保全生態学研究
Online ISSN : 2424-1431
Print ISSN : 1342-4327
26 巻, 2 号
選択された号の論文の18件中1~18を表示しています
原著論文
  • 岩澤 遥, 斎藤 昌幸, 佐伯 いく代
    原稿種別: Original Article
    2021 年 26 巻 2 号 論文ID: 2040
    発行日: 2021/08/31
    公開日: 2021/12/31
    [早期公開] 公開日: 2021/08/31
    ジャーナル オープンアクセス
    電子付録

    近年、世界的に都市化が進行しており、野生生物の分布や行動に様々な影響を与えている。野生生物の中でも特に哺乳類は、体サイズが大きく、食物網の中でも上位に位置するものが多いため、他の生物群に与える影響が大きい。さらに、農林業被害や感染症リスクといった、人間生活と関わりの深い問題も指摘されている。そのような中、茨城県つくば市付近には、筑波山周辺にある連続した森林と、市街地内の孤立林のどちらも存在しており、都市化と哺乳類の関係を調べる上で適した環境が広がっている。そこで本研究では、筑波山麓から都市化の進む平野部にかけて、カメラトラップ調査を実施し、哺乳類の生息状況にどのような違いがみられるかを明らかにすることを目的とした。 2019年 7月~ 11月に、筑波山麓からつくば市街を含む平野部にかけ、 24ヶ所に自動撮影カメラ(以下カメラ)を設置した。設置地点は森林内とし、カメラの検出範囲が一定となるよう下層植生の少ない類似した環境を選定した。撮影データは約 1ヶ月ごとに回収し、種ごとに撮影回数をまとめた。さらに、各調査地点を森林の連続性(連続林・孤立林)、近隣の交通量、植生タイプ(自然林・混交林・人工林)で分類し、撮影頻度との関係を分析した。カメラの平均作動日数は 81日で、合計 525回、 10種の哺乳類が撮影された。うちイノシシ、ニホンアナグマ、ニホンテン、ニホンリスはほぼ連続林のみで撮影された。一方、タヌキ、ニホンノウサギ、ハクビシンは連続林・孤立林のどちらでも多く撮影され、特定外来生物であるアライグマは孤立林での撮影頻度の方が高かった。交通量に関しては、幹線道路に近く騒音の大きな地点ほどイノシシやニホンアナグマの撮影頻度が低下したが、タヌキやアライグマはそのような場所でも高い頻度で記録された。植生タイプについては、自然林や混交林での撮影頻度が高くなることを予測したが、アライグマのように人工林での撮影頻度のほうが高い種もみられた。広域に出現したタヌキ、ニホンノウサギ、ハクビシンの 3種について、日周活動との関係を調べたところ、タヌキは森林の連続性、交通量、植生タイプなどが異なると、撮影時刻の分布に統計的に有意な差がみられた。以上の結果から、都市化は哺乳類の分布、多様性、活動時間などに影響を与えるが、応答のパターンは種によって異なり、都市域の森林であっても生息できる種と、そうでない種があることが示された。

  • 矢口 瞳, 星野 義延
    原稿種別: Original Article
    2021 年 26 巻 2 号 論文ID: 2039
    発行日: 2021/08/31
    公開日: 2021/12/31
    [早期公開] 公開日: 2021/08/31
    ジャーナル オープンアクセス
    電子付録

