脳卒中再発作の比較的早期に失外套症候群を呈し, 剖検の結果, 右内頸動脈サイフォン部のほぼ完全閉塞により, 大脳および脳幹に広汎な軟化巣を認めた老年女子例について, 臨床病理学的検討を加えた. また本症候群の本邦報告例について病因と病変部位に関する若干の検討を行った.
症例は77才の女性で, 4年前に高血圧を指摘され, 2年前に左不全片麻痺, 高血圧で6ヵ月入院した. 昭和44年4月, 食欲不振, 腰痛を主訴として再入院した. 5日目, 言語不明瞭となり, 左顔面筋麻痺をきたし, 次いで左完全片麻痺: 無言となり, 呼びかけに対して開眼し, 物を追うような眼球運動があった. 痛覚刺激に対する逃避反応, 強制把握, 上下肢の無目的な運動が右側に存在した. 嚥下は不能. 睡眠覚醒の区別は明瞭. 意識水準が次第に低下し, 入院後52日目に死亡した.
脳波所見は, 本症候群出現前は8~9c/s, 50~70μVのα波が頭頂, 後頭部に優位に出現, 本症候群出現3週後は6~7c/s, 50~70μVのθ波の基礎律動に, 3c/s前後のδ波が少量混在し, 軽度の左右差を認めた. 死亡15日前には1~3c/sの大徐波が連続的に出現し, 右半球に電気的活動の減弱が著明にみられた.
剖検所見では, 右内頸動脈サイフォン部が器質化した血栓によりほぼ完全に閉塞され, 右中心前回, 前頭葉の帯状回, 脳梁を含む右大脳半球皮質, 白質および海馬回, 視床, 視床下部を中心とした脳幹網様体に新, 旧の融解壊死と脱髄が血管病変に合致してみられた. 本症候群ないし無動性無言の脳の障害部位は 1) 広汎な大脳皮質, 白質. 2) 前頭葉 (帯状回, 脳梁), 3) 視床, 視床下部, 脳幹の三大領域に分類されているが, 本症例は3者にまたがる複雑な病変を示した. 本邦報告例44例において脳腫瘍は単独部位の障害が多く, 各種中毒, 脳血管障害, 頭部外傷では2者ないし3者の領域にまたがる例が11例をしめた.
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