エピゲノムは,外的環境やストレスに応じて適切に遺伝子のオンとオフを制御する機能を持っている.近年,DNAメチル化やヒストン修飾,クロマチンリモデリングなどによるエピゲノムは,加齢と共に変化し細胞特異的なエピゲノム/アイデンティティが消失することで組織の機能低下が引き起こされる.哺乳類においては,後天的なエピゲノム変動の原因についても糖尿病などの代謝疾患やDNA損傷だけでなく,社会的ストレスや感染症などによっても引き起こされる.一方で,ゲノムワイド関連解析(GWAS)と異なり,後天的かつ動的に変動する多様なエピゲノムの細胞における役割だけでなく,臨床データとも結びつく形で歩行速度や脳波など様々な生体信号と組み合わせながら客観的なバイオマーカーとして確立していく必要がある.メチル化DNAを用いた生物学年齢/Aging Clockが注目を浴びており,カロリー制限は老化進行の抑制と共に生物学年齢の抑制効果も見られる.一方で,マウスの加齢に伴う遺伝子発現解析から示されているように,老化は線形モデルではなく非線形な動的変化で表現される.そのため細胞分布,臓器特異性といった空間的分解能に合わせて,時系列解析による時間分解能を高めた実験モデルや解析手法の開発が必要とされる.
また近年,エピゲノム変動を標的とした老化の抑制(anti-aging)に加えて,治療する(Rejuvenation)研究や開発が世界的に着目されており,多くのバイオテックが誕生している.炎症,幹細胞,代謝,ゲノム不安定性,オートファジー等のAging Hallmarksは,エピゲノムと密に相互作用しており,山中因子(OKSMやOSK)をはじめとする様々な後天的かつ可逆的なエピゲノムを介した老化制御が新しい局面を迎えている.今後,老化の分子理解とバイオマーカーに対して,mRNAや人工ペプチド,ゲノム編集など多様なモダリティを用いた老化制御の展開が期待される.
2015年に日本老年医学会で発刊された「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」により,国内では多剤併用に対して注意が必要なことが広く周知されるようになった.高齢者はMultimorbidityを合併しやすいために多剤併用になるが,副作用の頻度の増加のみならず,服薬管理や服薬アドヒアランスに伴う混乱や困難,さらに特に慎重な投与を要する薬剤(potentially inappropriate medication)に伴うリスク増加,などいわゆるポリファーマシー関連の問題が非常に多くなる.これらは複数の医療機関を受診している場合には特に注意が必要となる.薬剤を見直し,ポリファーマシーの是正が必要であるが,同時に減薬に伴ってもともとの病状の悪化は避けなければならない.効果的な見直しを実践するためには,厚生労働省の「医薬品適正使用の指針」で示されている通り,高齢者総合機能評価を行い,すべての病状のみならず身体機能や認知機能,全薬剤,住居環境,介護者の有無,などあらゆる情報の収集が重要であり,多職種協働が推奨されている.減薬にあたっては,特に慎重な投与を要する薬剤は対象にすべき薬剤であり,Beers基準やSTOPP/STARTなどの薬剤リストは海外でも改訂を重ねながら普及している.減薬後も十分に病状変化に注意することも示されている.一方,服薬を継続すべき薬剤については服薬アドヒアランスを遵守できるよう確認を続けることが求められる.服薬アドヒアランスの低下の理由は多数考えられるため,何が原因かを見極めなければアドヒアランスの改善は困難となる.患者の病状理解の改善が困難な場合には,介護者と共に服薬管理を実施すること,服用方法を簡便化すること,など,アドヒアランスの改善のために工夫が必要である.
抗Aβ薬の登場によりアルツハイマー病の診断はバイオマーカーを用いた時代へと変遷する.そこで問題となるのは現在gold standardとされるPETや脳脊髄液検査の弱点であり,それを解決する上で血液バイオマーカーの社会実装は是非とも実現させたいところである.しかし,その実現は容易ではない.血液バイオマーカーの登場の背景と,今後の課題について概説する.
CSFバイオマーカーは認知症の病因診断および抗Aβ抗体薬の対象選択に有用な検査と考えられるが,腰椎穿刺の侵襲性や被検者の検査に対する恐怖感を考慮すると血液バイオマーカーへの代替が望まれる.
血漿Aβ42/40比に関してはアミロイド陽性群と陰性群のオーバーラップが小さくないため,腰椎穿刺やPET検査のスクリーナーとしての活用が期待されている.一方,血漿p-tau217はCSFバイオマーカーに匹敵する診断精度を有し,単独での活用が検討されている.今後はタウ蓄積を反映する血液バイオマーカーの開発が望まれる.
