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原稿種別: 表紙
2013 年 22 巻 p.
Cover1-
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
ジャーナル
フリー
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原稿種別: 付録等
2013 年 22 巻 p.
App1-
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
ジャーナル
フリー
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西村 拓生
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
i-ii
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
ジャーナル
フリー
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原稿種別: 目次
2013 年 22 巻 p.
Toc1-
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
ジャーナル
フリー
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松浦 良充
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
1-17
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
ジャーナル
フリー
ハッチンズはその生涯の大半を大学像の探究に捧げた。そしてその大学像の構成には、教育概念が重要な役割を担っていた。本稿では、20代半ばから大学の管理運営にかかわり、30歳でシカゴ大学の学長に抜擢された彼の大学像・教育概念の変遷とその意味を考える。彼は研究志向の強い多機能的総合大学の統合原理として「教育」を位置づけた。それによって大学の知的再生産機能を作用させようとしたのである。大学を去った後にも彼の大学像の探究は継続された。ただし「教育」の役割に関する考え方には変化が生ずる。大学・教育が社会からの要請に従属的である、との認識を強めるのである。大学・教育は社会を変革できないのか。ならばどうすればよいのか。晩年に展開された「ラーニング・ソサエティ」に至る思想的挑戦のなかで、彼はその課題にいかなる解答を見出そうとしたのか。
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鈴木 篤
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
19-34
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
ジャーナル
フリー
本研究では戦後、旧帝国大学および旧文理科大学を前身とする国立大学教育学部に勤務した研究者の著作物に着目し、各大学における教育学・理論の発展過程を分析した。分析にあたっては、各研究者がいかなるテーマに研究上の重点を置いていたかに注意を払うとともに、各研究者が外国の教育学に対して有した直接・間接の関係に着目し、検討を行った。分析の結果、まず、多くの大学では、講座名にみられる研究領域上の区分にかかわらず、相当な割合の教員が教育哲学研究に取り組んでいた。また、それらの研究者の多くは戦後も一貫して留学先としてドイツを選んでいた。さらに彼らが取り組んだ研究対象の出身国をその研究対象国として集計すると、大学間で研究対象国の選好に差異がみられた。最後に、研究者の出生年と研究対象国の関係を分析すると、ドイツに対する継続的な高い関心と周期的に訪れるアメリカ研究への積極的な取り組みが確認された。
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池田 全之
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
35-44
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
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フリー
教育哲学のディシプリン形成史研究の方法論に関する鈴木会員の報告へのフロアからの質問は、数値データに基づくディシプリン形成史研究に感じる違和感、つまり、全体性への個の同一化傾向批判に集約される。司会論文では、筆者の教育思想史研究の成果と鈴木会員の方法論を対話させることにより、筆者が考えたことを記している。鈴木会員の方法論と対話させるのは、フーコーである。最終的に、全体性への目配りを一貫して保持しつつ<主体のない>エチカを志向するフーコーの試みに準拠し、鈴木会員の方法論が孕む可能性を考察した。
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樋口 聡
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
45-53
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
ジャーナル
フリー
本稿では、鈴木篤氏の論考の問題の所在、方法、結論を簡潔に確認し、特に問題設定に関わる方法に、大きな問題があることを指摘した。そして、鈴木氏が方法として参照するプロソポグラフィの単純な限界の理解、ピエール・ブルデュの『ホモ・アカデミクス』の問題意識の共有、パリのフランス国立科学研究センター研究員へのインタヴューを通して、教育学・教育哲学の「全体像」をつかむという鈴木氏の思いに向かう道は、鈴木氏の試みとは違って、個別的な研究や研究者についての緻密な分析描写(物語の生成)であるべきことを指摘した。
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木村 拓也
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
55-66
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
ジャーナル
フリー
本論では、戦後日本の教育学・理論、特に、日本の教育哲学の発展とその海外との影響関係について制度面・スタッフ面からマクロ的な特徴を解明する鈴木論文の試みに対して、アカデミック・プロフェッションの社会学的研究における研究者の「移動」の測定を巡る先行研究の成果を紹介しながら、注釈を加えた。その結果、鈴木論文で提示された1次元のクロス表だけに留まらず、3変数間以上の要因を同時に分析する多変量解析の手法を用いたり、教育哲学から現在の所属領域への専門分野「移動」などの視点を加えたりすることで、日本の教育学・理論の形成過程に対して、もっと動的なダイナミクスを描写できる可能性があることを指摘した。そうした更なる研究成果により、現在の日本の教育学・理論の動向において「教育哲学」がこれまで基礎研究として果たしてきた役割を確認でき、研究上の意義もより一層明確化される可能性があると思われる。
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森田 尚人
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
67-90
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
ジャーナル
フリー
