言語研究
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Print ISSN : 0024-3914
142 巻
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会長就任講演
  • ―音・人・ビジュアル―
    梶 茂樹
    2012 年 142 巻 p. 1-28
    発行日: 2012年
    公開日: 2021/09/15
    ジャーナル フリー

    サハラ以南のアフリカは,いわゆる無文字によって特徴づけられてきた。しかし無文字社会というのは,文字のある社会から文字を除いただけの社会なのだろうか。実際に現地で調査をしてみると,そうではなく,われわれの想像もつかないようなものがコミュニケーションの手段として機能していることがわかる。本稿では,私が現地で調査したもののうち,モンゴ族の諺による挨拶法と太鼓による長距離伝達法,テンボ族の人名によるメッセージ伝達法と結縄,そしてレガ族の紐に吊るした物による諺表現法を紹介し,無文字社会が如何に豊かな形式的伝達法を持ちコミュニケーションを行っているかを明らかにする。無文字社会では,言語表現が十分定形化せず,いわば散文的になるのではないかという一般的想像とは逆に,むしろ彼らのコミュニケーションは形式的であり韻文的である。それは文字がないことへの対応様式であり,共時的に,そして世代を通して伝達をより確かなものにする努力の表れと理解できるのである。

特集:日本の危機言語・危機方言
  • 佐藤 知己
    2012 年 142 巻 p. 29-44
    発行日: 2012年
    公開日: 2021/09/15
    ジャーナル フリー

    アイヌ語話者の正確な人数を知ることは極めて困難である。政府がアイヌ民族の存在を法的に認知していないので公式統計がないこと,調査自体が民族差別を引き起こす可能性があることによる。アイヌ語の現状について言えば,「アイヌ語教室」がアイヌ語の伝承に一定の役割を果たしてきたが,話者の協力が得られる教室は残念なことに少なくなりつつある。1997年に成立した「アイヌ文化振興法」も様々な言語復興事業を支援しているが,アイヌ民族の法的地位には言及を避けているという問題がある。実地調査は困難となったがアイヌ語の研究は復興活動にとって今後も益々重要である。例えば,抱合は語形成において重要な役割を果たすが,アイヌ語の抱合のパターンはいくつかの規則の相互作用によって無標なもの(目的語抱合)と有標なもの(主語抱合)とに分類できる。この事実を反映させることにより,構造的により妥当な新語を選択することが可能となる。

  • ―中南部諸方言の名詞―
    上野 善道
    2012 年 142 巻 p. 45-76
    発行日: 2012年
    公開日: 2021/09/15
    ジャーナル フリー

    琉球方言の一つで多様な方言差を持つ奄美喜界島の中南部諸方言について,その主要なアクセントタイプを6つ取り上げ,名詞アクセントの体系と仕組みを記述する。まず,湾方言が二型アクセントで,一系列は文節単位で決まる語声調,一系列は文節単位ながら単語単位で指定される昇り核を有するもので,語声調と核が併存している体系であること,両系列ともモーラ単位を基本としながら撥音は特別で,語声調の形は担うのに昇り核は担えず,両系列の質的違いを示していること等を述べる。無核型と語声調との関係も考察する。次に,湾方言の体系と比べつつ,坂嶺,上嘉鉄,荒木,中里,伊実久の各方言の違いを明らかにする。最後に,伊実久方言がこれらの祖体系に当たると位置付けて,上記諸方言のアクセント史を素描する。

  • 青井 隼人
    2012 年 142 巻 p. 77-94
    発行日: 2012年
    公開日: 2021/09/15
    ジャーナル フリー

    本研究では,多良間方言を対象に,宮古方言に広く観察される特殊な音声特徴を持った母音,すなわち「中舌母音」を客観的な手法によって記述する。「中舌母音」には通言語的に珍しい音声特徴(摩擦母音性および調音的舌先性)があることがこれまで報告されていたにもかかわらず,その音声詳細の記述は十分になされてこなかった。本研究では2つの器械音声学的手法(音響分析・静的パラトグラフィー)を用い,多良間方言の「中舌母音」の音声諸特徴を詳細に記述し,その音声実態を把握することを試みる。 「中舌母音」の音声的解釈に関して,当該母音が音声的に中舌母音であるのか舌先母音であるのかがこれまで議論されてきたが,本研究の観察の結果から多良間方言の「中舌母音」は舌端と歯茎および奥舌面と軟口蓋という2つの狭めをもつ母音であることが推測される。

