印度學佛教學研究
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61 巻 , 3 号
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  • 山田 智輝
    原稿種別: 本文
    2013 年 61 巻 3 号 p. 1059-1065
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/09/01
    ジャーナル フリー
    サラスヴァント(sarasvant-)は文字通りには恐らく「adj.池/湖saras-を持つ」を意味する.名称上は河川の女神サラスヴァティー(sarasvati-)の男性形の対応神格に該当するものと思われる.本稿ではリグヴェーダにおけるサラスヴァントとの関連が見受けられる6箇所の用例を中心に据えて分析し,さらにリグヴェーダ以降のヴェーダ文献における記述にも着目しながら,それら一連の伝承から看取されるサラスヴァントの特徴について考察する.リグヴェーダに言及されるサラスヴァントの特徴を整理すると,天高く飛翔する鳥類の姿で描かれ,また降雨や河川といった水と関連する事物によって恩恵(主に子孫繁栄が意図される)を齎す神格として描写される.また男性でありながらも,乳房を有する存在であることが示唆される.これらの特徴については主にサラスヴァティーとの類似点が指摘できるが,その一方で火神アグニ(agni-)の水中における出自の神話や,アパーム・ナパート(apam napat-,「水たちの孫」の意)讃歌の中にも,共通項とも解せる要素が見出される.リグヴェーダに伝承されるサラスヴァントのイメージは,その後のサンヒターにおいても概ねそのまま受け継がれる.他方散文においては,サラスヴァントはサラスヴァティーと共に一対の神格として意識される傾向が顕著に現れ,両者が「番(mithuna-)」であることが述べられる.
  • 笠松 直
    原稿種別: 本文
    2013 年 61 巻 3 号 p. 1066-1072
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/09/01
    ジャーナル フリー
    Vedic devayana-, pitryana- (RV+)はpantha-, m.「道」に係り,「神々(ないし祖霊)が進み行く」道を謂う形容詞である.五火二道説の文脈にも現れ,思想史的にも注目される重要語彙である.この2語と,仏教文献に見られるBHS buddhayana-「仏乗」, mahayana-「大乗」等との語構成上の類似は,しばしば注意されてきた.しかしこれら一連の仏教文献にみられる複合語は中性の実体詞(Tp.)であって,文法的に別個の構成を採っている:前者はRV以来在証される形容詞yana-「(〜へ)進み行く」を基礎とし,後者はVeda文献から在証される中性実体詞「乗り物」を基礎とする.この際,Pali文献における幾つかの用例は示唆的である.Sn 139 devayana-は「神々の乗り物」を意味するものと考えられる.同様にSN V 5,11 brahmam...yanam及び16 brahmayana-は,「バラモンの乗り物」を意味しよう(但し「バラモンらしい行き方(進み方)」の可能性は否定できない).BHSでも事情は同様で,通例Symplex yana-は「乗り物」を意味し,例えばbauddham yanamは「仏陀の乗り物」を意味しよう.同様にbodhisattvayana-, sravakayana-, etc.も「菩薩(乃至声聞)の乗り物」(ないし「菩薩(乃至声聞)の行き方」)であろう.
  • 天野 恭子
    原稿種別: 本文
    2013 年 61 巻 3 号 p. 1073-1077
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/09/01
    ジャーナル フリー
    古ヴェーダ文献に現れるKesin Darbhyaは,彼の名に帰せられる祭式行為や,祭式によって覇権を得たエピソードなどによって,「祭式に精通し,政治的にも力のあった王」として知られている.しかし,彼についてのおそらく最も古い記述であるMaitrayani Samhita I 6,5(1)は,原文理解が大変に難しく,現在まで正しく理解されてこなかった.本稿ではこの句の理解のため,avarudhmahiという1. pl. mid.のアオリスト語形, annam attiの意味, etad dha sma va aha+acc.の用法,tad ahurの用法とitiの欠落について,などの統語論・文法に関する問題を明らかにし,正しい訳を試みた.この訳によって,この箇所に隠された,祭式行為とK.D.の人物像に関する背景が浮かび上がる.ここで説明されるのは,brahmaudanika火という,元は家の火でありながら,後に祭火へと変成する火についてである.MSとVadhula-Anvakhyanaに見られる,人間Pururavasと女神Urvasi,その子であるAyuの物語においても,この「聖と俗」の両方の性質を持つbrahmaudanika火が隠れたモチーフになっている.本稿ではそのことを指摘し,brahmaudanika火の性質を明らかにする.そして,K.D.がこのbrahmaudanika火についての言説に引き合いに出されていることに意味が隠されている.つまりbrahmaudanika火の性質に擬えて「辺境民の食べ物(俗な食べ物)を食べる」と言われていること,また,Kesin Satyakamiに「K.D.の経済的繁栄は我々のおかげ」と暗に言われていることから,K.S.のK.D.に対する優越性が窺われるのである.本研究の最後に,そのことが,MSが地理的にK.D.の影響の少ない場所に位置したことによる可能性を示唆した.
  • 小林 久泰
    原稿種別: 本文
    2013 年 61 巻 3 号 p. 1078-1084
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/09/01
    ジャーナル フリー
    ティミラ眼病とは一体何なのか.この問題について,かつて金沢篤氏が極めて詳細な研究(金沢1987)を発表された.この金沢1987に対して二つの疑問を提示することができる.第一に,インド医学の伝統においてティミラ眼病と「華」は全く無関係であったと断言することは可能か.第二に,瞳の第四膜に到達した病素をティミラとみなす大地原訳を「明らかな誤訳」と呼ぶことは可能か.この二つの疑問を出発点として,本稿では以下のことを明らかにした.第一の疑問点に関して,『アシュタ・アンガ・フリダヤ・サンヒター』にカパ性のティミラ眼病患者に見えるものとして,ジャスミンの花やスイレンが挙げられていることを明らかにした.但し,それは『スシュルタ・サンヒター』の異なる文脈にある二つの文章を一緒にしたために起こった,いわば副産物に過ぎないことも指摘した.第二の疑問点に関しては,『バーヴァ・プラカーシャ』に大地原流の解釈を挙げるインドの伝統も存在することを指摘し,当該個所に関して,大地原訳を「明らかな誤訳」と言うことは困難であることを明らかにした.その一方で,金沢氏の主張を支持する記述が『スシュルタ・サンヒター』自体に見られることも指摘し,それがサートヤキの伝統に従ったものであることを明らかにした.最後に,ティミラを瞳の第一・第二膜の病気と捉える『アシュタ・アンガ』の伝統とは異なり,『スシュルタ・サンヒター』作者があえて瞳の最外膜である第四膜の解説の中でティミラを持ち出すのは,彼がこの語の原義である「暗闇」というニュアンスに力点を置いたからではないか,ということを指摘した.ティミラ眼病とは,最終的に完全失明,すなわち「暗闇」に到る恐ろしい病に他ならないのである.
