日本老年医学会雑誌
Print ISSN : 0300-9173
57 巻, 4 号
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目次
尼子賞受賞講演
総説
  • 里 直行
    2020 年 57 巻 4 号 p. 374-396
    発行日: 2020/10/25
    公開日: 2020/12/01
    ジャーナル フリー

    超高齢化が進む現代社会において「認知症疾患修飾薬の創薬」は未達成の課題である.本稿では2020年における現状を可能な限り客観的かつ網羅的に把握することによって,認知症の中でも症例の多いアルツハイマー病(AD)に主眼をおいて未来への解決戦略の創出を試みた.Alois Alzheimerによって老人斑・神経原線維変化・神経細胞死という病理学的特徴を持つ最初の認知症患者が報告され,家族性AD家系においてAmyloid Precursor Proteinの遺伝子変異が見つかったことから,アミロイド仮説が提唱された.今日までこのアミロイド仮説に則って抗βアミロイド抗体療法,BACE1阻害薬,γセクレターゼ修飾薬が,一方,アミロイド仮説が正しくない場合でも通用する治療法として,抗タウ療法,抗炎症薬,APOE標的治療薬,その他の新規治療薬が開発途上である.このような認知症治療薬開発の現状を踏まえ,これから我々が取り組むべき未来戦略を考察した.まず認知症病態のより深い理解が必要であること,次に認知症治療薬開発にはより理想的なモデル動物の作製が必要なこと,最後にヒトに対する新規治療法開発においての方策について述べた.「疾患修飾薬」はまだ手にしていないものの着実に一歩一歩進んでいることを確認した.「認知症の創薬」実現に向けてまだいくつかの壁を乗り越えて行く必要があるが「有効性」と「安全性」のバランスが鍵となる.また「疾患修飾薬の開発」や「マルチドメイン介入法」に加え,認知症の患者とその家族に「やすらぎ」を届ける方法の開発も重要であると考える.

老年医学の展望
  • 太田 有美
    2020 年 57 巻 4 号 p. 397-404
    発行日: 2020/10/25
    公開日: 2020/12/01
    ジャーナル フリー

    難聴は高齢者の多くが直面する問題である.高齢者において難聴はコミュニケーション障害の原因となり,社会的孤立やうつを引き起こす要因となり得る.認知症発症のリスク要因としても注目されている.加齢性難聴は感音難聴であり,末梢の感覚器の機能低下,聴覚中枢の機能低下,認知機能全般の低下が関与している.一般的に高音部から聴力低下が進行してくるが,小さな音が聞こえにくくなるというだけでなく,語音明瞭度が下がるため,大きな声であっても内容が聞き取れない,声が大き過ぎると逆に聞き取れない,という症状も生じる.加齢性難聴を進行させる要因としては,遺伝的要因の他,後天的な要因として,糖尿病,循環器疾患,腎障害といった疾患,騒音暴露が挙げられる.難聴の予防という観点からは,動脈硬化を予防するための生活習慣,若年のうちからの強大音への暴露の回避といった指導が必要である.難聴が進行して生活上の支障が生じるようになれば,補聴器装用を行うこととなる.高度難聴では人工内耳の適応となる.人工内耳の機器の改良,手術方法の確立により,人工内耳の適応は広がっている.これら補聴デバイスは聴覚機能全てを補完するものではないが,高齢者の難聴に対しても有益である.高齢者自身が難聴を自覚すること,補聴デバイスも積極的に装用できるようにすることが大切であり,広く社会に啓蒙していく必要がある.

特集
高齢者の腸疾患
原著
  • 崔 元哲, 水上 勝義
    2020 年 57 巻 4 号 p. 441-449
    発行日: 2020/10/25
    公開日: 2020/12/01
    ジャーナル フリー

    目的:高齢者の心身の健康増進に運動が奨励されているが,運動実施が困難な高齢者も少なくない.音波による全身振動刺激(Sonic Wave Vibration,以下SWVと略す)は,振動板の上で一定時間立位を保持することで,歩行や下肢筋力への効果が報告されている.本研究は,SWVの気分,認知機能,自律神経機能,安静時エネルギー消費量に対する効果を明らかにすることを目的とした.方法:24名の後期高齢者(平均年齢88.0±5.0歳)をSWV実施群と対照群に無作為割り付けし,SWV群は1日10分,週5日,2カ月間SWVを実施し,測定結果を対照群と比較した.結果:SWV直後に,二次元気分尺度において,安定度・快適度は有意に上昇し,同時に測定した心拍変動では副交感神経活動の指標が有意に上昇し,交感神経活動の指標が有意に低下した.また安静時エネルギー消費量は有意に増加した.2カ月後SWV群は,ストループBの遂行時間が有意に短縮し処理速度の向上が認められた.またストループ課題実施時の酸素化ヘモグロビン濃度と総ヘモグロビン濃度はSWV群に有意に上昇した.期間中特に有害事象は認めなかった.結論:SWVは高齢者に安全に実施可能なこと,実施直後に気分やストレス改善効果が得られること,継続的に実施することで認知機能や脳機能に影響する可能性が示唆された.

