保全生態学研究
Online ISSN : 2424-1431
Print ISSN : 1342-4327
26 巻, 1 号
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巻頭言
  • 小池 文人
    2021 年 26 巻 1 号 論文ID: 2101
    発行日: 2021/05/24
    公開日: 2021/07/12
    [早期公開] 公開日: 2021/05/24
    ジャーナル オープンアクセス

    世界的に学術雑誌のオープンアクセス化が進んでいる。「保全生態学研究」も誰でも論文を読むことができるようになったが、 2020年 4月の投稿規定からは著作権を著者自身が持ち、 CC BY 4.0のライセンスを遵守すれば許諾を得ずに、自由に図表等をオンライン授業や講義、不特定多数の市民向け公開講座などの資料として配布して利用することができるようになった。同時に掲載料を有料とすることで、会員以外にもひろがる生態学の関連分野の専門家や実務家の投稿を可能とした。ただし筆頭著者が生態学会会員であれば一定のページ数まで出版料を免除することで会員サービスは従来と同等である。保全生態学研究では「読者にとって知る価値のある情報であるか」を中心的な指標として新しい生態学論文のスタイルを開発してゆきたい。

原著論文
  • 今村 彰生, 岡山 祥太, 丸山 敦
    2021 年 26 巻 1 号 論文ID: 2026
    発行日: 2021/05/24
    公開日: 2021/07/12
    [早期公開] 公開日: 2021/05/24
    ジャーナル オープンアクセス

    琵琶湖に生息する淡水魚には産卵期に流入河川へ遡上する種が多数含まれるが、遡上量の大きい河川ではこれらの魚種を水産資源として利用すべく、定置罠「簗」が設置される。簗がもたらす魚類群集への影響を検証するため、本研究では琵琶湖淀川水系の固有亜種であり、絶滅危惧種でもある魚食魚ハスを対象に、産卵遡上期の個体数密度、性比、体長、産卵行動の頻度について、簗の有無(知内川と塩津大川の比較)および簗の開閉(知内川での比較)の影響を調べた。照度、水温、濁度、流速の測定も行うことで、ハスの保全において重要な因子の抽出を目指した。河川間比較の結果、産卵行動の頻度は知内川で高く、濁度と産卵行動の頻度の間に見られた負の関係性から、濁度の影響が示唆された。簗が設置されている知内川では個体数が多く、相対的にハスの産卵場所として好まれていると考えられた。個体サイズも知内川において大きかった。知内川の簗開時期には個体数密度と産卵頻度に正の相関が見られたが、知内川の簗閉時期には個体数密度と産卵頻度の関係が負に逆転していた。メスの比率は常に 0.5を下回り、知内川の簗閉時期で最も小さく知内川の簗開時期が続き、塩津大川で最大だった。以上の結果から、簗閉時期は産卵可能な流程が制限され、個体数密度が過剰である可能性が示唆された。したがって、ハスの遡上および産卵の成功度を上昇させるには、塩津大川のような遡上の少ない河川の濁度を下げて個体数を増やすことや、知内川のような遡上の多い河川での簗の無効化などが考えられる。近年の簗はアユ漁が主目的であるが、アユ個体群のみならずハス個体群への影響を考慮した、禁漁期間の設定や設置位置の微変更などの運用のさらなる工夫が有効であろう。

  • 井上 奈津美, 井上 遠, 松本 斉, 境 優, 吉田 丈人, 鷲谷 いづみ
    原稿種別: Original Article
    2021 年 26 巻 1 号 論文ID: 2019
    発行日: 2021/05/24
    公開日: 2021/07/12
    [早期公開] 公開日: 2021/05/24
    ジャーナル オープンアクセス