  • 吉水 清孝
    原稿種別: 本文
    2013 年 61 巻 3 号 p. 1085-1092
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/09/01
    ジャーナル フリー
    知行併合(jnanakarmasamuccaya)論とは,輪廻を脱して解脱するためには,梵我一如の知のみならず,ヴェーダが定める祭式をはじめとする行が必要であるとするヴェーダーンタの立場であるが,『マヌ法典』の註釈家のうち,8世紀頃のBharuciと,9世紀のMedhatithiも,林住期と遊行期の生活規範を定めた第6章の註釈の中で,知行併合を唱えている.Medhatithiは,祭式が特定の果報をもたらすのとは別に,解脱の達成にも資することを立証しようとして,Satapathabrahmana 10.2.6.13を引用し,また「結合の別異性」(samyogaprthaktva)という解釈定理がこれには適用可能であり,祭主が自他の区別にこだわっているか自他を平等に見ることができるかに応じて,同じ祭式が有限な果報をもたらしもするし,ブラフマンとの合一に導くとも言えるとした.しかしMedhatithiによれば,祭式が解脱の達成に資する真の理由は,それがヴェーダ学習と子供の養育とともに,Taittiriyasamhita 6.3.10.5に説かれた「生得的負債」(rna)の返済手段となるからである.ヴェーダ学習により共同体の過去を継承し,祭式により共同体の現在の絆を強め,子供の養育により共同体の未来を確保することが人の果たすべき義務である.Medhatithiは,主人の横暴さに嫌気がさして奉公を辞めたがっている召使の姿を思い描いて人生を瞑想するよう勧める.ただし召使はけなげにも先に主人から得ていた幾ばくかのお金の分を働いて返そうと決意すると言い,家長としての義務遂行の必要性を強調している.さらにMedhatithiは,「瞑想に熟達した遊行者は,自分の善業を好ましい者たちに,悪業を好ましくない者たちに転移する」と述べる第79詩節を,「好ましい経験を得たことを自分の善業のせいに,好ましからざる経験を被ったことを自分の悪業のせいに帰すべきこと」を述べると読み替えて,修行の一環としての忍耐の重要さを説くものとした.しかしこのような解釈は,A. Wezlerが論じているように,後代の『マヌ法典』註釈家Kullukaによって,規範を恣意的に解釈していると批判された.Medhatithiによるこの解釈は彼の独創ではなく,Bharuciを継承している.また知行併合論者を自任するヴェーダーンタ学派のBhaskaraは第79詩節本来の趣旨を擁護して,RgvedaとMahabharataから,行為の結果を他人が被ることを認める詩節を引用する.知行併合論は世俗社会での義務を重視する思想家に広く受け入れられていたが,因果応報を厳密に自業自得で捉えるかどうかは見解が分かれていた.
  • 丸井 浩
    原稿種別: 本文
    2013 年 61 巻 3 号 p. 1093-1102
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/09/01
    ジャーナル フリー
    9世紀末にカシミールで活躍した文人ジャヤンタの主著『ニヤーヤ・マンジャリー』(=NM.脚注の少ないKashi Sanskrit Series 106の版で600頁)は,全12章(ahnika)の中で,sabda-pramana論(sb論)に4つの章(第3〜6章)を割き(256頁),pramana論(380頁)の中の約63%,NM全体の中でも43%弱に相当する.したがってsb論の構成を解明することはNM自体の構成解明につながり,ひいてはニヤーヤ哲学史の中でのNMの位置づけを伺う意味でも重要なテーマであるが,これまで研究対象となることはなかった.そこで本論文ではまずsb論の構成全体を概観し((1)〜(27)に区分.第6章最終詩節(28)はpramana論全体の結語.),sabda(信頼すべき教示),特にVedaの,pramana(認識手段・知識根拠)としての妥当性・権威(pramanya)の論証を主題とする前半(第3〜4章)と,単語の指示対象,文章の中核的意味,文意認識のプロセスといった言語理論の諸問題を扱う後半(第5〜6章)に二分できることを確認する.その上で後半冒頭の,言葉の意味は実在しないもの(観念の構築物)であるから,sabdaは実在と結びついていない(arthasamsparsinah sabdah)と先に述べられた批判に対して,これから答えよう という趣旨の第5章の書き出しに注目し,「先に述べられた批判」のありかを辿ると,sb論の冒頭に近い箇所の,「sabdaはそもそもpramanaたりえない」という異端色の強い一連の批判を展開する一連の14詩節(すべてsloka),特に第2詩節に直結していることが判明する.しかしこの14詩節からなる批判は単に後半の冒頭説明と接続しているのみではなく,14詩節全体と,その後に展開するsb論全体((3)〜(27))とが非常によく呼応しており,この14詩節からなる批判の各論点に逐一応答していく形でNMのsb論のほぼ全体(14詩節以前は,Nyayasutra 1.1.7のsabdaの定義の注釈部分,およびsabdaはanumanaの一種ではないかとの反論とその応答)が構成されていることが明らかとなる.言いかえれば,NMのsb論はsabdaのpramanaとしての妥当性,特にVedaの権威(vedapramanya)を論証することが主題となっており,このことはsb論が,「以上のように,さまざまな難点を理由にして,悪魔の雄叫びを捏造する無教養な(アーリアの人々ではない)輩たちは,[聖典=sabdaが]虚偽の言葉であることを声高らかに主張してきたが,それらの難点はすべて排斥された.したがって,聖典の権威は何ら支障なく確立したのである.」という最終詩節(27)で締めくくられていることによっても裏付けられる.かくしてニヤーヤ哲学の目的は,強固な論理によってVedaの権威を論証し,一見手ごわそうに見える異端派のVeda批判を粉砕することにあると,NMの冒頭でジャヤンタが表明していたニヤーヤの存在意義についての彼の見解と,NMのsb論は見事に呼応関係にあると結論付けることができる.他方,14詩節の一連の批判の趣意が「sabdaは実在と結びついていないのでpramanaたりえない」であるにも関わらず,それに対する正面からの批判がNMのsb論の後半に回されたのは,Vedaの権威を自律真知論(svatahpramanya)にもとづいて弁証しようとするミーマーンサーの諸議論に対する批判をまず先行させ,Vedaの権威は「信頼しうる方(=全知者たる自在神)によって語られた言葉であること」(aptoktatva)という論理的根拠によって他律的に証明されなければならないという形で,バラモン思想界での理論的基盤を盤石にする必要がある,とのジャヤンタの判断にもとつくのではないかと推測される.
  • 斉藤 茜
    原稿種別: 本文
    2013 年 61 巻 3 号 p. 1103-1107
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/09/01
    ジャーナル フリー
    中世インドの言語哲学の発展は,文法学派が立てたスポータ理論をひとつの頂点とする.彼ら文法学派は,ことばを構成する最小のユニットとしてスポータ(sphota)を提唱した.その開顕に関して,我々はBhartrhari(5世紀)の著作Vakvapadiyaに最初の具体的な議論を見ることができる.一方,彼の思想を継いでスポータ理論を完成させたMandanamisra(8世紀初頭)は,自身の著作Sphotasiddhi (SS)において,その議論を再構築し,理論武装を図っている.スポータを不可分の単位として見倣すのは,文法学派のみであるので,その理論を推し進めていく上で,ミーマーンサー学派を中心とする対論者(音素論者)との衝突が避けられない.Mandanaによれば,ことばとは,音素毎に順を追って明らかになるのではなく,「不明瞭なことば全体が,徐々にはっきりとしていく」というプロセスで顕現するものである.また音素(varna)は,単語(pada)の開顕においては便宜的に立てられた単位に過ぎず,真にことばの創出に係るのは音響(dhvani/nada)である.とはいえ,彼らが音素の存在を全く考慮しなかった訳ではない.Mandanaは音素の認識を<顛倒>(viparyasa)として,スポータ理論の体系の中に組み入れようとした.本論文では,SSにおける顛倒の議論に焦点を当て,【1】先ず語の知覚に際して,顛倒という概念を考える必要性を示し,【2】顛倒とはどういったものかを対論者の立場から考察した後,【3】それに対して,Bhartrhariの議論に基づきながらMandanaがどのように顛倒を定義するか,を検討し,【4】音素の認識とスポータの認識が如何に関わるのか,を図式化する.以上の流れに沿って,スポータ開顕のプロセスの中で,顛倒としての音素の認識が如何なる役割を果たすか,を明確にすることを試みる.
