Geographical review of Japan, Series B
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57 巻 , 2 号
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  • 方格状町割の起原
    米倉 二郎
    1984 年 57 巻 2 号 p. 101-110
    発行日: 1984/10/01
    公開日: 2008/12/25
    ジャーナル フリー
    方格状町割はインダス都市で,またこれとあまり遅れない時期に黄河都市でも始まったようである。当初は両地ともに並存する2つの町区からなっていた。インダス都市では西側が城区で東側が下町であった。モエンジョ・ダロはその最盛期を示している。発掘された街路の新たな解釈から著者は,その町割を約180メートル平方を単位方格とする碁盤割とし,さらに下町区では約40メートル (120モエンジョ・ダロ フィート)平方の16の小区画に分けられたであろうと推定した。
    黄河都市はインダス都市との形態の類似だけでなく,古代中国の尺度がハラッパの腕尺,モエンジョ・ダロの足尺と同系統のものと見なされるので,方格状町割はこの両地で密接な関係のもとに始まったとすることができよう。方1里(約400メートル平方)を基礎方格とする中国の都制は商代に始まったとして鄭州商城の町割を推定した。
    インダス都市の方格状町割はスタニスラウスキイが述べたように西してオリエントからギリシヤ,ローマ,さらにヨーロッパ全域から新大陸へと伝播した。他方それはインド文明の中に受継がれ,シルパシャストラの中に理想化して記述された。それに従う方格状町割は南インドを主とする南アジア各地で見られる。北インドではイスラム文化の影響で影が薄くなった。
    黄河都市の方格状町割は周礼に記載された。その理想が実現されたのは北魏洛陽城以降であったが,都市計画の理念としてただに中国のみならず朝鮮,ベトナム,日本における都市計画に影響を与えた。例えば,わが平安京(京都)は南北9.5里,東西8里(当時の日本の里は古代中国の里よりすこし伸びて545メートルほどであった)の方格状町割であり,方1里の基礎方格である坊はさらに16個の小区画である町(120メートル平方)に分けられていた。
  • 谷内 達
    1984 年 57 巻 2 号 p. 111-123
    発行日: 1984/10/01
    公開日: 2008/12/25
    ジャーナル フリー
    日本の主要都市の発達を鉄道網と関連させて概観するために, 1880年-1980年を6期に分け,各期における上位100都市の相対的地位の変化を構造的および空間的に比較検討した。すなわち都市人口および鉄道旅客収入額を指標に用いて,順位規模曲線および順位相関係数により構造的変化を検討し,順位・成長率による区分を加えた都市分布図により空間的変化を検討した。
    現在の都市システムの構造的・空間的特徴および交通網の骨格は1908年当時のものと大差なく,基本的には1880年,さらには1868年以前にまでさかのぼることができる。 1880年以来の都市の発達は,都市システムの新規生成というよりも,既存の都市システムの再調整過程であった。
    1880年以来の主要な変化は,大都市集中の進行と太平洋岸の縦貫線沿線諸都市の成長であった。 1908年以前には変化が比較的大きかったのに対して1908年以後は安定的で,すでに成立しつつあった大都市・縦貫線優位の傾向がさらに強まった。
    1908年以前の変動は鉄道網の骨格形成期でもあったが,鉄道網の拡張と新規路線沿いの諸都市の成長との間に明白な対応関係を空間的に見出すことは困難である。むしろ鉄道網は大都市・縦貫線優位の傾向をさらに助長したと言える。三大都市圏の成長の鈍化,広域中心都市の成長,高速道路・新幹線・航空の発達などを含めて最近および近い将来の動向を考察する際にも,大都市・縦貫線の定義の若干の拡張によって,基本的な傾向は変わらないと考えることができよう。
  • 氷見山 幸夫
    1984 年 57 巻 2 号 p. 124-134
    発行日: 1984/10/01
    公開日: 2008/12/25
    ジャーナル フリー
    任意の事象の分布に対して格子系(grid system)を測定や表現の基準として用いる場合,可変単位の問題 (modifiable unit problem) として知られる一群の問題に遭遇する。これらは格子単位 (unit cell) の大きさや形に関するものと,格子系をかぶせる際の位置に関するものに大別されるが,このうち後者に対する取り組みはこれまで遅れていた。空間単位としての格子系の利用が一般化している今日,これを単に経験的判断により処理するのではなく,統計学的に検討することが急がれている。そこで,格子系の位置に関わる諸々の問題を「格子変位の問題」 (problem of the shifted grid) と呼ぶことにし,体系的解明をはかってゆきたい。今回はその一つとして,格子図 (grid map) のパターンに内在する不確定性の問題を取り上げる。