    樹洞は、多くの生物がねぐらや営巣場所として利用する森林生態系における重要なマイクロハビタットである。気候帯や地域に応じて樹洞の現存量や、樹洞の形成に関わる要因は大きく異なっており、樹洞利用生物の保全のためにはそれらを明らかにすることが重要である。本研究では、奄美大島の世界的にも希少な湿潤な亜熱帯照葉樹林を対象に、伐採履歴が異なる 2つの森林タイプ(成熟林と二次林)において、樹木サイズや樹種構成、樹洞の現存量を明らかにするとともに、樹種ごとに形成される樹洞の特徴を把握した。奄美大島の亜熱帯照葉樹林は、他の地域の熱帯林または亜熱帯林と比較して樹洞の現存量は多く、キツツキの穿孔による樹洞と比べて腐朽による樹洞が高い割合を占めていた。胸高直径( DBH)30 cm以上の樹木において、成熟林では二次林と比較して、ヘクタールあたりの幹数、樹洞を有する幹数、樹洞数が有意に多かった。いずれの森林タイプにおいてもスダジイが最も優占しており(胸高直径 15 cm以上の幹に占める割合は成熟林で 48%、二次林で 66%)、成熟林では次いでイジュ( 10.8%)とイスノキ(10.3%)、二次林ではイジュ( 9.9%)とリュウキュウマツ( 7.6%)が優占していた。記録された樹洞について、一般化線形混合モデルを用いて幹ごとの樹洞数に影響する要因を検討したところ、胸高直径が大きくなるほどそれぞれの幹が有する樹洞数が多かったほか、樹種ではイスノキで最も樹洞数が多く、スダジイ、イジュがそれに続いた。確認された樹洞の 90%はスダジイとイスノキに形成されており、イスノキに形成された樹洞はスダジイに形成された樹洞よりも地面から入口下端までの高さが有意に高かった。 CCDカメラを用いて一部の樹洞の内部を観察したところ、ルリカケスもしくはケナガネズミの利用の痕跡および、リュウキュウコノハズクの繁殖が確認された。樹洞が形成されやすいイスノキの大径木を含めて成熟した亜熱帯照葉樹林を優先的に保全することが、樹洞を利用する鳥類や哺乳類の重要な繁殖・生息場所の維持、保全につながると考えられた。

総説
  • 上田 紘司, 永井 孝志
    原稿種別: Review
    2021 年 26 巻 1 号 p. 33-46
    発行日: 2021/05/24
    公開日: 2021/07/12
    [早期公開] 公開日: 2021/05/24
    ジャーナル オープンアクセス
    電子付録

    水草の多様性や現存量が世界的に減少しているが、水草には多様な魚類や甲殻類等が生息し、水草はそれらの餌資源、産卵場、生息場として機能している。水草の生態学的有用性の機能の視点から水草の保全対策が重要と考えられる。しかし、具体的にどこでどのような動物種がどのような水草種をどのように利用しているのかというエビデンスについて、これまでに発表されている膨大な文献の中から体系的に整理した報告はない。本研究では魚類と甲殻類等に対する水草の有用性を明らかにするために、システマティックマップの手法を用いて膨大な文献を体系的に整理した。データベースは、 Web of Science Core Collectionと J-STAGEを使用した。検索は 2017年 10月に行い、検索式は水草、魚類、甲殻類、餌資源、産卵場、生息場を示すキーワードを組み合わせた。採択基準は 1)魚類や甲殻類等が水草又は大型藻類を利用した結果が得られている文献であること、 2)人工植物を扱っていないこと、 3)文献の種類は原著に限定し、レビューを含まないこと、 4)抄録があること、 5)英語又は日本語で記載されていることである。本調査の該当文献は 512件(英文献 470件、和文献 42件)とした。これらの文献を整理した結果は以下の通りである: 1)調査地では北米、中南米、欧州、豪州が多くアジア、アフリカが少ない; 2)調査水域は湖と河川が多く、海域は少ない; 3)調査対象水草はホザキノフサモ等の沈水植物が多く、抽水植物、浮遊植物、浮葉植物がそれに続く; 4)調査対象の動物は魚類が半数を占め、中でもブルーギルやヨーロピアンパーチの未成魚を扱った文献が多い; 5)水草の利用目的は生息場を扱った文献が 80%以上を占め、餌資源や産卵場を扱った文献は少ない。アジア・アフリカ地域での研究や産卵場としての利用を扱う研究が不足していることが示され、今後のさらなる研究が望まれる。また、新たな試みとして生態学分野の 10種類の研究手法を 3段階のエビデンスレベルに分類した。その結果、水草が魚類や甲殻類等に対して生態学的に有用であることを高いエビデンスで示す文献を抽出することができた。しかし、今後のエビデンスレベルの評価には、研究手法だけでなくより詳細な検討が必要と考えられた。また、このようにエビデンスを整理した結果が科学的根拠に基づいた保全活動や政策に活用されていくことが重要である。