  • 志田 泰盛
    原稿種別: 本文
    2013 年 61 巻 3 号 p. 1108-1113
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/09/01
    ジャーナル フリー
    本論文では,クマーリラの代表的著作『シュローカヴァールッティカ(Slokavarttika)』に対するスチャリタミシュラによる註釈『カーシカー註(Slokavarttikakasikatika)』の未出版章の中から,音声[常住性]論題(sabdadhikarana/sabdanityatadhikarana)について,その一次資料(貝葉写本と転写)の系統の主観的な分析結果を提示する.大前[1998]が提供する『シュローカヴァールッティカ』とその註釈の書誌学的情報は網羅的であるが,註釈文献については『スポータヴァーダ章』を含む資料を中心に報告されている.そこで,大前[1998]に大きく依拠しつつも,改めて南インドの諸写本機関を調査し,3種のマラヤラム文字貝葉写本と3種のナーガリー文字転写が当該章をカバーすることを確認した.さらに,ベナレスのナーガリー文字写本も加え,7種の一次資料が利用可能な状況にある.これらの一次資料を校合し,欠損の一致やマラヤラム文字特有の読み間違いなどの情報に基づいた主観分析の結果として,大きく3つの系統が推定されることを示す.
  • 池端 惟人
    原稿種別: 本文
    2013 年 61 巻 3 号 p. 1114-1118
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/09/01
    ジャーナル フリー
    13世紀のVedanta学匠Madhvaは,Sankaraの説いた不二一元論に異を唱え,主宰神Visnuと世界との絶対的な別がすべての認識根拠(pramana)によって知られると主張した.中でも最も重要な根拠とされたのは,主宰神と自分たちとの違いを目の当たりにする経験(anubhava)である.しかし,この経験と,梵我一如を説くUpanisadの諸聖句とには明らかな矛盾がある.Madhvaはこの問題を解決するため,経験をsaksinの知と言い換え,それに絶大な力を与えた.すなわち,saksinは自己照明性をもち,自分自身や快苦など,他の根拠では証明不可能だが,経験上その存在を否定できないものはすべてそれの対象であるとした.あらゆる経験はこの絶対なる認識者が知覚した疑いえない事実である.したがって他の認識根拠がそれが正しい根拠である(pramanya)との判断も彼なしにはあり得ない.したがって聖伝の正当性すらも経験によって支えられるのだから,経験と抵触する聖句には別様の解釈を施さねばならない.MadhvaのVedanta学匠としての特異さは彼のこの異常なまでの現実志向があったのである.
  • 三澤 祐嗣
    原稿種別: 本文
    2013 年 61 巻 3 号 p. 1119-1123
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/09/01
    ジャーナル フリー
    サーンキヤ思想は,世界の成り立ちを一定数の原理に分類し分析するものであり,古くからインド思想の根幹を担ってきた重要な思想の一つである.その思想は古典サーンキヤをもって体系化されたのであるが,ウパニシャッド文献や『マハーバーラタ』などに見られる説は体系化以前の段階であり,初期サーンキヤと呼ばれる.このサーンキヤ思想はヒンドゥー教における宇宙論の形成にあたって多大なる寄与をなした思想であり,特にヴィシュヌ派の一派であるパーンチャラートラ派とは,その初期段階から密接な関係があった.Ahirbudhnyasamhitaはパーンチャラートラ派の重要な文献であり,この書で説かれる宇宙論は創造を3つの段階に分け,第3段階にいたって実際の経験世界の出現に至る.この第3段階はsuddhetarasrsti(「不浄なる創造」)と呼ばれ,サーンキヤ思想の理論が用いられている.本稿では,Ahirbudhnyasamhitaのsuddhetarasrsti説を取り上げ,初期サーンキヤや古典サーンキヤとの比較を通じ,その思想内容と影響関係の検証を行った.ここで説かれている説は,古典サーンキヤと類似して見えるのは確かであるが,細部が異なる.そして,それは初期サーンキヤなど古代の影響を残しつつ,古典サーンキヤの理論を取り入れ,パーンチャラートラ派の教義へと融合させているのである.
  • 稲葉 維摩
    原稿種別: 本文
    2013 年 61 巻 3 号 p. 1124-1129
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/09/01
    ジャーナル フリー
    動詞jay-/ji- (jaya-ti, Pa. jaya-ti, je-ti)「(戦いや賭博に)勝つ,〜を勝ち取る,〜を負かす」とjya-/ji- (jina-ti, Pa, jina-ti)「人(acc./gen.)から物(acc.)を奪う,〜を暴行する」,(jiya-te, Pa. jiya-ti, jiyya-ti)の「〜を奪われる,失う」は,その形態や意味から,明確に別々の言葉である.しかしパーリ語では,いくつかの点で語形や意味が重なり,本来の姿が不明瞭になる.本稿では,パーリ語三蔵(実際には経律蔵)と蔵外文献とにおいて,基本的な語形と意味を示す現在形と使役形の用例を整理した(なお,jiya-te, Pa. jiya-ti, jiyya-tiについては,本稿において取り上げなかった).ヴェーダ文献において,両者は明確に別々の言葉として用いられているが,しばしば語形や意味の点で混同される例が,先行研究によって指摘されている.パーリ語において,両者はヴェーダ文献と同様それぞれの基本的な意味において用いられる一方,jina-tiがjaya-ti「勝つ,勝ち取る,負かす」の意味で盛んに用いられている.パーリ語japaya-tiはjay-/ji-の使役形japaya-tiとjya-/ji-の使役形jyapaya-tiのどちらにも由来しうるが,意味の点から,jyapaya-tiがに由来すると考えられる.パーリ語において,明確に使役動詞として用いられている例の他,解釈の余地のある例があったが,これについては,さらなる検討を必要とする.
  • 八尾 史
    原稿種別: 本文
    2013 年 61 巻 3 号 p. 1130-1135
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/09/01
    ジャーナル フリー
    『根本説一切有部律』「薬事」には,これまで20世紀前半にギルギットで出土したサンスクリット語写本,漢訳,チベット語訳(以下GM, Chin, Tib)の三種のテクストが知られていたが,Jens-Uwe Hartmann, Klaus Willeの調査によってあらたな写本の存在があきらかになった.これは内容,字体ともにGMと近いものであり,すべて断片の状態とはいえ,「薬事」のGM散逸部分に関して数々の貴重な情報を提供する.本稿ではChin, Tibとの重要な異同を示す断片Fl9.3, F19.4(同一の葉に属する)について報告する.「薬事」中盤には相応阿含の一経典と涅槃経の一部に相当する記述があるが,GMでは当該箇所が現存せず,Tibでは全文が語られるのに対し,Chinでは「飢儉經」等の経典名を挙げたうえで省略されている.これはかつて漢訳者義浄による独自の省略とみなされたが,新出写本断片F19.3, F19.4には漢訳に一致する省略文があり,そこから「飢儉經」に相当するDurbhiksasutraという経典名が回収される.すなわちChinにおける省略は義浄の作為によるものではなく,義浄のもとついたサンスクリット原典に由来するものであった.さらに,これに続く説話の順序や経典の省略について,この一葉のなかに1. Tibと相違しChinに一致,2. Tibと一致しChinと相違,3. TibともChinとも相違,の三種の異同関係がみられる.従来『根本有部律』Chinは,Tibよりは不正確ないし不完全なものとみられがちであったが,義浄の漢訳が往々にして正しく原典の記述を伝えていたこと,すなわちTibとChinそれぞれのサンスクリット原典が異なっていたことは,本稿に挙げた事例を含め,新出写本によってこれまで以上に明確になると考えられる.
