高次脳機能研究 (旧 失語症研究)
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39 巻, 3 号
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会長講演
  • 種村 留美
    2019 年 39 巻 3 号 p. 263-272
    発行日: 2019/09/30
    公開日: 2020/10/01
    ジャーナル フリー

      症例研究に焦点をあて, 3 ケースを取り上げ, 神経心理症状の分析とリハビリテーションの観点から包括的に検討した。その治療介入成績から神経心理学的リハビリテーションにおける症例研究の意義について検討した。失行症例の症例 1 では, 古典的な症例研究の方法に従った症状を質的に検討し新たなエラー分類を作成した。概念失行の症例 2 は, 認知神経心理学的モデルに基づき, 意味知識の障害という, 障害の性質を明確化し, 意味知識を与えることで動作・行為の改善が可能となった。Bálint 症候群および Gesrtmann 症候群の症例 3 は, 臨床精神医学の方法に基づく生活上の問題点について, 障害の解明を行い, 日常生活動作の障害の多くの原因となっていた, 位置や方向の障害という症状の核に対して介入し, 改善を認めた。このようにケース分析法を用いることは, 生活を含めた症例に対する包括的支援を可能にすると考えられた。

特別講演
  • Jonathan Evans
    2019 年 39 巻 3 号 p. 273-282
    発行日: 2019/09/30
    公開日: 2020/10/01
    ジャーナル フリー

      Neuropsychological rehabilitation is concerned with enabling people with cognitive, emotional or behavioural difficulties after brain injury to achieve their maximum potential in the domains of psychological, social, vocational, leisure and everyday functioning. This paper will trace, from a Western perspective, the origins of the influences that have shaped contemporary practice in neuropsychological rehabilitation. Although the impact of injury to the brain on mental functions was described some 3000 years ago by the ancient Egyptians, it was not until the 20th Century that systematic approaches to rehabilitating people with brain injury emerged. Wars between nations have been important in stimulating the development of rehabilitation, particularly because of the large numbers of soldiers with brain injuries. The contributions of key practitioners such as Goldstein, Zangwill and Luria will be discussed. These ʻgrandfathersʼ of neuropsychological rehabilitation have directly influenced contemporary practitioners such as Ben Yishay, Prigatano, Christensen and Wilson who have developed the techniques that we use today. Contemporary holistic neuropsychological rehabilitation practice will be described, illustrating both the historical influences, but also the new developments that continue to transform practice to better meet the needs of people with brain injury.

シンポジウム 2 : 失語症治療のパラダイムシフト
  • 前島 伸一郎, 種村 純
    2019 年 39 巻 3 号 p. 283
    発行日: 2019/09/30
    公開日: 2020/10/01
    ジャーナル フリー
  • 新貝 尚子
    2019 年 39 巻 3 号 p. 284-287
    発行日: 2019/09/30
    公開日: 2020/10/01
    ジャーナル フリー

      神経心理学の研究手法は, 失語症タイプなどの患者群を平均化して集団として比較するような群研究が多くみられたが, 認知神経心理学の研究手法としては元来, 単一症例研究 (single case study) に重きをおいてきた。症例の特殊性を中心に論じ, これにより症例の障害メカニズムを特定できると考えられてきた。本邦でもこの分野における研究は単一症例によるものが多い。しかし, 海外では, 十数年前より 一連症例研究 (case series study) による報告が増加している。これは, 詳細な検査をタイプや重症度の異なる症例に実施し, 症状の分布の中で個々の症例を把握しようとするものである。本稿では, 海外および自験例の一連症例研究を紹介し, この手法により, 意味障害と表層失読との関連, 音韻障害と非語復唱との関連についてより興味深い知見が得られたことを論じた。単一症例研究と一連症例研究を合わせて用いることの利点も指摘されている。

  • 浦野 雅世
    2019 年 39 巻 3 号 p. 288-293
    発行日: 2019/09/30
    公開日: 2020/10/01
    ジャーナル フリー

      呼称障害や喚語困難は失語症の中核症状であるが, その発現機序は一様ではない。
      Lambon Ralph ら (2002) は呼称障害を「音韻」と「意味」の 2 つの表象の損傷で説明している。彼らは呼称成績を基準変数, 意味連合検査と非語音読の成績を説明変数とした重回帰分析の結果, 説明率 (R2) は 0.55 であったとしている。このような先行研究の結果からは, 失語症におけるセラピーの組み立てには音韻機能と意味機能がどのようなバランスで障害されているのか, どちらが症例の中核症状であるかを吟味し, それぞれに合ったプログラムを立案していくことの必要性が示唆される。実際の臨床では, 「音韻」と「意味」を同時に提示する課題 (例 : 線画・文字・音声刺激) が多くを占めるため, 両者を厳密に区別することは困難であるが, 少なくともセラピーのターゲットを絞り込むことが重要であろう。音韻 / 意味それぞれに焦点をあてたセラピーを実施した自験例 2 例を提示した。