アルツハイマー病(AD)を始めとする認知症疾患の早期診断には客観的なバイオマーカー(BM)が不可欠である.脳のアミロイド・タウ病理の確定診断がPET検査によって可能になっており,スクリーニング検査に最適な血液BMが求められている.ADの脳病理を反映するATN-BMについては,血液中のAβ42/40比(A-BM),p-tau(T),NfL(N)のBMとしての有用性が報告されている.また高齢者では合併病理が多いことから,今後は,ATNを拡張して他のBMも加えたpost-ATNシステムが必要であり,我々はProVENシステムを提唱している.
レビー小体型認知症とパーキンソン病はα-シヌクレインの神経細胞内蓄積を病理学的特徴とする疾患スペクトラム(レビー小体病)であるが,近年,高率にアルツハイマー病理を合併し認知症の進行に関与することが明らかとなっている.α-シヌクレインや併存するアルツハイマー病理の検出には低侵襲で簡便に施行可能な血液バイオマーカーが将来的に有望であると考えられ,背景病理を正確に把握し認知症の早期発見と予防を実現するために今後の研究の発展が望まれる.
目的:高齢者糖尿病治療に対する家族介護者満足度低下と患者の抑うつとの関連性を検証すること.方法:対象は伊勢赤十字病院外来通院中の65歳以上の糖尿病患者及びその家族介護者とした.抑うつの測定は9項目からなる日本語版Patient Health Questionnaire 9を用いた.糖尿病治療に対する家族介護者満足度の測定には,日本語版Satisfaction of Treatment among Caregivers of Dependent Diabetic patients(STCD2-J)を用いた.従属変数を患者の抑うつ,説明変数を糖尿病治療に対する家族介護者満足度,及び調整変数としたロジスティック回帰分析を行った.結果:272例が本研究の解析対象となった.STCD2-J得点の5分位をとり,STCD2-J得点が最も高い群であるQ1(30~36点)を基準とした場合,Q2(27~29点),Q3(24~26点),Q4(22~23点),及びQ5(14~21点)の患者の抑うつに関する調整後オッズ比は,それぞれ2.44(95% confidence interval(CI),0.69~8.61;P=0.163),3.08(95% CI,0.93~10.12;P=0.063),2.69(95% CI,0.68~10.65;P=0.156),及び4.54(95% CI,1.44~14.32;P=0.010)であった.結論:高齢者糖尿病治療に対する家族介護者の治療満足度低下が患者の抑うつと関連することが明らかとなった.糖尿病治療に対する満足度低下を有する家族介護者を診た際の患者の抑うつに関する注意喚起が重要と思われた.
目的:本研究では,中山間地域に居住する高齢者の生活行為である畑作業と身体・認知機能との関連について検証することを目的とした.方法:対象は,徳島県美馬市木屋平地区の診療所に月1回以上通院し,かつ畑を有する65歳以上の高齢者91名とした.畑作業として1週間の畑作業時間,身体機能として歩行速度,認知機能としてMini-Mental State Examination(MMSE)を聞き取り及び測定した.変数間の関連については,カテゴリ変数化した歩行速度(1,1 m/s以上;0,1 m/s未満)とMMSE(1,28点以上;0,28点未満)を従属変数,それぞれ畑作業時間を独立変数とし,年齢とBody Mass Index(BMI)を調整変数として段階的に投入する2項ロジスティック回帰分析を行った.結果:対象者は,男性31名,女性60名,年齢78.5±6.6歳で,畑作業時間は18.0±13.2時間,BMIは23.4±3.0 kg/m2,歩行速度は0.95±0.28 m/s,MMSEは26.6±3.1点であった.変数間の関連について,従属変数を歩行速度とした場合,モデル1(非調整),モデル2(年齢調整),モデル3(年齢・BMI調整)において畑作業時間との有意な関連は認めなかった.従属変数をMMSEとした場合,畑作業時間のオッズ比はモデル1で1.055(p=0.006),モデル2で1.051(p=0.011),モデル3で1.054(p=0.010)であり,いずれのモデルにおいても有意な関連を認めた.結論:畑作業は,身体機能とは関連せず,認知機能と有意に関連した.中山間地域に居住する高齢者の生活行為としての畑作業は,認知機能の維持に寄与する可能性が示唆された.
