イタリアにおける農村景観は,イタリア半島の各地がおかれてきた歴史的条件のために,きわめて地域的多様性に富んだものになつているが,主な類型としては,南部のラティフォンド地帯,中部イタリアの混合耕作地帯,パダナの灌漑農業地帯などがあげられよう.このような多様なイタリア農村景観の性格を考察していく仕事のひとつとして,本稿では,中部イタリアのマルケで, 1962年1, 月から8月の問におこなつた実態調査と,土地台帳をはじめとする史料の検討の結果を報告する.
この地域の集落について,とくに問題になるのは, (1) 現在多く残つている丘上の集居状集落の由来, (2) 現在平地・丘陵地に支配的な散居状集落の由来, (3) 混合耕作をかたちつくる植樹が,いつ,どのような社会経済的状況のもとになされたか, (4) 現在の農村景観がどのように変貌していつているか,ということである.
このような観点から, (a) 防御的位置の集落から散居へという,中世から近世にかけての中部イタリアについて言われている居住の展開の一般方式が,マルケでは,トスカナなどとは,かなり違つたあらわれ方をしている. (b) しかし,ここにおいても,近世の農村景観を形成する基礎となつたのは,他の中部イタリアの諸地域とおなじく,折半小作農制度であつた. (c) そして,新しい現代のイタリア農業構造のもとで,折半農制度にもとずく,混合耕作,不規則状ブロック耕地といつたような景観要素は,折半農制度そのものの危機とともに,ようやくその歴史的役割をおえつつある,といつたようなことが結論される.
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