日本顎咬合学会誌 咬み合わせの科学
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30 巻, 3 号
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原著論文
  • 秋山 麻沙子, 黒岩 昭弘, 松山 雄喜, 内山 真紀子, 溝上 真也, 谷内 秀寿, 山本 昭夫, 音琴 淳一, 藤森 茂治, 笠原 悦男
    2010 年 30 巻 3 号 p. 196-201
    発行日: 2010/12/27
    公開日: 2014/01/14
    ジャーナル フリー
    近年,患者の審美的意識が向上してきている.ラミネートベニア修復は歯髄保護や不要な歯質の削除の観点から極薄い修復物となる.そこで,ラミネートベニア修復合着時の,レジンセメントの色が修復物に及ぼす影響について検討するため,今回の実験では陶材の厚さが色調に及ぼす影響について検討した.
    陶材は歯冠色陶材,支台歯色陶材,マスキング陶材を条件に沿って厚さを調整し,分光光度計にて測色した.
    そして以下の結論を得た.
    1.歯冠色陶材におけるL* は陶材の厚さ0.6 ~1.4mmで色調の変化が大きい.
    2.歯冠色陶材におけるa* はA2,A3で陶材の厚さ1.5mmまでは色調の変化が大きい.
    3.歯冠色陶材におけるb* は陶材の厚さ0.5 ~1.0mmまでは色調の変化が大きい.
    4.支台歯色陶材におけるL* が高いとa* は低く,L* が低いとa* が高くなる.
    5.支台歯色陶材において色が濃いほどL* は低く,厚さが増加するほど低くなる.
    6.臨床で用いられているマスキング陶材の透過率は30 ~50%程度である.
  • ─Global Dental Standard の確立を目指して─
    中島 幸一
    2010 年 30 巻 3 号 p. 202-205
    発行日: 2010/12/27
    公開日: 2014/01/14
    ジャーナル フリー
    一般に,歯科臨床でオーラルリハビリテーションの術前・術後の効果の違い(健康度)をパラメータで測定していない.
    第一次健康科学としての歯科医療が健康づくりにどれくらい寄与しているかを測定し,歯科医療の意義を提示すべきである.それにはEBM によるパラメータを普及して,糖尿病における血糖値やHb a1c のようなGlobal Dental Standard を確立しなければならない.
    そこで本稿では,唾液ORP(Oxidation Reduction Potential)値を歯科診療の効果判定や経過判断のパラメータとして活用することは大きな意義があると考え,臨床的に検討したので報告する.
  • 谷内 秀寿, 黒岩 昭弘, 松山 雄喜, 内山 真紀子, 秋山 麻沙子, 溝上 真也, 音琴 淳一, 山本 昭夫, 藤森 茂治, 笠原 悦男
    2012 年 30 巻 3 号 p. 206-212
    発行日: 2012/12/27
    公開日: 2014/01/14
    ジャーナル フリー
    全部床義歯の安定を得るには,人工歯が力学的に考慮された位置に排列される必要がある.筆者らはパウンドラインを参考に上顎臼歯から人工歯を排列し,幾度か試適を行い総義歯の咬合関係を定める方法について検討を行ってきた.本研究では,この排列法における人工歯の違いが義歯の舌房面積に及ぼす影響について検討を行った.実験には9種類の硬質レジン歯を用いた.前歯・臼歯の組み合わせは各メーカーの指示に従った.臼歯部は上顎から排列し,その位置はパウンドラインを参考とした.なお,排列はリンガライズド・オクルージョンを付与した.口蓋容積の測定は水の重量と3次元スキャナーによる計測の2種類を行った.また,製作された義歯の各人工歯間の距離,歯列の大きさを電子デジタルノギスで計測した.
    実験の結果,以下のことが示唆された.
    1)全部床義歯の口蓋部の容積比較は水の重量測定でも検証することは可能である.
    2)臼歯部排列は前歯部歯列弓の幅径の影響を受けることが認められた.
    3)義歯の口蓋部容積への影響は臼歯部よりも前歯部の方が大きい.
