地理学評論
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77 巻 , 8 号
選択された号の論文の5件中1~5を表示しています
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  • 高井 寿文
    77 巻 (2004) 8 号 p. 523-543
    公開日: 2008/12/25
    ジャーナル フリー
    本研究では日系ブラジル人を事例とし,在日外国人が日本の都市空間においてナヴィゲーションする際の手掛かりや,居住年数の経過に伴う認知地図の発達様式を,日本人と比較しながら明らかにする.方向感覚質問紙簡易版の因子分析から,日系ブラジル人のナヴィゲーション能力に関わる重要な因子は,ランドマークの記憶や利用であることが明らかになった.経路図の分析では,日系ブラジル人は,ローマ字や商標で表される店舗をランドマークとして認知していることがわかった.居住年数にかかわらず,自宅周辺図の描画範囲は日本人に比べて狭く,手描き地図の形態はルートマップ型であった.以上より,言語環境や日伯の住居表示方法の違いといった文化的背景や,日本独特の景観や都市構造に対する非親和性が,日系ブラジル人の日本の都市空間におけるナヴィゲーションの手掛かりに影響し,認知地図の発達を阻害する要因となることが明らかになった.
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  • 吉田 英嗣
    77 巻 (2004) 8 号 p. 544-562
    公開日: 2008/12/25
    ジャーナル フリー
    第四紀の成層火山を持っ流域の地形発達には,大規模山体崩壊など,火山特有の侵食過程に伴う土砂供給が関与し得る.本稿ではその一例として前橋・高崎地域の地形発達を検討した.24ka頃,利根川が形成する扇状地面上に前橋泥流堆積物が堆積した結果,泥流堆積域で地表が緩傾斜化し,河床高度が増した.利根川は泥流堆積面を侵食し,16ka以降,河道を定めて広瀬面を形成した.前橋泥流堆積面である前橋面上には,前橋泥炭層が広範に形成された.11ka頃,前橋泥流堆積面を侵食していた烏川の谷を含む高崎地域に,井野川泥流堆積物が流下し,鳥川は河道を現在の位置に変えた.この烏川は井野川泥流堆積面(高崎面)を下刻し,高崎面が離水した.さらに,高崎面東部で井野川泥流堆積物を刻む水系が,侵食面の井野面を形成した.両泥流の堆積は,本地域における複数回の大規模な河道変遷を招き,ひいては地形発達を長期的に規定してきた.
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  • 小原 規宏
    77 巻 (2004) 8 号 p. 563-586
    公開日: 2008/12/25
    ジャーナル フリー
    本研究は,埼玉県さいたま市東部高畑集落を事例として,専業農家における農業経営の変化を検討し,専業による農業経営の持続性を支える要因を考察した.その結果,高畑集落では,各農家がそれぞれ異なる部門の経営を多様に組み合わせ,その組合せを時代ごとに変え,複合経営という形態をとることで専業を維持してきた.さらに,複合経営の多様性と柔軟性という点に着目し,複合経営での商品生産部門とその数によって類型化を行ってみると,複合経営には,所得の相互補完性,農業労働力の平準化,そして後継者の就農化への貢献といった効用があることが明らかになった.っまり,複合経営という形態によって,農業所得や年間の労働力配分が平準化し,各農家の経営の兼業化を促進する要因が取り除かれ,後継者の就農問題も解消され,専業による農業経営が維持されていた.複合経営は,新しい経営が軌道に乗るまでの不安定な収益を補完することで,新しい部門やその部門の担い手を育てる役割を担っており,農業後継者がいる専業農家を生み出すインキュベーターとしての役割を担っていることが明らかとなった.
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  • 77 巻 (2004) 8 号 p. 587-588,i_1
    公開日: 2008/12/25
    ジャーナル フリー
  • 77 巻 (2004) 8 号 p. e3
    公開日: 2008/12/25
    ジャーナル フリー
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