地域医療は,人々がいつまでも安心して暮らし続けることができる地域社会を支える重要な要素の一つである.しかも,世界で最も高齢化が進んでいる我が国において老年医学が担う役割は大きい.日本の超高齢社会の未来像ともいえる石川県穴水町の現状をもとに,様々な問題とそれらへの取り組みについて考えてみたい.地域医療構想によって病床数削減が進む過程において,在宅医療や地域包括ケアシステムの重要性が高まっている.その一方で,在宅医療は救急医療と密接に連携する必要があり,救急医療体制の再構築も求められている.また,地域包括ケアシステムが掲げる医療・介護・生活支援の一体化が推し進められる一方で,訪問看護師不足や在宅における医療安全対策,在宅・施設看取りにおける在宅トリアージなど,課題も多く残されている.さらに,高齢者の貧困に起因するセルフネグレクトの問題も目を背けるわけにいかず,高齢者の権利の保護と意思決定支援の重要性が増していくものと思われる.2025年問題を目前に控え,急務となる多くの課題について考察した.
世界一の超高齢社会が進む我が国において,良質な高齢者ケアシステムの確立は喫緊の課題であるが,我が国ではようやくその枠組み「地域包括ケアシステム」が,厚生労働省より打ち出され,地域の包括的な支援・サービス提供体制の構築が市町村や都道府県を主体として目指されている.よりよい地域包括ケアシステム構築のための模索が続けられているが,米国での新しいヘルスケア提供モデル「患者中心のメディカルホーム(Patient-Centered Medical Home,以降PCMH)」はその構築に大切な示唆を与えるものと期待されている.
病院中心・疾病治療中心の医療需要ばかりが増大し続けてきた日本において,注目されることのなかったプライマリケア制度は,現在世界の多くの国において,持続可能な医療提供体制構築のカギであると認識されており,PCMHは,現存するプライマリケア制度の質向上のためのモデルである.具体的には,プライマリケア医をリーダーとして,多職種スタッフ,そして患者および患者家族とのパートナーシップにより,患者の全体像を包括的に把握して,最適化されたパーソナルケアを提供しようとする取り組みである.
米国においては,それぞれの州でPCMHの構築に向けた取り組みを行っているが,本稿では,ミネソタ州での取り組みを具体的に取り上げ,PCMHの成果や傾向を分析するとともに,それをどのように我が国の「地域包括ケアシステム」に活かすことができるか考察する.
人口の高齢化の進展に伴い,脳卒中を発症する高齢者が増加している.脳卒中,特に脳梗塞に関して,高齢者は心原性脳塞栓症の頻度が高く,皮質の広範囲が侵され重篤となることが多い.近年,急性期治療のエビデンスが確立し,アルテプラーゼ静注療法および血管内治療は年齢に関わらず一貫した効果があることが示された.適応基準を満たす場合は高齢者に対しても積極的に急性期治療を検討すべきである.また,高齢者は合併症に対しても注意が必要である.
脳出血によって,寝たきりや重度後遺症をきたす患者は,加齢に伴って増えていく.降圧療法の普及に伴い,脳出血危険因子としての高血圧の影響は低下しているものの,高血圧はいまだもっとも影響の強い危険因子である.
新たなMRI撮像法を用いることによって,高齢者に多く,脳葉型出血を呈し,高血圧の関与が少なく,再発を繰り返す脳アミロイドアンギオパチーに関連した脳出血の臨床診断や,微小脳出血の検出が可能となり,抗血栓療法を開始する際には,その適応の検討や血圧管理に留意することが必要である.
高齢者の認知症の最大の原因はアルツハイマー型認知症である.今日,アルツハイマー型認知症への血管危険因子の関与が注目され,脳血管障害を伴ったアルツハイマー型認知症の頻度が増加している.高齢者の脳血管性認知症では,脳小血管病に伴う認知症が最も多い.初期には記憶障害が目立たず,実行機能障害,歩行障害が前景に立ち,進行すると記憶障害とともに感情失禁,尿失禁が現れる.また動作緩慢も目立ち血管性パーキンソニズムを呈することも多い.
脳卒中はその病型によりリスク因子との関係が異なると考えられている.また,脳卒中の臨床病型の頻度は日本人を含む東アジア人と欧米人では異なることが知られており,脳卒中合併例における再発予防を考える際にも,欧米のエビデンスをそのまま用いることはできない.現状で明らかとなっているエビデンスとわが国におけるエビデンスを基に,脳卒中発症・再発予防における生活習慣病に関連したリスク因子管理の意義を概説する.
