Geographical review of Japan, Series B
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58 巻 , 1 号
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  • 平岡 マリオ
    1985 年 58 巻 1 号 p. 1-23
    発行日: 1985/04/01
    公開日: 2008/12/25
    ジャーナル フリー
    本稿は,ペルー・アマゾンの氾濫原を生活空間としたメスチソの自給的生活様式を,文化生態論的視点から検討したものである。河川を中心とする経済は,土着的な資源利用の技術に基づいており,河川水の水平的および垂直的な運動によって生じる多様なバイオトープを,体系的に利用するものである。河岸に居住するメスチソの自給的生活様式を説明するために,DENEVANが提出した,農業の水平的地帯分化のモデルを用いた。住民の食料および衣料にかかわる需要の大部分は,農耕によって満される。混植型の焼畑移動耕作と,多品種永久畑耕作の二つの農耕システムが存在する。前者は,洪水に見舞われることのない堤防上で行われるが,後者は,毎年増水期に水没する土地で見られる。農耕以外には,食料と市場に出す財を得るための重要な補足的な生業として,採集,漁〓,狩猟が行われている。こうした伝統的な生業技術嫉・市場経済に対して適応力を示してきており,この点で,アマゾソ開発には潜在的な価値を持ち得るものであろう。氾濫原の土壌では,河川の氾濫によって,植物のための栄養物質が周期的に供給されるため,収穫の持続した農業と,余剰食料の生産が可能である。また,多様なバイオトープを利用する農業は,家族農業に適している。したがって,とくに農業の生産性が低く,人口の稠密な地域から,多数の人口を受け入れる潜在力が存在する。大規模な農業開発行為によって,著しい環境破壊が生じている河間地帯に比較して,氾濫原の環境は,集約的で継続的な利用に,より大きな可能性を有するのである。
  • 上野 健一
    1985 年 58 巻 1 号 p. 24-48
    発行日: 1985/04/01
    公開日: 2008/12/25
    ジャーナル フリー
    関東大震災が起こる以前の大正中期の東京は,江戸時代からの城下町的伝統を一部に保ちながら,近代都市として脱皮しつつある途上で,近代都市としての都市構造が基本的に形成された時期である。
    本稿は,大正中期の東京における居住地域構造を因子生態的方法によって解明した。まず,東京市内を816地区に区分し,各地区に関する19変数を入力変数として,データ行列を作成し,これに因子分析をくわえた。その結果,6つの共通因子が抽出され,それらの中で第1因子は家族的地位,第2因子は公務・自由業従事者,第3因子は高齢独身女性とそれぞれ解釈された。さらに,これら6因子の因子得点を入力変数として,クラスター分析を行ない,居住地域に関する5つの基本類型と5つの副類型とに区分した。そして,これらの居住地域に関する基本類型および副類型を利用して,大正中期の東京における居住地域構造の基本的な構造をモデル化した。その結果,この時期の東京における居住地域構造は,従来いわれていた「山手」・「下町」という単純な空間的モデルでは充分説明できないことがわかった。すなわち,東京の中心部は商業従事者の卓越地域であり,また,東部は子もち夫婦の工業従事者中世帯の卓越地域がみられ,この地域が当時の東京で最も広い面積を占めていた。これに対して,東京西部は公務・自由業従事者の卓越する地域であり,東京東部の縁辺部は工業労働者の卓越する地域であった。そして,大正中期の東京における居住地域構造は,江戸の都市構造に明治以後に形成された地域構造が改変・追加されることにより形成されていたとみることができ,したがって,当時の東京は都市的発展段階として,工業化途上の都市と位置づけることができる。
  • 熊木 洋太
    1985 年 58 巻 1 号 p. 49-60
    発行日: 1985/04/01
    公開日: 2008/12/25
    ジャーナル フリー
    南関東の沿岸域の完新世後期における地殻変動を明らかにするため,房総半島南部,三浦半島,大磯-国府津地域の完新世海成段丘の分布,形成年代,高度などを調査した。
    明瞭な完新世海成段丘は,房総半島南部では4段(沼I~沼IV),三浦半島では3段(野比I~野比III),大磯-国府津地域では3段(中村原,前川,押切)に区分することができる。従来よく知られていなかった三浦半島の完新世段丘(野比I~野比III)の形成年代は,約6000年前,4600年前,3100年前であり,沼I~沼III面にほぼ対比できるものと思われる。しかし,沼IV面に対比される段丘面が三浦半島や大磯-国府津地域に見られないことは,段丘面の離水が南関東において一斉に行われているとは限らないことを示している。
    完新世最高海面期(約6000年前)に形成された完新世最高位海成段丘面(沼I面,野比I面,中村原面)の高度分布は,内陸への傾動に西北西-東南東方向の軸を持つ波曲が重なっていることを示している。この高度分布は,元禄型,大正型の地震隆起だけでは説明できない。