  • 今井 眞紀
    2019 年 39 巻 3 号 p. 294-299
    発行日: 2019/09/30
    公開日: 2020/10/01
    ジャーナル フリー

      失語症では, 形式的言語機能が障害されても, 語用論的能力は保たれると一般的に考えられている。 今回, 話し合いを課題とした集団訓練場面の談話分析から, 失語症者の語用論的側面を含むコミュニケーション状況の可視化を試みた。対象は失語症中軽度グループ 4 名と軽度グループ 6 名の計 10 名で, 5 分間分の書き起こしの量的および質的分析を行った。語用論的評価には日本語版語用論的評価尺度を用いた。 その結果, 量的分析では中軽度グループに比べ軽度グループで活発なやり取りがあったことが示された。 質的分析では, 両グループの発話の意図に違いがみられた。日本語版語用論的評価尺度では, 症状出現率の高い項目と低い項目があり, 高い項目は失語による形式的言語機能の障害の影響, 低いものは認知面の保持を示唆していると考えられた。失語症のコミュニケーション能力の評価には, 言語検査で評価される形式的言語機能だけでなく, 語用論的側面の評価も重要であると思われた。

  • 松田 江美子
    2019 年 39 巻 3 号 p. 300-305
    発行日: 2019/09/30
    公開日: 2020/10/01
    ジャーナル フリー

      失語症リハビリテーションにおいては急性期・回復期での訓練にとどまらず, 生活期での十分な支援が重要である。失語症者が安心して地域社会で生活できるようにするためには, 失語症会話パートナーが必要であるとの考えのもと, 2000 年に NPO 法人言語障害者の社会参加を支援するパートナーの会和音は失語症会話パートナー養成講座を開講した。その後自治体での取り組みも始まり, 地域包括ケアシステムや, 障害者総合支援法に基づいた養成もされている。地域住民が失語症会話パートナーとして活動することは, 失語症者の社会参加を推進し失語症者の生活の質の向上に寄与している点で意義が大きい。本稿では失語症会話パートナー養成事業の概要を紹介し, 板橋区, 武蔵野市での取り組みを述べる。また, 厚生労働省の障害者総合支援法の見直しにより, 失語症者向け意思疎通支援者養成が都道府県必須事業として 2018 年度にスタートした。今後, 行政による公的なサービスとして期待される。

シンポジウム 3 : 記憶障害におけるリハビリテーションの原点とトピック
  • 西尾 慶之
    2019 年 39 巻 3 号 p. 306-313
    発行日: 2019/09/30
    公開日: 2020/10/01
    ジャーナル フリー

      視床と内側側頭葉は互いに隔たる場所に位置するにもかかわらず, これらの神経構造のいずれが損傷されても質的に類似した健忘症状が出現する。これは視床と内側側頭葉が構成する神経回路が統合的な機能的ユニットとして働いていることの証である。エピソード記憶に関わる視床-内側側頭葉回路には, 乳頭体-視床前核群-海馬回路 (Papez 回路) と嗅皮質-視床背内側核-前頭前皮質回路の 2 つがある。近年のげっ歯類の生理学的研究の知見に基づいた仮説によれば, 乳頭体-視床前核群-海馬回路は主体の経験に含まれる空間, 対象, 行動に関する情報を個別の「出来事」に束ねる働きをし, 嗅皮質-視床背内側核-前頭前皮質回路は出来事の間の関係性を表象していると考えられる。

  • 梅田 聡
    2019 年 39 巻 3 号 p. 314-319
    発行日: 2019/09/30
    公開日: 2020/10/01
    ジャーナル フリー

      本稿では, これまでの記憶リハビリテーション研究について簡単に振り返り, 近年, 注目されつつある方法論について概観する。そして, 最近の認知神経科学研究の知見から考えられる 2 つの観点から, 新たな方法論の可能性について検討する。1 つは, 楔前部や脳梁膨大後部を含む頭頂葉内側部における記憶処理機能, 特に符号化 / 検索フリップに関する研究結果からの考察であり, もう 1 つは, 運動や自律神経機能のような身体の状態を考慮した研究結果からの考察である。一見, 記憶とは直接関係がなさそうにみえるリハビリテーションが, 結果として記憶のパフォーマンス向上に結びつく可能性について, 理論的な観点から考察する。

  • 太田 信子
    2019 年 39 巻 3 号 p. 320-325
    発行日: 2019/09/30
    公開日: 2020/10/01
    ジャーナル フリー