    ある単一の事象の分布を,2種の格子単位からなる格子図で表現する場合を想定する。ここで,事象の見出される格子単位を正の格子単位,残りを負の格子単位とする。この正の格子単位の分布のパターンが,格子系の置き方によって変化する度合いをそのパターンの不確定性の指標とし,簡単な事例について検討する。
    いま格子図上に,縦方向に勉個,横方向にn個の,正の格子単位m×n個からなる箱型コロニー・があるとする。このパターンが格子系を横方向に半格子長ずらすときに変化しない確率をP (m, n, p) とする。ただし,ここでpは,考えている格子系のそれぞれの格子単位を横に2等分した半格子単位のうち,正のものの比率(密北海道教育大学地理学教室度)である。このように,半格子変位の場合,変位後のパターンを決定するには,格子単位のレベルよりも詳細な,半格子単位のレベルでの正,負の情報が必要である。そこで正の半格子単位の分布として,ランダム分布を想定すると, P (m, n, p) は次のように表わされることが明らかとなった。
    P (m, n, p)=2(1-p)m+2{(1-p)/(2-p)nfn}m=2(1-p)2m+2/(2-p)mn(fn)m
    ここでf1=1, f2=1, f3==1+p-p2, f4=1+3p-4p2+p3, f5=1+6p-9p2+3p3, ……である。しかしfnの一般形の導出には至らなかった。
    上の式の意味するところを明らかにするため,まず最も単純なm=1, n=1の場合を考えてみると, P (m=1, n=1, p)=2(1-p)4/(2-p)である。すなわち,周囲を負の格子単位で囲まれた1個の孤立した正の格子単位が存在するとき,そのパターンが格子系の半格子変位により変化しない確率は2(1-p)4/(2-p)である。これはp→Oの極限で1であるが, p=0.5で0.083, p→1の極限で0というように, 0<p<1で単調かつ急速に減少する。つまりこの最も単純なパターンの場合, pが非常に小さいならば,そのパターンの不確定性は0%近くまで下がるものの,通常はかなり高いことがわかる。同様にして,m,nが増大すればP (m, n, p) は急速に小さくなること,そして一般にpが大きくなれば, P (m, n, p) が小さくなることが,はじめの式から導かれる。
    以上のことから,格子単位の大きさの程度のパターンの不確定性が問題となるような場合には,格子図の使用は不適当であると結論される。なおここでは正の半格子単位の分布をランダムと仮定したが,種々のタイプの分布について同様の考察を行なうならば,分布の状況に対応して格子系の選択をすることに関して,より正確な判断をすることができるよう.になることが期待される。
  • 河名 俊男, Paolo A. PIRAZZOLI
    1984 年 57 巻 2 号 p. 135-141
    発行日: 1984/10/01
    公開日: 2008/12/25
    ジャーナル フリー
    琉球列島の宮古諸島に分布するノッチおよびビーチロックの調査により,現海面が完新世の最高海水準を示すとの結論を得た。ノッチの後退点高度は潮間帯に位置し,ビーチロックは潮間帯あるいは,ほぼ潮間帯ビーチロックを示す。潮間帯ビーチロックの2ヵ所から, 425±70 y. B. P., 1520±60 y. B. P. (Loc. 13) および2120±75 y. B. P. (Loc. 31) の年代値が得られた。以上のビーチロックおよびノッチの諸特徴より,宮古諸島における後期完新世の海面は少なくとも2100年前より現在まで,現海面にほぼ近い位置に存在していたと推察される。上記の海面変動は,琉球列島の他の主軸諸島に見られる後期完新世の高海水準を示す海面変動と対照的である。以上の対照性は,後期完新世に宮古諸島が他の主軸諸島と異質の地殻変動地域であった可能性を示唆する。
  • 土屋 巌
    1984 年 57 巻 2 号 p. 142-153
    発行日: 1984/10/01
    公開日: 2008/12/25
    ジャーナル フリー
    世界氷河台帳作成計画のためのIASH (国際水文科学協議会)の分類 (UNESCO/IASH, 1970) とMÜLLERほか (1977) によるその改訂版を参照して,筆者はさきになだれを含まずに,異常に大量の降雪と吹きだまり雪とによって形成される亜高山帯のニッチ氷河を,山岳氷河の一型式として提案し,“鳥海山型氷河”と名付けた(土屋, 1978 a, 1978 b)。 1972年-1981年の問,この型の氷河のひとつで“貝形小氷河”と命名したものについて,毎年野外調査を実施し,その特色を解明した。
