医療と社会
Online ISSN : 1883-4477
Print ISSN : 0916-9202
ISSN-L : 0916-9202
21 巻, 1 号
選択された号の論文の8件中1~8を表示しています
特集論文
  • 辻 香織
    2011 年 21 巻 1 号 p. 5-16
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/05/17
    ジャーナル フリー
    ある国では使用可能な医薬品が他国では使用できない,あるいは使用できるまでに時間がかかるという「ドラッグラグ」が問題となっている。筆者は,米国,EUおよび日本において1999年から2007年の間に承認を取得した新有効成分含有医薬品(以下,新医薬品)398薬剤を対象とし,各地域におけるドラッグラグの現状について比較分析を行った。本研究では,承認年月日などの基本情報のデータソースを各地域の規制当局による公開情報に求めている。本稿では,事例として本研究を紹介しながら,公的情報の有用性と限界について解説を試みた。
    公的情報を用いた研究は,データが無料で得られるというメリットがあり,データの網羅性,信頼性,完全性が高い。一方,必要な情報をもれなく収集するためには相当な時間と労力を要し,得られるデータには一定の限界がある。しかし,公的情報を活用し,商用データベースなどによる補完を行うことにより,十分に完全性の高いデータベースを構築し,地域間の公平な比較が可能であることを示すことができた。
  • 志村 裕久, 桝田 祥子, 木村 廣道
    2011 年 21 巻 1 号 p. 17-32
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/05/17
    ジャーナル フリー
    製薬業界は,大型製品の特許満了,研究開発の遅れ,新規上市品目数の減少,後発医薬品の市場浸透,薬価制度の変更と,近年,急速に事業環境が大きく変化しており,新たなビジネスモデルの確立が必要となってきている。これらの問題に対しての打開策として,海外大手製薬企業は,他社との経営統合,新興諸国市場への進出,後発医薬品事業の展開など,新しいビジネスモデルの構築を行っており,一方,自社開発製品の海外展開により成長してきた国内大手製薬企業は,海外企業の買収等を行うことで,打開策を模索している。国内では,海外に比べ遅れていた後発医薬品の使用促進が国の主導のもと行われており,国内事業に特化している新薬開発型製薬企業にとっては,製品の特許満了後の後発医薬品へのシフトによる減収リスクが大きくなってきており,収益を長期収載品に依存するビジネスモデルの変革を余儀なくされている。このように,事業環境の変化に対応すべく,近年,製薬企業が取っている動きの大きなポイントとなるものは,1)医薬品兼業企業による経営統合,2)新興諸国への取組み強化,3)後発医薬品の取組み強化,4)企業買収による海外展開に分けられる。今後のジネスモデルの確立と成功が待たれる。
  • ―予防接種による感染症対策―
    岡部 信彦
    2011 年 21 巻 1 号 p. 33-40
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/05/17
    ジャーナル フリー
    予防接種は,生体を感染から守るもっとも重要な医学的予防法である。抗菌薬さらには抗ウイルス薬が使用できるようになった現代においても,その重要性は変わらない。
    予防接種は,個人の健康を守ることがもっとも重要な目的であるが,個人というよりは次世代の健康をも守ろうとするものもある。あるいは広く集団に免疫(herd immunity)を与え感染症の伝播を制限し,ある疾患が社会全体に広がることを防ぎ,さらにはやがてその病気を人類から追放しようとするものもある。天然痘の根絶達成,ポリオの根絶計画(polio eradication)・麻疹排除計画(measles elimination)に,ワクチンは欠かせない手段である。
    予防接種は多くの場合は健康な人に対する医療行為であるため,確実に安全であることが求められる。しかし生体に異物を投与する以上,正常な生体反応を超えた,予期せぬ,あるいは極めて稀であると考えられる異常反応が出現し,重大な健康被害が生じることが残念ながら皆無とは言えない。
