養菌性キクイムシであるカシノナガキクイムシ(Platypus quercivorus)は,病原菌を運搬し,ブナ科樹木の集団枯死,ナラ枯れを引き起こす。被害を抑えるためには,その生態を明らかにする必要がある。寄主木としては集中分布する太い木が好まれ,そのような木でカシノナガキクイムシに穿孔される確率が高くなる1つの要因として,寄主として好適な樹種の樹冠密度が重要であることが野外調査で明らかになった。被害木の分布を解析した結果,カシノナガキクイムシは直近の木には移動分散しないことが示唆された。 フライトミルを用いた研究では,カシノナガキクイムシが最大で30 km 近く飛翔すること,飛翔によって正の走光性は低下し,寄主として好適な樹種の葉からの揮発性物質に対する選好性は上昇することが明らかになった。オルファクトメーターを用いた研究では,カシノナガキクイムシが寄主として好適な樹種の葉からの揮発性物質には誘引され,寄主として不適な樹種の葉からの揮発性物質は忌避することが示された。また,寄主として好適な樹種の新鮮な葉からの揮発性物質には誘引されるが,乾燥した葉からの揮発性物質には誘引されないことも明らかになった。材片を用いた研究では,カシノナガキクイムシが樹幹上の溝の開口幅ではなく,角度を認識し,穿孔行動に移ることが示された。これら一連の研究で示唆された,カシノナガキクイムシの寄主選択過程について考察した。
人工照明の影響のため,郊外とは大きく異なる都市環境が昆虫の季節性に及ぼす影響を実証した研究は少ない。本稿では,ナミニクバエ休眠誘導に対する都市環境の影響を検証した事例を紹介する。温度を一定に保ち,秋の野外と同じように毎日2分ずつ明期が短縮する光周期で幼虫を飼育した場合,明期の短縮とともに休眠に入る個体の割合が増加した。ところが,同じ温度で,都市の屋外の光環境で飼育したところ,日長が短縮した秋にも休眠に入らない個体が観察された。これにより,休眠誘導は都市の夜の明るさによる負の影響を受けている可能性が示された。実験室内でさまざまな暗期照度を与えて飼育した場合,休眠誘導は0.01 lux 程度の弱い暗期照度でも阻害された。郊外と都市の野外でハエを飼育したところ,都市での休眠誘導は郊外に比べて3~4週間遅れた。さらに,住宅地に面した場所での飼育では,ほぼすべての個体が休眠に入らなかった。 秋の低温が人工照明による負の影響をある程度軽減すると考えられるが,都市の夜の強い光はナミニクバエの季節適応を攪乱した。