    武蔵野台地コナラ二次林において、植生管理や管理放棄による植物と昆虫の機能群ごとの種数への影響を把握するため調査を行った。更新伐採、下刈り・落葉掻き、常緑樹の除伐といった管理が行われた林分と放棄された林分で植生調査、昆虫のルートセンサス調査とピットフォールトラップ調査を行った。植生調査で 175種の植物が確認され、ルートセンサス調査で 243種、ピットフォールトラップ調査で 56種の昆虫が確認された。植物の機能特性としてラウンケアの休眠型、葉の生存季節、生育型、地下器官型、花粉媒介様式、開花・結実季節、種子散布型、種子重を、昆虫の機能特性として幼虫と成虫の食性、成虫の出現季節、成虫の体長を文献で調べた。機能特性データを用いて、クラスター解析により機能群に分類した結果、植物は 8つの機能群( PFG)、昆虫は 6つの機能群(IFG)に分類された。 PFGの分類には種子散布型と結実季節が大きく影響し、管理されたコナラ二次林に典型的な草本種や埼玉県レッドデータブック掲載種を含む機能群、コナラ二次林に典型的な木本種を含む機能群、遷移の進行を指標する常緑植物を含む機能群などに分けられた。 IFGの分類には食性と体サイズが大きく影響し、小型・中型・大型別の植食昆虫機能群、肉食昆虫を含む機能群、糞食・腐肉食昆虫を含む機能群に分けられた。植物の種ごとの被度と昆虫の種ごと出現回数を標準化して統合し、 CCAによる調査区と種の序列を得た。また PFG種数と IFG種数を統合し、 RDAによる調査区と機能群の序列を得た。植物の種と機能群は落葉掻きや下刈りなどによる土壌硬度や堆積落葉枚数の変化と関連がみられ、昆虫の種と機能群は伐採や常緑樹の除伐による樹冠開空度の変化と関連がみられた。植物機能群は伐採と下刈り・落葉掻きによりコナラ二次林に典型的な草本種を含む機能群の種数が増加し、管理放棄により常緑植物を含む機能群の種数が増加した。昆虫機能群はすべての管理により小型植食昆虫機能群の種数が増加し、伐採により大型植食昆虫機能群の種数が増加した。以上より、林床の管理が植物の、高木層や低木層の管理が昆虫の機能群構成に大きく影響していた。本研究の植物と昆虫の機能群の分類はコナラ二次林での伐採や下刈り・落葉掻き、常緑樹の除伐といった植生管理の種多様性保全効果の指標として有効と言える。

  • 井上 太貴, 岡本 透, 田中 健太
    原稿種別: Original Article
    2021 年 26 巻 2 号 論文ID: 2041
    発行日: 2021/08/31
    公開日: 2021/12/31
    [早期公開] 公開日: 2021/08/31
    ジャーナル オープンアクセス

    半自然草原は陸上植物の多様性が高い生態系であるが、世界でも日本でも減少している。草原減少の要因を把握するには、各地域の草原の分布・面積の変遷を明らかにする必要があるが、これまでの研究の多くは戦後の草原減少が扱われ、また、高標高地域での研究は少ない。本研究は、標高 1000 m以上の長野県菅平高原で、 1722年頃-2010年までの約 288年間について、1881-2010年の 130年間については地形図と航空写真を用いて定量的に草原の面積と分布の変遷を明らかにし、 1722年頃-1881年の約 159年間については古地図等を用いて定性的に草原面積の変遷を推定した。 1881年には菅平高原の全面積の 98.5%に当たる 44.5 km2が一つの連続した草原によって占められていた。1722-1881年の古地図の記録も、菅平高原の大部分が草原であったことを示している。しかし、2010年には合計 5.3 km2の断片化した草原が残るのみとなり、 1881年に存在した草原の 88%が失われていた。草原の年あたり減少率は、植林が盛んだった 1912-1937年に速く、 1937-1947年には緩やかになり、菅平高原が上信越高原国立公園に指定された 1947年以降に再び速くなった。全国の他地域との比較によって、菅平高原の草原減少は特に急速であることが分かった。自然公園に指定された地域の草原減少が、全国平均と比べて抑えられている傾向はなかった。草原の生物多様性や景観保全のためには、自然公園内の草原の保全・管理を支援する必要がある。

  • 杉田 典正, 海老原 淳, 細矢 剛, 神保 宇嗣, 中江 雅典, 遊川 知久
    原稿種別: 原著論文
    2021 年 26 巻 2 号 論文ID: 2038
    発行日: 2021/08/31
    公開日: 2021/12/31
    [早期公開] 公開日: 2021/08/31
    ジャーナル オープンアクセス
    電子付録

