日本薬理学雑誌
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154 巻, 6 号
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特集:難治性神経変性疾患克服への新たなアプローチ
  • 塩田 倫史, 矢吹 悌, 朝光 世煌
    2019 年 154 巻 6 号 p. 294-300
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/12/01
    ジャーナル フリー

    よく知られた一般的なDNAの形態は,「B型DNA構造」と呼ばれる右巻き2重らせん構造体である.一方,DNAはそれ以外にも様々な立体配座「非B型DNA構造」を取り得ることが明らかになっている.さらに,RNAに関してもA型2本鎖RNAを形成するステムループだけでなく様々なRNA構造体が同定されており,生命現象に深く関与する.近年,非B型DNA・RNA構造のひとつであるグアニン四重鎖(G-quadruplex:G4)構造の生物学的機能が注目されている.バイオインフォマティクス解析により,様々な生物種におけるG4構造のゲノム位置が明らかにされている.さらに生物学的解析においても,グアニン四重鎖はDNA複製,転写,エピジェネティクス修飾,RNA代謝などの重要な生命現象に関与することが示唆されている.本特集では,G4構造の神経機能における役割を中心に,神経機能障害の根底にあるメカニズムとの関与,および神経疾患の治療標的としての可能性について述べる.

  • 鈴掛 雅美
    2019 年 154 巻 6 号 p. 301-305
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/12/01
    ジャーナル フリー

    シヌクレイノパチーはαシヌクレインタンパク質(αS)の蓄積を特徴とする疾患の総称であり,パーキンソン病など進行性の神経変性疾患が含まれる.シヌクレイノパチー患者の大多数は遺伝的背景のない孤発性であり,その発症原因や疾患の進行メカニズムはいまだ明らかではない.そのためいまだ原因療法が確立されていないという課題がある.この課題を克服するには孤発性シヌクレイノパチーの発症および進行過程を再現するモデル動物が必要である.近年,αS病理がプリオン様伝播により脳内で広がるという「プリオン様伝播説」が提唱され,それを支持する実験データが様々なグループから報告されている.われわれは孤発性シヌクレイノパチーモデル動物の確立を目標とし,野生型マウスを用いてαS病理およびその脳内伝播を再現できないか検討を重ねてきた.その結果,異常型構造をとったαSを野生型マウスの脳内に接種すると,接種後1ヵ月でαS病理の形成と脳内伝播が観察されることを見いだした.病理は時間経過に伴い,接種部位と神経接続のある領域に伝播した.この現象は野生型マウスだけでなく霊長類の1種であるコモンマーモセットでも同様に観察されたことから,ヒトでも起こりうる反応と考えられる.これらのモデル動物は孤発性シヌクレイノパチー病態を一部再現したモデルであることから,今後,病態メカニズムの解明や新規治療薬開発への応用が期待される.

  • 皆川 栄子
    2019 年 154 巻 6 号 p. 306-309
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/12/01
    ジャーナル フリー

    睡眠の異常,なかでも中途覚醒の増加や深いノンレム睡眠(徐波睡眠)の減少は,アルツハイマー病(AD)やパーキンソン病をはじめとする様々な神経変性疾患の患者に共通して,しばしば疾患早期から出現する.このような睡眠の異常は,従来,睡眠-覚醒や概日リズムを制御する脳部位に神経変性が波及したために出現すると考えられてきた.一方,近年の疫学研究からは,従来の理解とは逆に,睡眠の異常が神経変性疾患の病態を修飾する可能性が示唆されている.そこで様々な疾患モデル動物を用いて両者の因果関係が検証され,睡眠の異常と神経変性疾患病態との双方向的関係性という概念が提唱されている.社会の高齢化に伴って神経変性疾患の患者数は増加しているが,疾患の進行を抑止しうる治療法は未だなく,さらなる病態解明と疾患修飾療法の開発は喫緊の課題である.本稿では神経変性疾患の中でも特に患者数の多いADと睡眠の関係に関する研究を主に取り上げながら,神経変性疾患に共通する基盤的病態である異常タンパク質の凝集・蓄積と睡眠の異常との双方向的関係性を検証した種々の研究を筆者らの研究も含めて概説する.また,この双方向的関係性の背景にある機構の解明,ならびに,睡眠の異常を標的とした疾患修飾療法の開発に向けた課題と今後の展望について議論する.