  • ペラール トマ
    2012 年 142 巻 p. 95-118
    発行日: 2012年
    公開日: 2021/09/15
    ジャーナル フリー

    本稿では消滅の危機に瀕している南琉球宮古語大神方言の副動詞体系を記述する。大神方言の副動詞は一つのカテゴリーを成しているが,不確かな概念の「定形性」や「従属」による「副動詞」の従来の定義にとって問題であり,その定義の再検討が必要である。

    副動詞のような「非言いきり形」が主要部にたつ節が主節として機能する脱従属化現象に注目する。特に通言語的にめずらしいと言われた継起などを表す副動詞が主節において過去形として使われる現象に焦点を当てる。時制を表す動詞語形の少なさがこの現象の要因であると提案されたことがあるが,大神方言ではその仮説が成り立たず,要因が談話様式に求められる。

    継起などを表す副動詞が独立した過去形へ変化するのはそれほどめずらしい現象ではなく,通言語的な進化の経路であることを示す。

  • 金田 章宏
    2012 年 142 巻 p. 119-142
    発行日: 2012年
    公開日: 2021/09/15
    ジャーナル フリー

    八丈方言は万葉集東歌にみられる上代東国方言の文法的特徴を色濃く保存する方言である。本稿ではこの方言の研究史を概説し,伝統方言についての概略をのべたのちに,この方言に起こっている新たな変化をとりあげ,八丈町における「危機言語」への取り組みなどを紹介する。 この方言におこっている新たな変化とは,強変化動詞の完了=過去をあらわすアリ系の語形(ノモー)の,より単純化したタリ系の語形(ノンドー)への変化である。この変化は中央語においてはすでに上代から中古にかけて起こったもの(ノメリからノミタリへ)であり,それとおなじ変化が八丈方言においていま起ころうとしている。これを八丈方言の視点から上代語の変化のプロセスを考えることにより,上代以前は中央語の動詞完了形がすべて(ノミアリ>)ノメリ形であり,上代をはさんで弱変化動詞,強変化動詞の順に(ノミテアリ>)ノミタリ形へと移行していった可能性を指摘することができる。

フォーラム
  • 松本 泰丈, 田畑 千秋
    2012 年 142 巻 p. 143-154
    発行日: 2012年
    公開日: 2021/09/15
    ジャーナル フリー

    2009年にユネスコによって「危機言語」として指定された奄美語の現況を,本土出身の研究者(松本)と島出身のnative speaker(田畑)という異なった立場を持つ二名が,それぞれの立場から粗描した。粗描の方法は「1960年代までの奄美語」,「1970~80年代の奄美語」,「1990~現代の奄美語」に分け,それぞれの時代における奄美語の状況を,両名の直接見聞をふまえて述べる。(結論的にいえば)両名は,1960年代まではシマユムタ(伝統的方言)が生きて使われていた時代,1970~80年代はトンフツゴ(奄美共通語)が急速に広まった時代,1990年~現代はシマユムタが急速に消滅している時代ととらえている。 また,論文末には,明治以降に奄美大島旧笠利村赤木名集落の人々によって再開拓されたトカラ列島諏訪之瀬島の言語事情についても現況を簡単に報告した。

  • ―東京・秋葉原を事例として―
    田中 ゆかり, 早川 洋平, 冨田 悠, 林 直樹
    2012 年 142 巻 p. 155-170
    発行日: 2012年
    公開日: 2021/09/15
    ジャーナル フリー

    言語景観研究に基づく地域類型論の構築を目指した事例研究として,本稿では,外国人来訪客の多い地域でありながらサブカルチャーの街としても知られるJR秋葉原界隈,通称アキバをとりあげ,2010年に行なった調査結果に基づき報告を行なう。調査対象は実店舗の掲示類,並びに店舗運営のWebサイトである。実店舗・Web調査結果からは次の点が明らかになった。

    ①「日本語」「英語」以外の言語として,「中国語(簡体字)」への対応が手厚い。一方,「韓国語/朝鮮語」は単言語としても併用言語としても出現頻度が低い。

    ②家電系や免税系は多言語傾向が顕著だが,サブカル系は「日本語」単言語が主流。

     上記結果から,アキバは他地域における“標準タイプ”化と異なる多言語化の状況にある特異性をもつことが確認された。また,この背景には外国人来訪者の傾向性や店舗分野の違いといった,アキバの街を構成する要素が関係していることを指摘した。

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