医療と社会
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18 巻, 1 号
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特集論文
  • 伊藤 成朗
    2008 年 18 巻 1 号 p. 5-48
    発行日: 2008年
    公開日: 2010/05/26
    ジャーナル フリー
     インドでは,貧困家計が質の高い医療サービスを利用しづらいのが大きな保健問題である。広大で多様な国土によって農村・遠隔地に公立医療施設が未だに不足しているためである。公立医療施設があっても,医師や看護師の欠員や無断欠勤でサービスをいつ受けられるか予測できなかったり,無料薬の在庫切れ,長い待ち時間,接見態度,賄賂などの問題もある。貧困家計は医療保険を持たないので,多大な出費を要する私立病院は最終手段である。このため,貧困家計を中心に医学知識を持たない無免許医を利用する傾向がある。データによる検証でも,貧困層の利用は質が低いとされる公立病院が主で,利用日数も富裕層より少ない。公的医療サービスの質が低いのは,職員に適切な職務環境とインセンティブを政府が供与できていないためである。よって,施設を拡充しつつ,成果を人事評価に反映させる必要がある。最低限の医療の質を確保する人事評価制度の運営は容易であるが,同時に病院経営の独立性を確保し,市町村自治体に監視を委ねる必要がある。こうした改革は州政府がすべての権限を持つ現体制では不可能であり,分権化が要請される。分権化は中央政府が数十年間標榜しているが,既得権益に反するために大多数の州で停滞している。公立だけでなく,私立病院を利用しやすくするために,マイクロインシュアランスなどを通じた医療保険も整備すべきである。民選された州議会のイニシアティブを仰ぎつつ,革新的な人事評価制度の試行,分権化の促進,マイクロインシュアランスの試行などは,外国ドナーが政策対話を通じて働きかけてよいであろう。
  • オーストラリアの医療
    丸山 士行
    2008 年 18 巻 1 号 p. 49-72
    発行日: 2008年
    公開日: 2010/05/26
    ジャーナル フリー
     オーストラリアの医療制度は英連邦タイプの一般財源による公的皆保障制度を保ちつつ,民間の医療機関と医療保険が大きなプレゼンスを持ち併存する構造になっており(「官民二本立て構造」),支払い方式は公的給付と消費者の負担の併用(日本のいわゆる混合診療)が前提となっている点が大きな特徴である。
     国民全員への安価な一定水準の医療が公的制度において担保されている一方,中~高所得層はさらなる支出でより快適な医療サービスを購入できるシステムになっており,この「二本立て構造」が資源配分の改善を通して経済効率性を高めている。一方で,充実したセーフティーネットがあり,費用負担では税方式による累進性があり,高度医療や救命医療は無料の公立病院の管轄である。こうして効率性と同時に医療の公平性と公的制度の健全性が確保されている。その他,DRGや費用対効果分析の導入,効率的な老人介護制度などの先進事例もあり,全般として質,効率性,公平性,持続可能性のバランスの取れた制度であり国際的評価も高い。
     このようなオーストラリアの制度は,近年日本で本格化している医療格差や混合診療解禁を巡る議論に大きな示唆を与えるものと考えられるが,我が国ではそのような視点に限らずオーストラリアの制度自体の紹介がほとんどなされていない。本稿では官民二本立て構造と混合診療に関する視点を盛り込みつつ,オーストラリアの医療保障制度を概観する。
  • ―包含的制度構築に向けて―
    内村 弘子
    2008 年 18 巻 1 号 p. 73-94
    発行日: 2008年
    公開日: 2010/05/26
    ジャーナル フリー
