ジェンダー史学
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14 巻
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論文
  • ――女性使徒テクラの自己洗礼と自己決定――
    足立 広明
    2018 年 14 巻 p. 5-20
    発行日: 2018/10/20
    公開日: 2019/11/01
    ジャーナル フリー

    聖書外典『パウロとテクラの行伝』(以下『行伝』)の主人公テクラは、女性の使徒にして最初の殉教者として崇敬される女性である。本論文は、彼女の自己洗礼場面に古代における女性の自己決定の瞬間が証言されている可能性を探ろうとするものである。

    テクラの『行伝』は古くから有名であったが、フェミニスト研究者の注目を集めることとなったのは1980年代からである。80年代の研究者の多くはテクラの行動に父権制への抵抗と女性の自立を読み取ろうとした。しかし、90年代に入るとケイト・クーパーのように『行伝』は父権制への抵抗や女性の自立ではなく、同時代の「異教」へのキリスト教の倫理的優位を描くものとする見方も現れてきた。

    2015年のスーザン・ハイレンの研究も後者に近く、『行伝』をより広いローマ史の文脈のなかで捉え直そうとするものである。しかし、彼女は『行伝』のテクラにただ男性執筆者の意図を見て取るのでなく、それまでの地中海の伝統的な女性指導者の姿を反映するものとして解釈する。彼女はその論拠として史書や文学作品、碑文から多くの事例を挙げ、古代地中海世界の女性たちが「慎み」の美徳を有することで公共の場に姿を現わし、人々を導く立場に付くことが珍しくなかったことを明らかにする。そして、テクラもこうした女性たちの延長上に理解できると考えたのである。彼女の見方は『行伝』のテクラのみならず、西洋古代の女性たちの歴史参加の過程を明らかにする可能性に満ちたものと言えるであろう。

    しかし、ハイレンの研究ではテクラとそれまでの伝統宗教の女性指導者では何が異なるのかが明らかにされていない。それはやはり彼女が他者を介さず、一人キリストに向かって自らに洗礼を授ける宣言を公にしていることであろう。古代末期において女性たちも神と向き合い、「自己」を意識した。テクラが自らの人生を選び取るこの場面が多くの女性たちに生きる指針を与えていくのである。

  • ――明治末から大正の髪結イベントと女性客たち――
    飯田 未希
    2018 年 14 巻 p. 21-38
    発行日: 2018/10/20
    公開日: 2019/11/01
    ジャーナル フリー

    明治末から大正にかけて、髪結女性たちが結髪イベントに出演したり、新聞や雑誌で流行の髪形紹介を行うようになり、髪結たちの女性客に対する人気の高さが社会的に可視化された。本稿では、東京を中心に活躍した髪結たちの活動を跡付けることで、この髪結人気を啓蒙的家庭観への女性たちからの「応答」として読み取ることができることを示したい。

    明治末に可視化された髪結人気が注目に値するのは、明治期を通じて女子教育に関心のある啓蒙知識人が髪結たちを批判し続けたからである。これは髪結が女性客の家を訪問して髪を結う「出髪」という業態に由来すると考えられる。啓蒙知識人は「家庭」に入り込む髪結の女性客への影響力を問題視し、髪結を「主婦」に花柳界的な悪影響を及ぼす家庭の「他者」、すなわち排除されるべき存在として位置づけた。

    髪結イベントに中上流層の女性が集まったということは、この髪結に対する啓蒙的批判に同意しなかった女性たちがいたことを示している。本稿では、これらの女性たちが髪結をどう見ていたのかを探るため、この時期に髪結について女性たちが書き残したものを分析する。それらにおいて、彼女たちは髪結との距離を「敬意と親密さ」として分節しており、知識人男性が髪結を常に見下していた(すなわち「下」として分節する)のとは、距離感の分節の仕方が明らかに異なっている。女性たちは、啓蒙知識人の髪結観をそのまま受容したわけではなかった。

    イベントでの髪結人気が可視化されることにより、彼女たちは多くのスポンサー(小間物商、化粧品会社など)が関わるイベントに出演するようになり、婦人雑誌や新聞などの商業メディアで流行の髪形紹介を行うようになる。商業化が強まる明治後期以降の社会的変化の中で、女性と髪結との関係は、商業的に領有されたのだろうか。本稿では彼女たちの関係は単に領有されただけではなかったことを最後に示したい。

