延髄は, 諸中枢のある生命維持に重要な部位でありながら, 臨床的にその障害を探知することが, はなはだむずかしい. 著者は球麻痺の折の舌突出不能にヒントをえて, 過去十余年, 舌筋の筋電図学的追求を行ない, 延髄障害例では下部ネウロン障害像を高率に認めることを報告してきた.
今回は, 老年者の延髄障害を多角的に追求し次の結果をえた.
1) 臨床的に延髄障害の明らかな51例を50才以上の老年者 (以下「老」) 40例と, それ以下 (以下「若」) の11例に分けて対比したところ, (1)症状は両者合わせて構語障害が首位で, 頭痛, 嚥下障害とつづき, (2)成因では両者とも, 血管原性が高率だが,「老」では脳血栓が主体で, 高血圧, 眼底動脈硬化をもつこと, (3)舌筋筋電図の検索で高率に下部ネウロン障害知見をもつこと等の結果をえ, 典型例についてのべた.
2) 延髄障害の明らかでない某老人ホームの60才以上の高令者50症例の検討で, 46%の率に舌筋筋電図で下部ネウロン障害波形を認めた.
3) 血圧との関連があり, 老年者の延髄障害例では高血圧のものが多いこと, 頸動脈洞ブロック, および, その前後のノルエピネフリン試験に対する血圧の上昇反応態度が球麻痺例では異なることをのべた.
以上, 老年者の延髄障害例では, 少数例の変性疾患をのぞいては, 動脈硬化を根底とした血管原性障害例が多く, 高血圧を有し, 舌筋筋電図上, 下部ネウロン障害像を高率に認めたが, 一方, 延髄障害の明らかでない高令者に, 舌筋筋電図上, かなりの率に下部ネウロン障害知見の認められることより, 球麻痺にいたる延髄部の潜在性障害の存在が考えられ, 早くこれを舌筋筋電図により探知して治療面で抑え, 球麻痺にいたらしめぬようにすることが肝要であると考え, この点を強調した.
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