目的:高齢糖尿病患者では重症低血糖を来しやすいという特徴があり,高齢者では重症低血糖が,死亡や心血管疾患,認知症などのリスクになりうると報告されている.こうした背景をもとに日本糖尿病学会と日本老年医学会の合同委員会が設置され,2016年5月に高齢者糖尿病の血糖コントロール目標(以下コントロール目標と略す)が提言された.しかしながら高齢者糖尿病の血糖コントロールの実態に関する報告は少なく,我々はコントロール目標の提言がされる以前の高齢者糖尿病の血糖コントロールの状況について検討した.方法:2015年4月1日から2016年3月31日までに名古屋大学医学部附属病院老年内科に入院した65歳以上の患者を対象に,入院時に糖尿病治療薬を投与されている患者を抽出した.コントロール目標をもとに,入院時に投与されていた糖尿病治療薬と認知機能,BADL,IADLでカテゴリー分けを行い,HbA1cを調べた.結果:期間中の当科入院患者は426例であり,そのうち入院時に糖尿病治療薬を投与されており,HbA1c,従前の認知機能やADLに基づきコントロール目標カテゴリーに分類ができた症例は63例であった.性別は男性35例,年齢は83.1±5.9歳,HbA1cは7.6±1.5%であった.カテゴリー該当数はIが10例(15.9%),IIが12例(19.0%),IIIが41例(65.1%)であり,重症低血糖が危惧される薬剤(以下危惧薬と略す)はカテゴリーIが6例(60.0%),IIが8例(66.7%),IIIが22例(53.7%)で使用されていた.危惧薬使用群ではHbA1cが有意に高値であったが,その他の臨床的特徴とは有意な関連を認めなかった.危惧薬が使用されている場合,33.3%の症例でHbA1cが目標値未満であった.結論:危惧薬の使用と,カテゴリー分類や年齢との間には有意な関連を認めなかった.また危惧薬が使用されている場合,33.3%もの症例でHbA1cが目標値未満であった.高齢糖尿病患者では,特に危惧薬が使用されている際には低血糖に注意が必要であり,投薬内容の見直しなどの配慮が必要である.
目的:高齢糖尿病患者を対象とし,Asian Working Group for Sarcopenia(AWGS)の定義を用いたダイナペニア及びサルコペニアと転倒恐怖との関連性の有無を比較検討することである.方法:対象は当院外来受診した65歳以上の糖尿病患者とした.サルコペニアはAWGSの定義を元に評価した.カットオフ値は補正四肢筋量(多周波生体電気インピーダンス法)で男性7.0 kg/m2,女性5.7 kg/m2,握力で男性26 kg,女性18 kg,歩行速度で0.8 m/秒以下とした.ダイナペニアは握力がカットオフ値以下の場合とした.転倒恐怖は自己記入式質問紙によるFall Efficacy Scale(FES)日本語版を用いた.従属変数をFESスコア,説明変数をダイナペニアあるいはサルコペニア,及び調整変数とした重回帰分析を行った.結果:202例(男性127名,女性75名)が本研究の解析対象となった.男女いずれにおいても,サルコペニア有無別のFESスコアに有意差は認めなかった.従属変数をFESスコア,説明変数をダイナペニアおよび調整変数とした重回帰分析を行った結果,男性においてのみダイナペニアとFESスコアには統計学的有意な関連性が見られた(P=0.028).結論:外来通院中の高齢糖尿病患者において,男女ともにサルコペニアと転倒恐怖には関連性は見られなかった.一方,男性においてはダイナペニアと転倒恐怖には統計学的有意な関連性が見られた.男性高齢糖尿病患者において,ダイナペニアの患者を診た際の転倒恐怖に関する注意喚起が重要と思われた.
