(1) 樺太北海道の夾炭層(主に陸成層)と石油層(海成層)とは層位的にも地質構造的にも密接複雑なる關係に於て共存する結果,白堊紀,夾炭層,幌内頁岩,川端(増幌)層等の各層位に分布する所謂石油兆候の性質及び根源に就き多くの疑問があり,殊に夾炭層内の「石油」兆候は果して眞の石油であるか,或は眞の石油であつても之と密接する海成層よりの移動によるもので無いか等の問題が未解決であつた。
(2) 唐松炭坑の「石油」問題は上の問題の解決上重要な材料を提供するものであり,殊にその「石油」の量が比較的に豐富でその性質の檢定が出來,また坑道により地層關係が明瞭に知られると云ふ鮎で注意す可きものである。
(3) 唐松炭坑は幾春別夾炭層より成る背斜構造を示し,その南北兩界は奔別彌生兩斷層に限られ,石油は主に第三第四の兩炭層間の砂岩層内に浸潤し,或は局部的に閉塞されて存在するが,背斜軸の穹窿部乃至軸の沈降部に著しい。
(4) 含油砂層は比較的薄く,その上下には厚き砂質頁岩乃至頁岩,及び石炭層が發達し,これらの頁岩及び砂層は石油に封する浸透性が低く,且つ所謂「石油」そのものは石蝋の含有量が大で礦床學的には「原地」生成即ち所謂非移動性(近距離移動を含む)なるを示し,「石油」は夾炭層内で生成されたものと認められるものである。
(5) この石油なるものは180°C迄の乾〓油2%,180~200°Cは6%,200~300°Cは30%で,300°C以上の殘油は60%以上に達し石蝋分に富み10°Cでは固状を呈し,分〓曲線に於て石油性原油と異るのみならず,石炭系の乾〓油と同様な化學的特徴を呈する。
(6) 石油を含む砂岩層と累層する石炭及び頁岩を乾〓すれば,上の所謂石油と近以せる礦油を生ずる。例へば三番炭層は不揮發性炭素38.5~43%,灰分7~10%,水分を除外せる揮發成分35~41%,タール油は5~12%に達する。下盤粘土(頁岩),砂質頁岩等も2~0.2%の乾〓油を生じ,それらの性質は上の「石油」に類似する。
(7) 上の事實より,唐松炭坑の石油なるものは,夾炭層内に獨自的に生成された所謂原地性の礦油であり,その母岩は之と累層する石炭乃至頁岩中の油質有機物であらうと云ふ結論に達した。
(8) 然し石炭又は頁岩中の有機物より礦油が生成されるためには,之を400°Cに加熱する事が必要である。このエネルギーの根源は,唐松背斜の構造上,その壓堰背斜(Staukuppe)なる特徴の顯著なる事から,地力學的現象による局部的な天然乾〓に歸する事が出來よう。
(9) 以上の結論は,〓に北海道樺太に於ける石油兆候,石炭と石油の關係を解決す可き材料を提供するのみならず,炭田に於て経濟的油田が發達し得司きや否やの問題に關し,所謂炭素比(carbo Matjo)とは別個の判定根據を提供するものであり,曾つて喧傳された満洲國阜新,達頼爾諾等の石油問題にも大なる示唆を與へるものと信ずる。
(10) 炭田には耐火粘土(カオリン),礬土頁岩を伴ふ例が多いが,北海道樺太の炭田には之を伴はない事は注意す可き現象である。石炭層とカオリンとは成因的に必然的關係があるか,もしありとすれば何故に炭田により或は之を伴ひ或は之を缺くか等の問題が殘される譯である。
(11) 然るに唐松炭坑の三番炭層の下盤粘土は化學分析及び顯微鏡試験の結果,約その半牛量が細粒カオリンより成る事が明かとなつた。然し斯く不純な耐火粘土である故,その耐火度はS. K. 26番に過ぎない。之と累層する砂質頁岩にも多少のカオリンが含まれて居るが,その量は少く,從つて耐火渡はS. K. 6~26度の間に變化するが,その耐火度の高低はカオリンの含量の多少とよく一致した結果を示して居る。
(12)石炭層に伴ふカオリンの生成の營力としては腐植酸の影響を無親する事は出來ない。腐植酸は水分が多く温度が高い(温帶乃至熱帶)場合には適當な分散度に達し,礬土珪酸礦物(aluminosilicate)を分解して其珪酸,鐡分等をゲルの形で運び去り,カオリンを残留する。然し更に分散度が高くなればカオリン核も分解されて礬土礦物が殘留的に生成される。即ち腐植酸は氣候的條件によつてカオサン乃至礬土頁岩の生成を營むものであろ。
(13) 斯く腐植酸の存在と氣候的條件とはカオリン乃至礬土礦物の生成の主要營力ではあるが,それ丈けでは充分でない。即ち礬土珪酸礦物即ちカオリン核を有する礦物を含む原岩の存在すろことが必要である。
(14) 然し原岩があり,腐植酸の活動條件があつても,なほカオリンが生成されない場合がある。
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