     中国政府は,保健分野の改革に漸くその重い腰を上げつつある。本稿は,制度再構築また保健格差是正という観点から,中国の保健医療制度改革の方向性と政府の役割を分析し,今後の課題について考察した。中国の保健格差については,人々の経済水準などの需要側の要因,医療保険制度という制度的要因,そして保健サービスの提供体制を支える各地方の財政力という供給側の要因があげられる。現在の中国の医療保険は,戸籍制度に基づき,農村人口と都市人口で大きく制度が異なっている。加えて,市や県によってそれぞれ制度が修正される。このような制度設計・運用は,現存する保健格差を制度として固定化する懸念がある。さらに,人の移動によって変化しない戸籍制度に基づく制度区分は,国内人口移動が活発化する現在,医療保険制度を形骸化する恐れがある。中央から地方(省)への財政移転は,近年,地方間の財政力格差を是正する方向にある。しかし,その是正効果は,各地方の保健サービスの提供体制格差の改善にはつながっていない。このような状況のもと,地方間の独自財政収入の大きな格差が各地方の保健サービス提供体制を左右していることが示唆される。包含的な保健医療制度の構築には,医療保険プログラム間の調和または保険のポータビリティの改善,そして地方間の保健サービス提供体制の格差是正に向けた,地方と中央の政府間財政関係の設計の見直しが重要な課題としてあげられる。さらに保健分野全体を視野に入れると,基礎的医療サービスと末端医療機関立て直しへの財政資金の増加が求められる。
  • 岡本 悦司
    2008 年 18 巻 1 号 p. 95-120
    発行日: 2008年
    公開日: 2010/05/26
    ジャーナル フリー
     韓国医療制度の発展の歴史を,戦前の資料も発掘して概説するとともに,現在の医療保険制度の仕組を概説する。19世紀には,欧米の宣教師らが西洋医学をもたらし病院を作った。1910~1945年の日帝時代には医療従事者の多数を日本人が占めていた。日本人は終戦(光復)とともに引き上げたが,病院等のハードウェアは戦後の韓国医療の基盤となった。ただ日本が1927年に導入した医療保険制度は当時の朝鮮に導入されることはなく,医療保険は韓国が自力で作ることとなった。朝鮮戦争を経て,1960年代には「漢江の奇跡」と呼ばれる経済発展が起こり,民間病院や医大の量的拡大が続いた。1963年には医療保険法が制定され1989年には皆保険が達成された。1997年の経済危機を契機に医療保険の統合一本化,医薬強制分業そして請求書のオンライン化が進められ2000年に達成された。現在の医療保険は国民健康保険公団という単一保険者で運営され,被用者と自営業者の所得補足格差は,自営業者については申告所得だけでなく財産や自動車も加味して賦課することで解決している。患者負担率は医療機関の種類によって差を設け,医療機関間連携を促進しつつ,またDRGの試行やオンライン化された請求書情報をデータウェアハウス化して積極的な活用を審査評価院において行っている。
  • ―国家戦略の一環としての医療―
    中田 健夫
    2008 年 18 巻 1 号 p. 121-141
    発行日: 2008年
    公開日: 2010/05/26
    ジャーナル フリー
     シンガポールは1965年の独立以来,積極的な外資の導入により短期間に驚異的な経済発展を遂げ,周辺東南アジア諸国と際立った違いを見せる欧米型社会を築くに至った。その医療経済・政策面においても特色があり,世界の多くの国で模範的な医療制度として紹介されてきた。シンガポール政府は国民に対して医療に関する自助努力を求めているが,その象徴が国民の給与より一定割合を強制的に貯金するCentral Provident Fund(中央積立基金,CPF)という制度である。CPF内のMedisaveと呼ばれる医療口座は医療費支払いと医療保険料支払いに特化したもので,毎月給与と雇用者拠出金の一定割合が貯金される。その他にシンガポール医療を特徴づける事情には,公的保険分野及び民間病院経営に外資の参加を容認していることがある。以上の政策は日本においては馴染みのないものであるが,今後の日本の医療政策に影響を与え得るものと思われる。更にシンガポールは国家生き残りの手段として,医療を国家戦略の一環に据えている。その為に官民挙げて外国人患者の獲得に邁進している。政策立案から実行までに要する時間が短期間であることが知られているが,これはシンガポールの政治体制の特殊事情によるものである。今回,筆者のシンガポールにおける4年間の臨床医としての勤務経験と各種公式統計,及び若干の文献的考察を交えながら,日本とは大きく異なるシンガポールの医療政策を紹介するものである。
  • 鄭 文輝, 朱 澤民, 米山 隆一
    2008 年 18 巻 1 号 p. 143-188
    発行日: 2008年
    公開日: 2010/05/26
    ジャーナル フリー
     1995年に国民医療保険制度(NHI)を導入した事は,台湾の社会保険制度にとって記念碑的出来事であった。台湾は多くの事を日本から学んだが,NHIは,単一支払者制度,総額予算支払制度(總額預算支付制度)を採用し,様々なIT技術を用いている点で,日本の制度を更に進めたものになっている。この論文は,NHI創設以降の,NHIの発展,主要な政策論争,パフォーマンス,将来の課題について,出来る限り公平に論評したものである(1995-2006年)。
