全人的医療
Online ISSN : 2434-687X
Print ISSN : 1341-7150
16 巻, 1 号
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原著
  • 立瀬 剛志, 藤森 純子, 中森 義輝, 鏡森 定信, 大槻 千佳, 永田 勝太郎
    2017 年 16 巻 1 号 p. 2-16
    発行日: 2017/12/25
    公開日: 2019/04/19
    ジャーナル フリー

    【目的】高齢化の真っただ中にある日本では,高齢者が元気で活躍できる社会の実現が謳われている.「高齢者が生きがいを持てる社会の実現」というスローガンのもと,推進される施策においては,これまで健康政策が扱ってこなかった自律性や主体性といったテーマがその要となる.我々はこうした社会の背景を踏まえ,2011年より高齢者の生きがい作りとそれを支える健康と生涯発達課題に着目し,「ケアウィル」研究を行ってきた.とりわけ第2の人生のスタート地点になる退職期に着目しサポートプログラムを実行した.【方法】今回のアクション・リサーチは退職期の支援プログラム設定という研究目的に沿って,1)プログラムの開発と実践,2)課題の抽出とフィードバック,3)評価という一連のプロセスにて行った.【結果】退職期支援プログラムとして開発されたケアウィル講座は,潜在的な意識や価値を形式知化するというプロセスを経て,目標再設定のプランを作成し,参加者同士で共有するという知識創造プロセスに沿って実施された.3回に亘る実践の検証から,退職によっておこる居場所や関係性の変化への対応を中心となる課題と位置付けると共に,実践からのフィードバックによって実存的健康への支援の重要性を認識し,それらに重点を置いたカリキュラムを構成した.プログラムの評価においては一般性自己効力感と生きがい感の向上が認められ,生きがい感の中でも「自己存在の意味」得点が上昇した.更に講座の受講前後で退職後の生活に向けた意欲が向上した.【結論】今回,3年間にわたる退職期支援のアクション・リサーチから,老後の豊かな暮らしに向けた意志を支援する「ケアウィルプログラム」の妥当性が評価された.そして何よりも退職期の支援ニーズに多く見られた実存的不安への実践的なプログラムとして一定の成果が得られた.これらの一連の研究プロセスによって,居場所や役割の移行を伴う退職を転機とした新たな人生の入り口にて,高齢期のより豊かな生活に向けた支援の重要性と有効な方法が確認された.

総説
  • 猪俣 賢一郎
    2017 年 16 巻 1 号 p. 17-21
    発行日: 2017/12/25
    公開日: 2019/04/19
    ジャーナル フリー

    人体は病気にならないように出来ており,自然治癒力とホメオスタシスで調節されている.家庭教育,解剖学実習教育,臨床学実習教育が好ましい医師教育になる.母親によるやってはいけない三才児教育(家庭教育).解剖学実習は医師としての自覚を教えてくれる.臨床学実習は患者への接遇を教えてくれる.医師としての好ましい接遇は次のようである.笑顔で人を包み込む柔軟な姿勢で対応し,まず患者の性格を見抜き,そして,病態の原因,治療と予後について筋道立てて簡潔に明白に説明する.

  • 安西 英雄
    2017 年 16 巻 1 号 p. 22-32
    発行日: 2017/12/25
    公開日: 2019/04/19
    ジャーナル フリー

    米国ではさまざまな野心的な試みが医療の分野で積極的に行われている.それぞれを表現する「補完代替医療」「統合医療」「テレメディシン」「精密医療」などのキーワードから,それぞれの内容の一端を推測することができるが,相互の関連性や全体としての流れを大きく捉えるのは容易ではない.実はもうひとつ,あまりに常識的でありふれて聞こえるためにわが国では注目されることが少なかった米国医療の近年のキーワードに,「患者中心の医療」がある.本稿では「患者中心の医療」の歴史と実態を手がかりに,米国の医療の近年の動向を包括的に解説することを試みる.現在米国で進められている「患者中心の医療」こそ,これまでの医療のパラダイムを大きく変えうる革新的なものであり,「米国流の全人的医療」とでも呼ぶべきもののように思われる.