      展望記憶は未来の出来事を意図し, 自発的に想起する。二重経路モデルによると展望記憶の想起には自動的想起と意図的想起があり, 課題形式, 想起の形式, 動機づけやメタ記憶が関連する。課題形式はある出来事を手がかりに想起する事象ベース課題と時間経過や時刻を手がかりに想起する時間ベース課題, 想起の形式は何かすることがあったのに気づく存在想起と何をするのかに気づく内容想起である。自動的想起では手がかりが展望記憶活動に含まれるため想起が容易である。意図的想起では方略的モニタリングによる手がかりの認識が必要である。自験例に対して, この 2 つの想起過程の獲得のための訓練を行った。記憶低下例は符号化および方略的モニタリングが可能となった。遂行機能低下例の動機づけは不十分であったが, 方略的モニタリングが一部可能となった。これらの一定の改善から, 展望記憶訓練の可能性が示唆された。

  • 數井 裕光, 佐藤 俊介, 吉山 顕次, 小杉 尚子, 池田 学
    2019 年 39 巻 3 号 p. 326-331
    発行日: 2019/09/30
    公開日: 2020/10/01
    ジャーナル フリー

      記憶障害は認知症患者に高頻度に出現する症状で, これに起因する「薬を飲み忘れる」, 「食事したことを忘れる」などの事象は, ケアする人達が対応に悩むこともあり, 認知症の行動・心理症状 (BPSD) と捉えられている。認知症ちえのわ net とは, 認知症ケアに関する実体験を日本全国から収集し, 多様な BPSD に対する様々な対応法の奏効確率を公開しているウェブサイトである。このウェブサイトに投稿された記憶障害に関するケア体験を集計したところ, 「薬を飲み忘れる」という症状に対する「薬を日付の書いた箱にセットする」, 「カレンダーを利用する」, 「薬を本人に手渡しできる体制を作る」の 3 種類の対応法の奏効確率は, それぞれ 40% , 55.3% , 92% であった。また「食事したことを忘れる」という行動に対する「食器などをすぐに片付けずに食事したあとを見せる」という対応の奏効確率は 66.7% であった。 認知症ちえのわ net で計算された奏効確率の一部を実臨床場面で検証したところ, おおむね同等の奏効確率が得られ, 認知症ちえのわ net の奏効確率は信頼できると考えられた。

サンドイッチセミナー 3
  • 佐藤 弥
    2019 年 39 巻 3 号 p. 332-340
    発行日: 2019/09/30
    公開日: 2020/10/01
    ジャーナル フリー

      表情は感情コミュニケーションの主要メディアである。しかし, 表情処理がどのような心理・神経メカニズムにより実現されるかは明らかではない。本稿では, この問題を調べた我々の一連の心理学・神経科学研究の知見を紹介する。心理学および神経科学研究から, 以下のような知見が示された。 (1) 表情の感情情報は無意識の段階で処理されており, こうした表情への感情処理に関係して扁桃体が約 100 ミリ秒の段階で活動する, (2) 感情表情は中性表情よりも素早く検出されており, その検出パフォーマンスに視覚野における約 200 ミリ秒からの強い活動が関係している, (3) 表情に対しては自動的な表情模倣が喚起され, これにはミラーニューロン領域を構成するとされる下前頭回の約 300 ミリ秒の段階の活動が関係する。こうした知見から, 表情に対して, 感じる・見る・まねるという一連の心理的情報処理が, 扁桃体・視覚野・下前頭回から構成される神経ネットワークにより数百ミリ秒のうちに実現されることが示唆される。

サンドイッチセミナー 4
  • 石原 健司
    2019 年 39 巻 3 号 p. 341-347
    発行日: 2019/09/30
    公開日: 2020/10/01
    ジャーナル フリー

      認知症の診療に必要な脳画像の見かたについて, 画像所見の背景となる病理学的変化にも言及しながら概説した。原因疾患によって萎縮や血流低下をきたしやすい脳部位が異なるが, 画像診断では脳葉の区分と辺縁系の同定が必要になる。脳萎縮や血流低下の背景には, タンパク質の変性による神経細胞の脱落と, それに伴う組織の反応が存在する。一部の疾患では MRI における異常信号が診断の手がかりとなるが, この所見の病理学的背景は疾患によって異なる。今後は変性の原因となるタンパク質の蓄積を可視化する画像診断手法の臨床応用が望まれる。

原著
  • 藤森 禎子, 中村 淳, 片井 聡
    2019 年 39 巻 3 号 p. 348-355
    発行日: 2019/09/30
    公開日: 2020/10/01
    ジャーナル フリー

