地理学評論 Ser. A
Online ISSN : 2185-1735
Print ISSN : 0016-7444
70 巻 , 8 号
選択された号の論文の6件中1~6を表示しています
  • 式 正英
    1997 年 70 巻 8 号 p. 473-474
    発行日: 1997/08/01
    公開日: 2008/12/25
    ジャーナル フリー
  • 原 美登里
    1997 年 70 巻 8 号 p. 475-490
    発行日: 1997/08/01
    公開日: 2008/12/25
    ジャーナル フリー
    都市用水供給のために,大規模な流域変更が大都市周辺の河川で行われている.神奈川県の河川は,横浜市・川崎市・横須賀市などの都市に水を輸送するための導水路によって結ばれ,相模川・酒匂川の水のかなりの部分が,本来排出されるべき相模湾ではなく東京湾へと排出されている.本研究では,都市用水事業と下水道事業により引き起こされた流域変更について考察するために,都市用水事業と下水道事業の展開と,都市用水として流域変更された水量を明らかにすることを目的とする.
    都市用水の供給のために相模川水系と酒匂川水系から流域変更された水量を, 1960年度から1990年度までの期間についてまとめ,その結果を地図化した.
    相模川流:域から東京湾側へと流域変更された水量は,近年増加し続けている.その水量は1960年度では2億m3, 1990年度では5億6800万m3となっている.また,下水道普及率や有収率の向上に伴い,下水処理されて東京湾へと排出される水量も増加している.その水量は1960年度では6800万m3, 1990年度では4億9600万m3となっている.
    流域変更が地域の水環境に与える影響としては,都市域では水収支の変化と汚濁負荷量の増大があげられ,水源流域においては流量の減少などが指摘できる.
  • 舩杉 力修
    1997 年 70 巻 8 号 p. 491-511
    発行日: 1997/08/01
    公開日: 2008/12/25
    ジャーナル フリー
    本研究では,伊勢信仰の浸透の過程とその背景について,戦国期に伊勢信仰が浸透した越後国を事例として明らかにした.伊勢信仰の布教の担い手は神宮門前に居住する御師であったが,外宮御師北家の場合,道者の開拓は北家自身ではなく,道者の権利を売却した釜屋によって行われた.戦国期め道者開拓には,商人層も関わっていたことが指摘できた.次に,北家の1560 (永禄3)年の道者売券に見られる越後国88力村のうち,蒲原郡出雲田荘における道者の存在形態について検討した.その結果,伊勢信仰は,戦国期に新たに生まれた村を対象とし,村の開発者を道者として獲得して拡大したことがわかった.さらに,伊勢信仰の信仰拠点とされる神明社との関わりを見ると,神明社は近世の新田村に分布していることが判明した.また,道者が成立した村の生産基盤について見ると,村の主要な産物は麻の原料である青苧で,その交易の中心の担い手は,伊勢御師を出自とする蔵田五郎左衛門であったことから,商業的性格を持っ伊勢御師が,村と交易路との仲介の一端を担っていた可能性が指摘できた.つまり,戦国期における越後国への伊勢信仰の浸透は,社会・経済的な側面と密接に関わる現象であったといえる.
  • 武田 一郎
    1997 年 70 巻 8 号 p. 512-525
    発行日: 1997/08/01
    公開日: 2008/12/25
    ジャーナル フリー
    茨城県勝田市那珂海岸における2年間(1980年8月28日~1982年8月30日)の地形測量と波のデータを用い,後浜上限の位置と高度に関する検討を行った.バーが波に対してフィルターの役目を果たすため,また,汀線直前の水深を規定するステップ基部水深に限度があるたあに,汀線砕波の最大波高には限度がある.その結果,沖合い段階での暴浪の規模が異なっても,波の遡上限界地点に大きな差が生ずることはない.したがって,その地点に一致する後浜上限の位置はかなり安定したものとなる.
    この後浜上限の高度は海浜堆積物の粒径が粗くなるほど大きくなる.これは,沖合いの暴浪特性が同じであっても,海浜堆積物の粒径が粗ければ汀線砕波波高が大きくなり,その結果,波の遡上限界高度が大きくなるためである.その理由は,海浜堆積物の粒径が粗いほど波に対してフィルターの効果を有するバーが発達しにくくなり,また,最大の汀線砕波波高を規定するステップ基部水深が大きくなるためである.
  • 木村 圭司
    1997 年 70 巻 8 号 p. 526-541
    発行日: 1997/08/01
    公開日: 2008/12/25
    ジャーナル フリー
    海面更正気圧 (SLP) により定義されるシベリア高気圧の季節変化を半旬を単位として明らかにし,上空の気圧配置および気温分布との関係を明らかにした. 1980年から1992年までの13年平均データを用い,シベリア高気圧の中心部 (50~55°N, 90~95°E) とウラル山脈北部(60~65°N,70~75°E)のSLPの3半旬平均の差により,季節変化のステージ分けを行った.その結果, 1年をステージ1(第39~53半旬),ステージ2(第54~57半旬),ステージ3(第58~64半旬),ステージ4(第65~72半旬),ステージ5(第73~3半旬),ステージ6(第4~7半旬:最盛期),ステージ7(第8~12半旬),ステージ8(第13~15半旬),ステージ9(第16~38半旬)に分割することができ,シベリア高気圧の形成・発達・衰退・消滅に至る時期およびその出現位置をとらえることができた.
    さらに,上空の気圧配置,気温分布,気温の鉛直構造を考察した.この結果, 500hPa面高度で130°E付近の強いトラフと, 50°Eのトラフ, 80°Eのリッジが強くなっている時に,シベリア高気圧の中心が強まっていることがわかった.すなわち,シベリア高気圧の中心部分が発達・衰弱する時には,上層の気圧配置の影響が見られる.また,バイカル湖周辺がシベリア高気圧の中心となっており,気温の鉛直方向の逆転はステージ6のみで見られる.その西部および北東部では下層の寒気により高気圧が形成される.西部のウラル山脈北部では,シベリア高気圧形成時と衰退時に高気圧の中心になり,北東部のヤクーツク付近では,シ球リア高気庄が発達している時に,地上気温が大陸上で最も低くなるため高気圧が張り出す.シベリア高気圧は,これらの3地域を中心として,強さと形が季節変化することが示された.
  • 1997 年 70 巻 8 号 p. 546-552
    発行日: 1997/08/01
    公開日: 2008/12/25
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