    環境省レッドリストに掲載された多くの分類群は、個体数が少ない、生息地がアクセス困難であるなどの理由から保全管理計画の策定に必要な情報が不足している。博物館は過去に採集されたレッドリスト掲載の分類群の標本を所蔵している。ラベル情報に加え形態・遺伝情報を有する標本は、保全に関する様々な情報を供給可能である。しかし、標本の所在情報は各博物館の標本目録や台帳に散在しており標本の利用性は低かった。これらの情報は公開データベース等で共有化されつつあるが、情報の電子化・共有化は不完全であり、依然として利用性が低い状況にある。本研究は、環境省レッドリスト 2019ならびに海洋生物レッドリスト 2017に掲載の絶滅危惧種(絶滅と野生絶滅、絶滅危惧 I類のみ対象)の標本所在情報を集約するために、国立科学博物館の標本データベースおよびサイエンスミュージアムネット( S-Net)の集計と聞き取り等による標本所在調査をおこなった。国内の博物館は、約 95.9%の絶滅危惧種につき標本を 1点以上保有し、少なくとも 58,415点の標本を所蔵していた。海外の博物館も含めると約 97.0%の絶滅危惧種の標本所在が確認された。約 26.5%の絶滅危惧種が個体群内の遺伝的多様性の推定に適する 20個体以上の標本数を有した。本研究により絶滅危惧種標本へのアクセスが改善された。これらの標本の活用により、実体の不明な分類群の検証、生物の分布予測、集団構造、生物地理、遺伝的多様性の変遷といった保全のための研究の進展が期待される。一方でデータベースの標本情報には偏りが認められ、例えば脊椎動物はほとんどの高次分類群で 50%以上の絶滅危惧種の所蔵があったが、無脊椎動物では全く所蔵のない高次分類群があった。採集年代と採集地にも偏りがあり、 1960 -1990年代に標本数が多く、生息地間で標本数が異なる傾向があった。データベースの生物名表記の揺れや登録の遅延は、検索性を低下させていた。利用者が標本情報を使用する際は情報の精査が必要である。保全への標本利用を促進するために、データベースの網羅性と正確性を向上させる必要がある。博物館は、絶滅危惧種に関する標本の体系的な収集、最新の分類体系に基づいた高品質データの共有化、標本と標本情報の管理上の問題の継続的な解決により、絶滅危惧種の保全に標本が活用される仕組みを整えることが求められる。

  • 髙久 宏佑, 諸澤 崇裕
    原稿種別: Original Article
    2021 年 26 巻 2 号 論文ID: 2109
    発行日: 2021/10/31
    公開日: 2021/12/31
    [早期公開] 公開日: 2021/10/31
    ジャーナル オープンアクセス

    日本における観賞魚飼育は古くから一般的なものであり、近年では希少性や美麗性から日本に生息する絶滅危惧魚類も取引対象として扱われるようになってきた。さらにネットオークションによる取引の増加に伴い、個人等による野外採集個体の消費的な取引の増加も懸念されているが、一方で絶滅危惧種の捕獲、流通に係る定量的データの収集は難しく、種ごとの取引現況について量的な把握が行われたことはない。そこで本研究では、環境省レッドリストに掲載されている 184種の絶滅危惧魚類の取引の実態把握を目的として、ネットオークションにおける 10年間分の取引情報を利用した大局的な集計と分析を行うとともに、取引特性の類型化を試みた。取引データ集計の結果、ネットオークションでは 88種の取引が確認された。また、全取引数の過半数以上は取引数の多い上位 10種において占められており、さらにアカメ、オヤニラミ、ゼニタナゴの 3種の取引が、そのうちの大部分を占めていた。取引数や取引額、養殖や野外採集と思われる取引数等を種ごとに集計した 6変数による階層的クラスター分析の結果では、 8つのサブグループに分けられ、ネットオークションでの取引には、主流取引型、薄利多売型、高付加価値少売型等のいくつかの特徴的な類型を有することが分かった。また、特に多くの取引が確認されたタナゴ類の中には、養殖個体として抽出された取引が多く認められる種がおり、一部の種については、他の観賞魚のように養殖個体に由来する取引が主流になりつつある可能性が考えられた。