  • 上野 節子, 高尾 芳樹, 涌谷 陽介
    2020 年 57 巻 4 号 p. 450-457
    発行日: 2020/10/25
    公開日: 2020/12/01
    ジャーナル フリー

    道路交通法が2017年3月に改正され運転免許更新の要件がより厳格化されたが,運転免許の自主返納の経年的推移や認知症疾患センターにおける運転免許外来の実情については未だ十分検討されていない.そこで本研究では岡山県内における運転免許自主返納の実態について法令が施行された2017年3月から2019年までの3年間に渡る実態を年齢別や市町村別にまとめ,併せて同県内の一認知症疾患医療センターにおける運転免許外来の実情について検討した.その結果,この3年間で岡山県内では自主返納率が0.42%から0.80%とほぼ倍増し,特に75歳以上の後期高齢者が返納者中68.2~76.7%を占め,男性比は51~56%であった.自主返納理由としては,身体機能低下自覚と運転の必要性なしが主たる理由であった.市町村別返納率については,高齢化率が高くなると返納率が低下するという相関を前期高齢者で認め,後期高齢者でも同じ傾向が認められた.一方,道路交通法改正と同時に運転免許外来を設立した倉敷平成病院では,同期間の運転免許外来受診者は110名あり,平均年齢は79.6±4.5歳と高く,また男性比が85.6%と際立っていた.この110名中の自主返納者は24名(21.8%)で,その診断は軽度認知障害(MCI,mild cognitive impairment)が46%,次いでアルツハイマー病が25%であり,高齢配偶者との2人暮らしが半数を占めた.岡山県全体のデータと同県内一認知症疾患医療センターにおけるデータは,相互に補完し合う実態データとして位置づけられるものと考えられた.

  • Georg von Fingerhut, 荒木 章裕, 岡本 紀子, 高尾 敏文, Konstantin Makarov, Yuriy Ki ...
    2020 年 57 巻 4 号 p. 458-466
    発行日: 2020/10/25
    公開日: 2020/12/01
    ジャーナル フリー

    目的:ロシアの寒冷地域は飲酒量が多く,睡眠の質の低下や心身の健康問題との関連性が指摘されてきた.しかし,現状ではその実態に関する報告が少なく,保健指導上の指針となる飲酒の適量が示されていない.本研究は,ロシアのシベリア地域に在住する高齢者の飲酒量(純アルコール量に換算)と睡眠の関係について,その実態と飲酒量に関連する要因を検討することを目的とした.方法:シベリアの中心的都市であるノボシビルスク市在住の60歳以上の高齢者422人に自記式質問紙調査を行った.質問項目は,基本属性,健康状態,飲酒習慣,Short Form-8 Health Survey,Geriatric Depression ScaleとPittsburgh Sleep Quality Indexとした.飲酒習慣のある高齢者を対象とし,1日当たりの飲酒量を純アルコール量に換算し,その中央値(32 g)を基準とした2群の比較,および飲酒量の多い群の関連要因についてロジスティック回帰分析を実施した.結果:質問紙調査の有効回答数は416人(98.9%)であり,そのうち飲酒習慣のある293人について,純アルコール量(摂取量≧32 g/日)を従属変数としたロジスティック回帰分析を行った.その結果,性別(OR=0.586;95%CI:0.345~0.995),教育年数(OR=1.538;95%CI:1.239~1.910),不眠(OR=2.442;95%CI:1.185~5.032),アルコール摂取の理由がより良い睡眠のため(OR=4.120;95%CI:1.044~16.258),飲酒による影響・夜間中途覚醒(OR=2.586;95%CI:1.317~5.077),飲酒による影響・家族からの注意(OR=26.938;95%CI:3.368~215.431)の項目に有意な関連性を認めた.結論:ロシアの寒冷地域の高齢者においては,飲酒量の多さは睡眠の質を低下させる可能性があり,適切な純アルコール量の基準設定および健康教育の必要性が示唆された.