    貝形小氷河は,いわゆる気候的雪線よりも2,000mにど低い,海抜約1,400m高度に形成されるが,拡大期には約0.04km2の大きさになり,また2~3年のうちにごく小さな氷体に縮小することがある。この氷河の存在場所の積雪深算定値の最大は45m以上であった。消耗量が大きく,暖かい大雨の際には毎時1。4cmの厚さ減少が観測された。氷河氷の形成は非常に早く,この氷河上の残雪の密度は,最初の消耗季節の終り頃までのわずかな期間に,ほとんど氷河氷の段階にまで増加する。
    貝形小氷河の流動現象は一定でなく,蓄積年後の消耗年である1975年や1979年の場合にはかなり早い流動を示した。日本の他の地域に見られるいくつかの多年性残雪(氷体を内在する)では,さらに小規模で貝形小氷河と同様のものもあるが,明白な流動現象はまだ報告されていない。
    ニュージーランドのWhakapapanui氷河は,貝形小氷河とほぼ同じ規模の小さな氷河であるが,両者の比較により,気候的雪線のはるか下方で形成され,降雪季節の卓越風が偏西風であり,風下斜面に存在して低緯度に面し,主滴養源は吹きだまり雪であって,氷河質量の年々変動が大きいなどの共通の性質のあることがわかった。
  • 山川 修治
    1984 年 57 巻 2 号 p. 154-165
    発行日: 1984/10/01
    公開日: 2008/12/25
    ジャーナル フリー
    日本とその周辺地域 (Fig.1) における寒冷前線の地域的・季節的特性を,主として赤道140°E上にある静止気象衛星 (GMS) からの可視画像を用いることによって,明らかにしていくことが本稿の目的である。当該地域において特筆すべき異常気象が発生しなかった, 1979年4月から1980年3月までを研究対象とした。
    まず,日本を含む広域で,寒冷前線とそのほかの前線,およびスコールライン(同一気団内で発生する線状の積雲群であり,前線と関連するものに限定している)について調査した。いずれも雲画像からの判読で,雲系と前線の関係 (Fig. 2) を基本にしている。日本付近を通過する寒冷前線は4月,9月,10月に最も多くなる。1-2月の寒冷前線は,一年間で最南域の20°一25°N付近に位置することが多く,時にはフィリピン諸島近海,つまり10°N,125°E周辺の熱帯性雲塊が発生しやすい地域まで南下する。梅雨季初期(5月)の前線は,平均して22°-23°Nにあり,冬季よりむしろ定常的位置にあるといえる。また,秋季のスコールラインは,その方向性に特徴がみられる(Fig.3)。
    次に,雲系ダイヤグラムを128°Nと140°Eに沿う2つの南北断面で作成した(Figs.4, 5, 6)。これは,GMSの毎日03GMT(12JST)の画視画像によるもので,各断面の経線を中心とする経度2°の地帯における雲の有無に基づく。日々雲系がどのように消長し移動しているかを調べ,24時間ごとの画像では追跡しきれない小規模の雲系については,3時間ごとの画像も参考にして,二次元空間分布を時間一空間分布に置き換えた。雲系を層状雲とセル状雲に識別するとともに,雲の輝度にも配慮して,図示した。1月の寒冷前線性雲バンドは,128°Eでは12°一20°N付近まで,140°Eでは15°-25°N付近まで南下し,前者の方が南偏しやすいことが確かめられた。しかし,25°-40°Nの緯度帯に関する限り,128°Eより140°Eにおいて発達しやすく,このことは,雲バンドの細かいシャープな形態からも,850mb面気温の南北勾配からも推定される。
  • 吉野 正敏
    1984 年 57 巻 2 号 p. 166-182
    発行日: 1984/10/01
    公開日: 2008/12/25
    ジャーナル フリー
    海南島における気候と農業について,最近の中国における文献と1984年1~2月の筆者の予察研究旅行の結果とによって記述した。まず,総観気候学的背景を前線帯・雲量分布・850 mb面における流線・霧分布などによって示した。 850 mb面における南西の風と,北東の風,台風が重要な役割を果たすこと,また気温・降水量・雨季と乾季の長さなどを気候記録によって示した。何大章による気候区分を紹介し,その8気候地域を示した。次に,海南島の農業について,その気候条件を考慮しつつ,特にゴム・米・茶について,詳しく述べた。ゴムについては5地域に区分し,各々について寒害と風害に注目した。ゴム栽培の高距限界は島の北部では300~350m,南部では500mである。米作のうち特に興味あるのは,最近の雑種交配種子の栽培である。それらは中国各地から農民や試験者が島の南部にやってきて栽培される。冬に成長し,3月中・下旬に出穂・開花し, 4月中・下旬に成熟する。そして,とれた種子を中国の各地に持って帰り,そこで通常の栽培期間に栽培するものである。
    最後に,台風による被害と,寒害について記述し,特に,その分類基準を紹介した。また,近年の早稲と晩稲の栽培の問題,ゴムの栽培における寒害の問題は,海南島の熱帯作物栽培の今後の発展に特に重要な課題なので詳しく述べ,気候条件の研究が急務であることを指摘した。
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