単結晶ダイヤモンドの合成は,1950 年代にアメリカの GE 社とスウェーデンの ASEA 社が,ほぼ同時に高温高圧下で成功したのが最初あるとされる.現在では,無色透明の宝石級ダイヤモンドも合成可能である.一方で,バラスやカーボナードと称される多結晶ダイヤモンドが,特定のキンバーライトなどから産出する.天然の多結晶ダイヤモンドは,粒界の不純物も多く単結晶に比べて透光性が良くないため宝石には向かないが,硬い上に割れにくいため工業的には貴重である.
高温高圧実験技術を用いた多結晶ダイヤモンドの合成は長年試みられてきたが,純粋なダイヤモンド多結晶焼結体を得ることは困難であった.講演者らはマルチアンビル型高温高圧装置を用い,グラファイトを出発物質とした直接変換法により,純粋な多結晶ダイヤモ
ンドを合成することに成功した (Irifune et al.,Nature, 2003).この多結晶ダイヤモンドは,
10~20 ナノメートル程度の微小なダイヤモンドの焼結体で,高い透光性を有するとともに非常に硬く割れにくいことがわかった.
講演者らは,この多結晶ダイヤモンド(Nano-polycrystalline diamond, NPD)を,愛媛で生まれたことから「ヒメダイヤ」とも称している.ヒメダイヤはその後,耐熱性にもすぐれていることもわかり,2012 年には共同研究先の住友電工及び関連会社から,ナノ多結晶ダイヤモンドツール(商品名スミダイヤバインダレス)として商品化されている.単結晶ダイヤモンドに比べて耐摩耗性が高く,また単結晶のように機械的特性に方向依存性がないなど,優れた特徴を持ち,2012 年の日刊工業新聞社「10 大新製品賞」の本賞にも選出された.
ヒメダイヤ開発の開始は,講演者がオーストラリアで博士研究員をしていた1980年代に遡る.岩石試料のカプセルとして用いていたグラファイトが,実験の失敗により透明なダイヤモンドに直接変換したのを見出したのがきっかけである.その後,愛媛大学に赴任した1990年頃から再現実験を試みた.当初は失敗の連続であったが,1995 年頃にようやくこの現象の再現に成功した.20 万気圧程度の超高圧とともに,思っていた以上に高い,2000°Cを大きく越える温度が必要だということがわかったのである.
ヒメダイヤの合成領域を更に詳細に確かめるのに,更に 5 年余りを要し,ようやく日本高圧力学会の会合で発表できたのが,2001 年秋のことであった.その後,住友電工の研究者との共同研究が開始され,ヒメダイヤの高品質化・大型化が試みられ,2006年頃には大きさ4∼5 mm 程度の試料の合成が可能になった.更に 2009 年には,現存するマルチアンビル装置としては世界最大の装置(BOTCHAN-6000)が,新居浜市の住友重機工業において製作され,より大型の試料容積の確保が可能になった.この結果,現在では直径・長さともに 1cm 程度の,高品質なヒメダイヤ合成も可能になっている.
このような大型ヒメダイヤを用い,ダイヤモンドアンビル装置やマルチアンビル装置への応用がすすめられている.この結果,先端サイズの比較的大きなダイヤモンドアンビル装置では,単結晶ダイヤモンドを用いた場合よりも 2倍近い圧力発生も報告されている.また,放射光を用いた X 線吸収実験などにおいても,ヒメダイヤの優位性が示され,現在では国内外の研究者と 30 件近い共同研究が進められている.
講演者らのグループでは,ヒメダイヤ合成と同様の高温高圧実験技術を用いて,更に様々な高圧相多結晶体の合成に取り組んでいる.その一例が石英の高圧相スティショバイトの多結晶焼結体である「ナノ多結晶スティショバイト(NPS)」であり,超硬合金より硬くて割れにくい新素材として注目されている.また,高圧型ガーネットの合成も試み,透光性の高いこのような新物質を「多結晶宝石」と称しており,地球深部物質の物性測定用試料として,多結晶焼結体の合成にも成功した.講演者また従来にない特徴を持つ新しい材料としての可能性を探っている.
抄録全体を表示