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原稿種別: 表紙
2000 年10 巻1 号 p.
Cover1-
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
ジャーナル
フリー
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原稿種別: 目次
2000 年10 巻1 号 p.
Toc1-
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
ジャーナル
フリー
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原稿種別: 目次
2000 年10 巻1 号 p.
Toc2-
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
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藤井 正雄
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
3-
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
ジャーナル
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池田 清彦
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
4-10
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
ジャーナル
フリー
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武部 啓
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
11-15
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
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ヒトゲノム解析が国際的な共同研究として始まってから約10年が経過し、このほど、その基本的な解析が終了したと宣言された。これからは、一人一人の遺伝子情報が医療に結びついた「オーダーメード」医療の時代に入ると予測されている。一方で、治療できない遺伝的な病気の情報を前もって知ることには何の利益もないし、不安感をあおるだけで非倫理的であるとの批判がある。またある人の遺伝情報は、その人のすべての血縁者に共有されるべきかについては、意見が分かれている。遺伝子解析にともなうそのような倫理的問題に対処するために、1992年から、ヒトゲノム解析国際倫理委員会が設置され、筆者も参加して、いくつかの提言や声明を発表し、国際的な指針を示している。生命倫理の原則は世界共通であるべきだが、日本あるいはアジア特有の問題があることにも留意しなければならない。
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草間 麻子, 武部 啓
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
16-19
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
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玉井 真理子
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
20-27
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
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フリー
近年の分子遺伝学の進展を背景として、遺伝子診断(確定診断、発症前診断、出生前診)という形での医療への応用も盛んになってきた。そのなかで、しばしば問題になるのが、治療法ない重篤な疾患の発症前遺伝子診断である。筆者は、難治性の遺伝性神経疾患at-risk者に対する発症前遺伝子診断に関して、実際に診断を経験したDRPLA家系兄弟例の兄に対して聞き取り調査を行った。その結果、(1)発症前遺伝子診断の可能性は医療者からではなく家系内でコーディネーター的役割を果たす者から伝えられていたこと、(2)発症前遺伝子診断の可能性について知ってから妻の妊娠を契機として相談に訪れるまでかなりの逡巡があったこと、などが明らかになった。「わからないままでいる不安」と「わかってしまう恐怖」のせめぎ合いの中にいる難治性神経疾患at-risk者に対応できるような、質の高い遺伝カウンセリングの体制整備が急務である。
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波平 恵美子
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
28-34
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
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フリー
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蔵田 伸雄
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
35-41
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
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フリー
各国が体細胞核移植クローン技術の人への使用を法的に規制する方向に向かっているにもかかわらず、「生殖の自由」という権利に訴えてクローン技術の人への使用を肯定しようとする主張は少なくない。しかしそもそも「生殖の自由」という権利は、女性の中絶や避妊の権利を確保し、強制的な不妊手術等から女性を守るための権利である。そのような権利をクローン技術の使用を正当化することにまで用いることは濫用ではないだろうか。また男女両性の遺伝子が関与しないという点で、体細胞核移植クローン技術の使用は、体外受精、非配偶者間精子提供、代理母といった既存の人工生殖技術とは本質的に異なっている。生殖とは男女両性の遺伝子が関わることによってなされることであるとするなら、クローン技術を用いた児の産生は「生殖」ではない。したがって「生殖の自由」という権利によってクローン技術の使用を正当化することはできないだろう。
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小林 亜津子
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
42-49
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
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フリー