  • 関 貴弘
    2019 年 154 巻 6 号 p. 310-314
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/12/01
    ジャーナル フリー

    アルツハイマー病などの神経変性疾患は加齢とともに発症頻度が増大するため,現在の超高齢化社会ではその克服が喫緊の課題である.神経変性疾患の多くでは疾患が診断された段階では神経変性がかなり進んでおり,その状況からの改善は困難である.特に遺伝性神経変性疾患の場合,原因遺伝子を保有していることが分かった場合は発症予防が望まれるが,現状では発症を予防する方法はなく,ただただ発症を待つことしかできない.脊髄小脳変性症は小脳性の運動失調を主症状とする進行性の神経変性疾患である.脊髄小脳変性症の約30%は遺伝性であり,その大部分を占める常染色体優性遺伝性のものは脊髄小脳失調症(spinocerebellar ataxia:SCA)と呼ばれる.SCAは原因遺伝子座の違いによりSCA1-48に分類され,様々な原因遺伝子が同定されている.これまでに特定のSCA原因タンパク質を発現させた細胞株を用いて,細胞毒性や原因タンパク質の発現量などを指標にSCA治療薬のスクリーニングが行われてきたが,細胞レベルで効果を示した化合物がin vivoで十分な効果を示さないことが多かった.これは,細胞株での表現型とSCAモデルマウスで観察される運動障害が異なる機序で起こることに起因すると考えられる.我々はいくつかのSCA原因タンパク質が初代培養小脳プルキンエ細胞において樹状突起の発達を低下させることを明らかにした.小脳プルキンエ細胞の樹状突起縮小はSCAモデルマウスで早期に観察され,運動障害と関連することが報告されている.よって,様々なタイプのSCA原因タンパク質を発現させた培養小脳プルキンエ細胞はin vitro SCAモデルとして有用であり,その樹状突起の縮小を標的として化合物スクリーニングを行うことにより,単一のSCAだけでなく様々なSCAに共通な発症予防薬の同定に繋がることが期待できる.

特集:必須微量金属研究のパラダイムシフト
  • 堀ノ内 裕也, 池田 康将, 玉置 俊晃
    2019 年 154 巻 6 号 p. 316-321
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/12/01
    ジャーナル フリー

    鉄は生体内に最も多く存在する生命機能維持に必須の微量金属元素であり,赤血球のヘモグロビン合成,各種細胞における酸化還元反応,酵素活性,細胞増殖ならびにアポトーシスなどに関与する.そのため,貧血に代表される鉄欠乏疾患はよく知られているものの,鉄過剰疾患はあまり注目されてこなかった.過剰な鉄はフェントン/ハーバー・ワイス反応を介して酸化力が強力なヒドロキシルラジカルを生成し,遺伝性鉄過剰疾患における臓器障害の原因となるが,C型肝炎やアルツハイマー病などの従来は鉄と無関係と考えられていた疾患においても鉄が病態に関与していることが明らかとなり,生体内での鉄の役割が改めて注目されている.近年,生体内鉄量の増加が肥満ならびに糖尿病と関連することが示唆されており,鉄は肥満・糖尿病の増悪因子の可能性がある.しかし,肥満・糖尿病における鉄除去の効果については不明であった.我々は,肥満・糖尿病モデルKKAyマウスを用いて,鉄キレート剤投与が酸化ストレスや炎症を低減して,脂肪細胞肥大の進展が抑制されること,糖尿病性腎臓病モデルdb/dbマウスでは,食餌性鉄制限が酸化ストレスを減少して,アルブミン尿排泄増加や糸球体病変を抑制することで糖尿病性腎臓病の進行抑制につながることを報告した.本稿では,肥満・糖尿病とその合併症における鉄の役割と鉄制限による治療応用への可能性について,我々が明らかにした研究成果を含めて概説する.

  • 平山 祐
    2019 年 154 巻 6 号 p. 322-326
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/12/01
    ジャーナル フリー