  • ~患者相談を通じて気付いたこと~
    橋本 裕子
    2017 年 16 巻 1 号 p. 33-40
    発行日: 2017/12/25
    公開日: 2019/04/19
    ジャーナル フリー

    線維筋痛症患者を理解するのは難しいと言われることが多々あるが,その原因の一つは,医療現場では時間がないこと,もう一点は,医療者と患者の立場,目指すものの違いであろう.患者は一刻も早く「この痛みから解放されたい」「今度こそこの医師に分かって欲しい」と強く思っている.「治るのか,一生治らないのか」「特効薬はないのか」「誰なら治せるのか」などの性急な相談がたくさんある.患者の気持ちとしては当然だろう.耐え難い痛みと不安,早く職場に復帰しなければ失職する,長期間医療費を負担する困難,家族に対する遠慮.発症に至る経緯,話したいライフストーリーが積もり積もっている.これを紐解くにはかなりの時間と聞き出す側のゆとりが必要である.治療には長期間かかるが,じっくり取り組む環境をまず作らなければならない.患者が現実に直面する困難や不安,治りたいと苦悩する気持ちを日頃の電話相談から紹介したい.

  • 宮部 修一
    2017 年 16 巻 1 号 p. 41-46
    発行日: 2017/12/25
    公開日: 2019/04/19
    ジャーナル フリー

    筆者は,2016年4月の熊本地震で被災者としての体験をした.被災者の実存的危機を実存療法ではいかにして解決していけるのか.その経験も,いつか誰かの役に立てられると捉えることもできるだろう.ただ,そのように受けとめ,態度を転換するのは容易ではない.劣悪な環境がもたらすネガティブな影響を受けにくいレジリエンスの高い人は「危機の乗り越えを支えてくれる人と良い関係を生み出すこと」と「厳しい環境から価値をみつけ出し物事のポジティブな面を見出すこと」に長けているといわれる(萩野,2015).「人生において果たすべき務めがあるという自覚ほど,外なる苦労や内なる苦痛を超克せしむる力となるものはない.」と述べるフランクルは,人生の意味を見出している人間は苦しみにも耐えることができると伝えたかったのではないか.どうすれば震災からの立ち直りを促すレジリエンスを実存療法で向上させることができるかに焦点を当てた.

症例報告
  • ―患者の中にある実存性の気づきとその発動―
    志和 悟子, 永田 勝太郎, 大槻 千佳, 雨宮 久仁子, 村尾 佳美
    2017 年 16 巻 1 号 p. 47-54
    発行日: 2017/12/25
    公開日: 2019/04/19
    ジャーナル フリー

    機能的疾患の中でも線維筋痛症(FMS)は周囲からの理解を得られにくい.医療機関においても症状を理解してもらえず,苦しむ患者が多くいる.機能的病態は,生体のホメオスタシスの歪みから生じる.【症例】50代女性.FMS.起立性低血圧.10年間両親の介護を行い看取ったが,その後虚しさと誰の役にもたっていないという自己効力感の低下に嘖まれた.結果,希死念慮がでてきた.【経過】自己否定を肯定的に捉えるよう傾聴をしながら,痛みがある中でもできることを段階的に進めた.自分の性格形成と両親との関係を考える中で,若い日のフランクルの著作を思い出し,再読した.その経過の中で,ふたたび,実存性を見出した.以後,患者固有の意味に焦点を合わせたカウンセリングを継続した.【考察】本症例は,バリント方式の医療面接を行いながら,ロゴセラピーを併用した結果,患者が自らの意味に対し,勇気ある一歩を踏み出せた.そこには常に治療者(医師,心理士,他のスタッフ)の一貫した全人的な態度があったと考える.

W.H.O.レクチャーシリーズ
  • ハラルド モリイ
    2017 年 16 巻 1 号 p. 55-72
    発行日: 2017/12/25
    公開日: 2019/04/19
    ジャーナル フリー

    2007年,医療応用に向けてiPS細胞の未来への扉が開かれた.その扉を開けたのは,その後(2012年),ノーベル生理学・医学賞を受賞する山中伸弥教授である.医療が急速に発展する中で,今,医療看護など人を助ける仕事に携わる専門家に求められていることがある.それは,今日行われている研究の成果を全人的医療に取り入れるために,多面的な方法を作り出すことである.日常的に患者から出される要求に全人的に対処しようとすると,有望な医療技術が数多く開発されているにも拘わらず,多くの問題に直面する.それは健康や幸福,また意味ある人生を脅かすものである.

