新生代堆積物中に帯水する地下水への自然由来のヒ素溶出には,帯水層内での生物化学作用が関与している可能性が高い.本研究では,ヒ素含有地下水の出現する大阪府泉州地域の井戸でヒ素と主成分組成・硫酸イオンの硫黄同位体比を測定し,微生物活動の水質への影響を検討した。
観測を行った井戸は,第四紀堆積物からなる大阪層群に掘削され,深度約50mで,水位が地表から約2m下にある.日常的には使用されておらず,地下水は比較的停滞した状態にある.試料採取は2001年10月_から_2003年4月の間,約一ヶ月ごとに真空ポンプを用いて六つの深度(水深0m(水面付近),1.4m,2.5m,7m,11m,15.7m付近)から採取した.試料には現地で必要な処理を施し,実験室で主成分組成とヒ素濃度を分析した.また試水に含まれる硫酸イオンを硫酸バリウムとして固定し,前処理を行った後に,硫黄同位体比を測定した.
井戸水には高濃度の鉄が含まれることが特徴である.全ヒ素濃度と全鉄濃度には正の相関があることから,ヒ素の大部分は懸濁する酸水酸化鉄に吸着していることがわかる.
夏季_から_秋季(6月_から_10月)には,全ヒ素濃度は水面付近で2.4_から_8ppb程度であるが,それ以深では7.3_から_10.6ppbである.また全鉄濃度は水面付近で3_から_25.3ppmであるが,それ以深では30ppm程度である. しかし12月には,水深0_から_2.5m付近でヒ素及び全鉄の濃度がそれぞれ2ppb,4.5ppm程度まで低下する.
02年1,3月には,全ヒ素は6ppb程度,全鉄は30_から_35ppm程度に増加し,深度による濃度の違いが小さくなる.しかし4,5月になると,水面付近で全ヒ素13ppb,全鉄39ppmであり,それ以深のそれぞれ,8_から_11ppbと30ppm程度より高濃度になる.
酸化還元電位は,水面付近で高く,深部では小さくなる.調査期間の大半でその値は_-_50_から__-_110mv程度の値を示すが,鉄とヒ素の濃度が急激に低下する12月には水深2.5m付近までの値が,+30mv前後,2002年の12月も同様に+200mv前後まで上昇した.しかし,1月になると値は_-_60mv程度に下がる.
硫黄同位体比(‰,CDT)は,01年10_から_11月には水面付近で+25.9_から_+29.9‰の値であるが,それ以深では+26.4_から_+35.9‰と,水面付近より高い値を示す.12月には全深度で+32_から_+32.5‰とほぼ一定の値となる.02年1月には,全深度で+12.6_から_+15.1‰の値となり,最低値をとるが, 4月になると,硫黄同位体比は再び増加し,+32.6_から_+32.9‰となった.
硫黄同位体比の低下する1,3月に,硫酸イオン濃度が,通常の約12_から_14ppm程度から,20_から_35ppm程度に増大する.また水面付近での硫黄同位体比と硫酸イオンは負の相関を示す.
この井戸では, ヒ素は鉄酸水酸化物に吸着しているものが多いため,それが懸濁している試料ではヒ素濃度が高くなる.酸化的な水面付近では鉄酸水酸化物は沈降してヒ素濃度が低くなり,より還元的な深部では鉄酸水酸化物は分解し,それに伴ってヒ素も溶出する.
硫黄同位体比は春_から_秋季にかけては帯水層中の黄鉄鉱に由来する重い硫黄が硫酸イオンの主な供給源であることを示唆している.硫酸イオンの硫黄同位体比は,硫酸還元バクテリアなどの同位体分別作用により変化する.水質の変動が大きい水面付近では,生物活動によって二次的に同位体比の変動が起こっている.冬季に硫酸イオン濃度が増加し,同位体比が大きく減少している.これは硫酸イオウの起源が堆積物にあるのではなく,雨水や肥料などの人為起源硫黄にあるためであろう.また同位体比が水深によらず,ほぼ一定であることはバクテリア活動による同位体比の変動がないためであろう.
以上のことから,この地下水中のヒ素の一次供給源は堆積物中の黄鉄鉱であるが,水中でのヒ素濃度は鉄酸水酸化物の溶解度に規制されて,二次的に変化する.鉄酸水酸化物の安定性は,地下水中のバクテリア,特に硫酸還元バクテリアの活動に規制されている可能性が高い.
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