大台ヶ原は, 西日本で最大級の原生的な自然林であるが, 近年,更新の阻害や立ち枯れによって, 森林の衰退が著しく, その存続が危ぶまれている. この地域は, 環境省による自然再生事業の対象地として, 森林環境で最初に指定された. 私たちは, 大台が原を構成する3つの主要群落のうちの一つ, ブナ(Fagus crenata Blume)ーウラジロモミ(Abies homolepis Sieb. et Zucc.)ーミヤコザサ(Sasa nippona Makino et Shibata)群落において,ニホンジカ,野ネズミ,ミヤコザサ, 鳥の複合的な実験処理区を設け, 森林下層部の植物群落, 無脊椎動物群集, 土壌などの構造と性質の年変化や季節変化についての定量的なモニタリング調査を, 1997年から行ってきている.また,ニホンジカの密度の違いによる植生と鳥群集の比較調査を行っている.ニホンジカの個体数とミヤコザサの地上部現存量は,現在,需給の釣り合いによって, 平衡状態にあると考えられた. ところが, ニホンジカの除去区では,ミ ヤコザサの地上部現存量はその生産力の高さによって,わずか5年間で最大値にまで回復した. ニホンジカによって食べられなかったミヤコザサはリターとして,ニホンジカによって食べられたミヤコザサは死体や糞尿として土壌にかえり, それが養分として, 再びミヤコザサに吸収される. このニホンジカーミヤコザサー土壌の各要素間の窒素循環の動態についてシステムダイナミクス・モデルを作成した. さらに, このモデルをベースに, ニホンジカ個体数増加と, それにともなうミヤコザサ現存量の減少や枯死木の増加が,樹木実生, 鳥類, 地表節足動物, 土壌動物の個体数や多様性に及ぼす影響を組みこんだ. シカ密度あるいはミヤコザサ現存量の影響は,生物群によってさまざまに異なっており, すべての生物群にとって好ましいニホンジカ密度やミヤコザサ現存量は存在しなかった. 樹木の枯死の減少と天然更新の増加によって森林の再生が最も促進される管理手法を検討した結果, シカの個体数調整と同時に, その主要な餌であるミヤコザサの現存量を減らす必要があることが分かった. 本モデルの予想を応用して, 他の群落も含めた大台ヶ原全体の自然再生についていくつかの提案を行った.
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