  • ─インプラント治療の成功率向上を目指して─
    藤井 秀朋
    2010 年 30 巻 3 号 p. 213-219
    発行日: 2010/12/27
    公開日: 2014/01/14
    ジャーナル フリー
    超音波による物理刺激が骨形成の促進や骨折治療に応用されていることはよく知られている.その効果は,低出力超音波パルス療法として骨折治療では既に多くの動物実験や臨床調査にて良好な結果が報告されている.以前にも我々は動物実験にてインプラント周囲における骨治癒促進効果についてその有効性を確認した.本報告は,低出力超音波パルス療法をインプラント治療に応用すべく骨移植関連処置を対象とした臨床での評価である.
  • 貞光 謙一郎, 加藤 泰二
    2010 年 30 巻 3 号 p. 220-226
    発行日: 2010/12/27
    公開日: 2014/01/14
    ジャーナル フリー
    近年,インプラント治療は予知性のある欠損補綴治療として認知されており,一般臨床におけるインプラント欠損補綴治療はかなり身近なものとなっている.
    しかしながら,インプラント埋入の部位や骨質,骨密度,患者自身の治癒力などによってインテグレーションの時期は一様ではなく,視診,触診,打診音などの臨床的な感覚や標準的な免荷期間だけの判断で最終補綴に移った場合,実際にインテグレーションしていなければアクシデントの原因となり,患者さんとのトラブルにもなりかねない.
    このようなアクシデントを起こさないためにも,初期固定やインテグレーションの確認をより簡便に,より確実に診断できる測定装置としてペリオテストがある.
    しかしペリオテストに関しては,一部文献等において,数値が安定しない,槌打によってオッセオインテグレーションが壊されるなどという否定的な意見があるが,実際に使用してみてそのような感覚は受けない.
    そこで,ペリオテストの測定再現性を調べることにより,オッセオインテグレーションの診断機器としてより安心して使用できる装置であることが証明され,測定に関して注意すべき事項も見出せたので報告する.
症例報告
  • 神作 拓也
    2010 年 30 巻 3 号 p. 227-235
    発行日: 2010/12/27
    公開日: 2014/01/14
    ジャーナル フリー
    日常の臨床においてしばしば遭遇する,保存不可能な残存歯のある全顎的治療を,シリアル・エクストラクションのプロトコールに沿って進めたインプラント補綴症例である.上顎前歯部の狭い顎堤の増大や,両側サイナスリフト等が施されるこのような症例では,比較的長期にわたる治療期間になることも多いため,暫間的固定性補綴物の機能性,審美性のコントロールは重要な側面である.今回,狭い顎堤の増大には2回法にてブロック法とリッジエキスパンジョンを使用し,インプラント埋入を可能にした.また,ハイスマイルラインへのピンクポーセレンを使用した対応,考察についても述べてみたい.
  • ─セルフケアが困難でありながらSupportive Periodontal Therapy(SPT)により歯周組織の改善が得られた症例を通して─
    西窪 結香, 中島 靖子, 窪川 恵太, 吉成 伸夫
    2010 年 30 巻 3 号 p. 236-244
    発行日: 2010/12/27
    公開日: 2014/01/14
    ジャーナル フリー
    本稿では,軽度慢性歯周炎およびブラキシズム(クレンチング)の診断下,強い嘔吐反射のため十分なセルフケアの確立が困難な歯周病患者に対するアプローチ,およびサポーティブペリオドンタルセラピー(SPT)の重要性を経験した症例報告を通して,ライフワークとしての歯科衛生士像を考える.
    我が国は2007年より超高齢社会を迎えた.平成17年歯科疾患実態調査1)によると,20歯以上の歯を有する者の割合はどの年代においても30年前に比べ大幅に増加しており,80歳以上でも25%を超える状態となった.しかし,国民の健康意識が高まる中で,機能できる歯が残っている高齢者は少なく,多くの高齢者が何不自由なく食事ができているとは言えないのが現状である.