目的:本研究では外来リハビリテーションを実施している膝痛高齢者に対して,膝痛への自己管理能力を高めるために,個別に痛み対処スキルトレーニング(Pain Coping Skills Training:PCST)を実施し,その効果について検討を行った.方法:対象者は変形性膝関節症の診断を受けて外来リハビリテーションに通院している膝痛高齢者25名(男性4名,女性21名,年齢75.4±6.3歳)で,個別にPCSTを実施するPCST群13名(男性2名,女性11名,年齢75.1±7.1歳),一般の健康講話を実施する健康教育群12名(男性2名,女性10名,年齢75.7±5.9歳)を対象者の希望に沿って割り付けた.介入については両群ともに週1回8週間(計8回),約20分のプログラムを実施した.基本属性は,介入前に性別,年齢,痛み持続期間,学歴,居住人数,現病歴,既往歴,合併症を質問紙で調査した.加えて,Body Mass Index(BMI)については計測,Kellgren-Lawrence分類(K-L分類)については診療録より情報を得た.痛みおよび痛み対処関連指標の評価として,痛みの程度及び痛みによる活動制限はJapanese Knee Osteoarthritis Measure(JKOM),痛み対処方略はCoping Strategy Questionnaire(CSQ)日本語版,痛み自己管理への見込み感には痛みセルフ・エフィカシー尺度を用いた.また,運動行動関連指標の評価は運動セルフ・エフィカシー尺度,身体機能指標の評価には,5回立ち座りテスト,Timed up & Go test(TUG)を用いた.各指標は介入前後に調査・測定した.また,身体活動量は3軸加速度計(Active style Pro HJA-350IT,オムロン社)で介入1週目と8週目にそれぞれ7日間計測した.分析については,介入前後の2群の変化量の差異を検討するため共分散分析を用いた.結果:PCST群は健康教育群と比較して,痛みセルフ・エフィカシー(p=0.005),運動セルフ・エフィカシー(p=0.042),5回立ち座りテスト(p=0.004),TUG(p=0.027)に有意な改善がみられた.さらに,PCST群は健康教育群より,不適応的な痛み対処方略とされる医薬行動の採用が減少傾向(p=0.073)であり,中高強度身体活動は増加傾向(p=0.052)が認められた.結論:PCSTは慢性膝痛高齢者に対して,痛みの自己管理スキル,身体機能,運動行動に好影響を与える可能性が示唆された.
症例は82歳男性である.X年3月に左下葉肺炎で入院となった.抗菌薬治療中に,右肺上葉の結節影を指摘され当科紹介受診となった.同年4月に気管支鏡検査を施行し,病理組織診断で非角化型扁平上皮癌と診断した.精査の結果,cT1bN3M1b,StageIVとなり抗癌剤投与を検討したが,高齢であることや,経過中緩徐に進行する汎血球減少を来したことから骨髄異形成症候群が疑われ,抗癌剤治療は困難と判断し外来で経過観察とした.しかしながら,同年7月のCTで右肺上葉の結節影の縮小を認め,X+1年8月に施行した全身検索でも結節は縮小していた.FDG-PET上,リンパ節や副腎の集積も著明に低下しており,全身性に癌が自然退縮したと考えられた.
症例は71歳女性.9年前よりパーキンソン病と診断され,内服治療を開始された.筋強剛や歩行障害は徐々に進行していたが,自力歩行が可能であった.以前からパーキンソン病に伴う過活動膀胱に対し,コハク酸ソリフェナシン5 mgが処方されていたが,入院1週間前からミラベグロン50 mgが追加された.入院日前日朝は意識清明であったが,夕方家族が帰宅すると反応が鈍く,翌日になっても改善を認めないため近医を受診した.脱水症が疑われ,点滴を実施されたが,さらに疎通性の悪化,傾眠,自力での体動が困難となったため,当院へ救急搬送された.身体所見では腹部異常があり,臍部から下腹部の膨隆と圧迫時の逃避反応を認めた.神経学的にはJCS 200の意識障害,両下肢腱反射亢進,四肢の筋強剛を認めた.安静時振戦や羽ばたき振戦は認めなかった.頭部CTでは明らかな異常はなかった.血中NH3値が209 μg/dLと高値を認め,腹部骨盤部CTでは著明な膀胱の拡大,尿貯留を認めた.導尿より沈殿物を伴う1,200 mlの血膿尿がみられ,膀胱カテーテル留置,抗生剤加療を行ったところ,血中NH3値は5時間後に38 μg/dLへと低下し,来院から10時間で意識レベルの速やかな改善を認めた.後日,尿培養検査からはウレアーゼ陽性のCorynebacterium urealyticumが検出された.経過から,ウレアーゼ産生菌による尿路感染症による高アンモニア血症と診断した.本症例では,パーキンソン病および過活動膀胱に対する薬剤追加をきっかけに尿閉になり,点滴による利尿が膀胱内圧の上昇に加担した.ウレアーゼ産生菌により産生されたNH3が上述の膀胱内圧の亢進により膀胱静脈叢へ流入し,肝代謝を受けることなくNH3が直接大循環に移行することで,高アンモニア血症を惹起したと考えた.パーキンソン病などの神経疾患では神経因性膀胱を合併しやすい.頻尿・過活動膀胱治療薬を内服する高齢患者では本症を呈する可能性があり,重要な症例と考え報告する.
