時価主義・比例てん補方式をとる損害保険契約において,保険金支払額は,‘損害額×保険金額/保険価額’の算式で計算される。本稿の目的は,この保険金額と保険価額の合一過程を,黎明期のイギリス保険各社に焦点を合わせつつ,追究することにある。The Fire Officeに代表される初期家屋保険各社(17世紀後半)にあっては,両者の合一は,おおむね緩やかな関係であった。ただ,初期家屋保険が抵当制度と深く結合していたため,これを保護する上で必要な限り,両者の関係に注意が払われた。一方,Sun Fire Officeに代表される初期動産保険各社(18世紀前半)にあっては,両者は,かなり密接な関係となる。それは初期動産保険が手形制度と深く結合したため,商品が滅失した場合,商品価額全額を回収する必要があったからである。比例てん補方式は,初期動産保険における両者合一の上に出現するとともに,保険の基本構造上の変化を示すものであった。