    SPT は単に歯を保存するだけに止まらず,機能できる,すなわち咬める歯を維持する意味で,国民のQuality of Life(QOL)の向上において大変重要な治療であり,歯科衛生士がライフワークとして大いに活躍できるfield であると考える.
  • 阿部 伸一
    2010 年 30 巻 3 号 p. 246-247
    発行日: 2010/12/27
    公開日: 2014/01/14
    ジャーナル フリー
     いうまでもなく抜歯,インプラント治療など顎骨へ及ぶ観血処置を行うためには,顎骨の構造特性を知ることが必要である.また,総義歯治療,矯正治療などにおいても必要な知識である.顎骨といっても局所的には顎関節,下顎管,上顎洞,切歯管などの構造,また,歯を喪失したあとのそれらの構造変化など,臨床医として知らなければならない基本知識は枚挙に暇がないが,それらは順次解説するとして,今回「知っておきたい臨床解剖学」の第1回目は,上顎骨,下顎骨の全体的な構造の違いを解説する.
     まず全体像を理解し,次に局所解剖学的な知識を積み重ねていただきたい.そして顎骨に関する知識が足場となり,周囲の筋,神経,脈管,唾液腺などを3次元的にイメージできるようになることが本シリーズの到達目標である.
    ■上・下顎骨の特徴
     骨は骨格の主体をなす組織であり,その機能を過不足なく発揮するよう常にリモデリングされ,合目的な形態を呈することが知られている.ことに歯が植立し咬合力を負担するという特殊な環境下にある顎骨は,歯を通して力学的刺激が直接骨内部にまで作用するため,その形態・構造は他の骨とは異なり歯の植立状況により大きな影響を受ける.これらの環境は上顎骨,下顎骨で違いはないが,その構造には大きな違いがある.
     図1(表紙)は上顎骨,下顎骨を前顎断した標本であるが,皮質骨は下顎骨のほうが厚い.これは下顎骨が他の骨と接していないことから,歯から伝わる応力を単独で受け止める必要があるためと考えられている.また,その応力を歯槽から皮質骨まで伝えるため,下顎骨の下部には太い骨梁が存在する.これらの骨梁は伝達される応力と関連が深く合目的な構造を呈している.蝶形骨,側頭骨など多くの骨で構成される頭蓋の一部である上顎骨は,歯から伝わる応力を頭蓋全体で受け止めることができるため,太い骨梁や皮質骨は必要がない.よってこれらは存在しないと考えられる.
    《歯科臨床へのワンポイント知識》
    臨床医は,上顎への浸潤麻酔の奏功が下顎に比べ容易であることを経験的に理解している.このことは上・下顎骨の皮質骨の厚さの違いが影響している.
    ■歯の喪失に伴う下顎骨の構造変化
    1)外部形態
     下顎骨は歯を喪失すると,その機能の変化にともない下顎骨各部にリモデリングが起こり,外部形態が大きく変化する.特に歯槽部での変化が著しく,骨吸収により歯槽部が消失していく.最も吸収した場合,前歯部ではオトガイ棘,小臼歯部ではオトガイ孔,大臼歯部では顎舌骨筋線の高さまで退縮する(図2).
    2)内部構造 有歯顎下顎骨内部の海綿骨骨梁は歯根周囲と舌側緻密骨に沿った部位に存在(図3)するが,下顎底部付近の骨梁はほとんどみられない.歯を喪失すると特徴的な内部構造変化を呈する.すなわち,歯根に面していた固有歯槽骨は必然的に消失し,歯槽を吊り下げるように配列していた海綿骨骨梁の走行が乱れる.歯槽の周囲に存在していた直線的な骨梁は不規則な細かい骨梁に変化する.また,有歯顎では少なかった基底部の骨梁は増加する傾向にあるが,その配列は不規則である.さらに歯槽部の吸収が顎舌骨筋線の位置まで進み,上面に緻密骨が形成されると,内部は不規則走行を示す細かい骨梁で埋められ,有歯顎では不明瞭であった下顎管の管壁は明瞭にみられる(図4).
