除不能なⅣ期の悪性黒色腫患者を対象とした海外第Ⅱ相臨床試験(NP22657試験)及び海外第Ⅰ相臨床試験(PLX06-02試験)のBRAFV600遺伝子変異を有する転移性悪性黒色腫患者を対象としたExtensionコホートでも,ベムラフェニブの有効性を示唆する結果が得られている.さらに,これらの臨床試験において,ベムラフェニブの忍容性も確認された.また,国内で実施されたBRAFV600遺伝子変異を有する根治切除不能な悪性黒色腫患者を対象とした第Ⅰ/Ⅱ相臨床試験(JO28178試験)の結果から,日本人における有効性及び忍容性も確認されている.海外臨床試験の成績に基づき,Roche社は2011年4月に米国における承認申請を行い,2011年8月にBRAFV600E遺伝子変異を有する根治切除不能又は再発悪性黒色腫に対する治療薬として承認を取得した.また,EU諸国では2012年2月にBRAFV600遺伝子変異を有する根治切除不能又は再発悪性黒色腫に対する治療薬として承認され,2014年9月現在,米国,EU,オーストラリアをはじめ86の国又は地域で承認されている.本邦では,2014年12月に「BRAF遺伝子変異を有する根治切除不能な悪性黒色腫」の効能・効果で承認された.

  • 青野 友紀子, 天野 徹, 松戸 泰樹, 広瀬 翔太, 森重 卓也, 菊田 奈津子, 岡田 大樹, 濱浦 典子
    2016 年 148 巻 4 号 p. 205-215
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/10/01
    ジャーナル フリー

    ブロダルマブ(遺伝子組換え)[製品名:ルミセフ®皮下注210 mgシリンジ,以下ブロダルマブ]はヒト型抗ヒトIL-17受容体(R)Aモノクローナル抗体であり,「既存治療で効果不十分な尋常性乾癬,関節症性乾癬,膿疱性乾癬,乾癬性紅皮症」を効能又は効果として2016年7月に世界に先駆けて日本で製造販売承認を取得した新規メカニズムの生物学的製剤である.ブロダルマブはヒトIL-17RAの細胞外ドメインに特異的に結合してIL-17AのIL-17RAへの結合を競合的に阻害した.また,IL-17A,IL-17A/F,IL-17C,IL-17F及びIL-17Eの受容体を介した生物活性を濃度依存的に阻害した.抗マウスIL-17RA抗体はマウス乾癬様皮膚炎モデルで認められる皮膚組織中の各種炎症性ケモカイン及びサイトカインの発現亢進,ケラチノサイトの異常増殖を伴う表皮過形成(肥厚),角化異常による表皮剥離,微小膿瘍形成等を特徴とする乾癬様の皮膚症状を抑制した.また,抗マウスIL-17RA抗体は正常マウス及びp55/p75腫瘍壊死因子受容体遺伝子欠損マウスを用いた炎症性関節炎モデルにおいて,四肢の関節症状(発赤及び腫脹)を抑制し,関節の骨/軟骨破壊や軟骨下骨びらん形成を抑制した.従って,ブロダルマブはIL-17シグナル伝達経路が病態形成と増悪に深く関与した炎症性疾患である乾癬の新たな治療薬になると考えられた.中等症~重症の局面型皮疹を有する乾癬(尋常性乾癬,関節症性乾癬),膿疱性乾癬,乾癬性紅皮症の患者を対象とした国内及び海外臨床試験において,ブロダルマブの高い有効性と安全性,良好な忍容性が確認されたことから,ブロダルマブは光線療法又は全身療法の候補となる尋常性乾癬,関節症性乾癬,膿疱性乾癬,乾癬性紅皮症に対して,アンメット・メディカル・ニーズに応える新たな治療法となるものと期待される.

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