シロクローバ(Trifolium repens L.)の近縁種であるクラクローバ(T. ambiguum M. BIEB.)は,ソ連コーカサス地方,イラン,トルコに自生する永年生の地下茎繁殖植物で,自然倍数性(2x,4x,6x,x=8)を有する種である。この種はモザイク病抵抗性,耐寒性,深根性などシロクローバの育種目標となる重要な形質を保有している。しかしながら,両者を交雑すると,雑種胚は初期の球状胚までは発育するが,その後受精後交雑不和合性により崩壊する。以前に6倍体クラクローバとシロクローバとの間で受精後5日目の交雑雑種胚珠を培養して,4個体の種間交雑雑種植物体を作出したが,これらは不稔であった。そこで4倍体クラクローバとシロクローバとの間で,同様な種胚培養法により種間交雑雑種の作出を試みた。4倍体クラクローバ(品種:Treeline)を母親にし,シロクローバ(品種:マキバシロ)を交雑し,受精後5日目の胚珠を取り出し,以前に報告したと同様な方法により培養を行った。全体で324の交雑胚珠を培養し,22の胚珠で発芽がみられ,最終的には2個体が生育し開花した。4倍体クラクローバとシロクローバの組合せでは,以前の6倍体クラクローバとの場合と比較して発芽率が低かったが,その原因として母親の胚珠の大きさが影響していることが考えられた。得られた2個体の雑種植物体は形態的にはほぼ両親の中間であり,アイソザイム分析により,雑種であることが確認された。クラクローバに共生する根粒菌はシロクローバのそれと異なるといわれているが,雑種植物体には根粒の形成がみとめられた。雑種植物体のELISAによるモザイク病抵抗性の検定は行っていないが,ウイルス媒介昆虫のアブラムシが多く発生した温室内で,シロクローバにはウイルスの病徴がみられたが,雑種植物体ではみられず抵抗性であることが示唆された。しかしながら,雑種植物体の花粉稔性は非常に低く,1個体で約1%,他の1個体は0.1%以下の健全花粉を有するのみであった。雑種植物体を栄養繁殖して,親植物とともに圃場での生育を調査した。雑種植物は親植物に比較して,生育が極めて悪く,その原因としてその形態的特性,根粒形成システムの不完全及び生理的な不均衡などが考えられた。雑種植物体をシロクローバ及びクラクローバと戻し交雑した結果,シロクローバとの場合のみ種子が得られた。すなわち,全体で3135小花にシロクローバを戻し交雑し,12粒の種子が得られた。これらのうち1個体のみが植物体に生育した。この個体は形態的にかなりシロクローバに類似しており,ウイルスを接種したが,病徴はみられなかった。これらの結果からシロクローバに対してクラクローバのモザイク病抵抗性などの有用形質導入の可能性が明らかになった。
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