  • 山崎 一穂
    原稿種別: 本文
    2013 年 61 巻 3 号 p. 1136-1142
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/09/01
    ジャーナル フリー
    Asokavadanamala (AAv-m)は11世紀から17世紀頃にかけてネパールで編纂されたavadanamala文献に属する韻文による未公刊の仏教説話である.本論文ではその第二章Upagupta所収の一説話「ウパグプタのマーラ調伏物語」を取り上げ,National Archives (B#94/7),東京大学(MATSUNAMI Cat #37)所蔵の二写本に基づいて物語の構成とその背後にある思想を明らかにすることを試みた.AAv-m所収「ウパグプタのマーラ調伏物語」は244詩節から構成され,Divyavadana第26章,Ksemendra(11世紀)のAvadanakalpalata第72章所収の並行話からそれぞれ47詩節,27詩節を引用している.残る170詩節のうち約100詩節はDivy所収の並行話の散文部を韻文化したものであるが,残余はAAv-mの作者の創作に帰せられる.これら70詩節を言語,文体,思想的側面から検討した結果,次の特徴が見られることが明らかになった.言語,文体的特徴としては,(1)AAv-mと同じavadanamala文献に属するBhadrakalpavadanaのテキストにTATELMAN [1999], STRAUBE [2007]が認めた古典梵語文法からの逸脱例が等しく確認される.(2)文体は古典梵語美文学の作詩法を前提としたものではなく,民衆向けの俗語的表現を用いたものである.思想的特徴としては,(1)ウパグプタによるマーラの懲罰場面に他の並行話に見出されないヴィシュヌ神とシヴァ神を登場させ,彼等に長老の権威を認めさせることによって,AAv-mの作者が仏教のヒンドゥー教に対する優位性を説いている.(2)AAv-mの作者は物語の末尾でウパグプタ長老に阿弥陀浄土について言及させており,浄土思想の影響を受けていた可能性がある.
  • 鈴木 隆泰
    原稿種別: 本文
    2013 年 61 巻 3 号 p. 1143-1150
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/09/01
    ジャーナル フリー
    筆者はこれまで,『金光明経(Suvarna[-pra-]bhasottamasutrendraraja)』の制作意図に関して以下の<仮説>を提示してきた.・大乗仏教出家者の生き残り策としての経典:『金光明経』に見られる,従来の仏典では余り一般的ではなかった諸特徴は,仏教に比べてヒンドゥーの勢力がますます強くなるグプタ期以降のインドの社会状況の中で,余所ですでに説かれている様々な教説を集め,仏教の価値や有用性や完備性をアピールすることで,インド宗教界に生き残ってブッダに由来する法を伝えながら自らの修行を続けていこうとした,大乗仏教出家者の生き残り策のあらわれである.・一貫した編集意図,方針:『金光明経』の制作意図の一つが上記の「試み」にあるとするならば,多段階に渡る発展を通して『金光明経』制作者の意図は一貫していた.・蒐集の理由,意味:『金光明経』は様々な教義や儀礼の雑多な寄せ集めなどではなく,『金光明経』では様々な教義や儀礼に関する記述・情報を蒐集すること自体に意味があった.本稿では第4章「蓮華喩讃品(Kamalakara-parivarta)」に焦点を当て,<仮説>の検証を続けた.その結果,「仏教がかつての勢いを失いつつある中,仏教の存続に危機感を抱いた一部の出家者たちは,在家者から経済的支援を得てインド宗教界に踏みとどまり,仏教の伝承と実践という義務を果たすため,『金光明経』を制作した.『金光明経』の功徳や価値や有用性や完備性をアピールするため,適宜『金光明経』を増広発展させていったが,「蓮華喩讃品」においては他の多くの諸品とは異なり,世間的利益を説かず出世間的利益のみが求められている.これは,「蓮華喩讃品」に表れる祈願・誓願が,聞く側(在家者)ではなく説く側(出家者)のもののみであることに基づいていると考えられる.この「出家者の祈願・誓願は全て出世間的利益を求めるもの」ということに,『金光明経』が全篇に渡ってどれほど世間的利益を説こうとも,『金光明経』制作者の出家者としての「本義」「面目」があったものと判断される.同時に,『金光明経』が世間的利益を強調したのは,そこに魅力を感じる在家者を惹きつけ彼らから財政支援を受けることを目的としたからであって,出家者自身が出世間的利益を放棄したのではないことも確認される.」という結論を得たことで,所期の目的を達成した.『金光明経』から見る限りにおいても,インド仏教は第一義的には出家者のための宗教であったといえる.
  • アップル ジェームズ B
    原稿種別: 本文
    2013 年 61 巻 3 号 p. 1151-1157
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/09/01
    ジャーナル フリー
    南インドにおいて幾世紀にもわたって形成された幾百の仏典は「大乗経」と分類されてきたが,それらの歴史的重要性や過去におけるそれらがもたらした影響についてはそれほど知られてはいない.インドにおける仏典の持つ歴史的な影響力を知る一つの方法は,インドで後に制作された註釈書に現れる特徴的な引用を辿っていくことである.この発表では,大乗経を称する不退転輪経の検討とともに,インドにおける仏典註釈書に見えるその経典からの引用を辿りつつ,不退転輪経が歴史的に持っていた重要性について考察したい.本稿では,特にインドにおける著名な大乗仏教の学者である龍樹(2世紀),カマラシーラ(8世紀),アバヤーカラグプタ(12世紀)等の註釈書に現れた不退転輪経からの引用を示しつつ,2世紀から12世紀にわたって本経が有していた重要性について論じていく.最後に,結論として,インドの仏教論者は概して不退転輪経を聖典の権威を示すものとして,以下の4点のうちのいずれかの目的をもって引用したと論述する.(1)一乗思想の主張を裏付けるため,(2)仏陀の用いた意味論的叙述解説(nirukti)を陳述するため,(3)預流(須陀洹),一来(斯陀含),不還(阿那含)等の階位が実は菩薩のものであることを示すため,(4)涅槃の完全な非概念性を示すため.
  • 清水 俊史
    原稿種別: 本文
    2013 年 61 巻 3 号 p. 1158-1162
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/09/01
    ジャーナル フリー
    本稿は,有部と上座部との資料を検討し,阿羅漢の造業の問題について考察した.阿羅漢は,すべての煩悩を断っているのであるから悪心を起こさず,人殺しや盗みをして悪業をつくることはない.しかし,阿羅漢は善業をなすことがあるのだろうか.仮にもし,「人助け」や「社会貢献」を阿羅漢がなした場合,これらの行いは仏道修行とは無関係の世俗的な善業(すなわち福徳)であるから,輪廻しない阿羅漢にも来世の生存を生みだすという問題に陥ってしまう.このような「もはや輪廻しないはずの阿羅漢であっても,新たに業を積むのか」という問題が,有部および上座部の資料に現れている.この問題に対し両部派は,次のように全く異なる見解を示している.上座部は,阿羅漢になった者はもはや業をさらにつくることはないと解釈している.しかしこれは,仏道修行とは無関係の世俗的に「よい」とされる行為を,阿羅漢が全くなさないという意味ではない.そのような場合,阿羅漢には善心ではなく,阿羅漢のみに起こる唯作(kiriya)という特殊な無記心が起きており,その心がそのような世俗的な行為を成立させていると解釈する.一方の有部は,阿羅漢となった者も業をつくることがあると解釈している.すなわち,仏道修行とは無関係の世俗的に「よい」とされる行為をなす場合,阿羅漢にも三界繋有漏心が起こり,それらは善業になる.しかしこの阿羅漢の善業は,阿羅漢の最後生で異熟を受ければ済むもので,来世を導く能力はないものにしかならないと解釈されている.阿毘達磨の法相は一見無味乾燥としているが,このような具体的な問題にも回答しうるよう厳密に定義されていることがわかる.
