本研究では製薬産業に対するR&D政策を対象にした経済学的分析を行い,次の課題に答える。第1の課題はR&Dを企業の投資活動として位置づけ,R&D投資と企業価値との間に成立する関係を一般的理論で示すことである。第2の課題はこの関係を利用して,各種のR&D政策手段を区別,分類し,それぞれの政策内容,作用,効果を検討することである。第3の課題は,実際に日本の製薬産業に対するR&D政策手段の現状を概説し,上記の理論から見たその問題を明示することである。この研究ではR&D政策を,補助政策,税制,競争政策・特許政策,M&A政策,薬価政策,新薬承認制度, 公的基礎研究に分類し, これらを理論的に分析して, 評価する。
この研究の結果,次の点が明らかになった。第1は,日本の製薬産業に対する政策においてはR&D政策は必ずしも重視されてこなかったことである。例えば薬価制度の運営においては保険診療における薬剤費の抑制が最大の政策目的となり,薬価がR&D投資に持つ影響力は十分に考慮されていない。第2は,政策が効果を及ぼす主体の反応を適切に考慮しないとき,R&D投資が歪められる可能性があることである。近年の薬価抑制政策に対して,製薬企業が部分的改良のR&Dを重視して,革新的なR&Dを抑制するように反応した可能性がある。第3は各種のR&D政策手段が政策目的の実現としては相互に調整されていないことである。第4にR&D政策として十分に活用されていない政策があり,この例として税制,新薬承認制度,薬価算定,M&A政策等をあげられることである。第5に,R&D政策の効果が政府の組織上の問題によって,妨げられていることである。大学等の公的基礎研究の効率性の上昇のためには,政府の省庁間の調整が必要となる。
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