調査報告
  • 北本 尚子, 本城 正憲, 津村 義彦, 大澤 良
    2021 年 26 巻 1 号 論文ID: 1932
    発行日: 2021/04/20
    公開日: 2021/07/12
    [早期公開] 公開日: 2021/04/20
    ジャーナル オープンアクセス

    サクラソウ Primula sieboldii E. Morrenは、落葉樹林の林床や草原に生育する多年生の準絶滅危惧種である。地下芽によるクローン成長と種子繁殖を行う。地下芽により増えた株をラメット、同一の遺伝子型を持つラメットの集まりをジェネットと呼ぶ。異型花柱性の他殖性であり、柱頭が葯よりも高い位置にある長花柱花ジェネットと、低い位置にある短花柱花ジェネット間で受粉しないと種子が生産されない。長野県にある筑波大学山岳科学センター八ヶ岳演習林には、サクラソウの自生地が存在する。保全と研究を目的として、 1990年から一部の局所個体群について、断続的に個体数や花型が調査されているが、全域での調査は行われていないため、保全上重要となる個体群動態に関するデータが不足している。そこで、演習林全域におけるサクラソウの個体数を 2006年と 2018年に調査し、 1990年の調査記録と比較した。その結果、ラメット総数は 28年間で大きく変わらなかったものの、開花ラメット数は 2006年の 2833に対し、 2018年は 1518と有意に減少していた。この傾向は、開花ジェネット数においてさらに顕著であり、 2006年は 939ジェネットが開花したのに対し、 2018年は半分以下の 434ジェネットでしか開花が観察されなかった。開花ジェネット数の減少により、花型比の偏りが顕著となり、どちらかの花型が 1ジェネット以下となっている局所個体群が全体の 4割にあたる 12群で観察された。このような局所個体群では、種子繁殖の失敗や次世代の遺伝的多様性の減少が生じている可能性がある。

  • 諸住 健, 小池 文人
    2021 年 26 巻 1 号 論文ID: 1907
    発行日: 2021/04/20
    公開日: 2021/07/12
    [早期公開] 公開日: 2021/04/20
    ジャーナル オープンアクセス
    電子付録

    自然に接することを求める需要に応えるため様々なツーリズムが発達している。日本では海に接する大都市が多く、海岸の生態系は都市生活者にとって身近な自然となり得る。都市において、現在は市民によるアクセスが制限されている護岸などを適切に開発、開放することができれば都市住民の生活の質の向上が見込まれる。本研究では、東京都市圏の都心から郊外を経て農村に至る景観傾度に沿った海岸で、砂浜海岸や岩場海岸、コンクリート護岸、親水石積み護岸などの様々な海岸生態系に対する市民の利用の状況をルートセンサスによる直接観察で調査し、利用人数に影響する要因を統計的に検出した。調査の結果から、利用者数は魚釣り、遊び(砂遊びや水遊び)、生物採集の順に多く、魚釣りと生物採集の利用者数は全体の 53%と半数を超えることがわかった。このことから、市民による海岸生態系の利用には生態系の直接的な利用と関わりが深い需要が多いことが示唆された。最も利用者の多かった魚釣りは、秋にコンクリート護岸で利用者密度が高く成人男性の利用が多かった。遊びでは、初夏に砂浜海岸で利用者密度が高く、性比に偏りは見られなかったが、他の海岸利用と比較して子どもが多かった。生物採集は、初夏に岩場海岸が利用され、遊びについで女性や子どもの利用も多かった。今回の結果から、未開放のコンクリート護岸に対しては魚釣りの潜在的な需要があることや、親水石積み護岸の造成は垂直護岸よりも生物採集が行いやすいため、都市の子どもに自然と接する機会を提供しうることが示された。今回の結果は、都市の人工護岸を未利用の自然資源として開発する際に目的とする利用タイプと利用者属性を定めた計画策定が可能であることを示唆している。