  • 石田 一裕
    原稿種別: 本文
    2013 年 61 巻 3 号 p. 1163-1167
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/09/01
    ジャーナル フリー
    本稿は『倶舎論』に説かれる経量部説の一つが,『大毘婆沙論』所説のガンダーラ有部説にトレースできることを示すものである.『倶舎論』業品には,不律儀の解釈をめぐる経量部と毘婆沙師との論争がある.両者は不律儀の部分的な獲得を認めるか否かを争っており,経量部は不律儀の部分的な獲得を主張し,毘婆沙師はそれを認めない.この論争は,『大毘婆沙論』一一七におけるカシミール有部とガンダーラ有部との主張と全く同一の構造を有している.『倶舎論』の論争と『大毘婆沙論』の論争を比較すると,経量部説とガンダーラ有部説が,毘婆沙師説とカシミール有部説が,同一であることを理解できる.筆者は,これは経量部がガンダーラ有部の学説を引き継いだことを示すものであり,この経量部説の起源がガンダーラ有部説にあると理解する.従来『倶舎論』における経量部説は,『大毘婆沙論』における警喩者説や『瑜伽論』などに関連付けられて研究がすすめられていたが,本稿で示したように経量部説はガンダーラ有部とも関係がある.本稿が指摘した事実は,経量部を考える際にはガンダーラ有部,さらにはガンダーラという地域の状況を想定しつつ研究する必要があることを示すものである.
  • 横山 剛
    原稿種別: 本文
    2013 年 61 巻 3 号 p. 1168-1172
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/09/01
    ジャーナル フリー
    アビダルマ仏教における最終目標は,あらゆる苦しみの止滅,すなわち涅槃に他ならない.諸部派のなかで一大勢力を誇った説一切有部は,一切有を基本に据える範疇論的な存在論を展開し,本来は「苦しみの不生起」を意味する涅槃に対しても「択滅」(pratisamkhyanirodha)という無為なる実体を想定した.しかしながら,有部の存在論に立脚する以上の涅槃理解は外部からの批判に晒される.有部がいかなる論証を用いて択滅の実在性を証明し,批判の克服を試みたかは注目に値する.一色大悟「有部アビダルマ文献における無為法の実有論証について」(『インド哲学仏教学研究』16,2009, pp.39-54)は,有部の無為法に対する実在論証に「作用の定義→作用の認識可能性(教証/理証)→実有の保証」という構造を指摘し,さらに択滅に限っては,その固有の本質が非聖者には認識されないために,非存在には許されない特徴を択滅に見出すことで実在論証が補強される点を指摘する,以上の指摘を踏まえ,本稿では一色[2009]では扱われていない『入阿毘達磨論』(Abhidharmavatara)に注目し,択滅の実在論証に考察を加える.範疇論を軸に有部教理を纏めた撮要書『入阿毘達磨論』は,択滅句義において『雑阿含経』所収の「人経」(Manusyakasutra)を引用し,実在性の教証とする.本稿では,「人経」自体の構造と趣旨を確認した後に,『入阿毘達磨論』において「人経」が教証として用いられる際の論理構造を明らかにし,当該の実在論証における本質的なふたつの特徴を指摘する.さらに,以上で明らかとなった『入阿毘達磨論』における択滅の実在論証と一色[2009]の指摘との関連について述べる.
  • 斎藤 明
    原稿種別: 本文
    2013 年 61 巻 3 号 p. 1173-1181
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/09/01
    ジャーナル フリー
    『中論』の注釈者の一人として知られるブッダパーリタ(仏護,370-450頃)は,独特でしかも定型的な比喩表現を多用しながら論敵の議論を批判する.本論文では,総計でおよそ32を数えるこれらの定型的な比喩表現とその訳文をリストアップするとともに,近年公刊された『仏護注』のサンスクリット本(全体の1/9程度)に見られる5例を分析する.これらの考察により,以下のような結論を得た.第1に,この比喩表現はkim idam bhavan.../yas tvam...というほぼ同一の形式をもつ.論敵の反論や批判を論破するために,否定が期待される疑問文を主節とし,その理由文を従属節として後置する.第2に,その一例を挙げると,「君はいま,生まれてもいない子供の死に苦しんでいるのか?君はすでに行かれたところ(gata)がないのに,いまだ行かれていないところ(agata)を考えているとは(=のだから).」(『中論』第2章・第14偈の注釈内)である.第3に,ブッダパーリタが好んで用いたこの比喩表現は,論敵の理解や反論内容そのものを理由文とし,その理解の誤りを主節の疑問文によって自覚させるために採用されたことが分かる.第4に,それゆえ,当該の比喩表現がもつ論法は,ブッダパーリタの典型的な論理である帰謬論法-より厳密には混合形の仮言三段論法(否定式modus tollens)-に相応している.
  • 赤羽 律
    原稿種別: 本文
    2013 年 61 巻 3 号 p. 1182-1188
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/09/01
    ジャーナル フリー
    Bhavivekaが著作したPrajnapradipa (PP)は,Mulamadhyamakakarika (MMK)に対する重要な注釈書の一つであるが,サンスクリット原典が見つかっていないことから,その解明にはチベット訳Ses rab sgron maと,漢訳『般若灯論』という二つの翻訳を用いるほかない.しかし,実際にはチベット訳のみが用いられ,漢訳はその訳の悪さが指摘されて以降ほとんど用いられてこなかった.一方で,近年,Leonard van der Kuijp教授が漢訳の価値に言及し,Helmut Krasser博士は,両訳に共通にみられる第22章の付論部分の考察に基づいてPPの成立状況に言及した.本稿では,Krasser氏が指摘したチベット語訳中の付論部分10箇所と,それに対応する漢訳部分を比較対照した結果,6箇所が漢訳に欠けていることを明らかにし,Krasser氏の想定をもとに,漢訳とチベット訳それぞれの元となったサンスクリット原本が異なっていた可能性を指摘した.一方でこの様な漢訳を用いた想定は,漢訳の「悪さ」を理由に,説得力を欠くとみなされがちである.Ni ma gragsとKlu'i rgyal mtshanの訳が相違するMMK第22章第1偈に関しても,漢訳はNi ma gragsの訳を支持し,Klu'i rgyal mtshanによるPPのチベット訳と相違するが,漢訳の妥当性は考慮されてこなかった.しかし漢訳の読みを正しいと仮定した場合に想定される,漢訳の注釈内容のサンスクリットは,一見相違するKlu'i rgyal mtshanによるチベット訳と,漢訳両方の訳になりうる可能性を有しており,文脈を考慮に入れるならば,当該の偈のチベット語訳は漢訳に基づき修正されるべきことを指摘した.確かに,漢訳は決して十分な訳ではないが,PP研究においては,偏見なく用いられるべきであろう.
