2012年の「抗血栓薬服用者に対する消化器内視鏡診療ガイドライン」発刊後,3種類の直接経口抗凝固薬(DOAC)が登場し,ワルファリンとDOACに対する対応を明示するため,2017年に「直接経口抗凝固薬(DOAC)を含めた抗凝固薬に関する追補2017」が発刊された.本追補版では,出血高危険度消化器内視鏡施行時の抗凝固薬休薬は重篤な転帰を辿る血栓塞栓症の発症リスクとなるため,抗凝固薬の継続下,あるいは代替治療下(ワルファリン;ヘパリン置換およびDOAC置換,DOAC:ヘパリン置換)で行うことが推奨されている.ただし,抗凝固薬は高い出血リスクを有する薬剤であることに留置する必要がある.また,ワルファリンは旧来から行われてきたヘパリン置換によって出血リスクが増強すること,DOACは薬効のモニタリングができないデメリットがある.今後,本ガイドラインの有用性の評価を行うとともに,抗凝固薬内服症例における安全な内視鏡診療を提供するシステム作りが重要である.
72歳男性.心窩部痛の原因精査目的に経口上部消化管内視鏡検査を施行した.検査終了直後より嗄声が出現し,検査後4日経っても症状の改善を認めなかったため当院耳鼻咽喉科外来を受診した.発声時に高度な嗄声を認め,喉頭内視鏡検査では左披裂軟骨声帯突起の内側前方への偏位,左声帯長の短縮,声帯の弛緩を認めた.また,発声時には声門間隙を認め,最長発声持続時間は3秒と著明に低下していた.頸部CTでは異常所見を認めず,経口上部消化管内視鏡検査時に発生した左披裂軟骨前方脱臼と診断し,全身麻酔下での非観血的整復術により嗄声は改善した.本偶発症は熟練した内視鏡医でも起こしうる偶発症であり,発症した際は速やかな対応が望ましいと考えられた.
80歳女性.転移性乳癌に対してBevacizumabとPaclitaxelによる化学療法を施行した.7クール後に白血球増多と炎症反応の上昇を認めた.CTで胃壁内に膿瘍を認め,内視鏡検査では胃粘膜が浮腫状に肥厚し,胃蜂窩織炎の像を呈していた.経皮的膿瘍ドレナージと抗生剤投与により膿瘍は消退し,炎症所見は軽快した.消化管膿瘍形成の発症頻度はまれであるが,Bevacizumabによる消化管関連の有害事象が報告されており,本症例はBevacizumabの関与が疑われた.病状を考慮した内視鏡下および経皮的膿瘍ドレナージと抗生剤投与は有効な治療法と考えられた.病態の解明のため,更なる症例の蓄積が望まれる.
大腸ポリープ切除術後の出血は,術後数日以内に発症することが多い.術後30日以上経過し,後出血を起こした症例を経験した.症例は76歳男性.脳梗塞の既往があり,アスピリン単剤内服中であった.大腸内視鏡検査で下部直腸に6mm大の鋸歯状腺腫を認め,hot snare polypectomyで切除した.術後36日目に血便を認め,緊急大腸内視鏡検査を施行し,ポリープ切除後創部に,15mm大の先端から湧出性出血を伴う肉芽ポリープを認めた.肉芽ポリープ切除とクリップ法により止血した.大腸ポリープ切除術後30日以上経過し,かつ後出血のリスク因子がなくても,創部に肉芽ポリープが形成され後出血は起こり得る.術後30日以上経過した血便でも,後出血を否定する必要がある.
2019年12月に中国で発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は,世界中に拡大し,医療従事者にも多くの感染者を出している.2020年3月の日本消化器内視鏡学会の提言に従い,当院では緊急性の低い内視鏡は延期し,内視鏡室受付にビニールシートを設置,内視鏡前に患者のリスク評価を行い,内視鏡施行医に個人防護具着用の徹底を図るなど,感染予防に努めてきた.個人防護具が全国的に不足する中,当院では,120Lのポリ袋から長袖ガウンを自主作成(Toyonaka Poly Gown)する工夫を行ってきている.今回は2020年4月末までの当施設におけるCOVID-19感染予防の現況と取り組みにつき報告する.