    ■まとめ
     顎骨は体の中の他の骨とは異なり,加齢ということよりも歯の喪失による形態変化が著しい.その変化は骨内部の皮質骨,骨梁にも及ぶが,逆に考えると,顎骨は歯を保存することで歳をとっても若い時のように形態が保たれる可能性がある.すなわち,われわれ歯科医師は,歯科治療を行う際に患者がどのような顎骨の形態を呈しているのか,今後の変化も予想した上で適切な処置をしていかなければならないと考える.
  • 田口 明
    2010 年 30 巻 3 号 p. 248-249
    発行日: 2010/12/27
    公開日: 2014/01/14
    ジャーナル フリー
    歯科医師が骨粗鬆症患者をスクリーニングする?
    フィンランドのPaateroがパノラマX線撮影装置を開発して以来多くの改良がなされ,現在では世界中の歯科医院で使われている.日本では約1千万枚が毎年撮影されている.口内法X線撮影に比べ優れているのは,すべての歯や周囲歯槽骨のみならず,舌骨から中頭蓋底レベルまでの骨や一部軟組織が総覧像として観察できる点である.口が開かない人でも使用できる.口内法X線写真よりも細かな所は観察できないが,大方の診断は可能である.このように便利なパノラマX線写真であるが,多くの歯科医院では,診断は主に歯や周囲歯槽骨にとどまることが多い.もちろん,上顎洞や顎関節などの診断やインプラントの術前診断に用いられるが,診断はおおむね口腔・顎顔面領域に限られている.
    1980年代初頭に米国のFriedlanderは,総頸動脈が内頸・外頸動脈に分岐する位置で起こる動脈硬化による石灰化をパノラマX線写真で捉える試みを始めとして,現在までに多くの知見を報告している.これが見られた場合,脳梗塞や心筋梗塞といった梗塞性心臓血管病変に罹患する可能性が高いとしている.この所見が得られたあとに病変が起こるのか,あるいはその前にすでに起こっているのかという検証は未だ不十分だが,口腔・顎顔面領域以外の病変に着目した点で,きわめて画期的である.この実際の診断はきわめて難しいが,パノラマX線写真上の第3,4頸椎前方部に現れる大小不整形のX線不透過物が動脈分岐部の石灰化とされている(図1).
    一方でパノラマX線写真は主として骨を写し出しているため,全身の骨病変の診断への応用を誰しも考えるであろう.1982年にオランダのBrasらは,腎性骨異栄養症の際に顎骨に起こる変化を見いだし,診断に用いうると報告した.具体的には,パノラマX線写真上の下顎角部の皮質骨(図2)が薄くなるという所見である.実は,この病変で起こる骨変化は骨粗鬆症患者のそれと類似しているため,その後に欧米の研究者がこの所見を用いて骨粗鬆症患者の診断を行おうと試みたが,十分な結果が得られなかった.確かに骨粗鬆症患者では皮質骨が薄くなるが,失敗の原因は観察すべき下顎骨皮質骨の設定位置である.また,骨粗鬆症という病気が“病気”と世界保健機関に正式に認められたのは1994年のことであり,そこで初めて定義づけがなされたため,それ以前の研究では骨粗鬆症と定義した患者が真に骨粗鬆症患者であるか否かが不明である.
    いずれにしても,欧米の研究者達がパノラマX線写真を使って骨粗鬆症を診断しようとしていたことは確かである.歯科医師は日常臨床の場で多くのパノラマX線写真を撮影して歯科治療の診断に用いているので,もし骨粗鬆症に関する情報をパノラマX線写真が含むのであれば,利用できることに越したことはない.ここで重要なのは,歯科医師はパノラマX線写真を用いて骨粗鬆症患者を“最終診断”するのではなく,“トリアージスクリーニング”をするのである.すなわち,歯科受診の患者をふるい分けして,医科の専門医へ紹介し,そこで最終的な診断をしてもらうという考え方である.この際には正常者を専門医へ紹介する可能性も十分にあるが,後述するように日本人の10%近くを占めている病変に対しては,このような失敗も許容される.過去の欧米の研究者達は,パノラマX線写真のみで完全に骨粗鬆症患者を“最終診断”することを目的としていたため,研究を断念せざるを得なかった経緯もある.