  • 富田 啓介
    2021 年 26 巻 1 号 論文ID: 2014
    発行日: 2021/04/20
    公開日: 2021/07/12
    [早期公開] 公開日: 2021/04/20
    ジャーナル オープンアクセス

    西日本の丘陵地を中心に広く分布する湧水湿地は、希少な動植物種のハビタットとして保全上重要な生態系である。しかし、行動範囲の広い哺乳類や鳥類の生活空間としての機能や、それらの行動が湧水湿地の生態系へ与える影響はほとんど知られていない。本研究では、東海地方の湧水湿地を対象に赤外線自動撮影カメラによるカメラトラップ調査を行い、上記の問題を議論するための基礎的データとして、湧水湿地に出現する哺乳類と鳥類の種組成、撮影頻度、行動を把握した。延べ 4,602日の撮影によって、 7箇所の湧水湿地とその隣接地から 13種以上の哺乳類と 19種の鳥類を確認した。哺乳類ではイノシシが最も多く出現した。湧水湿地に出現する哺乳類の種組成は、湿地周囲の森林とほとんど変わらなかったが、撮影頻度は、総じて湿性草原の成立する場所で低くなっていた。哺乳類と鳥類は湧水湿地内で採餌、泥浴びや水浴びを行っており、排泄行動も確認された。このことから、湧水湿地は広域を移動する哺乳類と鳥類にとって重要な生活空間であると考えられた。また、哺乳類と鳥類の行動は、植生の攪乱や種子散布を通じて、湧水湿地の生態系に少なからぬ影響を与えている可能性が示唆された。詳細な影響内容や程度の解明は今後の研究に委ねられるが、湧水湿地の生態系の保全・管理を行うに当たっては、哺乳類と鳥類の行動にも十分配慮する必要がある。

  • 揚妻 直樹, 揚妻-柳原 芳美, 杉浦 秀樹
    2021 年 26 巻 1 号 論文ID: 1923
    発行日: 2021/04/20
    公開日: 2021/07/12
    [早期公開] 公開日: 2021/04/20
    ジャーナル オープンアクセス

    捕獲圧がかかっていないニホンジカ個体群では、個体数が指数関数的に激増した後、短期間で大量死(個体群崩壊)を起こすものの、その後も再び急速に個体数を増加させ、安定しないと考えられてきた。ところが、捕獲圧が全くかかっていないシカ個体群を対象に長期動態を明らかにした研究例は少なく、知見は限られている。ニホンジカは多様な生態系に分布しており、各地域個体群に見られる動態のバリエーションが十分に把握されてきたとは言い難い。さらなる情報の蓄積が必要である。本研究の調査地である屋久島西部・世界自然遺産地域の照葉樹林では、過去数十年間シカの捕獲圧がほぼかけられてこなかった。そこで我々はこの地域の半山地区と、そこから 1.3 km離れた川原地区の 2か所で、 2001年から 2018年まで毎年夏に踏査によるルートセンサスを実施した。シカ生息密度は 2014年まで年率 9.1%で増加傾向にあったものの、その後は年率 15.2%の減少に転じていた。半山地区と川原地区の生息密度は増加期においても減少期においても違いがなく、同調して変化していた。半山地区で実施したカメラトラップ(自動撮影カメラ)による調査でも、シカ撮影率は 2014年から 2018年にかけて減少傾向にあった(年率 -10.0%)。この個体数の減少は、これまで報告されてきたような短期間の大量死によるものではなく、数年かけて進行していた。減少期間中( 2014年~ 2018年)に半山地区で識別していたシカ 19個体(メス 13頭・オス 6頭)を対象に地区内に定住(生存・死亡)していたか、地区外へ移出したかを直接観察により確認した。その結果、地区内の年定住率は 96.5%と高く、 3.5%は原因不明の消失であり、地区外へ移出した個体は確認できなかった。このことから、調査地域内で個体数減少が起きており、何らかの自然環境要因が関わっていた可能性が示された。今後も調査を継続し、捕獲圧のかからない地域におけるシカ個体群の挙動を明らかにしていくことが重要である。

