中央構造線にそつて流れる豊川沿岸の段丘地形および堆積物を調査して,その形成過程およびそれに関係した新しい地盤運動の様式を考察した.
本地域には上,中,下の3段の段丘がある.上位段丘は右岸(内帯側)に広く,高師原面に対比される.中位段丘はもつとも広く分布し,やはり右岸に広い.下位段丘は2面に細分でき,そのうちの高位のものは中位段丘との中間段丘であり,低位のものは下流で現在の氾濫原に移化する(第3, 4図).上位および中位段丘においては,内帯側では新城町付近を境としてその両側で,分布,高度の状態が異なり,下流部では上位段丘のすべておよび中位段丘の一部は扇状地的形態であり,段丘面の勾配も急である(第1表).
段丘堆積物を調査すると,上流から由来する礫をまじえた豊川本流の堆積物と,内帯側山地を構成する岩石の角礫だけからなる支流の堆積物との2種がある(第2表).前者を段丘礫層,後者を扇状地礫層とよぶ.後者の分布は,先にのべた扇状地的形態をあらわす場所と一致している(第5, 6, 7図).
また,内帯側山地の山麓部には,基盤をきるいくつかの小断層があり,直線的な急崖や,ケルンバット,ケルンコルの方向と似た走向をもつものが多い.
以上の資料から,段丘面の形成過程,地盤運動の様式を推定した.すなわち,上位段丘面形成時は,それ以後の面の形成時よりも堆積作用が盛んであつた.そして,段丘礫層の堆積にひきつづいて内帯側では支流による扇状地の形成がおこなわれたが,このことは内帯側山地が外帯側よりもより隆起する傾向をもつことを意味するものと考える.このような傾向は,次の中位段丘面形成時にもみられるが,その規模は小さく,さらに次の下位段丘面形成時には認められない.また,内帯側でも新城町から下流部でこの傾向が顕著である.各段丘面の縦断面形はすべて下流に向つて収斂しているが,これら段丘崖を形成させたような隆起運動の様式は,どの時代にも,上流ほど隆起量が大きかつたものと解釈される.このような傾向は,より古い面である天伯原にみられる運動とは反対の性質である.
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