上部消化管内視鏡検査後に両側または片側の耳下腺部から頸部の腫脹が認められることがまれにある.われわれが経験した7例は1例が両側性,6例は左側の発症であった.いずれも経口内視鏡後の発症で,6例は無鎮静であり,DBERCP(Double balloon ERCP)後の1例は鎮静下での内視鏡であった.2例は以前にも同様の腫脹の経験があった.6例は疼痛なく,1例は腫脹部の軽度の疼痛があった.6例は約1時間で改善したが,1例は消失まで半日程度かかった.単純X線検査を施行した2例で空気の貯留は見られず,CTを施行した1例より耳下腺部の腫脹と診断した.上部消化管内視鏡後に一過性に起こる耳下腺部・頸部の腫脹自体は無害であり自然に改善するが,本疾患の知識は内視鏡医にとって重要であると考え報告する.
非乳頭部十二指腸腫瘍は比較的稀な疾患であり,内視鏡治療を行う機会はそれ程多くない.しかし十二指腸はスコープの操作性が悪く筋層も薄いためESDの技術的ハードルや偶発症のリスクが極めて高い.したがって治療方針は,病変の性状とスコープの操作性や術者の技量を十分に検討して決定すべきである.十二指腸では粘膜下層が展開しないため著しくESDの難易度が高くなるが,Water Pressure Methodを用いることにより安定した手技が可能となった.そして後出血や遅発性穿孔などの重篤な偶発症を防止するために,切除創のしっかりとした縫縮が必要であるが,String Clip Suturing Methodにより大型の創部もしっかり縫縮できる様になった.また縫縮が不可能な場合には,ENBPDチューブによる外瘻化が極めて有用であることが判ってきた.十二指腸ESDは技術的難易度やリスクが高い手技であるが,この手技が必要となる大型の病変はそれ程多くはないことから,良好な治療成績をあげるためにも集約化して先進施設で治療を行うべきと考えられる.
胃癌治療に対する本邦のガイドラインは,胃癌の治療法についての適正な適応を示すこと,胃癌治療における施設間差を少なくすることなどを目的に2001年に初めて出版された.エビデンスの蓄積と内視鏡的粘膜下層剝離術の発展・普及とともに,早期胃癌内視鏡的切除の適応と根治度基準は拡大していった.だが,現在においてもいくつかの問題が残っている.リンパ節転移を予測するリスクスコアリングシステムeCura systemは,早期胃癌内視鏡的切除の治癒切除基準を満たさない患者(最新のガイドラインでは内視鏡的根治度C-2と表記)における治療方針決定の一助となるが,たとえeCura systemにて高リスクであってもリンパ節郭清を伴う追加外科切除は多くの患者において過剰医療となる可能性がある.だが,非穿孔式内視鏡的胃壁内反切除術+センチネルリンパ節生検のような低侵襲機能温存外科手術によりこの問題を克服できる可能性がある.また,追加外科切除を望まない患者に対する内視鏡的切除+化学療法のようなさらなる低侵襲治療法の確立が望まれる.
【背景と目的】通常,PrecutはERCP後膵炎(PEP)の危険因子の1つである選択的胆管挿管困難例に対して施行される.近年,primary precutの有用性が報告されているが,これまで報告は少ない.今回はprimary precutの安全性と有用性を評価する目的に研究を計画した.
【方法】very early precut群(A群:パピロトームを用いたwire-guided cannulationにより胆管挿管を2回試行しても困難であった群)とprimary precut群(B群:direct precut群)を単施設で無作為化比較試験(RCT)を行った.術者はエキスパートが行い,主要評価項目はPEPの発生率とした.
【結果】303例をA:B群=152:151に割付した.背景やERCPの適応に有意差はなかった.PEP発生率はA:B群=5.2:0.67%(P=0.04),高アミラーゼ血症はA:B群=12.5:2.6%(P=0.01)とB群で有意に低く,選択的胆管挿管時間はA:B群=13.8±2.2:7.2±1.7分(P=0.001)とB群で有意に短時間であった.最終胆管挿管率はA:B群=98:98.6%(P=0.001)と両群に有意差はなかった.
【結語】エキスパートの内視鏡医によるprimary precutはPEPの発生頻度は低かった.