  • 東 悠斗, 矢原 徹一
    2021 年 26 巻 1 号 論文ID: 1934
    発行日: 2021/04/20
    公開日: 2021/07/12
    [早期公開] 公開日: 2021/04/20
    ジャーナル オープンアクセス
    電子付録

    屋久島における天然林(照葉樹林とスギ林)の林床における希少植物の減少に対する、シカの採食と林床の光環境の影響を分離して検出するため、林床の光環境の異なる屋久島東部の 4地点(林冠開放度 1.4 -8.2%)に 2006年に設置された希少植物を対象とする植生保護柵内外に、 2 m×2 mの小区画をそれぞれ 8-16個設定し、 2006年と 2016年に種ごとの植被面積と種数を調査した。 Generalized Linear Mixed Model(GLMM)を用いた尤度比検定の結果によれば、シカの採食を排除した保護柵内では、光環境の違いに関係なく全種の植被率が増加し、また被度が 1%以上の種の数が増加した。しかし絶滅危惧植物の加入・消失は種によって異なった。今後は絶滅危惧植物を含む保護柵の効果について、個々の種の生態特性を明示的に扱ったより多くの地点での研究が必要である。

  • 松永 香織, 大澤 剛士
    2021 年 26 巻 1 号 論文ID: 2017
    発行日: 2021/04/20
    公開日: 2021/07/12
    [早期公開] 公開日: 2021/04/20
    ジャーナル オープンアクセス
    電子付録

    日陰の形成や蒸発散に伴う夏季の温度低減効果は、都市緑地がもたらす重要な生態系サービスである。現在の都市緑地は少なからず外来植物によって形成されており、これは地域の生物多様性に悪影響をもたらす場合があるが、在来、外来といった由来による温度低減効果の違いを検討した研究は、調査設計の困難さ等によりほとんど見られない。そこで本研究は、植栽種の由来の違いによる温度低減効果の差を比較するため、航空写真、衛星プロダクト利用というリモートセンシングと現地調査を組み合わせるアプローチを確立し、東京都心部の都市公園に適用した。在来種のみで形成された都市緑地と、在来、外来種が混在する都市緑地が近接する日比谷公園において、 9月の盛夏に撮影された航空写真の熱赤外線画像から得られた放射温度と土地被覆の関係を検討したところ、樹木、芝生ともに温度低減効果があることが示された。さらに現地調査結果を利用して放射温度と樹種の由来、種数、個体数、葉の特性との関係を検討したところ、同等の樹高、樹冠面積を持つ緑地であっても、構成樹種の由来によって温度低減効果が異なる可能性が示された。ただし、各種要因を統制したために統計的な比較を行うために十分なサンプルを得ることができず、樹種の由来による温度低減効果の違いについて議論を深めることはできなかった。本手法をより多地点、複数地域に適用することで、樹種の由来に起因する生態系サービスの違いを検討することができるようになるかもしれない。

  • 高田 陽, 倉本 宣
    2021 年 26 巻 1 号 論文ID: 1915
    発行日: 2021/04/20
    公開日: 2021/07/12
    [早期公開] 公開日: 2021/04/20
    ジャーナル オープンアクセス
    電子付録