総説
  • 大澤 隆文
    原稿種別: Review
    2021 年 26 巻 2 号 論文ID: 2110
    発行日: 2021/10/31
    公開日: 2021/12/31
    [早期公開] 公開日: 2021/10/31
    ジャーナル オープンアクセス
    電子付録

    生物多様性条約の 2021年以降の国際目標(ポスト 2020生物多様性枠組又はポスト愛知目標)について、遺伝的多様性の保全及び遺伝資源の利用から得られる利益の配分に係る課題の整理及び分析を行った。遺伝的多様性の保全については、野生種を含めた包括的な遺伝的多様性の保全についての目標や指標の設定が重要である。この関連の 2050年までのゴールとしてはすべての生物種の 90%の遺伝的多様性が維持されるという数値目標案が示された。また、指標案としては、各生物種の中で、集団が長期的に存続するために必要最低限の規模として知られている「有効集団サイズが 500以上の集団」の割合等が提案された。しかし、分かり易い国際目標及び指標としては、成熟個体数が 5,000以上の集団の数(が一定値以上の種の数)や、現存している又は保全されている亜種・変種の数といった案も考えられる。また、「進化的重要単位( ESU)」・「管理単位( MU)」等の保全単位(種苗配布区を含む)が設定されており、かつ理想的には各保全単位の中で、ある地域を設定し、その範囲全体で遺伝的多様性と局所的変異を維持しようとする「遺伝子保全単位( GCU)」や、同様の自然保護地域等が設定されていることが望ましい。こうした種が全体の中で占める割合等により、遺伝的構造の保全状況についても指標を追加して評価する余地がある。さらに将来的には、種や集団の適応度を下げる遺伝的劣化の回避を、直接、目標や指標の対象にしていくことも考えられる。他方、遺伝資源の利用から得られる利益の配分については、ただ遺伝資源の利用による利益を増やしていこうとする目標が提案されている。その結果、生息域内に自生する個体や組織片を何度も採取するような場合には、過剰に採取が行われるリスクを孕んでいる。また、国境を越えて分布するような特別な遺伝資源等とは具体的にはどういうものか、従来型の二国間利益配分メカニズムではなく多国間利益配分メカニズムを導入するべきか、そして、「塩基配列情報」(DSI)の利用についても利益配分の対象に含めるべきかといった課題がある。ポスト 2020生物多様性枠組の議論全体では、遺伝資源やその多様性の保全よりも、利益配分の議論に関心が総じて偏っており、保全遺伝学にも立脚した生物多様性の保全及び持続可能な利用のための国際目標の議論と実施が進む余地があると結論付けた。

調査報告
  • 清水 大輔, 山崎 裕治
    原稿種別: Report
    2021 年 26 巻 2 号 論文ID: 2029
    発行日: 2021/08/31
    公開日: 2021/12/31
    [早期公開] 公開日: 2021/08/31
    ジャーナル オープンアクセス

    ミヤマモンキチョウは、高山帯から亜高山帯にかけて生息する高山蝶である。本種は、近年の温暖化によって、個体数の減少が危惧されており、 2019年の環境省レッドリストでは準絶滅危惧種に指定されている。しかし、現在本種の生息域や生活環などの基本的な生態研究が十分に行われていない。本調査では、ミヤマモンキチョウの保全を目的とし、本種の主要な生息地である立山連峰弥陀ヶ原の標高約 1600 mから約 2100 mまでの範囲において、生息状況および利用環境に関する調査を行った。その結果、 2019年 7月 17日から同年 8月 18日までの間に、本種の成虫が延べ 529個体確認された。本種の確認地点は、標高 1700 m以上の草原地帯であり、森林地帯では確認されなかった。また、草原において本種の出現に与える影響を推測するために、本種の出現を目的変数とし、草原全体のメッシュの斜度と草原における地形の存在メッシュを説明変数としたロジスティック回帰分析を実施した。その結果、本種の出現に対してメッシュの斜度は正の影響を示し、池塘の存在は負の影響を示した。これは、本種の成虫が池塘周辺と比較して、傾斜が大きく水はけのよい草原地帯を多く利用する傾向があることを示唆する。また、本種が利用する吸蜜植物および寄主植物の種類や樹高、および日照状態などの生育環境を調査した。本調査の結果は、将来的な環境変化が本種のさらなる減少をもたらす可能性があることを示唆する。