緒言:非急性腎障害(AKI)合併アシクロビル(ACV)脳症の報告が少ないため,AKI合併例と比較して,その臨床像を明らかにする.対象:2015年8月~2022年9月までに帯状疱疹に対してバラシクロビル(VACV)投与中に脳由来と考えられる神経症状を来して当院で加療を行った症例.方法:クレアチニン(Cre)は①入院時及び②入院第7病日以内にCreを適時測定した.入院第7病日以内に測定した中で最小のCre値を求めた.下記に各用語の定義を示す.ACV脳症:①VACV開始後に脳由来と考えられる神経症状が出現した,②VACV中止により神経症状が改善したという2つの項目を満たした場合.急性腎障害(AKI):来院時のCre値が最小のCre値と比較して1.5倍以上である場合.対象をAKI合併群と非AKI合併群に群別し,比較した.結果:ACV脳症の症例は18人(男性5人,平均年齢81.3±5.5歳).全例でVACV 3,000 mg/日が処方されていた.最小Cre値は1.93±1.76 mg/dL,AKI合併群は10人(56.6%),非AKI合併群は6人.全例でVACV投与が中止され,緊急透析治療を行ったのは10人(55.6%)(うち維持透析患者2人を含む)であった.全例が回復しており,死亡者はいなかった.AKI合併群と比べて非AKI合併群ではCa拮抗薬の内服歴(33.3% vs 80.0%,p=0.092)や緊急透析の実施割合(16.9% vs 70.0%,p=0.059)が低く,治療開始から症状が改善するまでの期間が長い(3.67±1.86日 vs 2.20±0.63日,p=0.073)傾向を認めた.結語:非AKI合併ACV脳症の特徴として,緊急透析の実施割合が低く,これが症状期間の延長と関連していると思われた.
目的:地域在住高齢者におけるオーラルフレイルに関連する要因を明らかにする.特に,前期高齢者と後期高齢者を分けて比較検討し,両者の要因の異同を明らかにすることを目的とする.対象及び方法:愛知県T市で自立して生活する地域在住高齢者を対象に,基本属性に加え,体組成,握力,歩行機能,口腔機能,認知機能を測定し,さらに生活機能を基本チェックリストにより評価した.オーラルフレイルのスクリーニング評価表(OFI-8)を用いて,オーラルフレイルの危険性を評価し,危険性有群と無群の2群間で測定結果を比較した.加えて,前期高齢者と後期高齢者で群分けし,危険性有群と無群の2群間で測定結果を比較した.また,オーラルフレイルに関連する要因を探るため,オーラルフレイルの危険性を従属変数とした多変量解析を行い,さらに,前期高齢者,後期高齢者に分けて単変量解析を行った.結果及び考察:解析対象者100名の平均年齢は76.6±4.6歳であり,オーラルフレイルの危険性有群が45名,危険性無群が55名であった.危険性有群において,ポリファーマシーと抑うつ状態の割合が高く,歩行速度が有意に遅かった.また,オーラルフレイルの関連要因として独居とポリファーマシー,抑うつ状態が示され,前期高齢者,後期高齢者別では,前期高齢者が歩行速度,後期高齢者は歩行速度と認知機能低下,抑うつ状態がオーラルフレイルと関連することが明らかになった.結論:本研究結果から,オーラルフレイルの関連要因は前期高齢者と後期高齢者では異なる可能性があること,高齢者のオーラルフレイルを予防するために年齢に応じた支援が必要であることが示唆された.
症例は75歳男性.既往歴は2型糖尿病,膿胸術後など.慢性肺疾患による活動性低下で体動困難となり当院救急搬送され脱水症で入院となった.入院後2日間においてオムツ内に数匹の虫体が確認された.検査結果はハエの幼虫であり,消化器ハエ症と診断した.ハエの幼虫が確認できなくなった後で発熱あり,二次感染と考え抗菌薬投与を行い改善した.後日家族が自宅の掃除を行ったが,ハエやハエの幼虫は発見できず感染経路やハエ種は明らかにならなかった.ハエ症は衛生状態が良好になるにつれ報告数が減少したといわれるが,近年は高齢者の報告が目立つ.ハエ症そのものは重篤な経過をたどる疾患ではないといわれるが,高齢化社会においては鑑別を考慮すべき疾患であると考え,考察を加えて報告する.
症例は92歳の女性で,混合型認知症.夜間にトイレの場所がわからず居室からトイレまでの移動ができず,トイレを探す様子が見られた.その際,「トイレはどこにあるんだい」と繰り返し発言があった.マークの掲示と明るさの環境調整の結果,夜間,トイレまで自立した移動ができた割合は,12.8%増加した.また,BPSD+Qの「忘れて同じことを何度も尋ねる」においては,重症度・負担度ともに3点から0点に低下した.
テリパラチド連日自己注射製剤(dTPTD)を開始する患者の状況が入院の場合と外来の場合ではdTPTDの継続率に影響があるか検討するため,継続期間と中止理由について調査を行った.入院と外来で継続率に有意な差は認めなかった.入院患者は外来患者と比較して高齢,骨折を契機としてdTPTDを開始していた.また,入院患者は転院・施設入所時にdTPTD中止となる例が多く見られた.