    市民科学プロジェクトの関係者の中で、プロジェクトの主催者の利益については明瞭であるが、ボランティアとして参加する市民の利益は多様で分かりにくい。このため、市民の参加動機(期待する利益)を調査することで市民にとっての利益を明らかにし、十分な利益を市民に与えることができるようなプロジェクトの設計を行う必要がある。本研究では東京都鳥類繁殖分布調査島嶼部において島外から伊豆諸島での鳥類ラインセンサス調査に参加した市民を対象に、遠隔地で専門家が市民に帯同する市民科学プロジェクトに対する参加動機の特徴を明らかにすることを目的とした。対象とした市民科学プロジェクトでは、伊豆諸島外に在住する一般市民からの参加者と東京都鳥類繁殖分布調査島嶼部の主催者が調査地に同行し、最長で 4日間共同生活を送りながら調査が実施された。本研究では市民参加者に対する参加動機のアンケート調査、とそれを補完する聞き取り調査を行った。最も多い参加動機はツーリズムに関する「島の自然の魅力」と社会貢献に関する「調査目的への共感」であり、市民が自主的に自然科学を行う「学び」と「調査の楽しさ」や「科学への貢献」が続いた。「友人づくり」や「家族・友人による紹介」などの一般的な人間関係に関する項目は動機として重要でなかった。既往研究と比較し、「調査目的への共感」が高い傾向は一致したが、本調査結果の特徴として「島の自然への関心」と「学び」に関する関心が高い傾向があった。聞き取り調査から「島の自然への関心」が選ばれた理由として、観光的な動機の他に、生物多様性保全上の意義をあげる意見も見られた。「学び」については、聞き取り調査から市民参加者は調査方法の学習に対する関心が高いことが推測された。それぞれ遠隔地という要素と専門家の帯同という要因が影響していると推察された。この結果をもとに生物多様性保全に関わる市民科学プロジェクトの効果的な企画が可能になると考えられる。

  • 後藤 然也, 小池 文人
    2021 年 26 巻 1 号 論文ID: 1904
    発行日: 2021/04/20
    公開日: 2021/07/12
    [早期公開] 公開日: 2021/04/20
    ジャーナル オープンアクセス

    農業被害などの人間との軋轢や豚熱 CSFの感染拡大が問題となっているイノシシ Sus scrofaの管理には、広域において利用でき持続的かつ容易に利用可能な密度指標が必要であるが、適切な手法が確立されていない。本研究では関東地方西部の 90 km×92 kmの地域に 18 km×23 kmの調査メッシュを 18個設定し、各メッシュにさまざまな植生や地形を通過する約 10 kmの調査ラインを設定してラインセンサスによりイノシシの堀跡密度(堀跡数 /km)の分布を調べた。地形や植生などの局所的環境の選好性の影響を除去するため、堀跡地点とともに調査ライン上の定間隔点をバックグラウンド地点として植生や地形などの環境を調査し、メッシュ固有の効果を含むロジスティック回帰分析を行なうことで、環境の影響を補正した堀跡密度(堀跡数 /km)を得た。別の方法により検証するため一部のメッシュにカメラトラップを設置し撮影頻度(撮影回数 /カメラ・日)を調査した。ここでもポアソン回帰で局所環境の影響を除いたメッシュごとのカメラによる撮影頻度(撮影回数 /カメラ・日)を求めた。野外調査で得られた堀跡密度は関東山地の人里周辺や海沿いで高く、三浦半島の生息地では中程度で、イノシシ個体群の生息情報がほとんどない平地では低く、従来の分布情報とおおむね一致していた。堀跡密度とカメラトラップの撮影頻度は正の相関を示したが、局所環境により補正したものは調査地点数が限られることもあり本研究では統計的に有意でなかった。イノシシは多様な環境を含む景観を利用し、掘り起こし場所の環境に強い嗜好性を持っていたが、このことは堀跡調査で個体群密度を評価するには個体の行動域を超える大きな空間スケールで調査を行い、統計モデルで局所環境の影響を補正する必要を示唆する。今後はカメラトラップによる絶対密度推定法などを用いて、堀跡を用いた密度指標を検証することが望まれる。

  • 高槻 成紀, 大西 信正
    2021 年 26 巻 1 号 論文ID: 2020
    発行日: 2021/05/24
    公開日: 2021/07/12
    [早期公開] 公開日: 2021/05/24
    ジャーナル オープンアクセス

