ネパール最東部のカンチェンジュンガ・ヒマール地域では, 1980年にプチャン氷河の氷河湖が決壊したという報告があるが, 実際の発生地点や発生日など詳しいことはわかっていない。そこで, ここでは, 地形図・空中写真判読および地元の新聞記事の調査によって, この氷河湖決壊の発生場所, 発生日, 湖の大きさ, 下流への影響範囲などを調べた。
1997年に発行された5万分の1地形図と1992年撮影の空中写真を使って, タムール川上流部の湖の位置と高度を明らかにした。その結果, 調査流域には118の湖が確認された。このうち62の湖は, 氷河を上流に持たないタイプの湖で, かつて上流にあった氷河の融解時に形成されたものであると考えられる (分布高度:3, 960-5, 460m) 。いっぽう56の湖は, 現在も氷河の上やそばに位置しており, 氷河の融け水によって涵養されている (分布高度:4, 460-5, 450m) 。
問題の氷河湖決壊洪水については, これまでのところ, “1980年にタムール川上流のプカン氷河湖で決壊が生じ, 河川では水位が20m上昇し, 下流に被害を及ぼした”ということが報告されていたにすぎない。氷河湖決壊発生当時の2つの新聞記事を調べたところ, 発生日は1980年6月23日であることがわかった。またこの氷河湖決壊洪水の前後の地形図と写真を比較した結果, この氷河湖決壊は, タムール川の支流のパブク川に注ぐナンガマ氷河湖 (標高約4, 950m) の決壊によることがわかった。ナンガマ氷河湖は, 決壊する前の1978年には, およそ0.93km
2の湖水面積を持っていたと推定される。この氷河湖の決壊によって湖から23km下流までは著しい堆積と侵食が繰り返されている。また新聞記事によれば, 洪水によって標高640mにあった橋が破壊されている。このことから, 洪水は発生地点から下流方向に少なくとも71kmにわたって被害を与えたと考えられる。
この氷河湖の周辺のタムール川 (パブク川) 最上流域だけでも, 小さな湖が多数形成され始めており, ネパール・ヒマラヤでの氷河湖の形成速度の大きさを考慮に入れると, 今後の氷河湖の成長のモニタリングおよび警報伝達・避難体制の確立を急ぐ必要があるといえる。
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