MCD( moral case deliberation) とは、目前の困難なケースをより深く理解し、倫理問題を解消する具体的な策をひねり出す目的で、トレーニングを受けたファシリテーターによる最小限の仕切りの下、多職種のヘルスケア専門職者たちが病棟内で反省的な対話を重ねる際の多段階式の諸方法の総称である。外部の専門家たちに特権的な立場を与えないという点で、MCDは臨床倫理コンサルテーションや臨床倫理委員会とは異なる。数ある流儀の中で最も影響力のあるものの一つであるジレンマ・メソッドは、アムステルダム自由大学医療センター(VUmc) メタメディカ講座によって2000年代後半に開発された。名が表す通り、ケースをその場に持ち込んだ人自身が経験したジレンマを明確化することをもってMCDの端緒とする。ジレンマを特定し明確化することで時としてMCDの進行がよりなめらかになりうるのは確かであるが、時として逆に困難になることもある。そのケースがはらむいくつもの倫理問題が一つのジレンマに還元されてしまうことにとまどう参加者は少なくない。もっともこれは文化の違いによるのかもしれない。本稿では、ジレンマ・メソッドの各ステップを吟味しながら、ジレンマという枠組を守る必要性が本当にあるのかどうかを検討する。そのために、 このジレンマ・メソッドの原型である、別のジレンマ・メソッドを参照する。それは2000年代初頭にジャック・フラステが作り上げたものである。フラステ版のジレンマ・メソッドもまたジレンマの明確化から開始するのではあるが、しかしジレンマという枠組の中で決着をつけようとするのでなく、むしろそこから解放されることが目指されている。これら二つのジレンマ・メソッドの比較考量を経て、結部ではMCDの参加者たちを二分法的な図式に縛り付けないような、ジレンマ・メソッドの縮約版を提示する。
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