2004年に複数のグループから,上皮細胞増殖因子受容体(epidermal growth factor receptor:EGFR)遺伝子変異とEGFRチロシンキナーゼ阻害薬(EGFR tyrosine kinase inhibitor:EGFR-TKI)の感受性の関連が報告された.それ以降,EGFR-TKIの開発と臨床試験での有効性の検証を経てEGFR遺伝子変異陽性肺癌患者の予後は急速に改善した.このため,臨床現場では,EGFR肺癌は「解決された課題」のようにとらえられることがあるが,依然としてEGFR遺伝子変異陽性肺癌患者の多くは肺癌の進行によって死亡しており,初期耐性,獲得耐性の問題など克服すべき課題は多く残されている.今後EGFR遺伝子陽性肺癌患者の予後を改善するには,さらなるEGFR肺癌の生物学的理解が必須である.EGFRはチロシンキナーゼという酵素であり,この酵素活性の亢進が発癌に関わっている.EGFR遺伝子変異陽性肺癌の本質的理解を深めるには,酵素としてのEGFRと遺伝子変異の関係を理解することが重要である.本稿では,EGFR遺伝子変異陽性肺癌の基礎的理解を深めるため,酵素としてのEGFRに注目し,報告されているEGFRの活性化機序,薬剤感受性決定機序などを概説する.また,これら基礎的知見を踏まえた上で臨床応用に関わる知見を,自験例を含めて解説したい.
免疫チェックポイント阻害薬(ICIs)の登場によって進行再発非小細胞肺癌(NSCLC)の治療法は大きく変化した.IV期NSCLCにおいてはドライバー遺伝子を有さないNSCLCが主な適応とされているが,1次治療から2次治療以降にわたるまでICIs単独療法と殺細胞性薬物療法との併用療法も含めて,幅広く使われるようになった.近年ではICIsの2剤併用療法も使用可能となっている.一方で切除不能III期局所進行肺癌では放射線化学療法後の維持療法としての有効性も示され,実臨床で使用可能となった.このような進行肺癌における治療成績を踏まえ,早期である切除可能NSCLCに対してもICIsの有効性が期待されることとなった.周術期治療として主にII~III期のNSCLCを対象に,多くの第III相試験が進行中であり,一部は承認申請に至っている薬剤もある.ただ,その使用においては周術期の合併症や免疫学的有害事象の問題など,注意すべき課題もある.
気管支・肺病変に対する気管支鏡による診断・検体採取は,他の生検手技と比べて侵襲や合併症が少ないことから,第一選択となることが多い.気管支鏡による生検は,気道病変に対する直視下生検,超音波気管支鏡ガイド下吸引針生検(EBUS-TBNA),末梢肺病変に対する経気管支生検に分けられ,それぞれ異なった特徴を有している.さらに最近ではクライオ生検を導入する施設が増えており,肺癌における有用性も多く報告されている.近年の肺癌診療では分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬の進歩により,腫瘍遺伝子の解析や腫瘍免疫応答の評価を必要とする症例が多くなり,大型で良質な検体を採取する能力が求められるようになった.本稿では,これまでの気管支鏡による肺癌の生検技術の進歩から,実臨床に役立つ検体採取時の工夫について概説する.
目的.オンコマイン™ Dx Target TestⓇ(ODxTT)の検査成功率は不安定なため,ODxTT成功に寄与する因子の同定を目的とした.方法.2018年6月~2020年12月に診断した非小細胞肺癌のうちODxTTを用いてBRAF遺伝子変異を解析した51例,マルチプレックス解析した生検検体19例を対象に,臨床病理学的因子と検査成功の関連を検討した.結果.検査成功率は手術検体・外科的生検100%,TBB 75%,EBUS-TBNA 78%,CTGB 57%で,生検検体の核酸量は成功群で不成功群に比して有意に多かった(BRAF解析:DNA中央値279 vs 18 ng,p<0.01,マルチ解析:DNA中央値198 vs 45.6 ng,p<0.01,RNA中央値180 vs 34.2 ng,p<0.01).TBBの生検回数は成功群で多く(中央値6.5回 vs 4回,p<0.01),マルチプレックス解析の腫瘍含有率は成功群で高かった(中央値50% vs 30%,p=0.01).結論.生検検体の核酸量はODxTT成功に関連し,病理学的には腫瘍含有率が,手技的にはTBBの生検回数の多さが,成功に関連する可能性がある.