  • 大海 昌平, 永井 弓子, 岩井 紀子
    原稿種別: Report
    2021 年 26 巻 2 号 論文ID: 2044
    発行日: 2021/10/31
    公開日: 2021/12/31
    [早期公開] 公開日: 2021/10/31
    ジャーナル オープンアクセス

    アマミイシカワガエルは奄美大島の固有種であり、鹿児島県の天然記念物に指定されている絶滅危惧種である。成体の生態調査は行われてきているものの、幼生の生態についての知見が不足している。本種の幼生期間における流下状況を明らかにするため、野外の沢において蛍光タグを用いた標識と追跡調査を行った。幼生 283個体を標識したのち渓流源頭部のプールに放流し、その後 2年間、 1-3か月に 1度の沢調査を計 13回行った。調査沢を 6mごとに区切って沢区間とし、沢の開始点から 303 m下流までを対象とした。のべ 9642個体の幼生をカウントした。標識個体は放流から 736日経過後まで発見された。放流したプールから標識個体が発見された最下流までの距離は、 29日後は 56-62 m、261日後は 62-68 m、320日後から 682日後までは 128-134 mであった。発見した標識個体の分布から推定した推定最長流下距離は、 29日後は 85.3 m、320日後は 89.9 mで 1年間に 85-95 mの間を示し、変化が小さかった。これらの結果から、調査沢における幼生は 2年間で最長 130 mほどの流下を行うが、 85-95 m付近までの流下が一般的であると考えられた。放流 29日後以降、流下した最下流までの距離に大きな変化はみられず、時間の経過と比例して距離が延びるわけではなかった。また、ある調査日に発見した標識個体の総数に占める、放流プールに残留していた標識個体の割合は、時間の経過とともに上昇した。このため、幼生の流下は主に個体サイズが小さい時期の豪雨といったイベントの際に起こり、それ以降は稀である可能性や、流下した幼生の生存率が低い可能性、下流のプールでは上流より流下が起こりやすい可能性が示唆された。本種幼生の生息環境を保全する際には、産卵場所付近のみではなく、流下先としての下流部の環境も対象とする必要性が示された。

  • 野村 勝重, 野村 礼子, 玉木 一郎, 菊地 賢
    原稿種別: Report
    2021 年 26 巻 2 号 論文ID: 2024
    発行日: 2021/08/31
    公開日: 2021/12/31
    [早期公開] 公開日: 2021/08/31
    ジャーナル オープンアクセス

    中部地方の丘陵地帯に生育する絶滅危惧種ハナノキは、その自生地の多くで更新不良による個体群の衰退が心配されている。近年、岐阜県多治見市東山地区の住宅団地造成法面に、ハナノキの稚樹が数多く確認された。これは隣接する天然林内の雌株を母樹とした実生が、造成法面の好適な光環境の下で定着したためと考えられる。そこで本調査では、これをハナノキの実生更新の貴重な事例として報告するとともに、ハナノキの更新特性に関する知見を得るため、これら更新個体の生残・開花状況を追跡し、その胸高直径および樹高を測定した。法面の更新個体はすべて、母樹と見られる個体から 50 m圏内に分布していた。更新個体は、法面の辺縁部の林縁に近い箇所でより成長が良かったが、その要因は定かでなかった。更新個体の胸高直径と樹高の間には強い相関が見られ、 2020年 3月までに一度でも開花が認められたのは、胸高直径 10 cm、樹高 8mを超える 4個体であった。このうち 3個体は雄株であり、シュート構造から過去の樹高を推定すると、最初の開花時はいずれも樹高 8~ 9mであったと考えられた。一方、 2020年に初めて開花した更新個体は雌株で、既に樹高が約 10 mに達しており、雌株では雄株より開花開始サイズが大きいことが示唆された。最大サイズの個体では、樹高 11 mを超えた年から連年開花が見られるようになった。現在、隣接する天然林内の繁殖個体は雌株しか存在しないため、繁殖段階に達した更新個体は個体群の存続に大きく寄与することが期待される。

