静電的及び電磁的に二つの線路が結合せられて居る時相互に誘導作用が起り,通信線の場合には漏話と稱せられて,兩線路の結合が集中して居る場合は既に十分に論議し盡されて居る。
漏話の原因である結合が線路の全長に分布せられて居る場合については先づBreisig氏の論文を擧げることが出來る。(1)Breisig氏は側回線a,b;a',b'に於いIa+Ib=0,Ia'+Ib'=0,Va+Vb=0,Va'+Vb'=0なる條件が成立するものとして理論を進めたので發生する定常波は2種類となつて居る。極めて一般の場合を論じて居るため結果が複雜であつて,簡明なる結論を與へて居ない點が遺憾であるが,理論的に嚴密なる階段を踏み長さ有限なる場合に四端子回路の理論に類似する論法を用ひて居る卓見には敬服する處である。Küpfmüller氏(2)は1923年に結合が集合せる場合を論じ,それより分布結合の場合を論じて居る。分布結合の場合には結合が疎であるとし,且つ被誘導線より誘導線へのBackaction無きものと假定して居る。尚線路定數が均等に分布して居ると假定して居ながらその結合だけ長さに關して任意の形に分布して居ると假定して居る。その演繹の方法は普通の回路理論と異り極めて便宜的の方法を用ひて居るのは筆者等の同意し得ない處であつて,從つてその結果も筆者等の本論文に於いて得た結果とは一致しない。
Wagner氏も亦此の種の問題に寄與した一人であつて,曩に多くの導體が大地に平行して架設せられてある場合の進行波の研究を發表した。(3)その論文は静電的結合が電磁的結合と比例すると云ふ假定に立脚して居るので,總ての線條に發生する進行波は皆同一傳播速度(光速度)を有することになると云ふ結論に到達して居る。静電的結合が電磁結合に比例すると云ふことは大地並に凡ての線條が完全導體である場合に始めて成立することであつて,その議論に直に同意出來ないことは筆者等の一人が既に論じた通りである。(4)其の後漏話の問題を同じ假定に立脚して論じて居るが,各線條に發生する定常波の傳播定數は皆同一になると云ふ結論を得て居る。(5)この議論は1914年の論文同樣筆者等は同意出來ないことであつて,傳播定數が同一となつて只一種類の定常波だけになると云ふ結論はBreisig氏,Carson及びHoyt氏或は大橋博士の結論とも相容れないものである。大橋博士は完全に平衡せる均等分布定數を有する二回路に集中せる結合が存在した場合の漏話を研究せられ,3種の傳播定數を得て定常數が3種あることを示して居る。(6)
Doebke氏(7)はBreisig氏と同樣に線條が4本存在して居る場合の微分方程式より出發して居るが被誘導線より誘導線に及ぼすBack actionを閑却して居る。そして解を求めるに當つて微分方程式の普通の方法に依らずに特殊の方法を講じて解を定積分にて與へて居る。それより進んで長い線路で結合が長さに沿うて任意に分布せられて居る場合も遠端漏話並に近端漏話が定積分で與へられると云ふ結果を得て居る。最後の結果が簡潔なため人の注意を惹いて居る樣であるが筆者等の行き方と最初の出發點が異つて居る。
Doebke氏は微分方程式を變形して行く間に微少量を漸次省略して簡單にして了つて居るが,それは筆者等の同意出來ない處である。本論文に於ては微分方程式の解を正しく出して最後に微少量の省略を行つて居るので,その結果は遺憾乍らDoebke氏の與へる結果とは一致しないのである。唯Doebke氏も被誘導線の電壓と電流の比が線路の特性インピーダンスにしくなると云ふ如き簡單なる法則が成立しないと云つて居るが,それは筆者等の結果も同樣である。最後の結合が任意の形である如き場合の簡潔なる式は筆者等は得て居ないのであるが,筆者等の許容しない程度の省略を敢へてして居るものと思はれる。
Droste氏(8)は多數の線條が大地に平行して存在せる場合の微分方程式より出發して居るが,愈解を求める際には唯二回線ある場合とし,他の回線の影響は簡單に加算すれば得られると論じて居るが嚴密に云へばそれは正しくない。電位,電流の重疊は許されるがDroste氏のこのやり方は回路の重疊であるから,嚴密には許し得ないことである。但し被誘導線より誘導線に及ぼすBack actionを閑却すれば,他の線の影響は簡單に計算が出來る。微分方程式の解を求める方法はDoebke氏に從つて居る。
Carson及びHoyt兩氏(9)の研究はその方針に關しては筆者等滿腔の賛成を表すものである。本論文に於てI0,I1とせるものはCorson及びHoyt兩氏のMode-c及びMode-aとせるものである。本論文は見方によればCarson-Hoyt兩氏の研究を更に四端子回路の方法を取入れて進展せしめたものと考へられる。
本論文の結論は二つの側回線があれば異る傳播定數を持つた4種類の定常波が發生し,Ia+Ib=0,Ia'+Ib'=0,Va+Vb O,Va'+Vb'=0の條件が滿足せられゝば二つの波は消滅して唯二つが殘る。(この點はBreisig氏と同じ)
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