      症例は 60 歳代男性。学生時代まで軽度吃音があり自然治癒していた。50 歳代の左前頭頭頂葉皮質下出血後, 軽度右片麻痺と健忘失語が残存した。その 10 年後に右視床出血を再発し吃音が出現した。翌年, 発話速度抑制やマスキング, 遅延聴覚フィードバックと周波数変換フィードバックを行ったが効果の持続や般化は認められなかった。右手指動作改善を目的に低頻度反復経頭蓋磁気刺激 (rTMS) を行った後, 自発話における吃音症状は軽減した。本例は右視床出血後, 運動ループ中の発話制御機能が障害され, 右運動野が過活動となり, 発話に関する半球間の協調的活動が崩れ, 吃音が再発したと考えられた。低頻度 rTMS は非病変側の過活動を抑制し, 病変側を活性化させる効果があるとされる。本例は右脳の発声発語運動領域に近い手指運動領域に rTMS が行われ, 右運動野の過活動が抑制された結果, 両半球の協調的活動の修復とともに吃音も改善したと考えられた。

  • 鈴木 則夫, 翁 朋子
    2019 年 39 巻 3 号 p. 356-363
    発行日: 2019/09/30
    公開日: 2020/10/01
    ジャーナル フリー

      認知症の構成障害評価に多用される立方体模写課題 (CCT) と重なった五角形模写課題 (PCT) は, 時にその成否が二重に乖離する。成否が一致しなかった症例の偏りに疾患ごとに何らかの傾向がみられるか否かを検討した。対象 672 例中, CCT, PCT ともにできた者は 404 例 (60.1% ) , ともにできなかった者は 103 例 (15.3% ) , CCT ができ PCT ができなかった者は 50 例 (7.4% ) , PCT ができ CCT ができなかった者は 115 例 (17.1% ) だった。2 つの課題が乖離する例において, 脳血管性認知症 (VaD) と前頭側頭葉変性症 (FTLD) では PCT ができ CCT ができない者が有意に多かったが, アルツハイマー病 (AD) とレビー小体病 (DLB) では有意な偏りを示さなかった。CCT は注意や遂行機能の影響を受け, 前頭葉の機能低下によってもできなくなることが考えられた。PCT は CCT と比べて前頭葉機能低下の影響をあまり受けずに頭頂葉機能低下としての構成障害を検出し, AD や DLB を他疾患から鑑別するのに役立つ可能性があるが, 強い天井効果が認められ, 採点法など解釈の工夫が必要と考えられた。

  • 岩﨑 久留実, 塚本 能三
    2019 年 39 巻 3 号 p. 364-372
    発行日: 2019/09/30
    公開日: 2020/10/01
    ジャーナル フリー

      声音性失音楽を呈した非音楽家の 1 例を報告する。症例は 81 歳右利き女性で, 右半球梗塞後に歌唱能力が低下した。dysarthria や dysprosody は伴っていなかった。頭部 MRI では, 右中心前回の皮質・皮質下を中心とし, 島中央部, 中前頭回後端部皮質, 上側頭回内側皮質の一部に及ぶ脳梗塞を認めた。本例の障害特徴を抽出し発現機序および病巣との関連を検討するため, 本例と対照群 8 例に対し音楽受容面と表出面の検査を実施し比較した。結果, 本例は音楽受容面に成績低下は認めなかったが, 音楽表出面ではピッチ表出に異常を認め, 対照群にはみられない目標音よりも低いピッチへの平板化傾向を示した。このことは本例が運動障害や音楽受容障害に起因しない歌唱時のピッチ表出障害を呈している可能性を示しており, 本例の主病変である右前頭葉の運動関連領域と右島中央部領域が, 歌唱時のピッチ発声コントロールに関与している可能性が考えられた。

短報
  • 野村 心, 瀬々 敬仁, 甲斐 祥吾, 吉川 公正, 中島 恵子
    2019 年 39 巻 3 号 p. 373-378
    発行日: 2019/09/30
    公開日: 2020/10/01
    ジャーナル フリー

      2 度の皮質下出血により両側頭頂葉を損傷し, 自己身体定位障害と Bálint 症候群, 距離判断障害を呈した症例を経験した。回復期リハビリテーション病棟から自宅退院した後に介護保険での長期的な支援を継続した。発症から 15 ヵ月後の評価では Bálint 症候群と距離判断障害は残存したが, 自己身体定位障害による椅子の着座の困難さは改善していた。椅子への着座は, 座面を上肢で探索・接触し自己と椅子との距離や座幅を推測した後, 座面に触れた手に向かって臀部を近づけていく動作であった。本人からは「考えながら座っている」との発言があり, 意識しての遂行をうかがわせた。これらのことから, 体性感覚情報を中心に, 正常に機能している感覚モダリティーや知識, 記憶の情報を用いて, 意識的なオフライン処理の練習を行うことが望ましいと考える。Bálint 症候群と病識の欠如を伴う自己身体定位障害を呈した症例には, 医療・介護連携を通して, 長期的な視点に立脚した支援の提供が重要と考えられた。

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