60歳以上の老年者剖検例220例のうち, 生前明らかに痴呆症状の記載された44例を抽出し, さらにこの中より脳血管性痴呆と考えられる37例をえらび, その脳病変につき臨床病理学的に検討した.
この37例の内訳は, 男22, 女15例で, 70歳, 80歳台が最も多い. 痴呆以外の神経症状としては, 片麻痺が最も多く, 次いでパーキンソニスム, 仮性球麻痺の順にみられた.
脳病変は, 両側大脳半球にみられるものが圧倒的に多く (28例), その変化は中大脳動脈領域に最も多く, 次いで前頭葉あるいは広汎にみられるものが多く, 皮質よりも白質に目立った. 病変の種類は lacune を含む中小硬塞巣が最も多くみられた.
このうち, 広汎な白質障害を有し, Binswanger 病 (progressive subcortical vascular encephalopathy) と極めて類似の病理所見を示した8例につき検討を加えた. いずれも U-fiber を残し, 広汎な白質の髄鞘菲薄化と小硬塞巣の多発, 基底核の status lacunaris, 時に脳橋底の lacune を示し, 顕微鏡的には, 血管壁の肥厚, ヒアリン化あるいは血管壊死が基底核, 白質にみられ, 血管分布に一致した髄鞘消失があり, 皮質は比較的よく保たれていた. 年齢は60~80歳代であるが, 初発年齢は70代までであり, いずれも男で, 殆んどの例が高血圧の既往を有している. 臨床的には全例痴呆を示すが, 精神症状を伴ったものもある. その他, 仮性球麻痺が最も多く合併しており, 片麻痺やパーキンソニスムもみられた. Binswanger 病は比較的稀な初老期疾患とされるが, 上記症例も病理学的には本症に一致し, 従って老年期痴呆, 特に従来脳動脈硬化性痴呆といわれたもので仮性球麻痺を伴ったものには, subcortical vascular encephalopathy がかなり含まれていると考えられる. しかし, その発症機序がいわゆる Binswanger 病と同一であるかについては今後の検討が必要である.
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