目的.セカンドオピニオン(SO)は,患者や主治医が診断や治療方針の決定に苦慮する際にそれらを決定するための重要な手段となり得る.本研究では胸部悪性腫瘍患者におけるSOの現状と意義について検討した.方法.2019年に国立がん研究センター中央病院呼吸器内科のSO外来に受診した胸部悪性腫瘍またはその疑い患者を対象として,患者背景・SO内容などについて後方視的に調査した.結果.上記期間中にのべ540人がSO外来に受診した.非小細胞肺癌が341人(63.1%),小細胞肺癌が38人(7.0%),胸腺上皮性腫瘍が68人(12.6%),胸膜中皮腫が16人(3.0%),その他が77人(14.3%)であった.SOで主治医の治療方針変更が提案されたのが147人(27.2%)で,化学療法レジメン変更が51人(34.7%),best supportive care(BSC)への変更が28人(19.0%),BSCより化学療法への変更が24人(16.3%),手術可能が12人(8.2%)であった.結論.胸部悪性腫瘍患者へのSOにより,手術など根治的治療への変更を含め治療方針変更を提案される症例は少なくない.
背景.第三世代EGFRチロシンキナーゼ阻害薬(EGFR-TKI)であるオシメルチニブは,Performance Status(PS)が良好なEGFR遺伝子変異陽性の進行期非小細胞肺癌に対して第一選択薬となっている.しかし,PS不良例に対する一次治療としてのオシメルチニブ投与の報告は少ない.今回,癌性髄膜炎によりPSが低下した進行期肺腺癌の一次治療としてオシメルチニブが効果を示した症例を経験したため報告する.症例.79歳男性.癌性髄膜炎を伴う右中葉肺腺癌(cT4N0M1b cStage IVA)と診断した.EGFR L858R変異陽性であった.癌性髄膜炎による認知機能低下や運動失調を認め,PSは3と不良であったが,中枢神経病変に対するオシメルチニブの有効性を考慮し同薬の投与を開始した.投与後,原発巣は速やかに縮小し,認知機能や運動機能も改善がみられた.結論.腫瘍随伴症状によりPSが低下したEGFR遺伝子変異陽性の進行期非小細胞肺癌に対する一次治療として,オシメルチニブは治療選択肢の1つとなり得る.
背景.Pembrolizumabをはじめとした免疫チェックポイント阻害薬(immune checkpoint inhibitor:ICI)の免疫関連有害事象として,硬化性胆管炎を認めることがある.Pembrolizumab投与中に発症した硬化性胆管炎に対してステロイドが有効であった症例を経験したので,報告する.症例.80歳,女性.IV期非小細胞肺癌に対する初回治療としてPembrolizumab 3コース実施後に,食思不振が出現した.血液検査でCTCAE Grade 3の肝胆道系酵素上昇を認め,腹部超音波検査やMRI検査などで総胆管の軽度拡張,肝内胆管周囲の浮腫性変化,肝内胆管の枯れ枝状狭窄を認めたことから,Pembrolizumabによる薬剤性肝障害や硬化性胆管炎と診断した.ウルソデオキシコール酸で加療を開始し,一時的に肝胆道系酵素が改善したため中止したが,再上昇した.プレドニゾロンを追加したところ,肝胆道系酵素や胆道系拡張は改善した.結論.ICIによる硬化性胆管炎の治療反応性に関わる要素として,病変の拡がり以外にも検討が必要と考えられた.
背景.肺tumorletは神経内分泌細胞の過形成と考えられる腫瘤性病変で,慢性呼吸器疾患の切除肺で偶然発見される.その多くは慢性炎症性肺疾患に伴うものであるが,原発性肺癌との合併はきわめて稀である.症例.症例1は67歳女性,喀血で受診し,右下葉にCTで50 mm大の腫瘍と同側肺門リンパ節の腫脹を認めた.気管支鏡下で生検を行い,非小細胞癌と診断し,右下葉切除を行った.手術検体からsquamous cell carcinomaを一部に伴ったadenocarcinomaと診断されたが,腫瘍組織の近傍に3 mm大のtumorletを認めた.症例2は胸部単純X線写真で異常陰影を指摘され当科を受診,CTで右中葉S5に40×30 mm大の腫瘤があり,近傍に3 mm大の微小結節を認めた.右中葉切除を行い,病理組織検査を行ったところadenocarcinomaの診断となり,腫瘍近傍に3×1.5 mmのtumorletを認めた.結語.肺tumorletは悪性腫瘍との鑑別が重要となるが,希少であるため報告数も少ない.原発性肺癌を合併した肺tumorletを2例経験したため報告する.