  • 望月 海慧
    原稿種別: 本文
    2013 年 61 巻 3 号 p. 1189-1196
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/09/01
    ジャーナル フリー
    Ratnakarasantiは後期インド仏教の重要な論師の一人であり,瑜伽行唯識派に属しているとされる.その彼に,中観派の開祖とされるNagarjunaのSutrasamuccayaに対する注釈書Sutrasamuccayabhasya-ratnalokalamkaraがある.そこではNagarjunaに対する言及が最も多く見られるが,その多くは瑜伽行派の開祖とされるAsangaと並べて言及される.Nagarjuna単独で言及される場合は,Ratnavaliからの引用が多い.彼の著書の中で,同論は一般的な教義を論じているために,経典の注釈において言及しやすかったのであろう.またPancakramaも引用されるため,彼は注釈者により密教論者としても認識されていたことがわかる.MaitreyaやAsanga単独での言及も多く見られる.中でも,Mahayanasutralamkaraの引用が最も多いのは,やはり引用経典を解説するのに便利な著書であったのであろう.Vasubandhuへの言及は,仏教教義の語句説明の際にAbhidharmakosaが引用されるのみで,Trimsikaは引用されるものの,Maitreyaの著書とされている.その他には,DhrmakirtiのPramanavarttikaが引用され,論理学の知識は解説の前提となっている.AsvaghosaとSuraや,アビダルマの論師も僅かに言及されている.中観と唯識の教義については,前者の八不や離一多性論証なども見られるものの,後者の八識説・三性説・如来蔵説などが多く見られる.注釈者は,両者の思想的矛盾には言及せず,前者の見解を後者で補って解説している.また,悟りの段階についてAsangaをNagarjunaより上位においている.このことから,注釈者は中観の開祖の著書を唯識の立場で解説していることがわかるが,そこに両派の学派的差異の認識は認められない.
  • 高橋 晃一
    原稿種別: 本文
    2013 年 61 巻 3 号 p. 1197-1203
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/09/01
    ジャーナル フリー
    初期仏教から大乗仏教に至るまで重要視された瞑想法に四念処(四念住)がある.単独で扱われることもあり,三十七菩提分法の筆頭に置かれることもある.アビダルマでは四聖諦現観の前段階である加行位に位置づけられる.この四念処は身受身法に関する随観(anupasyana/anupassana)と密接に関わっており,それに応じて身受心法の四種の念処が説かれる.先行研究が指摘するように,四念処の内容に関しては,阿含・ニカーヤにおいても異同があり,またアビダルマにおいては観想法の解説にとどまらず,哲学的な解釈が施されるなど,思想史的な発展が見られるが,基本的には不浄観や四顛倒と深く関係している.例えば,修行者は身体に関して,その不浄性や無常性を洞察し,執着を離れるよう努める.ところで,『瑜伽師地論』の最古層に属する『菩薩地』も三十七菩提分法を説明する際に四念処に言及している.その記述は極めて簡潔で,身体に関する随観のみを説明し,あとは省略されているが,その要点は「菩薩は,身体を身体として存在するものと構想しないが,全く存在しないと見るわけでもなく,身体は言語表現し得ない本質を持っていることをありのままに理解する」というものである.「言語表現し得ない本質(nirabhilapyasvabhava)」は『菩薩地』の思想の中核にある概念であり,その背景には言語表現を超えた実在が想定されている.したがって身念処に関していえば,身体をある意味で肯定的に捉え直していると言える.少なくとも『菩薩地』では単に身体を不浄,無常なものと観て厭離するという発想が見られない.これは瑜伽行派以前の思想との顕著な相違点と言えるだろう.この見解は大乗の菩薩行との関係から考察する必要があろうが,すでに本稿の考察範囲を大きく超えている.今後の課題としたい.
  • 岡田 英作
    原稿種別: 本文
    2013 年 61 巻 3 号 p. 1204-1208
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/09/01
    ジャーナル フリー
    種姓(gotra)という概念は仏教教理の長い歴史のなかで複雑な発達過程をもつ.特に瑜伽行派では,本性住種姓(prakrtistham gotram)と習所成種姓(samudanitam gotram)という二種姓,無種姓(agotra),不定種姓(aniyata-gotra)などの新しい術語を生み出して,独自の展開をみせた.そのような術語のなかで,agotrasthaという語は種姓に立脚した者(gotra-stha)の否定概念であり,般涅槃あるいは菩提に関する資質がない者とされる.本論文では,『菩薩地』(Bodhisattvabhumi)に焦点をあて,agotrasthaという語に注目する.『菩薩地』のなかでagotrasthaに関する教説は,第1章「種姓品」,第6章「成熟品」,第18章「菩薩功徳品」の3つの章に確認できる.そこで,各章の教説を抽出して,agotrasthaと呼ばれる者について考察する.まず「種姓品」の教説は,agotrasthaがどのようなものかを明かす.agotrasthaとは,種姓が無いことを意味し,無上正等菩提の達成のための資質がない者である.次に,後の2つの章では,agotrasthaに対して菩薩はどのような態度を示すのかが明らかにされる.「成熟品」の教説は,菩薩の成熟対象として,声聞,独覚,菩薩にagotrasthaを加える.すなわち,菩薩はagotrasthaを善趣へ向けて成熟する.「菩薩功徳品」の教説は,衆生の要素と教化されるべき者の要素との差異について説き,教化されるべき者が一切衆生と言いながらも,菩薩は教化対象としてagotrasthaを除外する.従って,この2つの菩薩の態度から,菩薩はagotrasthaを蔑ろにしないが,菩薩による成熟と教化との間には対象となる衆生に差異があると言える.
  • 岸 清香
    原稿種別: 本文
    2013 年 61 巻 3 号 p. 1209-1216
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/09/01
    ジャーナル フリー
    『大乗荘厳経論』第十八章菩提分品は,第一に差恥(lajja)の分析から始まる.差恥という主題が,いかなる理由で第十八章の冒頭で述べられ,どのような思想内容を有しているかを明らかにすることが本稿の目的である.『大乗荘厳経論』の論構成に関して,『大乗荘厳経論』第十八章は,本地分『菩薩地』第十七章同名品との対応が先行研究によって指摘されている.両者の差恥(lajja)の分析箇所を比較検討すると,その自性と差恥(lajja)が起こりうる場合について,同様の見解を示している.しかし,『大乗荘厳経論』中では,差恥は六波羅蜜の修習に関して生起するものと表現されている一方で,本地分『菩薩地』では具体的な説示はなされていない.差恥(lajja)に関する記述量からいっても,『大乗荘厳経論』は本地分『菩薩地』より詳細に論じており,テキストの思想内容には相違がみられる.また,差恥(lajja)が第十八章の冒頭で論じられることについて,『大乗荘厳経論』の二つの註釈書がその理由を明示している.アスヴァバーヴァ・スティラマティによる諸註釈書によれば,差恥(lajja)という主題が第十八章の冒頭で論じられるのは,前章「供養・親近・無量品」との結びつきのためである.すなわち,羞恥(lajja)以下第十八章の論ぜられる項目すべてが,他者救済を念頭に置いた自利・利他行であることを強調するためである.従って差恥(lajja)は,六波羅蜜との関係上で言及され,自利・利他行を目的とする修行方法の一つとして,『大乗荘厳経論』中で大乗仏教思想の優位性を示すために論じられた項目であるといえる.