看護倫理は、ここ20年来、生命倫理や医療倫理から独立して成長しつつある倫理である。本稿では、フェミニズムとの関連も視野に入れながら、看護倫理の代表的な著作を検討することによって、看護倫理に固有のものは何か、という問いに対する答を探索する。この問題に対して、「テクニカル・エシックス」と看護倫理との対立、「ヘルスケア・システム」における看護者の役割、「ケア」という三つの観点から検討を試みる。
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大上 泰弘, 緒方 三郎, 桑子 敏雄
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
50-57
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
ジャーナル
フリー
近年の遺伝子科学・工学の著しい発展は、従来から実施されてきた動物実験の概念を拡大・統合させる契機となっている。しかし、現在、大学等の研究機関に設置されている動物実験施設及び遺伝子実験施設で実施される実験に関しては、動物実験および遺伝子実験として別個に捉えられており、実験規則についてもそれぞれ独立に制定されている。本論文では、「価値構造」の観点を導入することで、生命科学の研究とそれを支えるべき制度の間の不調和を認識し、この不調和を克服するための新たな理念を構築する基礎作業として、伝統的な動物実験と遺伝子組み換え実験を統合する「先端的生命科学実験」という概念を提案したい。
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鶴若 麻理, 岡安 大仁
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
58-63
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
ジャーナル
フリー
筆者(鶴若)が行ったチャプレンを中心としたインタビュー調査によると、わが国の末期がん患者に対するスピリチュアルケアは、一部のホスピスや病院において意欲的に取り組まれているが、必ずしも組織的・効果的に展開されているとは言えなかった。従って現状では医師や看護婦が、具体的支援を検討することが期待された。具体的支援を行うためには、まずスピリチュアル・ニーズがどのように表現されるのか検討する必要があろう。そこで、本稿では(1)日本死の臨床研究会年次大会の演題の推移から、我が国のスピリチュアルケアの概念の形成を分析した。(2)『看護学雑誌』(医学書院)および『がん看護』(南江堂)におけるスピリチュアルケアに関する論文を調べた。(3)筆者がホスピスボランティアとして関わった末期がん患者との対話から、スピリチュアル・ニーズとは具体的にどのように表現され、また身体的、社会的、心理・情緒的苦痛とどのように関連しているものなのかを検討した。
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広岡 博之
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
64-69
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
ジャーナル
フリー
クローン技術の応用は、畜産の分野では、これまで倫理的な観点から評価されてこなかったため、近年、消費者からこの技術に対する倫理的疑問がしばしば指摘されている。本研究では、まず、畜産におけるクローン技術のメリットを示し、次に、その倫理的な問題点と社会的受容の度合いについて考察した。本研究より、クローン技術は、経済的にはメリットがあるにもかかわらず、動物の完全性にダメージを与え、種の遺伝的多様性の損失をもたらす可能性のあることが示唆された。本研究では、問題は経済的な効用と倫理的な問題の間のトレードオフ関係にあり、したがってクローン技術の是非は、技術水準やコスト、および情報の公開度や社会における受入れの度合いによって決定されると結論づけられた。
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庄司 俊之
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
70-76
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
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フリー
<生命>という概念には生物学的意味以上のものが含まれている。それは一体何だろうか。これを考えるために本稿は、第1に、先端医療技術に親和的な生命倫理学とそれに批判的な「生命の商品化」論の双方で、じつはともに<生命>概念を積極的に定義していないことを指摘する。そのとき<生命>は、消極的にしか定義しえない「余白」としてのみ提示されている。第2に、歴史的文脈に目をむけて、近代医療の背景にデカルト的機械論があるという考えが一面的すぎることを確認する。近代医療は独特の生命観をもっており、生命倫理学はそれを徹底し、かつそこから離脱するかたちで、新しい<生命>概念の条件をつくりだしている。そして第3に、こうした<生命>概念の更新が、ひとつの死を代償として生を入手するという「死と生の交換」の成立によって条件づけられていることを述べる。この交換の媒体として要請されるものが<生命>と考えられる。
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五十子 敬子
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
77-83
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
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わが国における初の非配偶者間人工授精児の誕生以来、既に半世紀が過ぎた。この間生殖補助医療はめざましい進歩を示したが、法制面においては、日本産科婦人科学会の会告はあるものの、法律としての整備はなんらなされてこなかった。厚生省は1997年に「厚生科学審議会先端医療技術評価部会」を、翌年10月にはそのワーキング・グループとしての「生殖補助医療技術専門委員会」を発足させ、法的、社会的、倫理的の各角度から問題の所在とその対応の策定を行った。そうした現況をふまえて検討を試みると共に、欧州連合の一員としての英国における問題点と英国1990年「ヒトの受精および胚の研究等に関する法律(以下HFE法と略称)」第五条に基づき設立された「ヒトの受精および胚の研究等に関する許認可機関(以下HFEAと略称)」を紹介し、参考に供することとする。
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小西 恵美子, デービス アンJ
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
84-91
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
ジャーナル
フリー