これまで教育学研究において自明のこととされてきた戦前と戦後の断絶は、戦前期の学問的業績に対する思想史研究をいびつなものにしてきた。本稿では、欧米の教育史や思想史を学んできた私の研究遍歴を振り返りながら、戦前期の教育学者たちが欧米の学問動向に対して真摯に向き合いながら、自ら時代の課題をどう引き受けたかという視点から、日本の教育学(説)史研究がなされるべきであることを論じた。それには明治公教育という制度的な問題とそれにともなう教育学理論の展開を世界的な同時代性において捉えなおすことが求められている。そして、思想史方法論のレヴェルでは、戦後教育学に圧倒的な影響力を誇った左派教育学に特徴的な理論的体質がのり超えられるべきことを指摘した。
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田中 智志
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
91-99
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
ジャーナル
フリー
森田尚人氏は、近代日本の教育学説が「功利主義」というイデオロギーと「進化論」という「思想圏」のなかで形成されたのではないか、という仮説を示している。この仮説を踏まえつつ、二つの論点を示す。第一に、明治期の学校教育、教育学説を批判するかたちで登場したはずの「大正新教育」は、「功利主義」と「進化論」という枠組みに抗する思想、すなわち「生命思想」に支えられつつ形成されたのではないか、という論点である。第二に、森田氏が自戒を込めて望むところの、「われわれの道徳的行為を導く原理の探究」となる教育思想史は、森田氏の語る「功利主義」と「進化論」という枠組みを視野に入れつつも、この「大正新教育」思想に含まれている「生命思想」の本態を明らかにすることではないか、という論点である。
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矢野 智司
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
101-110
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
ジャーナル
フリー
「自覚」の概念は、人格・自由・主体・国民・実存・主体性といったように、大正期から戦後にかけての哲学上の中心的主題群と緊密に結びついて発展した、日本の哲学の中核的な概念の一つである。そしてこの概念は、人間を手段化したり対象化したりする人間観にたいして、対抗軸を形成してきた概念であり、近代日本の教育学史においても、「自覚の教育学」と名づけることのできる学的系譜を生みだし、教育実践・教育学において重要な位置を占めてきた。それにもかかわらず、教育学史研究において、これまで全くといってよいほど主題として取りあげられ考察されることがなかった。本論は、1910年代から50年代にかけて、「発達」概念と緊張関係をもって展開されてきた「自覚」の概念の歴史を概観することで、森田論文によって提示された「発達」の教育学史の課題に応答する。
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古屋 恵太
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
111-120
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
ジャーナル
フリー
本稿は、森田氏のフォーラム発表の基点に対して問いかけを行うことを目的とする。それは、反スターリニズム左翼と歴史的に呼ばれ、それ以前の氏の研究でも、ローティに従って「改良主義左翼」と呼ばれている立場である。保守思想を再評価する近年の動向を参照すると、戦後教育学批判、近代教育思想批判後の冷戦後教育学において左翼思想はいかにありうるのかを議論する必要性が浮き彫りとなる。森田氏の基点を問う試みは、こうした教育学全体の課題へとつながるものとして位置づけられる。本稿では、左派に位置づくデューイと右派に位置づくマイケル・ポランニー、ハイエクという通説の揺らぎを論じることでその課題の明確化を図った。
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吉見 俊哉
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
121-133
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
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フリー
本論文は、シンポジウム当日の報告に基づいて、今日における「大学の危機」をめぐる議論を踏まえつつ、思想史的な観点からポスト国民国家時代の知的空間として「大学」概念そのものを再定義することの必要性を強調し、メディアとしての大学という新たな視角を切り開くことを試みる。
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金森 修
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
135-149
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
ジャーナル
フリー
現代の大学が抱えるさまざまな問題を総覧的に取り扱うのではなく、専門知と教養知の関係や特徴という問題に絞って考察する。しかもそれを単に抽象的にみるのではなく、専門知、特に科学的専門知のあり方についての古典的描像を示すために一九世紀フランスのルナンのテクストを取り上げ、そこで、科学的知識が蓄積的な衆知の姿で把握されていたということを確認する。それはまた、<人類の科学的組織化>という理念に導かれた思想でもあった。ついで、それをベースに教養知のあり方を探るが、その場合にも、分業化が進んだ専門知を何らかの形で総合しようとする意図に基づいて作業をしていた、ベールという哲学者のテクストを具体的に分析する。そしてベールを参考にしながら、教養課程で<知の高速の俯瞰>をすることの独自の意味を主張してみたい。
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松浦 良充
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
151-167
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
ジャーナル
フリー
思想史の観点や方法から問う「大学の危機」とは何か。また「大学の危機」を問うことは(教育)思想史(研究)にとってどのような意味をもつのか。大学改革が長期化するなかで、大学論や大学研究は活性化している。しかし(教育)思想史的なアプローチはまだ少ない。それは現在の大学改革、そしてその基盤をなす大学像や教育概念が、「機能主義」を主流とするからである。社会からのニーズに効率的・合理的に対応し有用性を追求する機能主義は、大学史のなかで構成されてきた、思考する知的組織体としての大学像との間に葛藤をもたらす。社会的なレラバンスを無視することなく、しかしながら外部社会からの制御に甘んずることなく、大学が自らの思想を構築するために、脱・機能主義的大学像の構築をめざす。その一つの方略として、20世紀アメリカの大学・高等教育の主流の思潮として機能主義が優勢になった歴史的な背景を確認する。さらに20世紀末から現在にかけて、そうした思潮の基盤がゆらぎ、思想的再構成が求められる状況になることを指摘する。そしてそれによって、教育をはじめとする大学の知的諸活動の再構造化や再定義が必要になっていることを示す。
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田中 毎実
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
169-176