症例は70歳の女性.他院にて関節リウマチと診断され,メトトレキサート(methotrexate:MTX)・プレドニゾロン(prednisolone:PSL)内服加療中であった.入院3週間前より発熱・食思不振を認め精査加療目的で当院紹介入院となった.精査目的で施行した腹部CTでfree airを認め消化管穿孔と診断し禁食,補液,抗生剤投与により症状の改善を認めた.同CTにて腹腔内に両側副腎部腫大及び多発する小リンパ節腫脹も認めたためMTX関連リンパ増殖性疾患(MTX-associated lymphoproliferative disorder:MTX-LPD)を疑い,副腎生検を施行した結果,MTX-LPDに伴う悪性リンパ腫(びまん性大細胞型B細胞リンパ腫)と診断した.膠原病患者における消化管穿孔の原因として,膠原病に伴う消化管障害(原疾患・続発性アミロイドーシス),免疫抑制状態を誘因とする消化管感染症,治療で使用するPSL・NSAIDsなど薬剤の副作用,MTX-LPD等の報告がある.MTX投与中に発症する稀な合併症としてMTX-LPDが知られている.今回,消化管穿孔を契機に診断に至ったMTX-LPDを経験した.適切な診断,治療のために,本疾患の十分な認知を要し迅速な対応が必要である.
高齢者では,嚥下機能障害のため経腸栄養を行うことも多い.また総胆管結石は高齢者に多い疾患で,経腸栄養施行中に内視鏡治療を行う場面も少なくない.偶発症として消化管出血を来す場合もあり,その後の経腸栄養再開は慎重に行う必要がある.今回,内視鏡的乳頭切開術後出血の内視鏡的止血術後にアルギン酸ナトリウムが含有された流動食であるマーメッドプラスⓇを用い,経腸栄養を再開し,良好な経過をえた症例を経験したので報告する.症例は88歳,女性.脳梗塞後のリハビリテーション中に胆管結石性胆管炎を発症し,入院となった.2病日に内視鏡的乳頭切開術,内視鏡的胆道ドレナージ術を施行し,胆管炎は軽快した.覚醒度が不安定で,嚥下機能が安定せず,4病日より経鼻胃管よりグルタミン製剤を開始し,6病日より流動食を開始した.7病日に貧血が進行し,黒色便を認め,プロトンポンプ阻害薬の経静脈投与を開始した.8病日に乳頭近傍の潰瘍に内視鏡的止血術を施行した.経腸栄養の再開に際し,10病日よりアルギン酸ナトリウムの粘膜保護作用に注目し,マーメッドプラスⓇを開始した.再出血なく経過し,13病日の内視鏡では乳頭近傍は固化された流動食で被覆され,潰瘍は治癒していた.19病日に再度,内視鏡的に截石術を行い,嚥下訓練,リハビリテーションを行いながら順調に経過し,26病日にはソフト食を経口摂取可能となった.経腸栄養施行中は消化管粘膜障害が懸念される状況も多いと考えられ,その際の流動食の選択において,食物繊維としてアルギン酸ナトリウムが含有されている本流動食は,使用しやすい流動食であり,経腸栄養の遅延のない再開に有用であると考えられた.
当大学理学療法学科3年生の高齢者施設での実習前後で,高齢者に対するイメージ変化をアンケート調査結果(n=35)から検討した.肯定的に変化したイメージは,「不満が多い」「融通がきかない」「孤独感・喪失感を抱いている」「遠慮しない」「尊敬できない」などであり,否定的に変化したイメージは「知恵がない」「他人のサポートが必要」「高齢者が苦手」「経済的に貧しい」「依存的である」などであった.実習前後で総合的に高齢者へのイメージが変わった学生は16人(46%),変わらなかった学生は19人(54%)であった.
当法人では“介護の標準化”を図る事を目的に介護士育成のための客観的介護技術評価ツールの開発に着手した.今回,介護部役職者に研修および試験を実施し,評価シートの信頼性を分析した.検者間の相対信頼性は,食事でICC:0.797,排泄でICC:0.952であった.また,より詳細な検証が可能になる一般化可能性理論を用いた結果として,一般化可能性係数は,食事:0.466,排泄:0.743であり,食事よりも排泄で高い信頼性が示された.
6月初旬という非流行期に療養型病床で計4名のA型インフルエンザの集団感染が発生した.抗生剤に反応しない初発者に続いて同病室の2人目の発熱者が発生した時点でインフルエンザの可能性を疑い迅速抗原検査を行い,感染対策を厳密に実施することにより拡大すること無く最短期間で終息した.高齢者療養施設において,発熱者が続発するパターンによっては,非流行期であっても流行性感染症の可能性を疑い対策する必要がある.