「死ぬ権利」とは、終末期の患者が、さらなる治療を拒否して死を早めることを自らの意思で決定できる権利をさす。「死ぬ義務」とは、終末期の患者や老人は、家族の負担や医療コスト等の社会的要因から、延命のための治療は拒否して死を早める義務があると感じることである。日本、欧米の生命倫理に関心をもつ看護婦、医師および生命倫理学者それぞれ121名、64名を対象に、この二つの概念に対する意識を調査した。結果、死ぬ権利は欧米は全員、日本も大多数が支持した。死ぬ義務については、欧米の支持率は高かったが、日本は支持しない人のほうが多かった。自由記述からしばしば出現したテーマは、「自己決定」、「命の意味」、「公正」、「患者と家族との愛」である。それらの意味の両群の相違点と類似点を探索し、終末医療の問題をかかえる日本と欧米が相互に学ぶ必要を示唆した。
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松野 良一
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
92-99
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
ジャーナル
フリー
1997年10月に臓器移植法が施行され、日本でも脳死体からの臓器摘出が可能になった。しかし獲得された希少な臓器をどういう基準でレシピエントに分配するかについては、まだ公開の場で十分な検討がなされていない。日本においては心臓、腎臓、肺の場合、医学的条件が同じ場合は、待機期間の長い順で臓器を分配・移植する基準が採用されている。この「先着順」システムは一見平等・公平であるように見えるが、慢性臓器疾患の高年齢層が、若年層よりも早く移植が受けられる可能性もある。さらに肝臓については、疾患の種類と緊急度、血液型適合度を点数化して順番を決めているが、場合によっては飲酒により肝硬変になった患者が、他の要因で肝疾患になった患者よりも先に移植を受けられるという事態が生じる可能性もある。アメリカの臓器分配ネットワーク(UNOS)のデータを分析すると、各臓器の約4割から7割は、11歳から34歳の若年層が提供しており、逆に、臓器を受け取るレシピエントは、50歳から64歳であった。本研究は、臓器提供の最大の予備軍である若者が、自分が脳死になった場合、誰に臓器を移植して欲しいと思っているか、主としてレシピエントの移植前後の飲酒量、病因の無辜(むこ)性、年齢・性別、社会的状況(地位)について調査したものである。結果から、ドナー予備軍の若者は、レシピエント(飲酒者、高齢者、女性より男性、受刑者など)によっては、強い不満を抱くことがわかった。若者の意識を、臓器分配システムに反映させるかどうかは別として、無視すると提供者数が減少する可能性があることは否定できない。
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丸山 マサ美, 安藤 満代, 松尾 智子
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
100-110
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
ジャーナル
フリー
本研究は、1999年11年12月4日〜30日、日本(福岡市)とドイツ(ハイデルベルク)における法学生と一般社会人を対象に行った告知に関する意識調査を通じて、日本とドイツの死生観の傾向を概観し、末期医療に求められている患者・家族のケアを探求すると共に、医療情報の開示のあり方を模索するものである。結果として、告知を自分に家族に望む者が、日本71.95%、ドイツ92.78%と過半数を占め、いずれの国においても高かった。死生観(タナトロジー)の傾向を明確にするために、告知を望む場合、権利・準備・家族・自己選択・信頼の5要因、また、告知を望まない場合、見ることを望まない・見られること・見られた後・配慮・察するの5要因に着目した。その結果、両国に共通して、特に大学生において、告知を望む理由の要因の多くが、自分の身体について知る権利があるを選択しており、自己の健康状態を知ることについて強い権利意識が窺えた。また、日本人が死を前に片づけるべきことをしておきたいという傾向が強いのに比して、ドイツにおいては、信頼関係に基づいた家族や緊密な信頼関係を重んじる傾向があった。一方、告知を自分にも家族にも、望まない者は、ドイツには該当者がなく、日本も5.48%と少なかった。しかし、告知を自分に望み、家族には望まない者は、若干名おり、日本19.51%、ドイツ6.18%で、家族が真実を知るのが怖いだろうから、家族がショックを受けるのを見たくないから、という理由が両国共通であった。自分に望まない理由には、真実を知るのが怖いを選択する者が多かった。また、社会人は、弱い自分を見られたくない、家族に余計な心配をかけたくないを選んでいた。自己の心理的負担を家族に回避しようとする気持ちが強い。誰れにでも、いつか必ず訪れる死を冷静に受け止め、残された時間を有意義に過ごすためにも、患者や家族が自己やその家族の生と死について、考えること、また、告知を行う医療者側も、患者自身または家族の意向を尊重する必要がある。本稿は、各人が満足した生を送るためにタナトロジーの重要性の自覚とその普及を提唱するものである。
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渡邊 祐紀, 赤林 朗, 池田 智子, 富田 真紀子, 渡辺 直紀, 甲斐 一郎
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
111-119
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
ジャーナル
フリー
高齢化社会を迎えつつある現在、医療現場における高齢者の治療法決定への参加のあり方は、早急に検討するべき課題となっている。本研究では、心肺蘇生法(CPR)を取り上げ、寿命があと2、3ヵ月の末期癌の入院患者において、CPR施行の決定者、CPR施行の希望、患者本人の意向と家族や周囲の者の意見が異なった際の対応等について、中・高齢者(50歳以上)を対象に面接による意識調査を行い、CPR施行について意思決定の過程を考察した。調査は1999年5月〜6月に都内A寺において行われ、110名より有効回答が得られた。解析の結果、患者自身による治療法決定の考え方(自己決定)が中・高齢者の間に浸透していることが明らかになり、CPR施行を希望しないという回答者が多数を占めた。また、決定者間で意見に不一致が見られた場合には、必ずしも患者本人の意向を優先しなくてもよいとする傾向や、おかれた状況が患者本人か家族であるかによって、回答内容が変化する傾向も明らかになった。
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内田 宏美
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
120-127
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
ジャーナル
フリー
多様な価値の交錯する現代医療の営みの中で、脳死・臓器移植に対する態度は、生命に対する価値観の表明を迫られる場面の一つである。脳死・臓器移植に対する意識を手がかりとして、ケアの体験が健康観や死生観に与える影響を探りたいと考え、1994年度卒業生から1998年度卒業生までの4学年、計203名の看護学生について、実習体験を経て、脳死・臓器移職に対する態度がどのように変化したかを調査した。看護の構造・機能との因果関係にまで言及することは出来なかったが、どの学年においても、実習を経て、脳死・臓器移植に対する態度は、一貫して慎重なものへと変化する傾向が確認された。臨床経験によって医学的知識が深まるにもかかわらず、脳死を人の死とすることに戸惑いが増したことから、看護の人間観にその根源が隠されているのではないかと推測された。