  • 松井 明
    原稿種別: 調査報告
    2021 年 26 巻 2 号 論文ID: 2027
    発行日: 2021/08/31
    公開日: 2021/12/31
    [早期公開] 公開日: 2021/08/31
    ジャーナル オープンアクセス

    わが国は戦後の拡大造林政策による上流集水域の森林化およびダム建設・河川改修による流況の平滑化が進行している。このようにわが国の戦後の拡大造林政策および治水・利水政策の弊害を検証するためには、上述の期間中の直近 30年程度の中期的な期間のモニタリングが重要になる。本報では、中期的な期間の魚類の個体数変動から河川環境の変化を推定し、望ましい河川整備のあり方を提案することを目的とする。福井県南川に注目し、 2000年から現在に至る河川水辺の国勢調査の結果を解析することによって、魚類相および個体数が豊かな河川における魚類群集の経年変化を統計解析した。南川において、過去約 20年間の魚類調査の結果、カワヨシノボリが増加し、ウグイおよびアカザが減少している可能性が示唆された。カワヨシノボリが増加した原因として平瀬が増加し、ウグイおよびアカザが減少した原因として早瀬や淵が減少した可能性が考えられる。今後は、南川において早瀬や淵を造成する河川整備を提案する。

  • 畑 啓生, 東垣 大祐, 小笠原 康太, 松本 浩司, 山本 貴仁, 村上 裕, 中島 淳, 井上 幹生
    原稿種別: 調査報告
    2021 年 26 巻 2 号 論文ID: 2111
    発行日: 2021/10/31
    公開日: 2021/12/31
    [早期公開] 公開日: 2021/10/31
    ジャーナル オープンアクセス
    電子付録

    イシガイ科マツカサガイは、本州、四国、九州に分布する日本固有の淡水性二枚貝である。流水のある淡水域を選好し、現在ではその主な生息地は農業用水路となっている。本研究では、愛媛県の道前平野における農業用土水路にて、マツカサガイの新たな生息地が確認されたため報告する。愛媛県では、マツカサガイは、松山平野南部と宇和盆地のみに生息が知られていたが、それらの地域では分布域と密度が急速に減少しており、愛媛県特定希少野生動植物として条例で保護されている。道前平野において、圃場整備の一環として流路が変更される予定である農業用水路で調査した結果、水面幅約 1m、流路長 440 mの範囲の土水路ほぼ全域にわたって、最大密度 20個体 /m2で、計 651個体の生息が確認され、 1249個体の生息が推測された。土水路中で一部、二面コンクリート護岸が施されている場所では、確認された個体数は著しく少なかった。マツカサガイの殻長は 41.7 ± 5.8 mm(平均 ±標準偏差)で、松山平野の国近川の個体群と比較すると、平均値に対する標準偏差の値が大きく、 20 mm程度の幼貝もみられたため、本土水路では、国近川に比べマツカサガイの寿命は短いものの、複数回の再生産が生じていると考えられる。この農業用の水路網は一級河川が作る扇状地に網目状に広がり、周辺は一面に水田が広がるが、圃場整備により、土水路が残されるのは本研究地区のみとなっており、最後に残されたマツカサガイ生息地の断片と考えられる。マツカサガイは全国的にみても準絶滅危惧であり、この個体群の保全が求められる。淡水性二枚貝類は人為的影響により減少が危惧されるため、圃場整備を行いながらの保全の実践は、他地域のためにも先行例となる。