  • ――「当麻曼荼羅縁起絵巻」の制作意図と機能について――
    成原 有貴
    2018 年 14 巻 p. 39-55
    発行日: 2018/10/20
    公開日: 2019/11/01
    ジャーナル フリー

    「当麻曼荼羅縁起絵巻」(光明寺蔵、二巻、13 世紀)は、貴族女性が蓮糸で浄土曼荼羅を作り往生するという、当麻寺本尊の曼荼羅の縁起を描く。制作意図は未解明である。

    2014 年の拙稿(『美術史』176)では、女性が当麻寺に奉納するため制作させたとの先学の説に対し、曼荼羅が懸かる下巻の建物が当麻寺ではなく貴族邸宅内の信仰空間であることを論証し、異論を呈した。画中の私的空間での曼荼羅信仰は、京都の貴族邸宅での曼荼羅転写本を用いた浄土宗西山派の布教形態と合致しており、同派の布教のために制作されたと推察した。

    この結論を元に本論では、曼荼羅の制作過程を描く上巻第二段・第三段を対象として、蓮糸の製糸や染糸を行う主人公を含む女性たちの表現を分析し、制作意図と機能の発展的考察を試みた。上記の場面を、当麻寺寺家の制作とされる「当麻曼荼羅縁起」(当麻寺蔵、以下、掛幅本)の同場面と比較した結果、以下の特質が明らかになった。掛幅本では、蓮糸の製糸を支援する天皇の存在が強調されるが、本絵巻では、支援する側の天皇の存在を仄めかすに留め、女性たちが主体的に行動して天皇から支援を引き出し、製糸を行う。また、蓮糸を染める井戸は、掛幅本では当麻在地のものに描かれるが、本絵巻では、天智天皇に縁の場所に湧いた井戸として表され、その由緒により女性たちの染糸が神秘化され高められている。当時の貴族女性の手仕事は、夫の衣服調整に向けられ、男性を支えるためのものであった。しかし絵では、曼荼羅作成を以て手仕事の日常的意味が反転され、女性たちがその技を用い、男性の支援を得て、祈願を成就する。かかる意味の反転は、殊に女性たちの関心を惹起したと推測される。西山派の布教に関する記録中には、女性が発願したと思しき曼荼羅転写本の例もある。こうした記録と絵の特質から、本絵巻は、西山派の布教の中で、特に女性たちを曼荼羅の転写本制作へと誘うために制作されたと推察した。

海外の新潮流
  • ──REDMUGENの成果を中心に──
    伏見 岳志
    2018 年 14 巻 p. 137-147
    発行日: 2018/10/20
    公開日: 2019/11/01
    ジャーナル フリー

    This study reviews some of the recent trends and developments in the gender-based historiography of Latin America. The first section describes the slow progress of gender-based historical research produced in Spanish and Portuguese languages. Although several important works on women’s history were published in the 20th century, there was a reluctance to adopt the concept of gender until the turn of the century. Several explanations can be found for this reluctance, such as the presence of military dictatorships in South America and the limited impact of Anglo-American historiographies. The second part discusses three factors that have facilitated the significant expansion of historical gender studies. One factor was the emergence of the publication of several edited volumes on women’s history. The second factor was the intensification of scholarly exchanges between historians based in Latin America and researchers from the rest of the world, especially from Anglo-American institutions. One such example was a series of colloquiums on Mexican gendered history organized by Mexican and AngloAmerican historians. The third factor can be attributed to the more explicit application of gendered analysis. The last part of the text is dedicated to the introduction of several historiographical trends that emerged from the renewed environment created by all these factors. One such trend is the rise of revisional interpretations of the Mexican Revolution from the perspective of gendered struggles. Another new and innovative field is the analysis of the historical construction of masculinity. Many scholars have also begun to pay more attention to the equivocal and negotiated characteristics of honor, which had once been considered as an imperative and monolithic value inherent to the Iberian-Atlantic world. The concluding remarks emphasize the importance of continuous efforts in maintaining an international collaborative environment favorable to these innovative studies.

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