    完新世段面は,三浦半島の活断層および国府津-松田断層により変位しており,これらの断層が完新世後半においても活動していることを示している。
    完新世最高位段丘形成後の平均隆起速度は,更新世後期以降の平均隆起速度より大きいので,更新世後期に比べて完新世の地殻変動はより活発であると思われる。
  • 高村 弘毅
    1985 年 58 巻 1 号 p. 61-73
    発行日: 1985/04/01
    公開日: 2008/12/25
    ジャーナル フリー
    地下水環境の悪化は,地下水資源の開発ばかりでなく,地形の改変やビルの建設などに起因する場合もある。たとえば,道路の建設や鉄道の敷設に伴う線形掘削は,地下水位の低下や水質汚染,井戸の枯渇といった現象を引き起こす。本研究は,常磐自動車道柏市工区付近における線形掘削工事によって発生するものと予想される地下水位の変動を,1975年~1976年にわたる調査によって得られた資料に基き,数値解析によって予測することを目的とした。
    対象地域の地層は,関東ローム層・常総粘土層が全体をおおい,その下に成田層群が存在するが,この地域の東部では,常総粘土層の下位に竜ケ崎砂層が分布して成田層をおおっている。地下水は,ローム層・成田層の砂層中に存在している。この地域の地下水は,おおむね降雨によって涵養されている。この地下水は,台地より低位の部分,すなわち台地端の沖積低地及び洪積台地中にある開析谷へ自然に流出する場合と,人工的な汲み揚げによる場合,さらにより深い層へ浸透する場合とがある。以上のことから,この地域のシミュレーションには自由地下水の水平二次元モデルを用いることとした。また,開放掘削した場合について,鉛直二次元モデルにより水平モデルの検証を行なった。
    計算対象領域は幅1 km,長さ3.5 kmの長方形の領域で,境界条件は現状,排水,止水の3種類を設定した。計算は二段階に分けて行ない,第一段階では帯水層常数の決定を,第二段階では線形掘削による影響の予測を目的とした。
    数値解折によって得られた結果は以下のとおりである。
    (1)排水条件を与えた場合,台地全般にかなりの水位低下が生じることが予想される。
    (2)止水した場合,地下水上流側で2m位の水位上昇が生じる場所が予想される。下流側での水位降下は一部で2m以上になることがあるが,排水の場合に比べると,その影響ははるかに小さい。
    (3)区間によって条件を変えた場合,条件が変わる地点の前後300m位の区間において,条件を変えたことの影響があらわれる。
    (4)鉛直二次元モデルを用いて排水時の計算を行なった結果,鉛直方向の水頭変化はほとんどなく,自由地下水面は水平モデルによって求めたものとかなり近い位置になった。このことから,水平モデルの仮定が無理なく適応できることがわかった。
  • 杉田 倫明
    1985 年 58 巻 1 号 p. 74-82
    発行日: 1985/04/01
    公開日: 2008/12/25
    ジャーナル フリー
    森林蒸発散に影響を与える因子について,夏季のアカマツ林における熱収支・水収支の観測結果にもとづいて議論した。潜熱フラックスは,渦相関・熱収支法によって得た。樹冠の濡れの程度は,樹冠に付けたウェットネスインディケーターによって求めた。また,遮断量はスルーフォール,樹幹流,林外雨量の値から算出した。さらに,アカマツ林と隣接した牧草地の蒸発散量をアカマツ林の対照データとして利用した。これらのデータの解析の結果,以下の結論が得られた。1)濡れた樹冠の蒸発散速度は,乾いた樹冠のそれと比して,30%程度大きい。したがって,短い時間スケールでは樹冠の濡れは蒸発散量決定における重要な因子である。2)日蒸発散量に対しては,樹冠の濡れは重要な因子ではない。これは,一日中樹冠が濡れていることがまれだからである。3)アカマツ林の日蒸発散量は草地のそれより平均して35%多い。この差は,基本的には両者の有効エネルギーの差に起因する。
  • 河村 武
    1985 年 58 巻 1 号 p. 83-94
    発行日: 1985/04/01
    公開日: 2008/12/25
    ジャーナル フリー
    戦後の東京およびその周辺地域における大気環境の著しい変化を,大気汚染と都市化に伴う都市気候の面から展望した。大気汚染とその直接の影響が反映する視程の推移を見ると,(1)1949年以前,(2)1950-1963年,(3)1964-1970年,(4)1971年以降の4期に分けられ,経済活動や使用燃料の変遷や大気汚染対策などの要因との対応が明らかである。都市域の拡大や都市活動の変遷に対応して,ヒートアイランドが拡大しその強度が強くなったばかりでなく,大気汚染との相互作用が,1960年代の汚染最盛期のクールアイランドの形成やSO2濃度の日変化型の推移に見られる.また都市内外のクーリングディグリーデーや体感気候の差にも言及した.
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