    今日,医療は「自己破壊的な生活習慣」(永田,1999)が原因で起こる疾病の急増に直面している.「iPS細胞は患者や疾患を特定して使われるので,個々の表現型を効率よく特徴づけるための理想的な道具であるのは明らかである.同時に,iPS細胞によって,環境と生活習慣の影響という絡み合った糸が解きほぐされていく」(JAMA,2015年4月).こうした疾病はその人の生き方に関係がある.アルコールや薬物の乱用,喫煙習慣によって生活の質(QOL)は大きく低下し,寿命が縮まる.運動習慣がない,不健康な食生活をしている,あるいはゲーム依存などの不健康な行動習慣があると,人生で本当に重要なことがわからなくなってしまう.すると,創造性に満ちた現実の人生や自然ではなく,ますます仮想現実の中で生きるようになる.

    iPS細胞技術の研究が進んできた結果,今後数十年のうちに,様々な疾患がこの新しい発明によって治療できるようになるとも言われている.ガン,冠状動脈性心疾患,糖尿病,高血圧,脳卒中などの病気はこれからも患者に襲いかかるであろうが,iPS細胞技術は便利な修理工場やサービスセンターのように受け止められることだろう.しかし,これはコインの一面でしかない.コインのもう一方の面には,精神病や慢性病,そして影響力が大きく根源的な苦難が広がっている.患者は人生に失望し,欲求不満を抱え,自暴自棄になり,怒っている.彼らにとって,人生の意味を探すことはますます無駄なことになり,その苦しみから自殺を考えることもあるかもしれない.先進国の医療の進歩や文明の発達は驚嘆すべきだが,医療看護の専門家たちは,これまで以上に人間の魂や心,精神生活の大切さを重視していかなければならないだろう.

    ロゴセラピーの創始者であるビクトール・フランクルは,人間の魂や精神を「実存」と呼び,人間に特有のものであると述べた.患者に生活習慣を見直し改善するように望むのであれば,我々専門家は彼らに動機付けをする,つまり達成目標を示さなければならないであろう.さらに,患者が日々意味のある人生を送れるように,指導することも必要である.体質や遺伝的要素,その人の性格といったものに比べ,人間の行動は健康的な生活を最も制限するものである.行動は生活習慣に影響を与える.そして「生活習慣の核をなすのは,意味である」(永田).ビクトール・フランクルは,人生の価値を実現する人間の力を非常に重んじていた.フランクルは,「可能性を現実のものにする」ことが,人生の目的や意味を見出すのに最も影響することを発見した.意味ある人生を送っていると,気分や生活の質が良くなるだけではない.意味ある人生を送ることで,免疫系や体の深層レベルまでもが影響を受け,安定するのだ.

    iPS細胞技術は,精確な医療でもある.医療の新時代において,疾患に対して個別にアプローチし,治癒することを目標としている.「データを基にした新しい疾患分類と,対象となる疾患を特定した治療法と,この二つによって,医療が効率的で現代的なものに生まれ変わることを望む」(JAMA,2015年4月).

    癒しは,身体的医療という側面もあるが,常に意味を伴うものである.つまり意味による癒しである.現代の研究者が個別医療の重要性について言うとき,我々も患者一人ひとりの自律性に目を向けるよう求められている.自律性を育むには,自分という存在の独自性を強く意識し,その意識が成熟する必要がある.

    ドイツの有名な神経生物学者であるゲラルド・ヒューターは,研究の結果,人間の脳が本来求めているものを明らかにした.―実は,これも精神や実存面に影響を及ぼすものであるが―それは,人生に熱狂することと関心を持つことである.ビクトール・フランクルは,人生は価値に満ちている,という結論に至った.価値は,人生で経験することに関心を持ち,心奪われるような体験をした時にも,何かを創造したり革新しようとする時にも満たされる.人生の価値を満たすことは,「治癒をもたらす要因」だと言える.

    これからは,身体的な治癒だけで終わらせてはならない.iPS細胞のような医療技術を活用するだけでは,治癒したことにならないだろう.治癒には,精神的な健康や人生の満足度,意味の探求も含まれなければならない.患者の人生の目標を大切にすることと日々の行動とが互いに影響しあうと,患者は自分の生活習慣を改善しようと努力するのか,あるいは自分のことにも将来のことにも無関心になるのか,態度を決める.

    ロゴセラピーは,iPS細胞技術が人間らしく使われ,この技術が発展していくために必ず大きな力となる.人間は修理すればいいだけの機械ではない.人間は,一人ひとり生き生きとした存在である.魂に導かれ,人生で本当に大切なことへの気づきに導かれながら,生きているのである.

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