     過去12年間の結果の評価に関しては,保険の加入率の向上,市民が医療を受ける為の経済的障壁の減少,医療へのアクセスの改善について,はっきりとした成果を残した。コストの抑制に関しては,国民医療費のGDPに占める割合は5.29-6.09%に保たれ,1995-2006年のほとんどの時期,国民医療費は経済成長とほぼ同じ割合で増加した。
     主要な改革として2つの方向が示されている。先ず,財政的継続可能性と公平の観点から,単一の加入制度に向けた基金の改革が提案されている。提案の主要素は3つである。(1)加入者をこれ以上分類しない。(2)保険加入者,雇用主,政府の三者間で保険料負担を分担する制度を維持する。(3)年間の保険料を総額予算の交渉とリンクさせ,世帯収入に従って保険料の自己負担分を分担する。更に,医療の質の改善の為に,現在改革に向けたパイロットプロジェクトとして行われている入院患者へのDRGs,外来患者への家庭医総合診療制度,医療の質に基づく支払制度を,総額予算支払制度の土台の上に,調和し,拡張することが提案されている。
  • 河原 和夫
    2008 年 18 巻 1 号 p. 189-204
    発行日: 2008年
    公開日: 2010/05/26
    ジャーナル フリー
     フィリピンでは医療制度改革が進められているが,その中で地域保健・予防活動が行われるとともに国民皆保険制度の確立を目指して公的医療保険制度であるPhilHealthを拡充していくことが政策目標となっている。人口は高齢者層が少ない若い国である。感染症による死亡や罹患状況は大きく改善し,上位の死因は今や生活習慣病と感染症が並存する構造となっている。また,感染症が改善したことによりそれが主因となる乳児死亡も改善してきている。一方で今後高齢化が進展し生活習慣病の比重も高まっていくものと考えられる。
     PhilHealthは,受容可能な負担額で適切な医療上の利益を享受できるような体制を提供することであり,国民皆保険を目指すとともに医療の質の向上を図ることを目的としている。給付は原則として外来はカバーされておらず入院を対象としている。しかし入院給付内容や給付期間の短さなどの問題を有している。また,貧困層に対するプログラムが設けられ地方政府と中央政府がPhilHealthに登録されている貧困層のために保険料の支払いを行っている。
     PhilHealthは感染症等の短期疾患に対応するものであり,今後ますます進行する高齢化に伴う生活習慣病罹患者の増大には現在の給付内容ではこれら疾患には対処できないものと思われる。また,国民の約3分の1を占める貧困層の医療給付をどのように考えていくか,そして財源の安定的確保などの問題を有しており,今後解決していかねばならない課題は山積している。
  • 井伊 雅子
    2008 年 18 巻 1 号 p. 205-218
    発行日: 2008年
    公開日: 2010/05/26
    ジャーナル フリー
     第2次世界大戦後,多くの途上国は先進国型の医療・保健システムを導入しようとした。しかしその対象は主に都市部に限られ,人口の多くを占める農村のための医療は軽視されてきた。日本では1961年に国民皆保険が達成されたが,1922年に制定された健康保険法に次ぎ1938年に国民健康保険法が成立し,戦前に農村を含む医療保険制度の骨格が形成された。インフォーマルセクターが相対的に多い経済構造の中でどのようにしてその取り組みを行い,社会保険を構築してきたのか,その歴史的な経緯を考察することは,現在公的医療保険制度の設立に取り組んでいる途上国への重要な示唆となる。
     この小論では,明治の近代産業の勃興とともに大きな問題となった労働者保護のために始まった工場法,本格的な社会立法である健康保険法,戦時体制の中で急速に整えられた国民健康保険法などを紹介しながら,1961年の皆保険制度への布石を分析する。また,皆保険達成後の日本の医療保険制度について,国民健康保険の問題(経済構造の変化や高齢化といった社会状況の変化に対応していないために引き起こされた制度疲労,場当たり的な制度変更の積み重ねによる制度の複雑化と責任所在の不明化),公平な制度と言われる中で比較的議論されることの少ない負担の不公平の問題,高齢者医療保険制度への対応,保険者の役割という4つの視点から考察する。
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