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吉政 孝明, 宮下 和季, 土屋 厚
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
128-132
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
ジャーナル
フリー
目的: 糖尿病の治療の成否は、患者のセルフケアに大きく依存しているので、パターナリズム的介入が不可欠である。今回、これに関する患者意識調査を行った。対象: 静岡市立静岡病院内分泌代謝科外来定期通院患者822名を対象とした。質問表はセルフケアのライフスタイルへの影響、セルフケアの正当化理由、糖尿病医療と自己決定権および医療経済に関する四つであった。結果と考察: 1)過半数の患者がライフスタイルへの干渉ではないと答えた。このことは、自律の程度に影響する要素や、治療法に影響する要因などが関係していると思われた。2)過半数の患者が自己決定権を善しと考えていた。これはセルフケアにおけるパターナリズム的介入に対立するものと思われた。3)介入の正当化として、医師に対する信頼および"合理的人間の同意"として解釈できるものが多数をしめ、自己決定権の尊重とパターナリズムが必ずしも対立しないと考えられた。4)一方、公益的観点に立脚すること、即ち、医療資源の公正な配分を求める立場からも正当化できると思われる。これは、今回大多数の人が糖尿病に関する現在の医療経済の事情に関心を示したことから、支持されると考えられた。
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中井 猛之, 仁科 健夫, 早崎 史朗
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
141-147
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
ジャーナル
フリー
1999年4月15日、医師国家試験の在り方を検討していた厚生省の改善検討委員会が最終報告をまとめた。これは、医の倫理や患者の人権の尊重などを重視した医療を行なえる能力を新人から培うという方向性を示したと言える。患者の立場に立ったインフォームド・コンセントを十分に行なえる医師を育てるためには、医学生の段階から倫理教育を施すことが必要であると考えられる。実際、各大学において医学生に対する倫理教育の取り組みが行なわれるようになってきた。そこで、一例として大阪医科大学で行なわれたエホバの証人の宗教的輸血拒否をケース・スタディーとしたスモールグループ学習を取り上げる。1.「エホバの証人について」、2.「エホバの証人の医療に関する倫理的立場」、3.「無断輸血裁判について」、4.「なぜ訴訟となったか」、5.「生命観や医の倫理にまで踏み込んだ論議がなされるべきである」、6.「真のインフォームド・コンセントの確立が必要」、7.「厚生省の指導」、8.「結論」からなる講義の内容を報告する。加えて幾つかの大学の医学部で行なったエホバの証人の代表者による倫理教育についても述べ、宗教的輸血拒否を医学生への倫理教育に用いたことによる成果を紹介する。
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空閑 厚樹, 前川 健一
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
148-153
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
ジャーナル
フリー
本稿の目的は、KuczewskiのFragmentation and Consensus (1997)を手がかりとして、バイオエシックスの方法論をめぐる論争を取り上げ、コミュニタリアニズムとカズイストリを統合すると称するKuczewskiの立場を紹介することにある。そして、Kuczewskiが提唱するコミュニタリアン・カズイストリアプローチを批判的に検討した上で、彼の注目するナラティヴのバイオエシックスについて考察する。
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デービス アン J, 小西 恵美子, 見藤 隆子
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
154-160
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
ジャーナル
フリー
終末医療における倫理的課題に関する著者らの一連の研究から得た結果を用い、それら倫理的問題の記述のレベルから論理のステップをさらに進め、関係性の倫理の中でのターミナル患者とその家族に着目した情報開示の4つの枠組みを提案する。患者への情報の開示あるいは非開示は、ターミナル患者のケアをめぐるさまざまな重要な決定と、それに伴って患者が経験する生と死のありようを左右する。したがって本稿はこの問題に絞る。まず、著者らの研究データの概略を述べ、それらを根拠に、情報開示の4つの枠組みを提示する。4つの枠組みは患者が医療に参加する程度をもとにしており、医療上の意思決定が必要となるさまざまな状況に使うことを意図した。枠組みの提案に際して著者らがもっていた問題意識と意見についても記述した。
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川村 和美, 奥田 潤
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
161-166
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
ジャーナル
フリー
さまざまな専門職の中でもとりわけ医療は高度な専門領域であり、医療関係職能(医療職)に課せられる責任は大きい。筆者らは以前、国内の各種医療職団体の掲げる倫理規定の内容を比較分析し、1.序文、2.患者(個人)に関する倫理、3.医療職共通の実務に関する倫理、4.その医療職の専門倫理、5.各国におけるその医療職の特殊倫理の5項目を取り上げた。今回、それらを参考にして世界医師会、国際薬剤師連盟、国際看護婦協会の3つの国際医療職団体が発行している倫理規定を比較し、先に取り上げた5項目のうち医療関係者が共通にもつことが望ましいと考えられる2および3の項目について共通な倫理規定の原則を抽出した。各国の医療職がここに取り上げたような項目と原則をもとに、一定のスタイルに基づいて共通した内容の倫理規定をそれぞれもつことができれば、いずれの職種も患者(個人)ひいては社会に対して共通の高いレベルの意識をもつことができ、医療職全体のグローバルな協調が得られるのではないかと考える。
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岡田 雅勝, 岡本 珠代
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
181-182