  • 那須 円照
    原稿種別: 本文
    2013 年 61 巻 3 号 p. 1217-1223
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/09/01
    ジャーナル フリー
    本論攷では,護法(Dharmapala)の『唯識二十論』に対する注釈書である『成唯識宝生論』における唯識無境(世界は心のみであり外界の対象は存在しない)という学説を積極的に論証した箇所について検討する. この唯識無境の論証には,二つのレヴェルがあることに注意しなければならない.それは,論理的な極微論批判的背景にもとづく外界物質実在論批判と,究極の唯識は仏陀の自己認識のみであり,他者の心の実在性も認めず,一切は包括的に仏陀の心の中の認識内容であるという立場である.後者は,『唯識二十論』の末尾の記述と密接に関係する.前者は,『唯識二十論』の極微論批判の記述と密接に関係する.後者は,『唯識二十論』の法無我の論証の箇所の,主観・客観を離れた唯識性(離言の法性)のみが存在するという記述に若干仏陀の唯識との関連性が見られる.護法は外界実在論者を,外界の対象は識にもとついて構想されたものであり,識なしにはなく,構想された共相は非実有であり,外界の物質的対象は極微論批判的な内的必然性にもとついて無であるとした.また,この外界非実在論に加えて,もう一つさらに,真の唯識は,他者の物質的存在を否定するだけでなく,他者の精神的存在も仏にとっては真実には他者としてありえないということが,自己認識,清浄な自心の認識,主客を離れた真の唯識,というような表現で,示唆されている.このことは,『唯識二十論』の末尾のヴィニータデーヴァと慈恩大師・基の註釈で,真の唯識とは,仏陀の包括的自己認識であるというような文脈でまとめられている.これは独我論というよりは,絶対的包括的唯心論と名づけるべきであろう.
  • 日比 佑香
    原稿種別: 本文
    2013 年 61 巻 3 号 p. 1224-1228
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/09/01
    ジャーナル フリー
    大乗唯識思想が発展する以前,説一切有部(以下,有部)は心心所諸法の重要性は示してはいたものの,あまねく諸法の実有を説いたことによって,究極的には唯心を掲げていたことはなかった.すなわち有部が唯心を説かずに根・境の客観的実在性を説いたことは,サンガバドラの『順正理論』に示されているとおりである.従来,有部の教理を纏めた『倶舎論』において,その著者世親(A.D.400-480)は有部の諸法実在説を暗に批難しながらも根・境の非実在性を主張し,『倶舎論』以後の著作となる『成業論』において阿頼耶識が説かれたことによって唯識思想への変遷がなされたものと考えられていた.一方で,唯識思想の成立は伝統的に,『解深密経』の「分別瑜伽品」において初めてvijnapti-matraが説かれ,かの経が唯識の創唱者であるとされていた.しかしながら,実際にどのような成立過程を経て後期の世親の唯識思想が構築されていったのかを今一度順序だてて整理したい.本論考では,膨大に先行研究の為されている伝統的な唯識思想の成立についての諸説を整理し,年代を追って,世親個人が有部の教理から唯識思想へ変革した転機を『成業論』を中心として考察した.そこから見出だされたものとは,『成業論』における阿頼耶識説の唯識思想的なあり方ではなく,『倶舎論』において未だ未完成であった相続問題の解決へ向けた思想であったものと考えられる.
  • 渡辺 俊和
    原稿種別: 本文
    2013 年 61 巻 3 号 p. 1229-1235
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/09/01
    ジャーナル フリー
    本稿では『プラマーナサムッチャヤ』第3章でディグナーガが行う,サーンキヤ学派のavita説批判を検討し,(1)ディグナーガの理解するavitaの構造は,サーンキヤ学派の提示する本来のそれを大幅に改変したものであり,prasangaを証因の三条件説に組み込むことに成功している(2)ディグナーガによるavita解釈が,ダルマキールティが用いるprasangaviparyaya,そしてバーヴィヴェーカがブッダパーリタを批判する際に用いるviparyayaと同じ構造である という二点を明らかにした.(1)ディグナーガの理解するavitaは,vitaと同じ主題(A)について,vitaでの遍充関係(B→C)の対偶(¬C→¬B)を用いて望ましくない帰結を導くものである.vita:A(B→C) avita:A(¬C→¬B)) ∧¬¬B∴ ¬¬C 従って,avitaはvitaに変換され,同じ内容を表すものと理解される.このことは,prasangaも証因の三条件説の枠内に収まるということを意味し,さらには正規論証(sadhana)へ変換されうる可能性を示唆するものである.(2)ダルマキールティおよび彼の注釈者達によるprasangaとprasangaviparyayaの関係は,前者がディグナーガのvitaに,後者がavitaに対応する.また,バーヴィヴェーカの提示するviparyayaへの変換も,バーヴィヴェーカは否定(¬)をparyudasaで理解しているのに対してディグナーガのそれはprasajyapratisedhaであるという点は異なるが,ディグナーガがavitaをvitaへ変換した手順と構造的に同じである.
  • 佐々木 亮
    原稿種別: 本文
    2013 年 61 巻 3 号 p. 1236-1240
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/09/01
    ジャーナル フリー
    ニヤーヤ学派は討論術の整備に意欲的であり,中でも敗北の条件(nigrahasthana,討論における勝者と敗者を決めるための規則)はNyayasutra (NS)において二十二種類の項目として整序されるに至った.このニヤーヤ学派の敗北の条件の規定をNSの諸註釈者の解釈を踏まえた上で批判的に検討し,仏教論理学の立場から改めて敗北の条件を定義し直したのが,ダルマキールティ(Dharmakirti)のVadanyaya (VN,『ヴァーダ・ニヤーヤ』)である.ダルマキールティはVNの前半部分において仏教論理学の諸概念を用いて敗北の条件を定義しており,他方で,VNの後半部分ではニヤーヤ学派の規定する二十二種類の敗北の条件を個別的に批判している.従来の研究ではこのVN前半部と後半部の関係性を調べるという包括的分析の視座が十分には取られてこなかった.そこで本稿は,VN前半部と後半部を部分的に対照してみせることで,VNを包括的に分析する方法論の一端を紹介し,さらに,局所的にではあるがこのアプローチのもとで明らかになるVNの独自性と思想史的意義を示すことを目的とする.具体的には,VN前半部におけるasadhanangavacana(立論者にとっての敗北の条件)の第一・第二・第三解釈と,VN後半部でのnyuna(ニヤーヤ学派の規定する第十一番目の敗北の条件)に対する批判内容とを比較対照する.この分析の結果,ダルマキールティはVNにおいて,彼独自の多様な論理学説をasadhanangavacana等の全く新たな討論術的概念に収歛させることにより,ニヤーヤ学派による従来の敗北の条件の内容と相違点や類似点をもつものとして敗北の条件を定義し直した,という事実が判明した.なお,本研究は,VN前半部全体の内容と,nyuna以外の他の二十一項目に対する批判内容とを比較対照させるという仕方での更なる発展性を有している.