    鉄は人体において最も多く含まれる遷移金属種であり,様々な生理的・病理的な役割を担っている.中でも,タンパク質非結合鉄・弱結合性の鉄イオンは自由鉄や触媒性鉄と呼ばれ,細胞内や体内における鉄輸送やホメオスタシスに深く関わると同時に,高い酸化還元活性を有することから,その濃度異常により酸化ストレスが惹起されることも知られている.しかしながら,酸化ストレスに関与するような鉄イオンを選択的に検出することは困難であり,その詳細な挙動と病態との関連性については不明な点が多く残されている.幸いにも筆者らは,自由鉄の主成分である二価鉄を選択的に検出できる蛍光分子(蛍光プローブ)を開発することができ,これら蛍光プローブを駆使した細胞イメージング研究を展開することで,様々な病態モデルでの自由鉄変動を可視化,解明することに成功してきた.最近では,二価鉄選択的検出の鍵となっているN-オキシドの脱酸素化反応が様々な蛍光団へと応用可能であることを見出し,全部で四色の蛍光プローブへと展開することに成功している.また,ごく最近,各色の蛍光団と細胞内小器官局在性をコントロールすることで,異なる細胞内小器官における二価鉄変動を同時に可視化・検出することができるようになった.本稿では,鉄依存的細胞死(フェロトーシス)における各細胞小器官での二価鉄変動イメージングを中心に二価鉄イオン蛍光プローブの応用例を紹介させていただきたい.

  • 高岸 照久, 原 貴史, 深田 俊幸
    2019 年 154 巻 6 号 p. 327-334
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/12/01
    ジャーナル フリー

    亜鉛は,ヒトの成長に密接に関わる生命活動に必要な微量元素の一つであり,生体内のあらゆる組織の恒常性維持に重要な役割を果たしている.生体内の亜鉛量が一定値を下回ると,食欲不振,脱毛,味覚異常,成長障害,免疫力低下など多様な有害事象を引き起こす.生体内亜鉛の恒常性は,亜鉛トランスポーターと呼ばれる輸送体を介して厳密に制御されている.近年,遺伝子改変マウスやヒト遺伝学に基づいた解析により,亜鉛トランスポーターとヒト疾患を結びつけるようなエビデンスが多数報告されている.生体内亜鉛量の変化が生活習慣病をはじめとした様々な慢性疾患や加齢に伴う広範な疾患に関与することが示唆されており,亜鉛トランスポーターの持つ生理学的役割に注目が集まっている.さらに,亜鉛トランスポーターを介する亜鉛イオンがシグナル因子として機能すること,すなわち,〝亜鉛シグナル〟が生理応答や細胞機能など多彩な制御を担っていることが解明されつつある.本稿では,亜鉛トランスポーターの生理的役割や疾患との関係について,最新の知見と共に概説する.

  • 石原 慶一, 河下 映里, 秋葉 聡
    2019 年 154 巻 6 号 p. 335-339
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/12/01
    ジャーナル フリー

    ダウン症候群(DS)は,通常2本の21番染色体がトリソミーとなることで発症する先天性染色体異常性であり,その症状は精神発達遅滞や知的障害など多岐にわたる.また,75%のDSの人々(DS者)は60代でアルツハイマー病様認知症を発症することも知られている.これら症状の病態メカニズムについては未だ不明であるが,病態の基盤に酸化ストレスの亢進が示唆されており,事実多くの症状においては老化促進が基盤となっていると理解されている.酸化ストレスの亢進には,ヒト21番染色体上のスーパーオキシドジスムターゼ(Sod1)やアミロイド前駆体タンパク質(App)遺伝子の3コピー化が関与していることが示唆されているが,我々はSod1およびAPPをトリソミー領域に含まないDSモデルTs1Cjeマウスの脳においても酸化ストレスの亢進を見いだしたことを報告しており,DS脳での酸化ストレス亢進にSod1App遺伝子以外の原因遺伝子の関与が示唆される.我々は,このTs1Cjeマウスの脳での酸化ストレス亢進に関連する分子の同定を目的として,種々のオミクス解析を行ってきた.今回,誘導結合プラズマ質量分析計(ICP-MS)を用いたエレメントミクス解析を用いてTs1Cjeマウスの脳で銅が蓄積していることを見いだし,低銅含有食の投与により脳での銅蓄積が改善された.この低銅含有食投与は,Ts1Cjeマウス脳での酸化ストレスの亢進およびリン酸化タウの蓄積を改善し,加えて不安欠如様行動も改善されることを明らかとした.このように,DS脳での銅蓄積が多岐にわたるDS病態の基盤となっている可能性が考えられ,今後は銅代謝異常がヒトDSでも保存されているかについて明らかとすることで,DS中枢症状の新規治療戦略構築の提示を目指す.