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
ジャーナル
フリー
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長山 忠雄, 粟屋 剛
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
182-
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
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フリー
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吉田 浩子, 赤林 朗
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
182-183
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
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フリー
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飯野 洋海, 藤本 隆志
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
183-184
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
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フリー
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大林 雅之, 菅原 スミ
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
184-185
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
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フリー
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正木 晴彦, 田村 京子
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
185-186
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
ジャーナル
フリー
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志自岐 康子, 山田 卓生
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
186-187
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
ジャーナル
フリー
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里村 洋一, 丸山 英二
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
189-
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
ジャーナル
フリー
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佐藤 章, 加藤 久雄
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
189-190
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
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フリー
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吉武 香代子, 山田 卓生
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
190-191
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
ジャーナル
フリー
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丸山 マサ美, 玉井 真理子
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
192-194
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
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フリー
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中谷 瑾子, 藤井 正雄
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
195-196
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
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フリー
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青木 清, 後藤 弘子
原稿種別: 本文
2000 年10 巻1 号 p.
196-197
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
ジャーナル
フリー
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原稿種別: 付録等
2000 年10 巻1 号 p.
199-
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
ジャーナル
フリー
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原稿種別: 付録等
2000 年10 巻1 号 p.
App1-
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
ジャーナル
フリー
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原稿種別: 付録等
2000 年10 巻1 号 p.
App2-
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
ジャーナル
フリー
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原稿種別: 表紙
2000 年10 巻1 号 p.
Cover2-
発行日: 2000/09/13
公開日: 2017/04/27
ジャーナル
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