    日本の骨粗鬆症患者の現状
    日本では現在,約1,200万人の骨粗鬆症患者(骨折リスクの高い患者)がいると試算されている.このうち治療を受けているのは約200万人である.骨粗鬆症は自覚症状がないため,骨折してはじめて判る.ただし骨折を起こすと新たな骨折を起こす危険性は高くなる(骨折連鎖).骨折を起こした場合,死亡率は増加する.骨粗鬆症は主に女性の病気とされ,女性ホルモンとの関係が強いことから閉経後の女性に圧倒的に多いが,一方で男性の骨粗鬆症患者の場合,骨折後の死亡率は女性より高い.椎体骨折後3年の死亡率は女性で7%前後だが,男性では約20%と報告されている.近年,女性より男性の骨粗鬆症が注目されているゆえんはそこにある.
    骨折の予防には,骨折を起こす前に治療ないし生活指導を開始することが重要となるが,前述のように骨粗鬆症自体は自覚症状がないため,専門医へ自分で受診する機会は少ない.最新の日本の骨粗鬆症検診率は4.6%と報告されているように,テレビや雑誌などで名前は知っていても,積極的に専門医へ行く人は少ない.最近の調査では,大腿骨骨折(図3)の患者数は約16万人に達した.これに関わる年間医療費は約8千億円である.現在の患者数は1988年調査時の約3倍であり,年々増加の一途を辿っている.自覚症状のない患者自らが専門医を受診しない以上,何らかの新たなスクリーニングのシステムが必要となるのである.その新しいシステムの一つとして,歯科医院でのパノラマX線写真を用いた方法が有用と考えられる.日本では約6万5千の歯科医院があり,その9割がパノラマX線撮影装置を有している.これら歯科医院の日常臨床の場で骨粗鬆症患者をスクリーニングできれば,骨粗鬆症患者の骨折を減少させる一助になりうるだろう.
    第2回目以降,パノラマX線写真で骨粗鬆症患者がスクリーニングできる根拠やスクリーニングのためのトレーニング法,および実際に日本国内の歯科医院で現在行われているスクリーニングの現状などについて順次報告する予定である.
  • 小川 勝久
    2010 年 30 巻 3 号 p. 250-253
    発行日: 2010/12/27
    公開日: 2014/01/14
    ジャーナル フリー
  • ─簡単なゴシックアーチ・トレーシング
    跡部 雅彦
    2010 年 30 巻 3 号 p. 254-259
    発行日: 2010/12/27
    公開日: 2014/01/14
    ジャーナル フリー
    はじめに
    総義歯製作におけるチェアーサイドの手順は,大別して
    ①印象採得
    ②咬合採得
    ③試適
    ④装着と考えられる.
    それぞれに重要なミッションであるが,その中でも咬合採得は難易度が高い.ゆえにトラブルも多い.そもそも無歯顎(総義歯)患者は,咬合高径だけでなく水平的な下顎の偏位がある顎関節内障である場合が多い.
    一般的に咬合採得の術式は,咬合床のワックスリム(蝋堤)を熱したスパチュラ等で軟化させ,口腔内に装着して「ハイ,噛んで」と患者に指示するのが通法であろう.しかし,時として高齢などの理由により耳が遠くなり,口腔内を診査してみると顎堤は著しく吸収し,フラビー化や舌肥大が見られるうえに,唾液が介在した口腔内状態で,限られた時間内に正確な顎位を記することの難しさは誰にでも想像できる.そしてそのデータに誤差が生じているとしたら,決定的に歯科医師と歯科技工士そして患者との信頼は失われ,再製作などの時間的・経済的な損失をも生じさせることになる.しかもその発生頻度は少なくはないはずである.