  • 松岡 寛子
    原稿種別: 本文
    2013 年 61 巻 3 号 p. 1241-1247
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/09/01
    ジャーナル フリー
    『タットヴァ・サングラバ』「外界対象の検討」章vv. 4-15 (TS_B 1967-78)においてシャーンタラクシタは諸極微の集合体を所縁とみなすシュバグプタの見解を全面的に否認する.ここに繰り広げられる論争の争点が「諸極微の集合体の顕現をもつ知は諸極微の集合体から生じたものではない.実在を対象としないから.二月のように」という『観所縁論』v. 2abにおけるディグナーガの主張にある点は従来の研究において看過されてきた.本稿ではこの点に着目し,シュバグプタ著『バーヒャールタ・スィッディ・カーリカー』vv. 38-40及び上記のvv. 4-15の検討を通じて,ディグナーガのその主張を,シュバグプタがいかに批判し,シャーンタラクシタがいかに擁護しているかを次のとおり明らかにした.まず,シュバグプタの極微集合所縁説の特徴は,(1)諸極微は集合することによってはじめて直接知覚をもたらすものとなることと,(2)集合した諸極微は複数であるにもかかわらず,黄等の単一体として誤認されることという二点にまとめられる.一方,シャーンタラクシタは彼の極微集合所縁説を否認するため,(1)諸極微の物体という属性と無部分という属性とが理論的に両立不可能であることを指摘して(1)諸極微が集合することを否定し,(2)「諸極微である」と知覚判断されない限り諸極微は直接知覚の対象としては確定され得ないことを指摘して(2)単一体という錯誤知の根拠が集合した複数の諸極微であることを否定する.さらに後者を補完して(3)知覚可能なものが諸極微の集合体であるとする推理を否定し,『観所縁論』v. 6に同じく,知覚可能なものは知の内部の能力にほかならないことを証明する.このようにシャーンタラクシタは『観所縁論』v. 2abの解釈の展開に積極的な役割を果たした.
  • 洪 鴻栄
    原稿種別: 本文
    2013 年 61 巻 3 号 p. 1248-1255
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/09/01
    ジャーナル フリー
    本稿は安世高訳『本相猗致経』の中心思想を研究し,そして本経とその同類テキストとの関わりを確認する上で,初期仏教聖典の成立を問題視して,その文型変遷のプロセスを考察することにする.林屋友次郎(1938)は「安世高訳の雑阿含と増一阿含」の文中に『本相猗致経』に対応するパーリ経典をA.V.21-22 Garava-s.と誤記したが,それに対応する経典は,実のところA. X. 61-62である.また,宇井伯壽は『訳経史研究』の中にも,本経と関係するパーリ仏典に言及しなかった.さらに,近年アメリカの学者Jan Nattierは,そのパーリ文のテキストがないとも主張している.安世高訳『本相猗致経』は僧伽提婆(Samghadeva)が東晋隆安二年(398年)に訳出した『中阿含経・51経(本際経)』のテキストとほぼ完全に対応し,さらにパーリのA. V. 62 Tanhasuttaにも大変類似している.『本相猗致経』の漢訳文をパーリ文の内容と対照して見れば,aharaは一般的に「四食」の「食」と訳されるが,安世高はaharaを「従致」と訳したのに対し,僧伽提婆はそれを「習」と訳した,という結論に達する.また,同類経典の文型に関して,『本相猗致経』,『中阿含経』の第51経・52経・53経,ないしパーリのTanhasuttaは,みな共通の文型構造を持っている.パーリテキストのTanhasuttaが現存することから,『本相猗致経』と『中阿含経・51経(本際経)』とは同本異訳の関係にあるに違いない.さらに,『本相猗致経』の文中に「比丘」の語が28箇所あるのに対し,TanhasuttaのA. B. C. Dの文中には呼格のbhikkhaveが26箇所ある.これらの理由から,『本相猗致経』は本来,梵文の原典があったに違いない.また,以上の類似する五つの経典の文型構成に関して,簡単な文型から次第に複雑的文型へと変遷していったことも推定できる.その変遷の模型には,簡単・原始的テキストから完全重複テキストへ,そして完全重複テキストから部分重複テキストへという三つの段階があるとも考えられる.
  • 佐藤 厚
    原稿種別: 本文
    2013 年 61 巻 3 号 p. 1256-1260
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/09/01
    ジャーナル フリー
    新羅義相(湘)(625-702)の主著『一乗法界図』(以下『法界図』)は,韓国の華厳教学の根本となる重要な著作である.『法界図』は,(1)序文,(2)「法性円融無二相」から始まる七言三十句を屈曲させた<図印>と,(3)それに対する註から構成される.『法界図』に対しては,新羅時代から義相の系統で註釈が行なわれ,高麗時代には様々な注釈を集成した『法界図記叢髄録』が編纂された. 『法界図』にはテキストの異同の問題と,これに関連した著者の問題も存在するため,基礎的な研究が必要である.私は2年前に古書店で,日本の京都にある常楽院という寺院の所蔵印がある『一乗法界図』写本(以下,常楽院写本)の存在を知り購入した.今回は,これまで存在する『法界図』の刊本,写本と比較して,常楽院写本の性格を報告する.常楽院写本には,書写に関する記録がないため,いつ,誰が,何を底本として作成されたのかがわからない.現段階においては,紙の質などから判断して成立の下限を江戸時代と見ている.こうした中,論文においては,常楽院写本の位置づけを行うため,『法界図』の構成面に焦点を当てて調査した.特に日本伝来写本にだけ見られる「法界図章」「一乗法界図」という二つの尾題に着目した.これは鎌倉時代の高信の証言と合わせ,日本で伝写される過程で作られたものと考えている.常楽院写本にも同じ二つの尾題があるため,本写本は,日本に伝来する写本と同じ系統の写本であることがわかった.より具体的な検討は今後の課題とする.
  • 渡邊 寶陽
    原稿種別: 本文
    2013 年 61 巻 3 号 p. 1261-1269
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/09/01
    ジャーナル フリー
    「日蓮(1222〜82)は,どのように仏陀の存在を確信したのか?」について,日蓮の主著『如来滅後五五百歳始観心本尊抄』(『観心本尊抄』と略称)を中心に,考察する.日蓮は「仰ぐところは釈迦仏.信ずる法は法華経なり」(『孟蘭盆御書』)と,明確に久遠の仏陀釈尊への尊崇を基本とし,『法華経』への帰依を確言している.釈尊への帰依については,釈尊が(精神文化の基調である)主徳・師徳・親徳の三徳を総合的に統括していることを強調する.そのことは『一代五時図』『一代五時鶏図』などの図録に詳細に図示される.そのような総合的な見解に基づき,日蓮は,釈尊→天台大師→伝教大師という系譜において『法華経』を基幹とする仏教の展開がみられるとする.具体的には中国の天台大師撰述の『法華玄義』『法華文句』『摩詞止観』の三大部を尊重する.したがって,自己に仏界の内在を確信する依拠は『摩詞止観』に求められる.天台大師智〓は『摩詞止観』を厳しい行法として究める摩詞止観の行法を完成させたが,日蓮はその第五巻に説かれる一念三千の理論を末法衆生への基本として転換的に理解し,南無妙法蓮華経の唱題によって,凡夫自己の仏界が久遠釈尊の大慈悲によって顕現されるとする.それこそが,仏陀入滅後二千二百二十余年後の末法に『法華経』が「未来記の法華経」としてその真意を顕す重要な意義であることを,『観心本尊抄』に詳説する.すなわち,自己に内在する一念三千とは,凡夫自身の自己錬磨によって究明することでなく,凡夫自身に仏界を具有することは,既に久遠釈尊によって保証されるところであることが明らかにされるとする.それを自己に体得することは,南無妙法蓮華経の唱題受持によって顕現されるという唱題成仏の趣旨が明らかにされたとするのである.仏陀釈尊を仰ぎ見る当所に,凡夫自己の仏界内在を確信せよと日蓮は示しているのである.
  • 原稿種別: 文献目録等
    2013 年 61 巻 3 号 p. 1271-1404
    発行日: 2013/03/25
    公開日: 2017/10/31
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