    予防接種を行おうとする時には,そのメリットとデメリットについて適切に判断していくことが必要である。大多数が助かるのであればごく少数の被害は止むなし,とする考え方も極端である一方,少数といえども健康被害が発生する可能性がある以上ワクチンは危険・不要である,という意見もまた極端である。予防接種にあたっては,常に適切なバランス感覚を持つ必要がある。
  • 古川 綾, 上沢 仁, 古賀 竜矢, 真野 俊樹, 平井 俊樹
    2011 年 21 巻 1 号 p. 41-53
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/05/17
    ジャーナル フリー
    安心・安全な医薬品使用を推進するには,患者,患者の家族,医療者,製薬企業,行政などの関係者間での医薬品ならびに医薬品服用に伴い想定されるリスク,特に副作用についてあらかじめ情報を共有し,リスクの発生を最小化するためのリスクコミュニケーションが適正に実施されることが重要である。医薬品のリスクコミュニケーションは,安全性情報の収集と分析に基づくリスクコミュニケーションの立案,関係者間での情報共有とリスクを最小化するためのアクションの実施,アクションの実施状況と結果に基づくリスクコミュニケーションの評価,評価結果に基づく改善の4段階で進められるが,現在,そのいずれの段階においても課題が指摘されている。特に,評価についてはこれまで確立された方法は少なく,早期の対応が望まれる。今回,行政,製薬企業から医療者への安全性情報の伝達についての評価をレセプトデータならびに医療者による安全性情報検索数を用いて検討する方法を試みた。その結果,検討に用いた2事例ではいずれも注意喚起が医療者に浸透し,リスクを回避するために処方行動が変化していることが確認できた。今後,継続的にリスクコミュニケーションを改善していくために,医療者への安全性情報伝達の評価の仕組みを取り入れるとともに,患者を含めたチーム医療の中で,リスクに関する双方向コミュニケーションが推進され,リスク最小化を共に考える意識が醸成されることが急務であると考える。
  • ―抗肥満薬による追跡―
    木村 和子, 本間 隆之, 谷本 剛, 高尾 知里, 奥村 順子, 吉田 直子, 赤沢 学
    2011 年 21 巻 1 号 p. 55-67
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/05/17
    ジャーナル フリー
    インターネットの個人輸入で人気のある肥満治療薬の中でも取扱サイトの多いsibutramine製剤(日本無承認)について,2008年に試買し保健衛生上の問題を追跡した。32サイトから9製品53サンプルを入手した。sibutramine製剤を承認している国では処方せん薬に指定されていたが,処方せん薬であることを伝えたり,処方せんの提示を求めた輸入代行業者はいなかった。添付文書は製造販売国に応じた外国語であり,ポーランド語やトルコ語もあり,さらに添付文書の入っていないものもあった。簡単な日本語説明書が個装箱の外に挿入されているものもあったが,添付文書の記載と異なり,上限量が3倍近くになっていたものもあった。厚生労働省が処方せん薬の個人輸入量の上限とする1カ月投与量を超えているサンプルが多く(79.3%),中には10倍量のものもあった。品質試験に不合格の検体も検出された。さらに関係国で評価されたことのない製品もあった。2010年の欧州,米国での承認取下げ後もインターネットで購入可能だった。
    インターネットによる医薬品個人輸入は購買者の責任で行われるが,関係業者の品質マネジメントは貧弱である。消費者はインターネットという新しいツールの出現に対しては,保護の枠組みも発展途上であることを自覚し,生命に直結する医療品の入手は慎重にすべきである。国際的にも医薬品のインターネット販売に対して懸念が高まり,欧州を中心に規制の動きが広がっている。インターネット販売は一国内に留まらないことから,国際協調が必要である。特に,日本からの医薬品注文に対しては特定の近隣諸国/地域から大部分が送付されてくるので,特にこれらの国/地域との協力が重要と考える。
研究ノート
  • 濱本 賢二
    2011 年 21 巻 1 号 p. 69-83
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/05/17
    ジャーナル フリー