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
ジャーナル
フリー
大学教育を扱う組織にいたので司会を引き受けたが、個人的事情によって十分に参与することはできなかった。期せずしていささか無責任な傍観者的立場に立つことになったが、おかげで、論議からさまざまに学ぶことができた。しかし、この企画には終始、かすかな違和や齟齬の感覚があった。「大学の今」を「歴史的に構成されてきた産物」として扱う思想史的アプローチは、私たちの日常性を凝固物とみなし、その流動性、不安定さ、豊かさをとらえそこなう。歴史的アプローチは、その体質化された外在的超越的啓蒙性を臨床的に向けて突き抜けて、大学において世代継承的公共性を構成する積極的契機となるべきではあるまいか。
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相馬 伸一
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
177-188
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
ジャーナル
フリー
「大学の危機」を思想史が問うことによって、思想史が問われたというのがシンポジウム全体の印象ではなかっただろうか。近代教育批判は、普遍的人間像、学校論、教育目的論の解体を図ってきた。しかし、それらは今日の大学教育の理念的基盤でもある。自らが発した問いによって思想史が問われているという認識に立つことによって、教育思想史研究の新たな課題や方法が現れ、教育思想の再解釈が可能になる。ここでは、大学という場を念頭においたとき、近代教育思想における普遍的人間像がいかに再評価されうるか、学校論と教育目的論がいかに再構成されうるか、コメニウスのテクストをもとに考察した。
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綾井 桜子
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
189-197
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
ジャーナル
フリー
本シンポジウムで明らかになったことは、大学は長い歴史のなかで、「まとまりのある知」あるいは「知識の統一」という理想を掲げてきたということであった。本論は、シンポジウムの提言をうけて、以下の3点について論じる。(1)「メディアとしての大学」が提示する新たなリベラル・アーツ、すなわち「学びの円環」の発想源となっている近代の『百科全書』における知の連環を再考する。『百科全書』における知の連環は円環というメタファーによってのみ理解できるものではないことに加え、そこでの知の統一化構想は成功を約束されてはいなかった。(2)近代大学のモデルとされてきたフンボルト理念がドイツの発展のなかで変質を被るなかで、フランス大学への移植も、フンボルト理念そのものの移入にはなりえなかった。(3)「機能主義的な大学像」の克服は近年のヨーロッパにおいてもみられ、大学固有の役割が模索されつつある。
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藤本 夕衣
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
199-207
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
ジャーナル
フリー
シンポジウムでは三つの「大学の物語」がかたられた。それぞれに異なる視座から「大学の歴史」が描かれ、そのうえで現代の大学の課題が導き出されている。この多様な物語をかたり継ぐ条件とは何か。本小論では、それぞれの「大学の物語」を整理したうえで、今後、これらの「大学の物語」を展開するための道筋を見出すべく、物語の後景にどのような問題がみいだされるのか、について考察する。また、三つの物語はそれぞれある種の「教養」の重要性を指摘している。それぞれの「教養」にかんするかたりを聞きとめることによって、今後、「大学の物語」を紡いでいくための条件を考察する。
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シュルツ ディーター, 小笠原 道雄, 野平 慎二, 山名 淳
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
209-220
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
ジャーナル
フリー
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田中 智志, 橋本 美保, 田口 賢太郎, 木下 慎
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
221-233
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
ジャーナル
フリー
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吉國 陽一, 岡花 祈一郎, 椎野 大輔, 青柳 宏幸
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
235-244
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
ジャーナル
フリー
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小山 裕樹, 河野 桃子, 岸本 智典, 柴山 英樹, 小野 文生
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
245-257
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
ジャーナル
フリー
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岡花 祈一郎
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
259-262
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
ジャーナル
フリー
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高橋 勝
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
263-267
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
ジャーナル
フリー
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松下 良平
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
269-273
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
ジャーナル
フリー
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今井 康雄
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
275-280
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
ジャーナル
フリー
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宮寺 晃夫
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
