臨床的には門脈高圧症を主徴とし, 脾機能亢進症を伴なう75才の老令者において, 剖検時脾腫のない肝線維症を見出した. そこで門脈高圧症, 老令者の脾機能亢進症を脾重量の年令推移を基盤にして考察した.
症例は75才, 男子で昭和41年4月約500m
lの新鮮な吐血があり入院した. 先天性全聾唖で軽度貧血あり. 肝・脾は触知せず腹水は濾出性で, 消化管X腺検査では食道下部の静脈瘤を見出し, 肝硬変症を疑い利尿薬で治療, いったん退院したが, 昭和41年12月悪化入院した. 検査所見は貧血あり, 肝機能では総蛋白7.2g/d
l, A/G比0.57, 黄疸指数25, BSP35%, アルカリ性フォスファターゼ6.0単位 (Bessey 法), S-GOT80単位, S-GPT50単位であった.
入院後は利尿薬に抗して, 腹水持続し, 弛張熱がつづき, 貧血, 白血球減少, 血小板減少は増悪, 再び新鮮な吐血で死亡した.
剖検にて腹水3.5
l, 食道下部の静脈瘤が著明, 胃内部に新鮮血約3.0
l, 腸管内にタール様便の充満をみた. 肝840gでグリソン氏鞘を中心とした線維症を呈し, 時にグリソン氏鞘から小葉内に隔壁形成がみられるが肝細胞の再生像はみられない. 慢性胆嚢炎と大腸菌 (胆汁培養) を証明した. 脾は130gで脾洞周囲線維症と小動脈壁の類線維素性変化を示した.
臨床的には Banti 症候群を考えさせたが, 剖検で脾は130gにとどまった. 脾重量の年令変化を計492例しつきしらべると加令とともに脾の減少傾向が示され, 本例は正常上限に位置していた. すなわち脾腫を欠如にたのは老人性の脾萎縮傾向のためと考えられる. しかしバンチ脾とすると脾洞増生のない点が難点である. 結局本例では反復した慢性胆管炎が間質性肝炎を惹起し, グリソン氏鞘の変化が門脈枝を巻きこみ, 門脈高圧症の成立と脾性因子の出現に役割を演じたと考えられる. 一見特発性門脈高圧症に似ているが, 各器官の老年性変化を考え合わせると肝線維症または老年者の初期肝硬変症を本態とみなした.
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