受賞講演総説
  • 村松 里衣子
    2019 年 154 巻 6 号 p. 340-344
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/12/01
    ジャーナル フリー

    脳神経疾患に罹患すると,病巣が形成された部位に応じて,脳のみならず全身に様々な症状があらわれる.症状の発症や悪化のメカニズムの一つに,疾患に罹患した脳で神経回路が傷害されることが指摘されている.従来から,成体の脳の神経回路は自然に修復することはないと信じられていたため,脳神経疾患による症状の緩和を目指した研究は,いかにして傷害から神経回路を守るかという脳保護が研究対象の主流であった.またそして,成体の神経回路がなぜ自然に修復しないか,特に成体の脳の環境に備わる修復阻害メカニズムの解明も進められていた.ところが,個体発生時や末梢神経系と比較するとわずかではあるが,しかし有意に,成体の脳の神経回路も自然に修復することがわかってきたため,その修復様式に関する解剖学的な知見が集積され,修復過程では非常にダイナミックな神経回路の再編成が生じていることが示されてきた.さらにそれを担う分子的な研究も進められ,病巣における旺盛な免疫系・血管系の変容とそれに伴う発現変動する分子群が,神経系細胞に作用して,神経回路の修復を導くことも示唆されてきた.このような研究で注目された細胞・分子は脳の内部に存在するものが多かったが,最近になり,脳の外部環境に備わる分子群が脳神経系に与える作用にも注目が集まっている.神経回路の修復に関しても,全身状態の変化を反映する血中ホルモンとの関連について研究が進み,脳の神経回路の修復が様々なレベルで制御されるものであることが報告されてきた.本総説では,神経回路の傷害と修復に関する最近の知見を,著者らの報告を中心に紹介したい.

創薬シリーズ(8) 創薬研究の新潮流(39)
  • 石田 誠一, 金森 敏幸
    2019 年 154 巻 6 号 p. 345-351
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/12/01
    ジャーナル フリー

    生体模倣システム(microphysiological system:MPS)とは,MEMS(micro electro mechanical systems)技術を用いて作製された微小な空間に,生体(in vivo)に近い培養環境を再構築したin vitro培養系のことである.薬物動態の観点からは,薬物のADME(吸収-分布-代謝-排泄)を担う臓器を模倣した培養ユニットを潅流する培地で連結したwet PBPK/PDシミュレータと考えることができる.本総説では,薬物動態を模倣するMPSを構成する培養ユニットをbarrier tissue型とparenchymal tissue型に分け,その特徴を解説する.また,それら培養ユニットが満たすべき技術的要件について培養環境と細胞の両面から議論したのち,関連する製品の開発状況について世界的動向を紹介する.

新薬紹介総説
  • 北野 裕, 甲斐 清徳, 山村 直敏, 吉柴 聡史, 黒羽 正範
    2019 年 154 巻 6 号 p. 352-361
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/12/01
    ジャーナル フリー

    ミロガバリンベシル酸塩(以下ミロガバリン,販売名:タリージェ®錠)は第一三共株式会社が創製した電位依存性カルシウムチャネルα2δサブユニットに対する新規のリガンドであり,末梢性神経障害性疼痛を適応症として2019年1月に承認された.ミロガバリンはα2δ-1およびα2δ-2サブユニットに対して強力かつ選択的な結合親和性を示し,特に,神経障害性疼痛において重要な役割を担うα2δ-1サブユニットに対して持続的に結合した.ラットの神経障害性疼痛モデルにおいて,ミロガバリンは強力かつ持続的な鎮痛作用を示した.リガンド結合能を欠失させたα2δサブユニット変異マウスを用いた検討において,ミロガバリンの鎮痛作用はα2δ-1変異マウスでは消失し,α2δ-2変異マウスでは野生型マウスと同様に認められたことから,その鎮痛作用はα2δ-1サブユニットを介して発現していると考えられた.ミロガバリンは経口吸収性が高く,血漿曝露量は用量に比例する.大部分が未変化体として尿中に排泄されることから,薬物相互作用が生じる可能性は低いが,腎機能障害患者ではクレアチニンクリアランス値に基づき用量調節が規定されている.ミロガバリンは末梢性神経障害性疼痛を対象とした検証試験として,糖尿病性末梢神経障害性疼痛を対象としたプラセボ対照試験および長期投与試験,帯状疱疹後神経痛を対象としたプラセボ対照試験および長期投与試験を国際共同試験として実施し,いずれにおいても有意な疼痛改善効果が示された.また,最大用量の30 mg/日まで忍容性が良好であった.ミロガバリンは有効性と安全性のバランスがとれており,末梢性神経障害性疼痛領域へ新たな治療の選択肢を提供することで,日本の患者さんや医療関係者の皆様に貢献できるものと期待している.

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