  • 岡村 毅, 杉山 美香, 枝広 あや子, 宮前 史子, 釘宮 由紀子, 岡村 睦子, 粟田 主一
    2020 年 57 巻 4 号 p. 467-474
    発行日: 2020/10/25
    公開日: 2020/12/01
    ジャーナル フリー

    目的:多職種の関わったある意思決定支援を深掘りすることで,尊厳を守ることを可能にする条件について明らかにする.方法:われわれは,疫学調査(研究者として)と地域支援(専門家として)を並行して行うコミュニティ参加型研究を都市部大規模団地で行ってきた.そこで社会的孤立状態にあり,医療を自ら中断した80歳代の男性に出会い,3年にわたり継続して関わり,終末期まで支援するという経験をした.そこで1)ワーキンググループで支援記録を分析して経過表を作成し,2)関係した専門家へのインデプスインタビューおよび振り返りのための多職種ケース会議をおこない,逐語録を分析して経過表の各段階に対応した意思決定支援をまとめ,3)本事例においてみられた意思の特性を明らかにし,4)意思決定支援において尊厳を可能にする条件について考察した.結果:意思について,1)明文化されたものだけではない,2)移ろうからこそチームで支える,3)意思決定支援はプロセスである,という特性が挙げられた.医療において尊厳を守ることを可能にする意思決定支援であるためには,1)医療的な事実のみが重要と思わないこと,2)意志は移ろうかもしれないが待つ時期をもつこと,3)社会や他者と関係を続けられるような支援をすること,が導き出された.結論:一見すると医療拒否ともとられる孤立した人の意思決定支援を振り返った.尊厳とは何かという問いに答えることは容易ではないが,意思決定支援のプロセスにおいてどのように尊厳を守ることができるのか,について事例に即して深掘りした.臨床現場ではこのような困難で複雑な事例は多いが,ガイドラインでの記述は難しく,1例の深掘りで迫ることには意味がある.

  • 古瀬 裕次郎, 池永 昌弘, 山田 陽介, 武田 典子, 森村 和浩, 木村 みさか, 清永 明, 檜垣 靖樹, the Nakagawa ...
    2020 年 57 巻 4 号 p. 475-483
    発行日: 2020/10/25
    公開日: 2020/12/01
    ジャーナル フリー

    目的:高齢運転者における,運転不安の有無による体力の相違,ならびに運転不安と身体機能の関連を明らかにする.方法:現在運転習慣があると回答した523名(男性:353名,女性:170名)を対象に,身体機能検査として握力,膝伸展力,timed up and go(TUG),チェアスタンド,開眼片足立ち,垂直跳び,ファンクショナルリーチ,通常歩行速度,最大歩行速度,さらに,運転不安,視力,聴力の不良及び既往歴に関するアンケート調査を実施した.運転不安に関しては「慣れた道の運転に不安があるか」を問い,「不安有り」「不安無し」で評価した.視力及び聴力それぞれにおいては,日常生活に支障があるかどうかを問うた.結果:運転不安群は,不安なし群に比して年齢,視力の不良,聴力の不良,心血管疾患の既往が有意に高値を示した(P<.05).交絡因子(性別,年齢,視力の不良,聴力の不良,心血管疾患の既往)を調整して比較したところ,運転不安群は不安なし群に比して,TUG及び最大歩行速度が有意に劣っていた(P<.05).運転不安に関連する因子をロジスティック回帰分析によって検討したところ,最も関連が強い因子は視力の不良(Odds Ratio[OR]:5.56,P<.01)であり,続いて聴力の不良(OR:3.03,P<.01),TUG(OR:1.46,P<.01),心疾患の既往(OR:3.12,P=.04)であった.結論:高齢運転者のうち運転に不安を有する者は,不安を有しない者に比して低体力(歩行機能低下)であることが示唆された.また,歩行機能低下のみならず,視力の不良,聴力の不良,ならびに心疾患の既往が,それぞれ運転不安者の身体的特徴であることが示唆された.

短報
  • 鈴木 みずえ, Dawn Brooker, Jennifer Bray, 澤木 圭介, 金森 雅夫
    2020 年 57 巻 4 号 p. 484-488
    発行日: 2020/10/25
    公開日: 2020/12/01
    ジャーナル フリー

    本研究の目的は,急性期病院における看護師を対象に認知症高齢者に対するパーソン・センタード・ケアをめざした看護実践自己評価尺度用いた英国と日本の看護実践の比較をすることである.対象者は英国97名,日本88名,職種・役割別の解析では,同尺度の4つの下位尺度の比較では,スペシャリスト/認知症ケアチームリーダー以外ではすべての下位尺度の平均値が英国の方が有意に高かった.英国の回答者が認知症の専門看護師が多かったなどの特殊性もあるが,日本ではスペシャリスト/認知症ケアチームリーダーのみが英国と同様のパーソン・センタード・ケアをめざした看護実践をしているが,管理職などがスタッフと同様に英国に比べて有意に低いことが身体拘束の低減できない原因に関連していると推察された.

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