植生史研究
Online ISSN : 2435-9238
Print ISSN : 0915-003X
14 巻 , 2 号
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  • 守田 益宗, 神谷 千穂, 那須 浩郎, 百原 新
    2006 年 14 巻 2 号 p. 45-60
    発行日: 2006年
    公開日: 2021/06/16
    ジャーナル オープンアクセス
    花粉化石による古植生復元のための基礎資料を得る目的で,北海道の6 湿原においてミズゴケのmosspolsterの花粉組成を周囲の植生と比較した。周辺に森林が未発達なユルリ島湿原と,歯舞湿原,豊里湿原では遠距離飛来花粉の比率が高く,高木花粉の約20%が北海道南部以遠からの飛来花粉であった。ユルリ島湿原に近くアカエゾマツ湿地林に囲まれた落石岬湿原では,高木花粉比率がユルリ島湿原より高かったが,遠距離飛来花粉は前記3 湿原と同程度の出現率であった。高木花粉のうちPicea の出現率は,湿原近傍のアカエゾマツ林の存在を反映して,平均16%を示した。周辺に森林が発達し,面積の広い霧多布湿原と別寒辺牛湿原では,高木花粉比率は上記の湿原より低く,周囲の森林から多量の高木花粉が供給されているにもかかわらず,さらに多量の草本花粉が広い湿原内から供給されていた。北海道南部以遠からの飛来花粉の比率は他の4 湿原よりやや低い値を示した。花粉飛散力が小さいとされるLarix 花粉は,付近にカラマツ植林地が存在する別寒辺牛湿原では全地点で検出されたが,付近にカラマツ林のない湿原でも低率ながら9 ~ 4 割の地点で検出された。以上の結果,非森林域では,森林域よりも遠距離飛来花粉の比率は高く,個々の遠距離飛来高木花粉の出現率は地点間の差が小さくなり,こうした遠距離飛来花粉や高木花粉の地点間のバラツキの解析によって,森林域と非森林域の区別が可能となる。
  • 鈴木 伸哉, 能城 修一
    2006 年 14 巻 2 号 p. 61-72
    発行日: 2006年
    公開日: 2021/06/16
    ジャーナル オープンアクセス
    東京都新宿区崇源寺・正見寺跡の17 世紀後半~ 19 世紀前半を主体とする2 つの寺院跡の一般都市住民層の墓域より出土した木棺の用材の樹種と形態を検討し,当時の身分・階層差と森林資源状況の変化の影響を評価した。円形木棺257 基と方形木棺178 基の部材902 点について,樹種同定と,長さ・厚さの計測,木取りの観察,部材の枚数の計数をおこなった。崇源寺・正見寺の両墓域とも,円形木棺ではスギが,方形木棺ではモミ属とアカマツがそれぞれ主体であり,これは将軍家や大名家の木棺用材とはまったく異なり,当時の身分・階層の差が木棺用材に反映していた。円形木棺用材は,17 世紀後半~ 18 世初め頃まではアスナロやヒノキ・サワラが多く用いられていたのに対し,時期が下るにつれてスギやアカマツ,モミ属などに置き換わり,各部材の厚さは横ばいか厚くなった。文献史学や植生史研究の成果と対比し,崇源寺・正見寺跡から出土した円形木棺用材は,17 世紀後半~ 18 世紀はじめ頃までは木曽川・天竜川流域の天然林からもたらされた移入材であったが,時期が下るにつれて,天然林資源の枯渇と,江戸近郊における木材生産の活発化や植林と,「江戸地廻り経済圏」の発達によって青梅・西川地域などの江戸近郊の天然林や人工林からもたらされた木材に置き換わったと考えた。
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