    水平的顎位の決定に際し,「目で見て確認できる」ゴシックアーチ・トレーシングは有効な手段である.しかし実際の普及率が低いのも事実である.その理由の1つは面倒な操作と思われていること,2つめはゴシックアーチ・トレーサーを組み込める歯科技工士が少ないのではないか考えられる.
    そこで,ゴシックアーチ・トレーサーの組み込み法を臨床例により,普段着的に紹介する.用意するものは,ゴシックアーチ・トレーサーだけである.日常の技工手順の中にほんのひと手間の感覚で取り入れていただきたい.
    Ⅰ.ゴシックアーチ・トレーサーの選択
    ゴシックアーチ・トレーサーを選択するにあたっては,主として次の点を基準にしている.
    ①組み込みの簡便さ
    ②トレーシング時の安定性・正確性
    ③シンプルで堅牢で安価
    これらの点から,下顎に描記針を持つ口内描記法のHAゴシックアーチ・トレーサー(東京歯材社,阿部晴彦先生開発)を採用した(図1,2).
    Ⅱ.模型作製
    1 模型作製
    各ランドマークの記入(図3)
    2 咬合床作製(図4,5)
    Ⅲ.咬合採得
    1 正中,咬合平面確認(スマイルライン)
    2 リップサポート調整
    3 人工歯選択(図6)
    Ⅳ.ゴシックアーチ・トレーサー組み込み
    1 咬合器装着(プロアーチⅠ 使用)
    平均値でマウントする(図7).
    2 下顎仮床の咬合平面に対し,ゴシックアーチ・トレーサーのトレーシング・ピンを水平に固定する.
    スタイラスを前後,頰舌的中央に位置させ,トレーシング時の仮床の安定を図る(図8,9).
    3 トレーシング・ピンにスぺーサーをのせ,さらに描記板をのせる(図10,11).
    4 描記板をマウントされた咬合高径で上顎仮床に固定する(図12,13).
    咬合器上で前後,左右に運動させ,上下仮床が干渉しないようにする(本症例では試適も同時に行うため,上顎人工歯を排列した)(図14,15).
    Ⅴ.ゴシックアーチ・トレーシング
    1 マーカーを描記板に塗布
    口腔内に装着し,ゴシックアーチ・トレーシング(図16,17)
    2 ゴシックアーチ・アペックスに直径1.4 mmのラウンドバーで0.5mmの深さに凹部の形成をする(図18).
    3 アペックスの凹部にスタイラスが入っていることを確認し,シリコーンでチェック・バイト採得(図19)
    4 「目で見て確認」する(図20)
    Ⅵ.有歯顎に組み込む場合(本例は上顎が有歯顎であるが,同様な技法で下顎にも応用可)
    1 模型作製(図21)
    2 咬合高径(図22)
    3 咬合器装着(平均値で)(図23,24)
    4 ゴシックアーチ・トレーサーの組み込み
    上顎模型にシリコーンが入るスペースをパラフィン・ワックスでリリーフする.その上に人で仮床を製作する.リリーフしたパラフィン・ワックスを外し,接着材を塗布後シリコーン印象材を盛り,模型にもどす(図25 ~32)
    下顎仮床の咬合平面に対し,ゴシックアーチ・トレーサーのトレーシング・ピンを水平に前後,頰舌的中央に固定する.
    スぺーサー,描記板をのせて上顎仮床にマウントされた咬合高径で固定する(この症例では描記板を適当な大きさに削合した).
    次いで咬合器を運動させ,上下顎間にスタイラス以外は無干渉であることを確認(図33 ~38).
    おわりに
    だれでも避けて通りがちな総義歯製作から見た咬合を「目でみて確認」できるよう,写真を主体としたアトラス形式で紹介した.読者諸賢の臨床に少しでも裨益するところがあれば幸いである.
    最後に,ご高閲いただいた榊原功二先生に深甚なる謝意を表する.
    〈URL http://a-technic@coffee.ocn.ne.jp〉
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