  • 高槻 成紀, 永松 大
    原稿種別: 調査報告
    2021 年 26 巻 2 号 論文ID: 2042
    発行日: 2021/10/31
    公開日: 2021/12/31
    [早期公開] 公開日: 2021/10/31
    ジャーナル オープンアクセス
    電子付録

    我が国では近年シカ(ニホンジカ)が増加して植生に強い影響を及ぼしている。鳥取県東部はスギ人工林が卓越するが、近年シカが侵入して影響が強まっている。スギ人工林は暗く、下層植物が少ないため、同じシカ密度でも食物供給条件は乏しいことが想定されるが、こういう場所でのシカの食性は調べられていない。そこで本調査ではスギ人工林卓越地のシカの食性と林床植生に及ぼす影響を明らかにすることとした。糞分析により、糞中に占める緑葉の割合が夏( 7-9月)でも 13 -26%に過ぎず、繊維、稈、枯葉など低質な食物が 60 -80%を占めることがわかった。シカ排除柵内外のバイオマス指数を比較するとスギ人工林、落葉広葉樹林ともに林床植生は乏しく、両群落で柵内が柵外よりもそれぞれ 9倍、 39倍も多かった。本調査はスギ人工林卓越地においては林床が貧弱であるため、シカの食性は夏でも低質な食物で占められていることを初めて示した。

実践報告
  • 露崎 史朗, 先崎 理之, 和田 直也, 松島 肇
    原稿種別: 実践報告
    2021 年 26 巻 2 号 論文ID: 2104
    発行日: 2021/10/31
    公開日: 2021/12/31
    [早期公開] 公開日: 2021/10/31
    ジャーナル オープンアクセス

    日本生態学会は、 2011年に石狩浜銭函地区に風発建設計画が提案されたことを受け、海岸植生の帯状構造が明瞭かつ希少であるという学術的な価値から「銭函海岸における風車建設の中止を求める意見書」を北海道および事業者に提出した。これを受け、自然保護専門委員会内に石狩海岸風車建設事業計画の中止を求める要望書アフターケア委員会( ACC)を発足させた。しかし、風発は建設され、 2020年 2月に稼働を始めた。そこで、 ACC委員は 2020年夏期に、銭函海岸風発建設地および周辺において、植生改変状況・鳥類相に関する事後調査を実施したので、その結果をここに報告する。建設前の地上での生物調査を行わなかったため、建設後に風発周辺の地域と風発から離れた地域を比較した。概況は以下の通り。(1)改変面積 5.5 haのうちヤードが 61%を占め、作業道路法面には侵食が認められ、(2)風発は海岸線にほぼ並行して建設されたため、内陸側の低木を交えた草原帯の範囲のみが著しい影響を受け、(3)風発建設時に作られた作業道路・ヤード上には外来植物種、特にオニハマダイコンの定着が著しく、(4)鳥類は、種数・個体数が低下し群集組成が単純化していた。

学術提案
  • 大澤 剛士, 三橋 弘宗, 細矢 剛, 神保 宇嗣, 渡辺 恭平, 持田 誠
    原稿種別: 学術提案
    2021 年 26 巻 2 号 論文ID: 2105
    発行日: 2021/10/31
    公開日: 2021/12/31
    [早期公開] 公開日: 2021/10/31
    ジャーナル オープンアクセス

    Global Biodiversity Information Facility(GBIF)日本ノード JBIFは、体制を刷新した 2012年以降、国内における生物多様性情報に関わる活動の拠点として、生物多様性に関わるデータの整備や公開、それらの支援、普及啓発等の活動を行ってきた。日本は 2021年 6月をもって GBIFの公式参加国、機関から外れることが決定しているが、 JBIFは引き続き同様の活動を継続していく。本稿は、 JBIFのこれまでの主な活動をまとめると同時に、国内における生物多様性情報が今後進むべき方向、課題について意見を述べ、日本の生物多様性情報の発展について今後必要と考える事項について提案する。

feedback
Top