救急手術例109例を含む, 60歳以上, 計634例の開腹手術例を対象として, 待期的手術と救急手術, および60歳台, 70歳台, 80歳台, 90歳以上の各年代間における, 術前併存症の頻度や, 術後合併症の発生率を比較検討し, 併せて, 呼吸器, 循環器, 脳血管障害, 術後精神障害, 術後感染症などの, 術後合併症に関する術前危除因子を, 多変量統計解析法にて検討した. 救急手術例における死亡率は11.9%で, 待期的手術例の3.8%に比して, 有意 (p<0.01) に高く, 不良な術前状態が術後も回復し得ないまま, MOFを併発 (85%) して死亡する例が多かった. 救急手術に占める悪性疾患の率 (25%) は,待期的手術例に比して低いが, そのうち, 大腸癌による腸閉塞 (59%) や穿孔例 (19%) の占める率が高い事が, 特徴的であった. 待期的手術例においては, 術後肺炎による死亡が, 全死亡の70%を占める一方で, 循環器合併症による死亡は, 5%と少なかった. 呼吸器合併症に関する術前危険因子の検討では, 低栄養, 年齢, 男性, 悪性疾患, 痴呆, 脳血管障害, 呼吸機能低下の合併に, 有意性を認めたが, これらの危険因子は, 同時に, 術後MRSA感染症発生の, 危険因子ともなっていた. しかし, 呼吸器合併症の重症例 (術後肺炎) は, 呼吸機能低下例より, むしろ, 脳梗塞症や大腿骨骨折などにより, 術前のADLが低下した例や, 再手術を受けた例に多く, また, これらのADL低下例の50%は, 栄養指数40未満の, 低栄養状態にある事も認めた. 従って, ADLの低下を合併した高齢の担癌例では, 特に, 栄養状態や免疫能の低下が著明であり, MRSA感染症 (メチシリン・セフェム耐性黄色ブドウ球菌感染症) を併発しやすく, また, 重症化も, しやすかったものと推測された.
以上より, 術前の脳血管障害を中心としたADLの低下は, 術後の呼吸器合併症の危険因子のなかで, 高齢者に比較的特徴的と考えられるとともに, その発生予防としての栄養管理の重要性が示唆された.
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