科学技術の進歩により,西洋医学的な痛み治療法が発展し,多くの痛みが和らぐようになったものの,依然として痛みを持つ患者さんは後を絶たない.今でも手術後の痛みやがんの痛みで苦しんでいる患者さんは数多い.慢性痛はさらに巷に溢れている.
痛みは人間を破滅に導くこともあれば,人間から大切な価値を引き出すこともできる.科学,哲学,心理学,宗教,文学など,人間に関する全ての領域が痛みにどのように向き合えばいいかについてのヒントを与えてくれる.医学が痛みに対する科学的な解決法を提供してくれるように,長い人間の歴史が,先達の数々の業績が,人間的な痛みへの向き合い方を教えてくれる.
痛みは身体の歪みで生じるが,身体の歪みが脳の歪みを生じさせ,さらには心のゆがみも生じさせる.体と脳が痛みの過敏状態を作り出すと,痛みがいつまでも消えないばかりか,痛みが強化され,痛みの悪循環が作られる.脳の可塑性は,本来は病的な状態から正常な状態へ回復するための能力として発揮されるべきものであるが,痛みが悪循環に陥ると,いつまでも痛みの過敏状態が続くことになる.
そこで,脳神経系の過敏状態が続いている慢性痛に対して,脳の可塑性を高めることにより,脳内部から痛みを静穏化することが可能になる.とくに,痛みの認知に関わっている前頭前野や,身体の内部状態をモニターし情動を観察する機能を持っている島皮質を調整することで痛みの認知や情動を鎮静化することができる.また脳の感覚野に隣接する運動野を調整することも鎮痛に効果がある.
やっかいな痛みに対処するためには,最新の医学の進歩を最大限に活用するとともに,痛みで過敏になった脳を鎮めるためのマインドフルネスや瞑想といった心の治癒力も応用することが大切である.また痛みを脳に限局せず心身全体でとらえホリスティックに対処することにより,痛みに捕われた脳を解放することができ,さらにそこから,痛みへの温かい手がかりが生まれ,自己だけでなく他者の痛みに対する共感も生まれてくると思われる.
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