    介護労働者の高い離職率の原因として,本稿は「低賃金」と「人手不足」に焦点を当て,その対処法を検討した。特別養護老人ホームを対象として,制度,法令,施設設置・運営にかかる費用,収入財源等を詳細に踏まえたうえで事業者の供給行動を分析した結果,(1)借入れに多くを頼った過大な施設建設が,借入金償還費用を通じて人件費を圧迫している可能性,(2)事業者が社会福祉法人会計を正確に理解していないために,将来必要経費を過大に見積もり,収支差額を過剰に獲得しようとして人件費を圧迫している可能性,(3)事業者のオーナーが私的利益を得るために人件費を圧迫している可能性,そして,(4)人件費削減の方法は,非正規化と兼務化であり,これらによって「低賃金」と「人手不足」がもたらされること,を明らかにした。以上により,介護職員定着化の方策として,無理のある施設整備計画に対する行政や金融機関の積極的関与,獲得すべき妥当な収支差額の行政による助言,介護職員の正職員化および定着化を図った事業者に対する収入面でのメリットの付与などが必要と指摘できる。
  • ―人の自由移動を標榜するEUと加盟国イギリスの規制枠組をふまえて―
    井上 淳
    2011 年 21 巻 1 号 p. 85-96
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/05/17
    ジャーナル フリー
    本論文は,人材流入を促進ないし抑制するために規制政策を通じてどのような措置を講じているのかという観点から,看護師の越境移動にかかわるEUとイギリスの取り組みを分析し,その上で日本のEPAによる外国人看護師受け入れの枠組を検証する。
    EUでは人,財,サービス,資本の自由移動達成という目標があるため,EUが定めた最低限の教育・資格水準を満たしている限りにおいて看護師の越境移動が認められる。しかし,加盟国の増加によって経済面でのプッシュ-プル要因が生じるまでは人材移動は起こらなかった。また,新規加盟国からの人材流入は,最低限の資格水準を満たしていない場合には留保した。
    イギリスは,看護師不足による人材需要が高い時期には外国人看護師を積極的に受け入れ,看護師の数が予定数を超え財政を圧迫するようになると受け入れに消極的になった。外国からの看護師受け入れを増減させるために,入国基準,看護師登録基準とりわけ免許で保証される資格水準,語学力のレベルを効果的に操作した。
    EUやイギリスと比べて日本のEPAは,人材流入を促す取り極めのなかに人材流入を阻止する効果をもつ措置が散見された。政府は外国人看護師受け入れを人材不足への対応とは公式には認めていないにもかかわらず,現実の一部受け入れ機関の動機には人材不足による外国人の需要がみられる。そのようななか特例としてもうけたEPAの枠組は,公的措置としても特例措置としてすらも機能していない。原則と特例,公と民間,関係省庁間の利害を調整,合致させて,目的と手段に整合性のある規制を運営することが必要である。
  • 松本 正俊
    2011 年 21 巻 1 号 p. 97-107
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/05/17
    ジャーナル フリー
    本研究は医師の地理的分布について日米英の国際比較を行った。まず日英比較では,日本の診療所医師は英国の診療所医師に比べて地理的偏在度が高い傾向が認められた。英国の診療所医師は原則として総合医(GP)であり,またGPの定員は医療圏ごとに決まっている。日本における開業医の専門分化および自由開業制が地理的偏在に影響を及ぼしている可能性がある。続いて医師の地理的偏在度の推移を日米で比較した。1980年から2005年にかけて両国ともに医師数は一貫して増加していたが,医師の地理的偏在度はほとんど変化していなかった。米国では医師が所得の地理的分布に従って分布してゆく傾向があるのに対して,日本ではそのような傾向はなかった。公的医療保険の有無がこの差に影響を及ぼしている可能性がある。さらに米国では地域が医療過疎であるほど医師数は減っていく傾向があるのに対して,日本では医療過疎であるほど医師数が増えていく傾向があった。米国では医療過疎地に医師を誘導する政策が効果を挙げていない可能性がある。最後に医師の診療科目ごとの数と地理的分布を日米で比較した。2006年時点で日本の単位人口あたりの麻酔科医,放射線科医,救急医,病理医数は米国の半分以下であった。また日本では開業率の低い科ほど医師数が少なく地理的偏在度は高くなる傾向が見られた。日本においては開業の困難さがその科の医師数と医師分布に影響を及ぼしている可能性がある。本研究の結果より,わが国固有の医療制度が医師の地理的偏在に影響を与えていることが示唆された。
feedback
Top