281-286
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
ジャーナル
フリー
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松下 晴彦
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
287-291
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
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フリー
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山崎 洋子
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
293-298
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
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生澤 繁樹
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
299-303
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
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フリー
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佐藤 邦政
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
305-308
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
ジャーナル
フリー
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西村 拓生
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
309-312
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
ジャーナル
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藤井 基貴
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
313-315
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
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関根 宏朗
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
317-320
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
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齋藤 直子
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
321-324
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
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鈴木 晶子
原稿種別: 本文
2013 年 22 巻 p.
325-327
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
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原稿種別: 付録等
2013 年 22 巻 p.
329-
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
ジャーナル
フリー
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原稿種別: 付録等
2013 年 22 巻 p.
331-332
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
ジャーナル
フリー
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原稿種別: 付録等
2013 年 22 巻 p.
332-
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
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フリー
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原稿種別: 付録等
2013 年 22 巻 p.
332-333
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
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フリー
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原稿種別: 付録等
2013 年 22 巻 p.
333-
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
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フリー
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原稿種別: 付録等
2013 年 22 巻 p.
335-
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
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フリー
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原稿種別: 付録等
2013 年 22 巻 p.
335-
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
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フリー
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原稿種別: 付録等
2013 年 22 巻 p.
336-
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
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原稿種別: 付録等
2013 年 22 巻 p.
336-
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
ジャーナル
フリー
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原稿種別: 表紙
2013 年 22 巻 p.
Cover2-
発行日: 2013/09/14
公開日: 2017/08/10
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