背景.乳頭状唾液腺腺腫(sialadenoma papilliferum)は良性上皮性腫瘍の一つであり,主な発生部位は口蓋や口底部とされ,気管支発生の報告は非常に少ない.今回,気管支原発の乳頭状唾液腺腺腫という稀有な1例を経験した.症例.66歳男性.胸部単純X線検査にて右下肺野に境界明瞭な結節影を指摘され,CTにて右肺下葉B8内に28 mm大の粘液栓様の樹枝状結節を認め,PET-CTでは同結節に一致してSUVmax=30.6のFDG高集積を認めた.気管支鏡検査にてB8bにポリープ状の腫瘍を認め,気管支洗浄細胞診にて腺癌と診断され,手術目的に当科紹介受診となった.右肺下葉切除とリンパ節郭清を施行し,病理組織結果にて腫瘍はB8b気管支内腔に突出する多数の分岐性乳頭状構造の集合体で構成され,非異型的なbasal cells/luminal cellsの二相性構造を示し,免疫組織化学的特徴から気管支原発の乳頭状唾液腺腺腫と診断された.結論.乳頭状唾液腺腺腫は良性疾患とされているが,気管支原発例は報告が少なく,海外・本邦を含め9例のみであった.報告例における特徴をまとめて報告する.
背景.免疫チェックポイント阻害薬は,腫瘍免疫を活性化することで抗腫瘍効果を発揮する薬剤であるが,治療開始直後に標的病変の急速な増大をきたすhyperprogressive diseaseや,一過性の増大後に縮小をきたすpseudoprogressionといった病態があり,その鑑別を行うことは困難な場合がある.症例.54歳男性,肺腺癌cT1bN3M1c(brain)cStage IVB.2次治療のペムブロリズマブ(pembrolizumab)投与後に急速な腫瘍増大を認めたが,ラムシルマブ(ramucirumab)とドセタキセル(docetaxel)を投与し腫瘍縮小を得た.その後水様性下痢と全身性強皮症を発症し化学療法を休止したが,約1年半の抗腫瘍効果維持を認めた.結論.ラムシルマブ,ドセタキセル併用療法により,免疫チェックポイント阻害薬投与後の抗腫瘍効果が増強された可能性や,腫瘍免疫に影響を与えた可能性が考えられた.
背景.免疫チェックポイント阻害剤に伴う自己免疫性溶血性貧血が報告されており,ステロイド投与が第一選択薬であることが提示されている.症例.症例は61歳女性.肺腺癌の術後再発に対して1次治療カルボプラチン+ペメトレキセド+ペムブロリズマブが投与された.3次治療開始時に貧血が認められ,臨床経過と網状赤血球,ビリルビン,LDHの上昇,ハプトグロビンの低下から,自己免疫性溶血性貧血と診断された.プレドニゾロン40 mgの投与を開始したが効果は一時的であり,再び貧血の進行を認めた.リツキシマブの投与を行ったが肺癌進行による全身状態悪化をきたし,リツキシマブ投与3日後に死亡となった.結論.免疫チェックポイント阻害剤による自己免疫性溶血性貧血症例の集積が求められる.
背景.腸型肺腺癌は稀な腺癌の亜型であり,臨床的には大腸癌肺転移との鑑別が問題となる.症例.60歳代男性.前立腺癌の経過観察中に胸部異常影を指摘,肺癌を疑われて紹介された.胸部CTでは左上葉支を閉塞し多発小石灰化巣を有する腫瘤を認め,末梢側は閉塞性無気肺を呈した.FDG-PETでは肺病変にSUVmax 12.7の集積があり,左鎖骨上窩・縦隔リンパ節への集積亢進を認めた.経気管支肺生検を行い,病理組織で高円柱状上皮からなる異型腺管が,単純腺管や癒合腺管の形態で増殖する像を認めた.免疫染色ではCK7(-),CK20(一部+),TTF-1(-),CDX2(+),Napsin A(-)で,形態と合わせて腸型の特徴を示す肺腺癌と大腸癌の肺転移との鑑別が必要となった.下部消化管内視鏡検査にて大腸に病変を認めず,cT2bN3M0,cStage IIIBの腸型肺腺癌として化学放射線療法を行い,病変は縮小した.結論.石灰化を伴った腸型の特徴を有する肺腺がんの1例を経験した.腸型肺腺癌のCT所見は浸潤性肺腺癌や大腸癌肺転移の画像所見と共通しており,画像のみでこれらを鑑別することは困難である.
免疫チェックポイント阻害薬は様々な免疫関連有害事象をきたし,免疫関連腸炎は治療抵抗性の場合がある.今回我々は免疫関連腸炎に対し,インフリキシマブの効果は乏しかったが,ベドリズマブが奏効した肺扁平上皮癌の1例を経験したため報告する.