    過疎化が著しく、シカが高密度になって林床植生が乏しい状態にある山梨県早川町のシカの食性を糞分析により明らかにした。いずれの季節でも栄養価の低い繊維・稈などの支持組織が多く、栄養価の高い緑葉は少なかった。春には繊維が 45.0%、稈・鞘が 17.7%と多く、緑葉は 10.3%に過ぎなかった。夏も繊維( 54.6%)と稈・鞘( 14.2%)が多かったが、双子葉植物が 13.5%に増加した。秋は緑葉が 36.0%と年間で最も多くなった。これは新しい落葉を食べたものと推定した。冬の糞組成は最も劣悪で、繊維が 82.7%と大半を占め、緑葉は微量( 2.5%)しか検出されなかった。早川町のシカの食性は他のシカ生息地と比較しても劣悪であった。シカの食性とシカの管理、特に過疎化との関連に言及した。

  • 加藤 雅也, 中濵 直之, 上田 昇平, 平井 規央, 井鷺 裕司
    2021 年 26 巻 1 号 論文ID: 2032
    発行日: 2021/05/24
    公開日: 2021/07/12
    [早期公開] 公開日: 2021/05/24
    ジャーナル オープンアクセス
    電子付録

    生息域外保全とは、野外集団で個体数が急減・絶滅した際の備えとして個体を飼育・栽培する活動のことをいい、絶滅危惧種を中心に多数の生物で実施されている。ヤシャゲンゴロウは福井県南越前町夜叉ヶ池でのみ生息が知られており、その希少性から国内希少野生動植物種に選定され、 2015年当時石川県ふれあい昆虫館、越前松島水族館、福井県自然保護センターの 3施設で生息域外保全が実施されている。本研究では、ヤシャゲンゴロウの野生集団(1995年以前に採集された標本を含む)、生息域外保全系統、また比較対象として近縁種であるメススジゲンゴロウの野生集団について 14座を用いたマイクロサテライト解析を行い、ヤシャゲンゴロウの生息域外保全による遺伝的多様性の保持効果について明らかにした。ヤシャゲンゴロウ野生集団の遺伝的多様性は、メススジゲンゴロウと比較して低かったものの、 1995年以前と 2016年で対立遺伝子多様度やヘテロ接合度期待値の大きな減少は見られなかった。ヤシャゲンゴロウの生息域外保全を実施している 3施設ではいずれも野外集団よりも遺伝的多様性が低かった。しかし、これらを混合して解析した場合、対立遺伝子の減少は 1つのみに留まり、野生集団が持つ対立遺伝子をほぼ保持していた。本研究から、遺伝的多様性を保持するためには、系統の絶滅に対するリスク分散のための複数施設で独立した生息域外保全の実施、また施設間の定期的な生息域外保全個体の交換・混合が重要であることが示された。

実践報告
  • 松井 明
    原稿種別: Practice Report
    2021 年 26 巻 1 号 p. 165-175
    発行日: 2021/05/24
    公開日: 2021/07/12
    [早期公開] 公開日: 2021/05/24
    ジャーナル オープンアクセス

    水田生態系における生物多様性保全機能の重要性が広く認識されるようになり、水田地域に何かしらの水域を通年維持することの重要性が知られてきている。本研究では福井県小浜市国富くにとみ地区に造成された水田退避溝における魚類群集を報告する。海域に近い本地区の水田退避溝には、純淡水魚だけでなく、回遊魚および汽水・海産魚も生息することが明らかになった。本地区で採捕された魚類は、ドジョウ 565個体、オオシマドジョウ 306個体、ウグイ 132個体、マハゼ 122個体、ウキゴリ 33個体、その他 34個体であった。ドジョウおよびオオシマドジョウ(純淡水魚)は、灌漑期に水田退避溝内で産卵、非灌漑期に降下する(主に産卵場所として利用する)。ウグイ、ウキゴリ(回遊魚)およびマハゼ(汽水・海産魚)は、春季に水田退避溝へ遡上し、夏季から秋季にかけて成長し、産卵前まで居残る(主に成長場所として利用する)。水田退避溝の生物多様性保全機能が確かめられたことから、今後は水田退避溝を複数箇所設け、ネットワーク化を図ることによって、点から面的に本機能を高めることを提案する。

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